第12話 五人きょうだいは、鎌倉の町と和田義盛に出会う
承元二年(1208年)、鎌倉。
「町へ行くなら、これもお願い」
朝餉のあと、ちよがまつへ小さな木枠を渡した。糸を巻くために借りていたものだった。
「返してくればいいの?」
「ええ。それから、頼んでおいた紐を受け取ってきてちょうだい」
まつがうなずく横で、あやが籠を持ち上げた。
「私も行く」
「お前は、さっきまで与一と遊ぶと言っていただろう」
三郎が言うと、あやは籠を抱えた。
「帰ってきたら遊ぶの」
庭では、光成が草鞋を履いていた。
「俺も出る。水の流れを見ておきたいところがある」
「町へ行くんでしょう?」
おりんが、梅を抱いたまま夫を見る。
「その途中だ」
「途中で帰る方を忘れないでね」
「忘れない」
まつは光成から籠を取った。
「私たちも一緒だから、大丈夫よ」
宗直も門へ向かってきた。御所へ届ける文があるという。
結局、五人で出かけることになった。
「皆、別々の用事なのね」
ちよが見送る。
「帰りは一緒に帰ってきてちょうだい。誰かを探しに戻るのは困るわ」
あやが四人を見回した。
「次郎兄が一番心配」
「まだ何もしていないだろう」
光成が言うと、まつが笑った。
◇
屋敷を出てしばらく行くと、道に水たまりが残っていた。
三郎は馬の蹄の跡を避けて歩いた。光成はその隣で、道端の溝を見ている。
「ここで水が止まるのか」
「次郎兄」
まつが呼んだ。
「分かっている。見ただけだ」
「まだ何も言っていません」
「言いそうだった」
あやは水たまりをまたぎ、籠を持つまつの隣へ並んだ。
若宮大路へ出ると、人の声が増えた。
鶴岡八幡宮から南へ延びる広い道には、馬を引く者、荷を背負う者、文を抱えて急ぐ者が行き交っていた。屋敷の門の前を通り過ぎると、縄や籠を並べた店が見える。
何度も歩いた道だった。
けれど、五人そろって歩くと、誰かが気づくたびに足が止まった。
「同じ籠なのに、値が違う」
あやが店先を見た。
「大きさが違うだろう」
宗直が答える。
「同じくらいだよ」
光成が少し離れたところから見た。
「底の編み方が違う。あちらの方が丈夫そうだ」
「重いものを入れるなら?」
「たぶん、あちらだな」
あやはもう一度、二つの籠を見比べた。
その間に、三郎は宗直の持つ文へ目を向けていた。
「兄上。それは、今日中に届けるのですか」
「ああ」
「では、先に届けた方がよいのでは」
「お前たちが止まったんだろう」
まつが籠を抱え直した。
「まず用事を済ませましょう」
そのとき、道の先から大きな声が響いた。
「押すな。荷を下ろせと言っておる!」
光成が顔を上げた。
「あの声は」
宗直も、人だかりの方を見る。
「和田殿だな」
◇
荷車の片輪が、ぬかるみにはまっていた。
運び手が後ろから押している。その横で、和田義盛が荷を下ろす場所を示していた。
「重いまま押しても動かぬ。まず、こちらへ移せ」
「和田様」
宗直が声をかけると、義盛が振り向いた。
「おう、宗直殿か。ちょうどよい。少し手を貸してくれ」
宗直は文をまつへ預けた。
光成は、すでに車輪のそばへしゃがんでいる。
「ここを掘った方が早い。前へ出そうとしても、土に引っかかる」
運び手がうなずき、車輪の前の泥を除き始めた。
三郎も荷へ手を伸ばす。
「それは重いぞ」
宗直に言われ、持ち上げかけた手を止めた。
「持てます」
「向こうを持て。一人で抱えるな」
二人で荷を運び、道の端へ置く。
まつは預かった文を濡らさないよう懐へ入れ、あやを荷車から離れたところへ連れていった。
「ここで待っていて」
「あの荷、まだ道に出ているよ」
あやが指さした。
まつは運び手へ声をかけ、通る人のために荷をもう少し脇へ寄せてもらった。
やがて、車輪の前に板が差し込まれた。
「今だ」
義盛の声に合わせ、宗直と光成、運び手たちが車を押す。
車輪が泥を離れた。
三郎も後ろから押した。車が固い地面へ出ると、ようやく皆の手が止まった。
「よし。これなら行ける」
義盛が笑った。
三郎は手についた泥を見た。光成は、車輪が抜けた跡をまだ見ている。
「次郎兄上、もう動きましたよ」
「道の低いところへ水が寄っている。これでは、また誰かがはまる」
義盛が、その場所を見下ろした。
「あとで見ておく者が要るな」
光成はうなずいた。
「俺も、もう少し――」
「次郎兄上」
まつが呼んだ。
光成が振り向く。
まつは空の籠を見せた。
「紐」
「……そうだった」
義盛が声を上げて笑った。
◇
「五人そろって、どこへ行く」
義盛に聞かれ、宗直が用事を説明した。
「俺だけは御所へ」
「なら、早く届けてこい。文まで泥にはめるなよ」
まつは懐から文を取り出し、宗直へ返した。
三郎が義盛を見る。
「父上も、お手伝いをしたことがあるのですか」
「何のだ」
「こういう、道で困っている人のことです」
義盛は少し考えた。
「手伝いに来て、こちらの用事を増やす男ではあったな」
まつが笑った。
「何を聞かれたのです?」
「誰の荷だ、どこへ運ぶ、いつまでに着かねばならぬ。そのうち、俺まで運び先の心配をすることになった」
義盛は、積み直されていく荷を見た。
「だが、今日はお前たちのおかげで早く済んだ。礼を言う」
三郎は少し背筋を伸ばした。
光成は、裾についた泥を払っている。
あやがそれを見た。
「おりん姉上に言われるよ」
「帰る前に落とす」
「いつも、そう言っているでしょう」
まつが返すと、義盛はまた笑った。
◇
木枠を返し、紐を受け取り、宗直が戻ってくるのを待った。
店の軒先では、あやがまつと一緒に銭を数えた。三郎は紐の長さを確かめ、光成は籠を持った。
五人が再びそろったころには、道を行く人の顔ぶれも変わっていた。
「少しだけ、浜の方を見て帰らないか」
光成が言った。
まつが兄を見る。
「今度は何を見るの?」
「船から荷を下ろしている」
あやがすぐに顔を上げた。
「見たい」
三郎は宗直を見た。
宗直は空を見上げ、それから言った。
「少しだけだぞ」
浜へ近づくと、潮のにおいがした。
道の土に、細かな砂が混じり始めた。三郎は足の裏に入った小石を落とそうとして、少し遅れた。
前では、あやがまつの袖を引いている。まつは妹の指す方を見てから、通りかかる荷を避けた。
光成はもう、水際の足元を見ていた。宗直が三郎を振り返り、そろうのを待った。
三郎も急いで隣へ並ぶ。
家の中では何度も呼ばれる名前が、浜の人声に混じると、少し聞き取りにくかった。
船のそばでは、何人もの男が荷を運んでいた。一人が持ち上げ、次の者へ渡し、その先で別の者が並べている。
あやが、その手の動きを目で追った。
「あれなら、全部の人が船まで行かなくていいんだね」
光成がうなずいた。
「道も空く」
三郎は、さっきの荷車を思い出した。
同じ荷を運ぶのでも、やり方はいくつもあるらしい。
「帰るぞ」
宗直が言った。
今度は、誰も立ち止まらなかった。
◇
家へ戻ると、ちよが籠を受け取った。
「ありがとう。皆、一緒だったのね」
「和田殿に会いました」
三郎が言う。
「荷車を押したの」
まつが続けた。
ちよは五人の足元を見た。
「それで、皆そろって泥だらけなのね」
「俺だけではないぞ」
光成が言うと、おりんが奥から顔を出した。
「だからといって、そのまま上がっていいわけではありません」
五人は、戸口で並んで足を拭くことになった。
あやが隣の三郎を見る。
「私たちも、荷を運ぶ人みたい」
「何がです」
「順番を待っている」
まつが笑った。
「では、次の人のために早く拭いて」
三郎は黙って、布を足の裏へ回した。
* * *
【今回登場した歴史人物】
和田義盛
源頼朝の挙兵を支えた有力御家人の一人です。御家人の統率や軍事・警察の仕事に関わる侍所で、初代の別当を務めました。




