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二階堂一族、鎌倉時代を賑やかに生きる。――亡き父親は転移者!  作者: これってなんだろう
第八部 承久の乱と、残された家族 承久元年(1219年)秋〜貞応元年(1222年)
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第77話 藤原季成は、妻と子どもたちに振り回される

承久二年(1220年)春、京都。


藤原季成は、朝から大切な文書を探していた。


「まつ」


「はい、何でしょう」


「昨日、ここに置いた書付を知らないか」


まつは振り返った。


「どの書付ですか」


「役所へ持っていくものだ」


「それでは分かりません。季成様は毎日、役所へ書付を持っていかれますから」


「……それもそうだな」


季成は机の上を見た。


紙が三つの山になっていた。


一つは、今日持っていくもの。


一つは、昨日持ち帰ったもの。


そしてもう一つは、いつか片づけようと思っているものだった。


最後の山だけが、日に日に高くなっていた。


「確かに、ここに置いたのだが」


まつは夫の机を見た。


「季成様」


「何だ」


「一番下の山ではありませんか」


「いや。あれは、まだ片づけていないものだ」


「では、見てみましょう」


まつが紙を持ち上げると、目当ての書付が出てきた。


季成は黙った。


まつは微笑んだ。


「ありましたね」


「……ああ」


「よかったですね」


「なぜ、あそこに」


「それは季成様にしか分かりません」


季成は返す言葉がなかった。


     *


そこへ、千寿丸がやってきた。


「父上!」


「どうした」


「お庭に、鳥がいます!」


「鳥なら、いつもいるだろう」


「今日は、二羽です!」


季成は息子を見た。


「……そうか」


「見に来てください!」


「父はこれから役所へ行かねばならぬ」


「すぐです!」


千寿丸は季成の袖を引いた。


季成は困った顔をした。


まつは笑いをこらえていた。


「季成様。少しだけ見ていかれては?」


「しかし、仕事が」


「鳥は待ってくれませんよ」


「……それは、そうだが」


季成は息子に引かれて庭へ出た。


木の枝に、小さな鳥が二羽止まっていた。


「ほら!」


千寿丸は得意そうだった。


季成は鳥を見上げた。


「本当だな」


「でしょう!」


「よく見つけた」


千寿丸は嬉しそうに笑った。


その顔を見ると、季成も少し嬉しくなった。


「父上」


「何だ」


「明日も二羽いるかな」


「それは、鳥に聞かねば分からぬ」


千寿丸は真剣に考えた。


「鳥は、お話しできるの?」


「……いや」


「じゃあ、どうやって聞くの?」


季成は答えに詰まった。


縁側では、まつが肩を震わせていた。


     *


ようやく支度を整えた季成が出かけようとすると、今度は娘のあさが泣き始めた。


「……今度は何だ」


まつはあさを抱き上げた。


「眠いのでしょう」


「さっきまで眠っていたではないか」


「さっき眠っていたからといって、今眠くならないわけではありません」


「そういうものか」


「そういうものです」


季成は娘の顔をのぞき込んだ。


あさは泣きながら父の袖をつかんだ。


「おや」


季成は足を止めた。


「離してくれぬな」


「季成様が気になるのでしょう」


「そうか」


季成は少し嬉しそうになった。


しかし、あさは袖を離さなかった。


「……まつ」


「はい」


「このままでは役所へ行けぬ」


「では、少し抱いていてください」


「私が?」


「父親でしょう?」


季成は娘を受け取った。


あさは、しばらく泣いていた。


ところが、季成が部屋の中をゆっくり歩くと、次第に静かになった。


「……眠ったぞ」


季成は小声で言った。


まつもうなずいた。


「お上手ですね」


「そうか?」


「ええ」


季成は得意そうだった。


だが、娘を寝床へ戻そうとすると、あさは再び泣き始めた。


季成は動きを止めた。


「……まつ」


「はい」


「どうすればよい」


「もう少し抱いていてください」


「役所は?」


「逃げませんよ」


季成は、娘を抱いたまま天井を見上げた。


     *


結局、季成はいつもより少し遅く家を出た。


まつは門まで見送った。


「お気をつけて」


「ああ」


「書付は持ちましたか」


「持った」


「本当に?」


季成は懐を確かめた。


「……持った」


まつは笑った。


「では、行ってらっしゃいませ」


季成は歩き出した。


だが、数歩進んでから振り返った。


「まつ」


「はい」


「お前は、いつもこうなのか」


「何がですか」


「子どもたちに振り回されているのか」


まつは少し考えた。


「振り回されているつもりはありません」


「そうか」


「毎日、違うことが起きるだけです」


季成は妻を見た。


「それを、振り回されるというのではないか」


まつは笑った。


「鎌倉の実家では、もっと賑やかでしたから」


「……そうだったな」


季成は、二階堂家を訪ねたときのことを思い出した。


あの家では、誰かが話している間に別の誰かが口を挟み、話が三つにも四つにも分かれていた。


それなのに、最後には不思議と一つにまとまる。


季成には、今でも少し不思議だった。


「お前の父上も、苦労されたのだろうな」


まつは少しだけ目を細めた。


「父上は、いつも楽しそうでしたよ」


「そうか」


「困った顔も、よくしていましたけれど」


季成は笑った。


「それなら、私と同じだな」


「ええ」


まつも笑った。


「少し似ているかもしれません」


     *


その日の夕方。


季成が帰宅すると、家の中から千寿丸の声が聞こえた。


「母上! 父上が帰ってきた!」


続いて、あさの泣き声。


季成は門の前で立ち止まった。


朝と同じだった。


いや、朝より賑やかかもしれない。


まつが顔を出した。


「お帰りなさいませ」


「ああ。ただいま」


「今日はお仕事、大丈夫でしたか」


「何とか終わった」


「書付は?」


「きちんと渡してきた」


「それはよかったです」


季成は少し不満そうだった。


「私は、そこまで頼りないか」


まつは首をかしげた。


「どうでしょう」


「まつ」


「でも、今日は一度も取りに戻ってこられませんでしたね」


「……そうだな」


二人は笑った。


千寿丸が父の袖を引いた。


「父上!」


「今度は何だ」


「今日は、鳥が三羽いました!」


季成は息子を見た。


「三羽?」


「はい!」


「昨日は二羽だったな」


「今日は三羽!」


季成は少し考えた。


「では、明日は四羽かもしれぬな」


千寿丸は目を輝かせた。


「本当?」


「いや、分からぬが」


「じゃあ、明日も見よう!」


「……そうだな」


季成はうなずいた。


まつは、そんな夫と息子を見ていた。


あさは、ようやく泣きやんでいた。


     *


夜。


子どもたちが眠ったあと、まつは鎌倉から届いた文を読み返していた。


母のちよからの文だった。


三郎に娘が生まれたこと。


その三郎が、赤子の笑った回数まで書き留めていること。


あやが北条家から魚を持ってきたこと。


宗直と光成が、相変わらず弟をからかっていること。


読み進めるうちに、まつは笑ってしまった。


「どうした」


季成が尋ねた。


「鎌倉からの文です」


「何かあったのか」


「ええ。三郎が父親になっても、ちっとも変わらないそうです」


季成は笑った。


「それは、よいことではないか」


「そうですね」


まつは文を丁寧に畳んだ。


「季成様」


「何だ」


「いつか、千寿丸とあさを連れて鎌倉へ行きたいですね」


「ああ」


「お前の母上にも、子どもたちを会わせたい」


「きっと大騒ぎになりますよ」


「それは覚悟している」


まつは嬉しそうに笑った。


季成は、妻の顔を見た。


「……まつ」


「はい」


「明日は、千寿丸と鳥を見る約束をしてしまった」


「ええ、聞いていました」


「役所へ行く前に、少し時間を取らねばならぬ」


「そうですね」


「鳥が来なかったら、どうすればよい」


まつは、しばらく考えた。


そして、笑った。


「そのときは、季成様が鳥を探してあげてください」


「私が?」


「父親でしょう?」


季成は黙った。


今日、二度目だった。


やがて、諦めたように笑った。


「……分かった」


まつは夫の隣に座った。


京都の夜は静かだった。


けれど、この家の朝は、きっと明日も賑やかになる。


まつは、鎌倉の家を思い出した。


父がいて、母がいて、兄弟たちがいて。


誰かが笑い、誰かが怒り、誰かが困っていた。


あの家で育った自分が、今は京都で家族を持っている。


まつは、隣に座る夫を見た。


季成は、明日の鳥のことをまだ考えているようだった。


「季成様」


「何だ」


「明日は、四羽いるとよいですね」


季成は妻を見た。


「……お前まで」


まつは声を上げて笑った。

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