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二階堂一族、鎌倉時代を賑やかに生きる。――亡き父親は転移者!  作者: これってなんだろう
第八部 承久の乱と、残された家族 承久元年(1219年)秋〜貞応元年(1222年)
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幕間37 ちよは、夫が残した策を思い出す

建保七年(1219年)、鎌倉。


京から、宮将軍の申し入れを断る返事が届いた。


ちよがそれを知ったのは、あやが訪ねてきた日のことだった。


「母上。小太郎様が、宮様のお話はまとまらなかったとおっしゃっていました」


「そうですか」


ちよは、手にしていた布を畳んだ。


「義時おじさんたち、今度は京の貴族の子を迎えるそうです」


「そう」


「母上、あまり驚かないのね」


ちよは娘を見た。


「驚いていますよ」


「そうは見えないわ」


あやは隣に腰を下ろした。


「父上なら、どうしたと思う?」


ちよは、すぐには答えなかった。


十一年前に亡くなった夫。


直成さんは、まだ実朝が若かったころから、将軍家の後継ぎを案じていた。


そのことを、義時も広元も覚えていたらしい。


けれども、二人が知らないことを、ちよは知っていた。


直成さんが、なぜあれほど急いでいたのか。


何を恐れていたのか。


「……父上なら、きっと、もう一度考えたでしょうね」


ちよが答えると、あやは笑った。


「そうね。父上は、すぐに別の紙を出してきそう」


「そうですね」


「でも、その紙がまた増えるのよね。三郎兄上が困るわ」


二人は笑った。


あやが帰った後、ちよは一人で縁側に座った。


左手の薬指に、そっと触れる。


直成さん。


あなたが心配していたことが、起きてしまいました。


ちよは目を閉じた。


すると、ずいぶん昔の京の景色が、ゆっくりとよみがえってきた。


     *


元久二年(1205年)、京。


直成さんは、また文書を広げていた。


机の上には、京で書き写した古い法の記録と、鎌倉から届いた書状が並んでいる。


「直成さん」


「はい」


「また増えましたね」


「何がですか」


「紙です」


直成さんは机を見た。


「……増えましたね」


「昨日、片づけたばかりでしょう」


「そうなんですが」


「紙は、夜になると増えるのですか」


直成さんは笑った。


「増えてくれるなら、書き写す手間が省けるんですが」


「書くところまで勝手に増えたら、怖いですよ」


「確かに」


ちよは、夫の前に湯を置いた。


「今日は、何を調べているのですか」


「京の法です」


「また?」


「またです」


直成さんは、古い書物を開いた。


「律令といって、昔からある国の決まりです。役人の仕事や土地の扱いについて、いろいろ書かれています」


「鎌倉には、鎌倉の決まりがあるのでしょう?」


「あります。ただ、まだ人によって判断が違うことも多いんです」


直成さんは、鎌倉から届いた書状を示した。


「同じような土地の争いでも、誰が話を聞くか、どんな証拠が残っているかで、結論が変わることがあります」


「それは、困りますね」


「ええ。だから、何を確かめて、どう判断するか、少しずつ整理したいんです」


「京の決まりを、そのまま鎌倉で使うのですか」


「それは難しいですね」


直成さんは首を振った。


「京と鎌倉では、暮らしも仕事も違います。古い決まりを読んだだけでは、鎌倉の争いは解決しません」


「では、なぜ調べるのです?」


「長い間、国を動かしてきた人たちが、何を考えて決まりをつくったのか知りたいんです」


直成さんは、少し照れたように笑った。


「何も知らずに、新しいものを考えるのは怖いですから」


ちよは、夫の横顔を見た。


直成さんは未来のことを知っている。


それでも、古い文書を読み、人の話を聞き、何度も考え直していた。


未来を知っていることと、いま目の前にある問題を解決できることは、別なのだろう。


ちよは、そう思った。


     *


「それで、もう一つ」


直成さんが別の書状を取り出した。


「義時殿と広元殿に、また話をしてきました」


「何のお話ですか」


「実朝様の後継ぎについてです」


ちよは、夫の顔を見た。


実朝は、まだ若い。


妻を迎えて間もないころである。


普通なら、これから子が生まれることを考える時期だった。


「直成さん」


「はい」


「また、そのお話をしたのですか」


「はい」


「義時様に、心配しすぎだと言われませんでした?」


「言われました」


直成さんは苦笑した。


「今からそんなことを考えてどうする、と」


「でしょうね」


「広元殿は、最後まで聞いてくださいました」


「広元様は、お優しいのですね」


「いや、たぶん、聞かないと僕がまた来ると思われたんでしょう」


ちよは笑った。


直成さんも笑った。


けれども、その後、夫の表情が変わった。


「ちよさん」


「はい」


「実朝様には、御子が生まれないと思います」


ちよは黙った。


直成さんがこういう言い方をするとき、ただの心配ではないことを知っていた。


「……未来のお話ですか」


「はい」


「そして、以前お話しした実朝様のことも、やはり変わらないかもしれません」


ちよは静かにうなずいた。


「鶴岡八幡宮で、でしたね」


「はい。ただ、いつ、誰に、というところは、細かいことをすべて覚えているわけではありません」


「止められないのですか」


「止めたいです」


直成さんは、すぐに答えた。


「ですが、未来を知っているからといって、何もかも変えられるとは限りません」


「それでも、義時様たちにお話しすれば……」


「どうして知っているのか、説明できません」


直成さんは首を振った。


「それに、実朝様が殺されると言ったところで、誰が、いつ、何をすれば防げるのか。そこまで確かな答えを持っていないんです」


ちよは、夫の手元を見た。


直成さんの指が、書状の端を押さえていた。


「だから、後継ぎのことを考えているのですね」


「そうです」


「実朝様が亡くなった後のことを」


「はい」


直成さんは、深く息をついた。


「将軍様が亡くなった後、鎌倉そのものが揺れてしまうのが怖いんです」


     *


直成さんは、一枚の紙を広げた。


そこには、京と鎌倉という二つの文字が書かれていた。


「僕が考えているのは、宮様を将軍としてお迎えする道です」


「宮様?」


「天皇の一族の方です」


ちよは驚いた。


「朝廷の宮様が、鎌倉の将軍になるのですか」


「そうです」


「でも、京と鎌倉は、別のところでしょう?」


「別のところです。だから、意味があると思うんです」


直成さんは、紙の上の二つの文字を指した。


「鎌倉には、武士たちの土地を守り、訴えを裁く仕事があります。京には、長く国を治めてきた朝廷があります」


「はい」


「その二つが、互いの役目を認め合って暮らせないかと考えています」


ちよは、紙を見つめた。


「宮様が将軍になれば、仲よくなれるのですか」


「必ず、そうなるとは言えません」


直成さんは答えた。


「宮様をお迎えしても、鎌倉の政務は鎌倉の者が担う。そのことを京がどう思うか、難しいところです」


「それでは、京の方々が嫌がるかもしれませんね」


「ええ」


「それでも、進めたいのですか」


「話し合う道は、つくっておきたいんです」


直成さんは、もう一度紙を見た。


「宮様が将軍となること自体が、何もかも解決する答えだとは思っていません。ただ、京と鎌倉が互いを必要とする形をつくれたら、争いを避けられるかもしれません」


ちよは、夫の言葉を聞いていた。


「義時様たちには、そうお話ししたのですか」


「将軍が替わっても鎌倉の政務を続けられるようにしたい、と話しました」


「それだけ?」


「京との関係についても話しました」


直成さんは少し笑った。


「義時殿には、京が承知すると思うかと聞かれました」


「何と答えたのです?」


「そこが一番難しい、と」


「……正直ですね」


「嘘をついても、仕方がありませんから」


ちよは、紙の上の二つの文字を見た。


京。


鎌倉。


その間には、何も書かれていなかった。


     *


「でも、直成さん」


ちよは尋ねた。


「どうして、そこまで京と鎌倉が争うことを心配するのですか」


直成さんは答えなかった。


窓の外では、夕方の風が木々を揺らしていた。


しばらくして、夫が口を開いた。


「ちよさんには、話しておかなければいけませんね」


ちよは背筋を伸ばした。


直成さんが、こうして改まって話すことは珍しかった。


「僕が知っている歴史では、実朝様が亡くなった後、京と鎌倉は戦になります」


「……戦?」


「はい」


「朝廷と、鎌倉が?」


「そうです」


ちよは、言葉を失った。


朝廷は、長く国を治めてきた。


鎌倉には、頼朝がまとめた武士たちがいる。


その二つが、戦う。


ちよには、すぐには想像できなかった。


「そんなことが、本当に起こるのですか」


「僕が知っている歴史では、起こりました」


直成さんは静かに答えた。


「ただ、僕が覚えているのは、そこまでです。誰が、なぜ、どう動いたのかは、覚えていません」


ちよは、夫の顔を見た。


「どちらが勝つのですか」


直成さんは、しばらく黙っていた。


「分かりません。僕が知っているのは、そういう戦があった、ということだけです」


「……そうなのですか」


「勝つのか負けるのかも、そのとき義時殿がご存命なのかも、僕には分かりません」


直成さんは、紙の上の文字から目を離さなかった。


「僕がここにいるだけで、歴史はもう変わっているのかもしれません。義時殿がいなければ、鎌倉は負けるかもしれない。勝っても、僕が殺され、この家が滅びることもありえます」


ちよは、息をのんだ。


「本当に、分からないのです」


直成さんは、静かに言った。


「それに、勝てばそれでよいとは思えません」


ちよは気づいた。


夫は、答えを知って動いているのではない。


分からないまま、命を賭けて動いているのだ。


直成さんは紙の上の文字を見つめた。


「京にも、鎌倉にも、人が暮らしています。戦になれば、どちらの側にも苦しむ人が出ます」


ちよは、夫の手を取った。


「直成さんは、その戦を止めたいのですね」


「はい」


「だから、宮様を将軍に迎えたいのですか」


「それも、一つの道だと思っています」


直成さんはうなずいた。


「宮様をお迎えすれば、必ず戦がなくなるとは言えません。でも、京と鎌倉が互いの立場を認め合うきっかけにはなるかもしれない」


「ほかの道もあるのですか」


「あるはずです」


直成さんは、そう言ってから、少し困った顔をした。


「まだ、見つけられていませんが」


ちよは、夫の手を握ったまま言った。


「それなら、探しましょう」


直成さんが顔を上げた。


「ちよさん?」


「直成さん一人で、全部考えることはありません」


「でも、これは……」


「私は、京の政治も鎌倉の政治も、よく分かりません」


ちよは笑った。


「でも、人の話を聞くことくらいはできます」


直成さんは、妻を見つめた。


そして、ゆっくりと笑った。


「……ありがとうございます」


     *


その夜、直成さんは遅くまで文書を読んでいた。


ちよは、隣で針仕事をしていた。


「直成さん」


「はい」


「一つ、聞いてもいいですか」


「何でしょう」


「未来を知っているのなら、どうして、もっと簡単に物事を変えられないのですか」


直成さんは筆を置いた。


「そうですね」


少し考えてから、答えた。


「未来の出来事を知っていても、その出来事がどうして起きたのか、全部分かるわけではないからです」


「どうして起きたのか?」


「はい。例えば、京と鎌倉が戦になると知っていても、誰が何を考え、どこで話がまとまらなくなったのか、細かいことまでは分かりません」


ちよはうなずいた。


「だから、人の話を聞くのですね」


「そうです」


直成さんは、古い法の書物を指した。


「昔の決まりも、いまの争いも、よく知らなければ、何を変えるべきか分かりません」


「未来を知っているのに、大変ですね」


直成さんは笑った。


「本当に」


「知らなかった方が、楽だったのではありませんか」


その問いに、直成さんはしばらく答えなかった。


やがて、小さく言った。


「そう思うこともあります」


ちよは針を止めた。


「でも、知っている以上、何もしないわけにはいきません」


「そうですね」


「ただ……」


直成さんは、少し恥ずかしそうに笑った。


「僕一人で何とかできると思うのは、思い上がりなんでしょうね」


ちよは、夫を見た。


「そうですよ」


直成さんが驚いた。


「ずいぶん、はっきり言いますね」


「直成さんが、そう言ったのでしょう」


「それは、そうですが」


「義時様も広元様もいらっしゃいます。京にも、いろいろな方がいらっしゃるのでしょう」


「はい」


「それなら、皆さんで考えればよいのです」


直成さんは、しばらく黙っていた。


そして、笑った。


「ちよさんには、かないませんね」


「今ごろ気づいたのですか」


二人は声を立てて笑った。


     *


数日後、直成さんは京の役人たちを訪ねて回った。


朝廷の制度に詳しい者。


古い法の運用を知る者。


地方の土地の事情を扱ってきた者。


直成さんは、相手の話を聞き、分からないことを尋ね、書き留めた。


宮将軍の構想についても、相手を選びながら考えを聞いた。


「宮様を鎌倉へお迎えする?」


ある役人は驚いた。


「それは、鎌倉が朝廷の権威を借りることになるのではないか」


「そう見えるかもしれません」


直成さんは答えた。


「では、なぜそのようなことを考える」


「京と鎌倉が、争わずに済む道を探したいのです」


役人は眉をひそめた。


「京と鎌倉が争うと、誰が決めた」


「決まったわけではありません」


直成さんは頭を下げた。


「だからこそ、いま考えておきたいのです」


相手は、すぐには納得しなかった。


別の日には、鎌倉の政務を担う者たちが、宮様にどこまで従うのかと問われた。


直成さんは、そのたびに考えた。


宮様を将軍に迎えることが、京にとってどのような意味を持つのか。


鎌倉の武士たちが、何を失うことを恐れるのか。


直成さんが話を重ねるほど、問題は増えていった。


それでも、やめなかった。


帰宅すると、机の上にはまた文書が増えた。


「直成さん」


ちよが言った。


「はい」


「また紙が増えましたね」


「……増えました」


「それで、よいお話は聞けましたか」


「よい話も、難しい話も」


「どちらが多かったのです?」


直成さんは考えた。


「難しい話でしょうか」


ちよはため息をついた。


「では、明日も増えそうですね」


「たぶん」


「置く場所を考えてくださいね」


「はい」


直成さんは素直に答えた。


     *


建保七年(1219年)、鎌倉。


ちよは、ゆっくりと目を開けた。


直成さんが亡くなって、十一年。


実朝は、夫が話していたとおり、子を残さずに殺された。


そして、義時たちは宮将軍を迎えようとした。


直成さんが生前に考え、義時や広元と話し合い、京でも人々の考えを聞いていた道だった。


けれども、その道は開かなかった。


ちよは、左手の薬指に触れた。


「……直成さん」


小さく呼んだ。


あなたが考えていたことは、ちゃんと残っています。


義時様も、広元様も、覚えていてくださいました。


でも、京との話はまとまりませんでした。


ちよは庭を見つめた。


直成さんは、未来を知っていた。


それでも、その未来を変えるための答えまでは知らなかった。


宮将軍の構想は、その答えを探すための一つの試みだった。


それが実現しなかったからといって、すぐに戦が起こると決まったわけではない。


京と鎌倉には、まだ話し合う時間がある。


別の道を探すこともできる。


ちよは、そう信じたかった。


     *


「母上!」


庭の向こうから、あやの声がした。


振り向くと、あやが小さな包みを抱えて立っていた。


「小太郎様が、お菓子を持たせてくださったの」


「まあ」


「母上にも、と思って」


あやは包みを開いた。


「三郎兄上が来る前に食べましょう」


ちよは笑った。


「どうして?」


「三郎兄上は、遠慮している顔をしながら、二つ食べるもの」


「そうでしたか」


「そうよ。昔から」


あやは母の隣に座った。


ちよは、娘の横顔を見た。


「母上、何を考えているの?」


あやが尋ねた。


ちよは微笑んだ。


「父上のことですよ」


「また?」


「ええ」


あやは少し考えてから、菓子を一つ差し出した。


「じゃあ、父上の分も食べましょう」


「それは、どういうことですか」


「父上なら、きっとそう言うもの」


ちよは笑った。


「そうかもしれませんね」


二人で菓子を食べた。


京と鎌倉の間には、まだ解けない問題が残っている。


直成さんが恐れていた戦が、本当に近づいているのか、ちよには分からなかった。


ちよは、あやの笑顔を見つめた。


直成さん。


あなたが考えた道は、一つ閉ざされました。


でも、あなたの言葉を覚えている人たちは、まだここにいます。


ちよは、もう一度だけ左手の薬指に触れた。


そして、娘と一緒に、残りの菓子を分けた。


---


### 登場人物紹介


**あや**

直成とちよの末娘。北条時景(小太郎)の妻。父の考えをすべて知っているわけではないが、その家風を受け継いでいる。


**北条義時(ほうじょう よしとき)**

鎌倉幕府の執権。生前の直成と将軍家の後継問題について話し合っていた。


**大江広元(おおえ ひろもと)**

幕府の重臣。直成が考えていた、将軍が替わっても政務を続けられる仕組みの重要性を理解していた。


### 歴史の補足


1219年、源実朝の暗殺後、鎌倉幕府は皇族を将軍として迎えることを望みました。しかし、後鳥羽上皇との交渉はまとまらず、摂関家出身の三寅(後の藤原頼経)を迎えることになります。


また、直成が研究した律令と、後に成立する御成敗式目は、異なる歴史的背景を持つ法です。本作品では、直成が古い法と鎌倉の実情を学びながら、次の世代にも続く裁きの仕組みを考えていた人物として描いています。

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