↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二階堂一族、鎌倉時代を賑やかに生きる。――亡き父親は転移者!  作者: これってなんだろう
第八部 承久の乱と、残された家族 承久元年(1219年)秋〜貞応元年(1222年)
PR
113/119

第75話 北条義時は、京との交渉に敗れる

建保七年(1219年)、鎌倉。


京からの返事が、なかなか届かなかった。


源実朝が暗殺され、鎌倉は将軍を失った。


実朝には子がいない。頼朝の子孫から次の将軍を迎える道も、ほとんど閉ざされていた。


そこで北条義時たちは、朝廷の皇族を将軍として迎えようとしていた。


宮将軍。


天皇の一族である宮様を、鎌倉の将軍に迎える構想である。


将軍の権威は宮様が担い、武士たちの土地や訴えを扱う仕事は、鎌倉の者たちが続ける。


将軍が替わっても、鎌倉の政務を止めない。


義時にとって、それは幕府を守るための一つの道だった。


そして、この構想には、義時が忘れられない男の言葉が残っていた。


二階堂直成。


十一年前に亡くなった、鎌倉の役人である。


     *


「京から、まだ返事はないか」


義時が尋ねた。


大江広元は、机の上の文書を確かめた。


「使者からの報告は届いております。ただ、宮様をお迎えする件については、難しいとのことです」


「難しい、か」


「上皇様は、朝廷の立場を重んじておられます」


義時は腕を組んだ。


「それは分かる。こちらも、朝廷の権威を軽んじるつもりはない」


「しかし、宮様を将軍としてお迎えした後、政務を誰が担うのか。そこが問題になっております」


「鎌倉の政務を、すべて京に任せるわけにはいかぬ」


「はい」


義時はため息をついた。


「……直成殿も、そこが難しいと言っていたな」


広元が顔を上げた。


「覚えておられましたか」


「忘れるものか」


義時は苦笑した。


「まだ実朝様がお若いころから、あの男は後継ぎの心配ばかりしておった」


「ずいぶん先の話だと、皆が思っておりました」


「私もそう思っていた」


義時は窓の外を見た。


「だが、あの男は、早いうちに考えておかなければ間に合わぬと言った」


広元は静かにうなずいた。


「直成殿らしい言葉でございます」


「まったく、面倒な男だった」


義時は笑った。


しかし、その笑みはすぐに消えた。


「……そして、心配していたことが現実になった」


     *


義時は、昔のことを思い出していた。


まだ直成が生きていたころ。


鎌倉で、義時と広元、そして直成が、将軍家の将来について話したことがあった。


「実朝様には、いずれ御子が生まれるだろう」


義時がそう言うと、直成はうなずいた。


「そうなれば、何よりです」


「ならば、何を心配する」


「もし、そうならなかった場合です」


「実朝様は、まだお若い」


「はい。ですから、今のうちに考えておきたいのです」


義時は、少しあきれた。


「お前は、起きてもおらぬことを心配しすぎる」


直成は困ったように笑った。


「そうかもしれません」


「では、将軍家に後継ぎがなかったら、どうするつもりだ」


直成は少し考えた。


「京から、将軍となっていただける方をお迎えする道はないでしょうか」


義時は顔を上げた。


「京から?」


「はい。できれば、朝廷の宮様を」


「宮様を将軍に?」


「そうです」


義時は、すぐには答えなかった。


「宮様が鎌倉へ来られたら、政務はどうする」


「鎌倉の者たちが、責任を持って続けます」


「それでは、宮様は飾りではないか」


直成は首を振った。


「宮様のお立場を大切にすることと、鎌倉の政務を担うことは、両立できると思います」


「どういうことだ」


「将軍様がすべての訴えを裁き、すべての命令を考えなければならない仕組みでは、将軍様が替わるたびに鎌倉が揺れます」


広元が口を開いた。


「政務を担う者たちが仕事を続けられるようにしておく、ということですな」


「はい」


「将軍様が誰であっても、武士たちの土地が守られ、訴えが裁かれ、暮らしが続く。そのような鎌倉にしたいのです」


義時は腕を組んだ。


「理屈は分かる」


「ありがとうございます」


「だが、京が承知すると思うか」


直成は黙った。


義時は続けた。


「宮様を将軍に迎えながら、政務は鎌倉の者が行う。京から見れば、宮様のお名前を借りるだけではないか」


直成は、ゆっくりとうなずいた。


「そこが、一番難しいところです」


「分かっておるのか」


「はい」


「ならば、どうする」


「今のうちから、京の方々と話をしておきたいのです」


義時は驚いた。


「まだ後継ぎがいなくなると決まったわけでもないのにか」


「決まってからでは、急ぐことになります」


直成は静かに答えた。


「急いでいるときほど、人は自分の都合を優先します。京にも、京の事情がありますから」


広元がうなずいた。


「先に互いの考えを知っておく、ということですな」


「はい」


義時はしばらく直成を見つめた。


「……お前は、どこまで先のことを考えておるのだ」


直成は困ったように笑った。


「心配性なだけです」


「その一言で済ませるな」


義時が言うと、広元が小さく笑った。


直成も笑った。


その場では、宮将軍を迎えると決まったわけではなかった。


義時も広元も、実朝に子が生まれることを望んでいた。


それでも、直成の考えは二人の記憶に残った。


そして直成は、京で仕事をする間にも、将軍家の後継ぎと朝廷との関係について、少しずつ人々の考えを聞いていた。


その働きかけが、どれほどの成果を残したのか。


直成自身にも、確かな答えはなかった。


     *


現在の鎌倉。


「直成殿は、京が一番難しいと言っていた」


義時は広元に言った。


「はい」


「そのとおりになったな」


広元は静かに答えた。


「直成殿は、京にも京の事情があると考えておりました」


「分かっていたつもりだったが、実際に交渉してみると難しい」


義時は文書を置いた。


「宮様を迎えれば、鎌倉は安定するかもしれぬ。だが、京は、宮様の名で北条が強くなることを心配する」


「そのようでございます」


「こちらが鎌倉を守ろうとするように、京も朝廷を守ろうとしているのだろう」


広元はうなずいた。


「はい」


義時は少し考えた。


「直成殿は、こうなることまで考えていたのだろうか」


広元は答えなかった。


亡くなった者に、いま尋ねることはできない。


     *


その日の評議には、北条時房と小太郎――北条時景も加わっていた。


三郎は、広元のそばで記録を取っていた。


「京との話は、なお難しい」


義時が告げた。


時房が眉をひそめた。


「宮様をお迎えすることが、それほど難しいのでしょうか」


「鎌倉にとってはよい話でも、京にとってはそうとは限らぬ」


小太郎が口を開いた。


「義時様。以前、私が申し上げたことですが」


「うむ。京からどう見えるか、という話だな」


「はい」


小太郎は続けた。


「宮様を将軍にお迎えしても、政務は鎌倉の者が行います。京から見れば、宮様のお名前だけをお借りするようにも見えるのでしょう」


時房がうなずいた。


「しかも、実際の政務は北条が行う」


「はい」


義時は苦笑した。


「京が心配するのも無理はない」


広元が言った。


「しかし、鎌倉の政務をすべて宮様にお任せすることもできませぬ。御家人たちの土地の裁きや訴えは、これまでどおり続けねばなりません」


「では、どうすればよいのです」


小太郎が尋ねた。


広元は答えた。


「互いに納得できる形を探すほかございませぬ」


時房が腕を組んだ。


「それが見つからぬから、困っておるのだな」


三郎は筆を動かしながら、父のことを考えていた。


直成も、京と鎌倉の関係を大切にしていた。


何かを決めるときは、その後に誰が困るかまで考えろ。


父は、よくそう言っていた。


だが、父が生前、義時たちと宮将軍について話し合っていたことまでは、三郎は知らなかった。


     *


京でも、話はまとまらなかった。


後鳥羽上皇は、鎌倉からの申し入れを前に、考えていた。


「鎌倉は、どうしても宮を迎えたいのか」


近臣が答えた。


「そのようでございます」


「宮を送れば、その宮は鎌倉の将軍となる」


「はい」


「だが、鎌倉の政務を担うのは北条だ」


上皇は書状を置いた。


「宮が将軍となった後、鎌倉が朝廷の意向をどこまで重んじるのか。それが見えぬ」


近臣は黙っていた。


「鎌倉の安定を望まぬわけではない」


上皇は続けた。


「武士たちが争えば、京にもその影響は及ぶ。しかし、朝廷の宮を送ることで、朝廷の権威がかえって弱くなるのであれば、慎重にならざるを得ぬ」


それは、上皇にとって軽く扱えない問題だった。


鎌倉には鎌倉の事情がある。


しかし、朝廷にも朝廷の事情があった。


上皇は、もう一度書状を見た。


「以前、二階堂直成という者が、将軍家の後継ぎを案じていたと聞いたな」


「はい」


「その男も、京と鎌倉の関係を考えていたという」


「さようでございます」


上皇は少し考えた。


「先を案じることと、先を決めることは違う」


近臣は頭を下げた。


「はい」


「いま、決めねばならぬのは我らだ」


上皇は静かに言った。


「朝廷の宮を鎌倉へ送ることには、応じられぬ」


その言葉で、京の方針は定まった。


     *


数日後。


鎌倉に、京からの返答が届いた。


義時のもとに、広元、時房、小太郎が集まった。


三郎は書記として、部屋の端に座っていた。


広元が文書を開いた。


「宮様を将軍としてお迎えする件について、京からの返答がございました」


義時は黙って聞いていた。


「今回の申し入れには、応じられぬとのことでございます」


部屋が静かになった。


時房が口を開いた。


「……断られたのか」


「はい」


小太郎は目を伏せた。


三郎の筆が止まった。


義時は、しばらく何も言わなかった。


やがて、ゆっくりとうなずいた。


「そうか」


それだけだった。


時房が言った。


「もう一度、お願いしてみては」


義時は首を振った。


「同じ話を繰り返しても、答えは変わるまい」


「では、どうなさるのです」


「別の道を探す」


義時は広元を見た。


「摂関家から、お迎えすることはできぬか」


摂関家とは、天皇を補佐する摂政や関白を多く出してきた、藤原氏の有力な家柄である。


朝廷の皇族ではないが、京の貴族の中でも特に高い地位にある。


広元はうなずいた。


「その道は、考えられます」


「では、話を進めてくれ」


時房が尋ねた。


「宮様をお迎えする話は、これで終わりですか」


義時は少し考えた。


「いまは、そうするほかあるまい」


「いまは?」


「将来のことまでは分からぬ」


義時は続けた。


「大切なのは、将軍の座を空けたままにしないことだ。鎌倉を続けねばならぬ」


広元が頭を下げた。


「承知いたしました」


三郎は、その言葉を書き留めた。


宮将軍構想は、実現しなかった。


しかし、鎌倉の仕事は明日も続く。


義時たちは、次の道を探し始めていた。


     *


評議が終わった後。


広元が文書を片づけていると、義時が声をかけた。


「広元殿」


「はい」


「直成殿は、宮様を迎えることが目的だったのだろうか」


広元は少し考えた。


「それだけではなかったと思います」


「そうだな」


義時はうなずいた。


「将軍が誰になっても、鎌倉の政務を続けること。それが、あの男の考えだった」


「はい」


「ならば、宮様を迎えられなかったからといって、鎌倉を止めるわけにはいかぬ」


広元は頭を下げた。


「そのとおりでございます」


義時は窓の外を見た。


「直成殿は、京と鎌倉が争わずに済む道も考えていたな」


「はい」


「……その道を、一つ失ったのかもしれぬ」


広元は黙っていた。


義時は続けた。


「だが、これで京と争うと決まったわけではない」


「はい」


「ほかにも道はある。探し続けねばならぬ」


広元は静かにうなずいた。


義時は、亡き直成の考えをそのまま実行しようとしているわけではなかった。


直成と話し合ったことを覚えながら、いまの鎌倉を見て、自分で判断していた。


それが、義時の務めだった。


     *


そのころ、二階堂家では、あやがちよに尋ねていた。


「母上。宮様のお話、駄目だったんですって」


「そうですか」


ちよは静かに答えた。


「小太郎様が、京から断られたとおっしゃっていました」


「そう」


「母上は、驚かないの?」


ちよは少し考えた。


「驚いていますよ」


「そう見えない」


「そうかしら」


あやは母の顔を見た。


「母上は、ときどき、何かを知っているような顔をするわ」


ちよは娘を見つめた。


「何かって?」


「分からない。でも、父上のことを考えているとき、そういう顔になるの」


ちよは、そっと左手の薬指に触れた。


あやは、それを見逃さなかった。


「ほら、また」


「……よく見ていますね」


「母上の娘ですもの」


ちよは笑った。


「それは、そうですね」


あやは少し身を寄せた。


「父上なら、どうしたと思う?」


ちよはすぐには答えなかった。


直成は、ずいぶん昔から将軍家の後継ぎを心配していた。


実朝がまだ若かったころから。


そして、京と鎌倉が争わずに済む道を、何度も考えていた。


そのことを、ちよは覚えていた。


けれども、直成が何を知っていたのか。


なぜ、そこまで急いでいたのか。


そのすべてを、子どもたちに話すことはできなかった。


「父上なら……」


ちよは静かに言った。


「別の道を探したでしょうね」


あやはうなずいた。


「義時おじさんも、そうしているみたい」


「そうですか」


ちよは微笑んだ。


「それなら、よかった」


     *


やがて、鎌倉は摂関家から幼い三寅を迎えることになった。


三寅は、後に藤原頼経と名乗る人物である。


まだ幼い子どもだった。


その子を将軍家の後継ぎとして迎え、鎌倉の政務は義時たちが担う。


宮将軍構想は実現しなかったが、将軍の権威と政治の実務を分ける方向は、形を変えて残った。


義時は、広元とともに、新しい体制を整える仕事に追われていた。


「ようやく、次の道が見えたな」


義時が言った。


広元はうなずいた。


「はい。ただ、京との関係は、なお難しいままでございます」


「分かっている」


義時は文書を置いた。


「我らは、鎌倉を続けるために動いた。京も、朝廷を守るために動いた」


「はい」


「どちらも、自分たちの務めを果たそうとしたのだろう」


広元は黙って聞いていた。


「それでも、話はまとまらなかった」


義時は、庭へ目を向けた。


「……難しいものだな」


広元は静かに答えた。


「政とは、そういうものでございます」


義時は小さく笑った。


「お前は、いつも同じことを言うな」


「義時様も、いつも同じことで悩んでおられます」


「それは困った」


二人は、少しだけ笑った。


しかし、京と鎌倉の間に残った問題は、笑って済ませられるものではなかった。


将軍の後継ぎは決まった。


けれども、朝廷と幕府がどのような関係であるべきか、その答えは出ていない。


そして、ちよはまだ、直成が生前に語ったある言葉を胸の奥にしまっていた。


それは、実朝が亡くなるより、ずっと前のことだった。



---


### 登場人物紹介


**北条義時(ほうじょう よしとき)**

鎌倉幕府の執権。生前の直成と将軍家の後継問題について議論を重ねていた。宮将軍構想が実現しなかった後、摂関家から後継者を迎える道を選ぶ。


**大江広元(おおえ ひろもと)**

幕府の政務を支える重臣。直成の考えを知る人物であり、義時とともに将軍後継問題に対応する。


**北条時房(ほうじょう ときふさ)**

義時の弟。幕府の将来を考え、宮将軍構想の交渉を見守る。


**北条時景(ほうじょう ときかげ)/小太郎**

北条一門の若者で、あやの夫。京と鎌倉の双方の立場を考えながら、政治を学んでいる。


**二階堂行嗣(にかいどう ゆきつぐ)/三郎**

直成の三男。大江広元のもとで書記を務め、将軍後継問題の協議を記録する。


**後鳥羽上皇(ごとばじょうこう)**

朝廷の政治を主導する上皇。皇族を鎌倉へ送ることに慎重な立場を取る。


**あや**

直成とちよの末娘で、小太郎の妻。母ちよが父のことを思い出していると気づく。


### 歴史の補足


建保七年(1219年)、第三代将軍・源実朝が暗殺され、鎌倉幕府は後継者問題に直面しました。


幕府は皇族を将軍として迎えることを望みましたが、後鳥羽上皇はこれに応じず、最終的には摂関家出身の幼い三寅(後の藤原頼経)を迎えることになりました。


三寅は1219年に鎌倉へ迎えられ、1226年に元服して第四代将軍となります。幼少期には北条氏らが幕府の政務を担いました。


宮将軍構想はこの時点では実現しませんでしたが、後の1252年には宗尊親王が第六代将軍として迎えられました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。