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二階堂一族、鎌倉時代を賑やかに生きる。――亡き父親は転移者!  作者: これってなんだろう
第七部 実朝の最期と、続いていく暮らし ――建保七年(1219年)〜承久元年(1219年)
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第71話 二階堂家は、三郎が父親になっても落ち着かない

承久元年(1219年)秋、鎌倉。


実朝が殺されてから、九か月ほどが過ぎていた。


鎌倉の人々は、もう大声であの日の話をしなくなった。


けれど、忘れたわけではなかった。


秋風の吹く朝、二階堂家の廊下だけは、いつものように騒がしかった。


その朝、二階堂家では、三郎が走っていた。


「母上!」


廊下を走る足音がした。


「母上!」


ちよが部屋から顔を出した。


「どうしました、三郎」


「しづが!」


「しづが?」


「お腹が!」


ちよは、すぐに立ち上がった。


「痛み始めたのですか」


「はい!」


「いつから?」


「分かりません!」


「三郎」


「はい!」


「あなたが分からなくても、しづは分かるでしょう。まず、本人の話を聞きなさい」


「はい!」


行嗣は、来た道を戻った。


ちよは、落ち着いて後を追った。


     *


しづは、部屋で座っていた。


行嗣が飛び込んでくる。


「しづ!」


「三郎様」


「大丈夫ですか?」


「大丈夫ですよ」


「本当に?」


「ええ」


「痛みますか?」


「少し」


「どうしたらよいのでしょう」


しづは、夫を見た。


「まず、落ち着いてください」


「落ち着いています!」


「落ち着いている人は、そんな大きな声を出しませんよ」


行嗣は、口を閉じた。


ちよが入ってきた。


「しづ、痛みはいつごろからですか」


「夜明け前からです」


「間隔は?」


「少しずつ、短くなってきました」


ちよはうなずいた。


「では、産婆を呼びましょう」


行嗣が立ち上がった。


「私が!」


「三郎」


「はい!」


「どこへ行くか、分かっていますか」


行嗣は、立ったまま考えた。


「……産婆のところへ」


「どなたのところですか」


「……」


しづが、思わず笑った。


「三郎様。昨日、母上と話していたでしょう」


「そうでした!」


ちよは、ため息をついた。


「家の者に場所を伝えます。あなたは、しづのそばにいてあげなさい」


「はい!」


行嗣は、妻の隣へ戻った。


しづは、夫の顔を見て笑った。


「三郎様」


「何ですか」


「今日一日、その調子ですか?」


「……分かりません」


ちよは、少し考えた。


「たぶん、もっとひどくなりますよ」


しづは、大きく笑った。


     *


ちょうどそのころ、北条家からあやが訪ねてきた。


しづの出産が近いと聞いて、数日前から時折、二階堂家の手伝いに来ていた。


今日も、朝のうちに顔を出すつもりだった。


門を入ると、いつもより人の出入りが多い。


「あれ?」


あやが立ち止まった。


そこへ、産婆を迎えに向かう家人が通りかかった。


「どうしました?」


「しづ様のお産が始まったようでございます」


あやは、目を丸くした。


「えっ、もう生まれるのですか」


「はい。これから産婆をお迎えに」


あやは、すぐに道を譲った。


「急いでください。でも、転ばないように」


家人が駆けていった。


あやは、家の中へ向かった。


「母上!」


ちよが顔を出した。


「あや。来ていたのね」


「しづ姉上のお産が始まったって!」


「ええ。今、産婆を呼びに行ってもらいました」


「私も手伝う!」


「ありがとう。では、まず湯を沸かす支度をお願いできますか」


「ええ」


あやは、すぐに動き出した。


ところが、廊下で行嗣と鉢合わせた。


「三郎兄!」


「あや!」


「しづ姉上は?」


「今、母上がついている!」


「産婆は?」


「迎えに行ってもらった!」


「三郎兄は?」


「……何をすればよいか考えている!」


あやは、兄の足元を見た。


「あれ?」


「何だ」


「履物、片方しか履いてないよ」


行嗣は、自分の足元を見た。


「……あ」


あやは、額に手を当てた。


「赤ちゃんが生まれる前に、三郎兄が転びそう!」


行嗣は、慌てて履物を探しに戻った。


あやは、笑いながら台所へ向かった。


     *


そのころ、宗直は書付を読んでいた。


廊下を走る音がした。


「太郎兄上!」


行嗣だった。


「何だ、三郎」


「しづが!」


「どうした」


「子どもが生まれます!」


宗直は、立ち上がった。


「本当か!」


「はい!」


「そうか!」


宗直は、行嗣の肩をたたいた。


「おめでとう!」


「まだ生まれていません!」


「そうだった!」


二人は、顔を見合わせた。


そこへ光成が来た。


「何の騒ぎだ」


宗直が答えた。


「三郎の子が生まれる!」


「もう生まれたのか」


「まだだ!」


「では、何を騒いでいる」


行嗣が答えた。


「今から生まれるんです!」


光成は、うなずいた。


「そうか。では、何をすればよい」


三人は、黙った。


宗直が言った。


「……母上に聞こう」


行嗣と光成は、同時にうなずいた。


「そうしましょう」


     *


産婆が到着すると、家の中は急に忙しくなった。


湯を沸かす。


布を用意する。


部屋を整える。


ふみとおりんも手伝いに来た。


あやは、言われた物を運んでいた。


「母上! 布はこれでいい?」


「ええ、ありがとう」


「お湯は?」


「もう少し待ってください」


「しづ姉上は?」


「今は産婆がついています」


「私も入っていい?」


「必要になったら呼びますよ」


あやは、うなずいた。


その隣で、行嗣が立っていた。


「母上」


「何ですか」


「私は、何をすれば」


「三郎は、そこで待っていなさい」


「はい」


行嗣は、座った。


しばらくして、また立った。


「母上」


「何ですか」


「何か手伝えることは」


「三郎」


ちよは、息子を見た。


「あなたが落ち着いて待つことも、大切な役目です」


行嗣は、真剣な顔になった。


「分かりました」


そして、座った。


少しして、また立った。


宗直が、肩をつかんだ。


「三郎。座れ」


「兄上!」


「座れ」


「でも!」


「座れ」


行嗣は、座った。


光成が、水を持ってきた。


「飲め」


「ありがとうございます」


行嗣は、飲んだ。


そして、また立った。


宗直が、ため息をついた。


「……駄目だな」


光成がうなずいた。


「駄目だ」


あやが笑った。


「三郎兄、赤ちゃんより先に泣きそう!」


「泣かない!」


行嗣は、言い返した。


けれど、少しだけ泣きそうだった。


     *


あやは、ふと思い出した。


「母上」


「何ですか」


「小太郎様にも、知らせていい?」


ちよは、娘を見た。


「ええ。時景殿も心配してくださっていたものね」


「ええ」


あやは、家人を呼んだ。


「北条家へ戻る人はいる?」


「昼ごろには、向かう者がおります」


「では、小太郎様に伝えてほしいの。しづ姉上のお産が始まったって」


「承知しました」


あやは、少し考えた。


「それから、私は今日はここで手伝って、夕方に帰るつもりだって」


「かしこまりました」


あやは、ほっとした顔をした。


夫に伝えておけば、帰りが遅くなっても心配をかけずに済む。


それから、また台所へ戻った。


     *


昼を過ぎた。


しづのいる部屋から、ときどき声が聞こえた。


行嗣は、そのたびに立ち上がった。


「しづ!」


宗直が、腕をつかんだ。


「待て」


「でも!」


「今は、産婆と母上がついている」


「はい」


行嗣は、座った。


そして、両手を握りしめた。


今まで、仕事で難しいことは何度もあった。


書付を間違えたこともある。


広元に叱られたこともある。


けれど、こんなに何もできないと思ったことはなかった。


しづが痛がっている。


自分には、代わってやることもできない。


行嗣は、膝を見つめた。


そのとき、ちよが部屋から出てきた。


「三郎」


行嗣は、すぐに立ち上がった。


「母上!」


「しづが、少し話したいそうです」


「はい!」


行嗣は、部屋へ入った。


しづは、横になっていた。


額に汗が浮かんでいる。


けれど、行嗣を見ると笑った。


「三郎様」


「しづ」


「そんな顔をしないでください」


「……どんな顔ですか」


「今にも泣きそうな顔」


行嗣は、妻のそばに座った。


「大丈夫ですか」


「大丈夫ですよ」


「痛いでしょう」


「ええ。痛いです」


行嗣は、何も言えなくなった。


しづが、手を差し出した。


「手を握ってください」


行嗣は、すぐに握った。


「三郎様」


「何ですか」


「赤ちゃんが生まれたら、ちゃんと抱いてあげてくださいね」


「はい」


「怖がって、逃げないでくださいよ」


「逃げません!」


しづは、笑った。


「本当ですか」


「本当です」


「では、約束です」


行嗣は、妻の手を握り返した。


「約束します」


しづは、少し目を閉じた。


それから、また笑った。


「……それと」


「何ですか」


「私も頑張っていますから、三郎様も頑張って待っていてください」


行嗣は、うなずいた。


「はい」


     *


夕方が近づいたころ。


家の中に、赤子の泣き声が響いた。


「おぎゃあ!」


行嗣は、立ち上がった。


宗直も、光成も、あやも、同時に顔を上げた。


「……!」


もう一度、声がした。


「おぎゃあ!」


行嗣は、動けなかった。


ちよが部屋から出てきた。


顔には、笑みが浮かんでいた。


「三郎」


「……母上」


「生まれましたよ」


行嗣は、息を止めた。


「……本当に?」


「ええ」


「しづは?」


「無事ですよ」


「赤ちゃんは?」


「元気です」


行嗣は、膝から力が抜けた。


その場に座り込んだ。


宗直が、慌てて支えた。


「三郎!」


「……よかった」


行嗣は、小さく言った。


「よかった……」


あやが、隣で笑った。


「三郎兄、本当に泣いてる!」


「……泣いていない」


「泣いています」


光成が、静かに言った。


「今日は、泣いてもいいだろう」


宗直もうなずいた。


「そうだな」


行嗣は、顔を覆った。


今度は、誰もからかわなかった。


     *


しばらくして、行嗣は部屋へ入った。


しづが、赤子を抱いていた。


「三郎様」


「しづ」


「お帰りなさい」


「……ただいま」


行嗣は、妻のそばに座った。


赤子は、小さかった。


顔も、手も、足も。


何もかもが小さかった。


「……女の子ですか」


「ええ」


しづは、嬉しそうに笑った。


「女の子ですよ」


行嗣は、赤子を見つめた。


「……小さい」


「そうですね」


「こんなに小さいのですね」


「ええ」


しづは、赤子を少し持ち上げた。


「抱いてみますか」


行嗣は、固まった。


「……今ですか」


「今ですよ」


「落としたら」


「落としませんよ」


「でも」


「三郎様」


しづは、にっこり笑った。


「約束したでしょう」


行嗣は、うなずいた。


「はい」


しづは、ゆっくり赤子を渡した。


行嗣は、両腕で受け止めた。


思っていたより、ずっと軽かった。


けれど、腕の中にあるものが、何より大切に思えた。


赤子が、少し動いた。


「……!」


行嗣は、息を止めた。


しづが笑った。


「息をしてください、三郎様」


「……ああ」


行嗣は、慌てて息をした。


赤子は、小さく口を動かした。


行嗣の胸に、あの日の鶴岡八幡宮の叫び声がよぎった。


この正月、鎌倉では一つの息が止まった。


そして今日、この小さな胸は、確かに息をしている。


行嗣は、その温かさを、腕の中で確かめた。


行嗣は、そっと顔を近づけた。


「……こんにちは」


しづが、口元を押さえて笑った。


「三郎様」


「何ですか」


「こんにちは、なのですか」


「初めて会いましたから」


「そうですけれど」


行嗣は、真面目な顔で赤子を見た。


「……私が父上ですよ」


しづは、笑いながらうなずいた。


「そうですね」


「あなたの父上です」


赤子は、目を閉じたままだった。


行嗣は、少し困った顔をした。


「……聞いているでしょうか」


「まだ分かりませんよ」


「そうですか」


しづは、夫を見つめた。


「三郎様」


「何ですか」


「嬉しいですか」


行嗣は、顔を上げた。


「はい」


そして、笑った。


「とても嬉しいです」


しづも、同じように笑った。


     *


その夜。


二階堂家では、赤子の話で持ちきりだった。


「女の子!」


あやが、嬉しそうに言った。


「女の子ですよ!」


宗直が笑った。


「分かった、あや」


「だって、可愛いんだもの!」


光成がうなずいた。


「小さかったな」


「次郎兄、抱いた?」


「いや、まだだ」


「どうして?」


「三郎が離さなかった」


宗直が、吹き出した。


「もうか!」


あやは、大きく笑った。


「三郎兄、赤ちゃんを独り占めしてる!」


ちよも、笑っていた。


ふみも、おりんも、嬉しそうだった。


与一と梅は、赤子を見たくて何度も部屋をのぞこうとしていた。


「まだ、しづが休んでいますよ」


ちよが言うと、ようやく静かになった。


けれど、しばらくすると、また誰かが尋ねた。


「赤ちゃん、起きた?」


「まだですよ」


「泣いた?」


「今は寝ています」


「いつ起きる?」


「赤ちゃんに聞いてください」


ちよがそう答えると、家族は笑った。


     *


夜が更ける前に、あやは北条家へ帰ることになった。


門には、時景が迎えに来ていた。


「小太郎様!」


あやが駆け寄った。


「お疲れさま。どうだった?」


時景が尋ねた。


あやは、目を輝かせた。


「生まれました!」


「そうか!」


「女の子!」


時景は、嬉しそうに笑った。


「それは、めでたい」


「三郎兄、泣いてたんだよ」


「行嗣殿が?」


「うん。赤ちゃんより先に泣くかと思った」


時景は、声を立てて笑った。


「それは、見たかったな」


あやは、夫の手を握った。


「小太郎様」


「何だ」


「赤ちゃんって、あんなに小さいんだね」


「ああ」


「でも、皆があんなに嬉しそうになるんだね」


時景は、妻を見た。


「そうだな」


あやは、少し考えた。


「三郎兄は、もう立派な父親のようでした」


「そうか?」


「ええ。ずっと抱いていました」


時景は、笑った。


「それは、立派というより、離したくなかったのかもしれないな」


あやも笑った。


二人は、並んで北条家へ帰っていった。


     *


その夜。


こずえが眠ったあとも、行嗣は赤子の枕元から離れなかった。


胸が上下する数を、数えている。


「……十七、十八」


「三郎様」


「静かにしてください。今、数えています」


しづは、少し離れたところで布団を整えていた。


「何を数えているのですか」


「息です」


「どうして」


「止まったら、困りますから」


しづは手を止めた。


行嗣は、真面目な顔で赤子を見ている。冗談ではないのが、分かった。


行嗣は、赤子から目を離さずに、小さく続けた。


「人の息は、あっけなく止まるものだと、今年、知りましたから」


しづは、何も言わずに、夫の横顔を見た。


しづは、静かに行嗣の隣へ座った。


「三郎様。今夜は、お休みになってください」


「大丈夫です。私は起きていられます」


「起きていられることは、存じております」


しづは言った。


「ですが、三郎様が倒れたら、この子を抱く人が一人減ります」


行嗣は、何か言いかけて口を閉じた。


「私も、この子のことは心配です。ですから、交代にしましょう」


「交代」


「はい。私が先に見ます。三郎様は、少し眠って。それから、三郎様の番です」


「……しづは、眠らなくてよいのですか」


「私は、後で眠ります」


しづは、こずえの胸の上下を見た。


「ちゃんと、息をしていますよ」


行嗣は、ゆっくり息を吐いた。


「分かっているのですが」


「分かっていても、怖いのでしょう」


「……はい」


「私もです」


しづは、小さく笑った。


「でも、怖いと言える相手がいるのは、よいことですね」


行嗣は、しづを見た。それから、赤子を見た。


「しづ」


「はい」


「ありがとうございます」


しづは、少し驚いた顔をした。


「今、言いましたね」


「言いました」


「やっと」


「やっとです」


しづは、満足そうにうなずいた。


「では、三郎様。お休みになってください。私の番です」


行嗣は、布団に横になった。


眠るつもりはなかった。けれど、赤子の寝息と、しづの小さな声を聞いているうちに、まぶたが落ちた。


しづは、その寝顔を見ていた。


「……おやすみなさい、三郎様」


こずえが、小さく口を動かした。


灯りは、夜明けまで、消えなかった。


     *


数日後。


行嗣としづは、赤子の名前を考えていた。


「三郎様」


「何ですか」


「名前、どうしましょう」


行嗣は、赤子を見た。


「そうですね」


「考えていたでしょう?」


「はい」


「何かありますか」


行嗣は、少し迷った。


それから、言った。


「こずえ、はどうでしょう」


しづは、夫を見た。


「こずえ?」


「はい」


「どうしてですか」


行嗣は、庭の木を見た。


「木の枝の先に、新しい葉が出るでしょう」


「ええ」


「その先の方を、梢というのです」


しづは、庭を見た。


「……こずえ」


「この子も、これから大きくなって、いろいろなものを見るのだと思います」


行嗣は、赤子の顔を見た。


「だから、こずえ」


しづは、少し考えた。


それから、にっこり笑った。


「よい名前ですね」


「本当ですか」


「ええ」


しづは、赤子の頬にそっと触れた。


「こずえ」


赤子は、小さく口を動かした。


行嗣が、目を丸くした。


「返事をしました!」


しづは、小さく笑った。


「まだ、分かりませんよ」


「でも、今!」


「三郎様」


二人は、顔を見合わせて笑った。


     *


その日の夕方。


ちよは、部屋の中で赤子を抱く行嗣を見ていた。


行嗣は、真剣な顔でこずえを見つめていた。


「こずえ」


赤子は、眠っている。


「父上ですよ」


返事はない。


「こずえ」


まだ眠っている。


「……聞いているでしょうか」


しづが、隣から笑った。


「寝ていますよ」


「そうですか」


行嗣は、少し考えた。


「では、起きたらまた言いましょう」


しづは、大きく笑った。


ちよも、思わず笑った。


昔、直成も同じようなことをしていた。


宗直が生まれたとき。


まだ何も分からない赤子に、真剣な顔で話しかけていた。


あの人は、今の三郎を見たら、何と言うだろう。


きっと、笑うだろう。


それから、自分も同じだったことを忘れて、三郎をからかうに違いない。


ちよは、そっと微笑んだ。


その夜、家族が寝静まってから、ちよは一人で庭を眺めた。


「直成さん」


小さく呼んだ。


「三郎も、父親になりましたよ」


少し間を置いて、笑った。


「あなたに、そっくりです」


返事はなかった。


けれど、ちよには、直成が照れくさそうに笑う顔が思い浮かんだ。


空には、秋の星が出ていた。


今年は、実朝が逝った。


そして、こずえが来た。


去る命と来る命は、同じ空の下にあるのだと、ちよは思った。


家の奥から、赤子の泣き声が聞こえた。


続いて、行嗣の慌てた声。


「しづ! こずえが泣いています!」


「赤ちゃんなんですから、泣きますよ!」


「どうしたらよいでしょう!」


「まず抱いてあげてください!」


ちよは、声を殺して笑った。


「……本当に、そっくりですね」


二階堂家には、新しい家族が増えた。


こずえを中心に、今日も賑やかな一日が始まろうとしていた。



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## 登場人物紹介


**二階堂行嗣(にかいどう・ゆきつぐ)/三郎**


直成とちよの三男。大江広元のもとで幕府の文書や訴訟に携わっています。妻しづとの間に長女こずえが誕生し、初めて父親になりました。


**しづ**


行嗣の妻。承久元年(1219年)秋、長女こずえを出産しました。夫の慌てぶりを笑いながらも、家族が増えた喜びを分かち合っています。


**こずえ**


行嗣としづの長女。本作の創作人物。承久元年(1219年)秋に誕生しました。名前には、枝の先に伸びる梢のように、これから広い世界を見て育ってほしいという両親の願いが込められています。


**あや**


直成とちよの末娘。北条時景と婚姻し、普段は北条家で暮らしています。しづの出産を手伝い、姪の誕生を喜びました。


**北条時景(ほうじょう・ときかげ)/小太郎**


あやの夫。北条義時のもとで働く架空の人物。出産当日はあやを気遣い、夜に二階堂家まで迎えに来ました。

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