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二階堂一族、鎌倉時代を賑やかに生きる。――亡き父親は転移者!  作者: これってなんだろう
第七部 実朝の最期と、続いていく暮らし ――建保七年(1219年)〜承久元年(1219年)
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第66話 二階堂家は、将軍の死を知らされても家族を待つ

建保七年(1219年)、正月二十七日、夜。鎌倉、鶴岡八幡宮。


上の方で、松明が動いていた。


儀式を終えた人々が、帰りの支度をしている。


行嗣は、通り道へ出ないように一歩退いた。


雪の中で待っていた者たちも、顔を上げていた。


もう、帰る。


行嗣は包みを抱え直した。


家へ戻ったら、しづに礼を言おう。


用意してくれた衣が役に立ったことを伝え、そのあと、妻の話を聞こう。


前の方で、人の声がした。


誰かを呼ぶ声だった。


行嗣には、名前までは聞き取れなかった。


     *


実朝は、神前での儀式を終え、退出しようとしていた。


朝廷の正式な装束である束帯を身につけ、笏と呼ばれる細長い板を手にしている。


周囲には、付き従ってきた人々がいた。


その中に、源仲章もいる。


京の学問と朝廷の実務に通じ、実朝に仕えていた人物だった。


帰りの動きが始まった、そのときだった。


僧の姿をした男が飛び出した。


鶴岡八幡宮の別当、公暁だった。


別当とは、この寺社をまとめる責任者である。


公暁は、実朝の兄・頼家の子だった。


男が刃を振るった。


実朝の体が崩れた。


声が上がった。


人々が後ろへ退き、互いにぶつかった。


仲章にも刃が向けられた。


祝いの儀式を終えた場所で、二人が倒れた。


「父の敵を討った」


公暁は、そのような意味の言葉を叫んだ。


だが、その叫びだけで、事件の理由も、関わった者も分かるわけではなかった。


誰が何を考えていたのか。


誰が何を知っていたのか。


その場にいた人々にも、全体は見えていなかった。


     *


行嗣が聞いたのは、重なった叫びだった。


それまでとは違う声だった。


松明が大きく揺れた。


上の方で、人が走っている。


「退け!」


誰かが叫んだ。


行嗣は、何が起きたのか確かめようと顔を上げた。


その前を、男が走り抜けた。


後ろから人が押され、行嗣の肩へぶつかった。


足が滑った。


手をつこうとして、包みを一つ落とした。


「何があった!」


「刃だ!」


「鎌倉殿が――」


言葉は、そこで別の声にかき消された。


行嗣は雪の上の包みを拾った。


紐がついていた。


しづの用意した衣を包んでいた布だった。


握った手に力が入らない。


もう一度、つかみ直した。


上の方へ駆けていく武士がいた。


反対に、こちらへ下りてくる者もいる。


何かを叫んでいたが、行嗣には聞き分けられなかった。


行嗣は脇へ寄った。


倒れた者を、そばの二人が起こしている。


自分も手を伸ばし、片方の腕を支えた。


男が立ち上がると、行嗣の手を離れ、人の流れへ戻っていった。


どちらへ行けばよいのか。


上で何があったのか。


行嗣は、もう一度、灯りの方を見た。


実朝が下りてくる姿は、見えなかった。


     *


しばらくして、周囲の声の中に、同じ言葉が増えた。


鎌倉殿が襲われた。


命を落とされた。


仲章殿も倒れた。


公暁が刃を振るった。


行嗣は、一つずつ聞いた。


聞いた言葉を、頭の中で並べようとした。


けれど、並べたそばから、別の声が入り込んでくる。


誰が見たのか尋ねたい。


どこまで確かめられたのか聞きたい。


いつもなら、そうする。


今は、口が動かなかった。


実朝が死んだ。


その言葉を、聞いた。


しかし、少し前まで御所にいた実朝は、行嗣の包みを見て笑っていた。


冷えるから気をつけよと言った。


その声が、まだ耳に残っている。


行嗣は立っていた。


人々が動いても、すぐには動けなかった。


     *


二階堂家にも、異変の知らせが届いた。


最初は、八幡宮で騒ぎが起きたという話だった。


続いて、実朝が襲われたと伝わった。


宗直が立ち上がった。


光成も、すぐ後に続いた。


ふみが宗直の腕へ触れた。


「三郎を捜しに?」


「ああ。八幡宮の方へ行っている」


「どの道を通りますか」


宗直は答えた。


ふみは、聞き終わるまで腕を離さなかった。


おりんは光成へ衣を渡した。


「二人で戻ってきてください」


光成は受け取った。


しづも立っていた。


「私も――」


言いかけて、門の方を見た。


今から全員が外へ出れば、行嗣が先に帰ったとき、誰に知らせればよいか分からなくなる。


しづは息を吸った。


「私は、こちらで待ちます。三郎様が先にお戻りになったら、すぐ分かるように」


宗直がうなずいた。


「連れて帰る」


しづは兄の顔を見た。


「はい。お二人も、お気をつけて」


そのとき、あやが口を開いた。


「太郎兄、少し待って」


宗直が振り返った。


「どうした」


「小太郎様も、今日は御所の方にいるの。おじさんのお仕事を手伝っているから」


「時景殿か」


「うん。何かあったら、北条家にも知らせないと」


宗直は考えた。


「義時殿のところには、もう知らせが届いているだろう」


「そう思う。でも、小太郎様がどこにいるのか、私はまだ知らない」


あやは門の方を見た。


「私が外へ出て探しても、行き違いになるでしょう」


「そうだな」


「だから、こちらにいることを知らせたいの。北条家から人が来たら、私は母上のところにいるって伝えてもらえる?」


宗直がうなずいた。


「分かった。家の者にも伝えておこう」


ちよが娘の肩へ手を置いた。


「あや。時景殿のことが心配でしょう」


「ええ」


あやは、素直に答えた。


「でも、小太郎様は、今、おじさんのお手伝いをしていると思う」


「そうね」


「だから、私はここで待つ。三郎兄も帰ってくるし」


ちよは、娘の手を握った。


宗直と光成が門を出た。


しづは、その姿が見えなくなっても、しばらく動かなかった。


ちよが隣へ来た。


「ここで、待ちましょう」


しづはうなずいた。


口を開いたら、泣いてしまいそうだった。


     *


そのころ、北条義時のもとにも、八幡宮での事件が伝えられていた。


時景は、届けられる知らせを聞き、必要な相手へ伝える仕事をしていた。


「鎌倉殿が襲われたという話と、お亡くなりになったという話が届いております」


時景が言った。


義時は、厳しい顔をしていた。


「誰が見た」


「直接見た者からの知らせもあるようですが、まだ確かめております」


「公暁の行方は」


「捜している者たちがいます」


義時はうなずいた。


「確かなことから伝えよ。噂だけで人を動かすな」


「承知しました」


時景は頭を下げた。


義時は、しばらく黙っていた。


それから言った。


「鎌倉殿が亡くなられたとなれば、明日からの政務も変わる」


「はい」


「今夜のうちに、誰がどこにいるのか確かめねばならぬ」


時景はうなずいた。


やるべき仕事は、次々に増えていた。


それでも、頭の片隅には、あやのことがあった。


今朝、別れるとき、あやは二階堂家へ寄ると言っていた。


仕事が済んだら知らせると約束した。


まだ、知らせを送っていない。


「義時様」


時景が声をかけた。


「何だ」


「あやは、今夜、二階堂家におります。無事を知らせる者を一人、向かわせてもよろしいでしょうか」


義時は時景を見た。


「二階堂家か」


「はい」


「宗直たちも、今夜は動いているだろうな」


「行嗣殿は、八幡宮の方にいると聞いております」


義時の表情が変わった。


「三郎が?」


「はい」


義時は、少し考えた。


「ならば、二階堂家の者たちの安否も確かめよ。あやにも、お前が無事であると伝えてやれ」


「ありがとうございます」


「礼はよい。戻った知らせも、こちらへ寄越せ」


「承知しました」


時景は、すぐに人を手配した。


自分が行きたい気持ちはあった。


けれど、今は義時のそばを離れられない。


あやなら、きっと分かってくれる。


そう思いながら、次の知らせを受け取った。


     *


宗直と光成が行嗣を見つけたのは、八幡宮から離れた道だった。


人の流れから外れ、道の端に立っている。


二つの包みを、両腕で抱えていた。


「三郎!」


行嗣が顔を上げた。


宗直が近づき、肩をつかんだ。


「怪我は?」


「ありません」


「本当か」


「転びかけましたが、立てました」


光成が弟の顔をのぞいた。


「何があった」


行嗣は口を開いた。


「鎌倉殿が」


続かなかった。


宗直の手に力が入った。


行嗣は、兄を見た。


「私は、下にいて」


「分かった」


宗直が言った。


「今は、帰ろう」


光成が、包みを一つ受け取った。


行嗣は離そうとしなかった。


「三郎。落とさぬ。俺が持つ」


光成がそう言うと、ようやく指が緩んだ。


三人は家へ向かった。


宗直が弟の隣を歩き、光成が反対側へついた。


途中、行嗣が足を止めた。


二人も止まった。


弟が歩き出すまで、待った。


     *


二階堂家へ、北条家からの使いが来たのは、それから間もなくのことだった。


あやは、知らせを聞いて門へ出た。


使いの男が頭を下げた。


「時景様は、義時様のもとでお役目を続けておられます。お怪我はありません」


あやは、息を吐いた。


「そう。よかった」


「今夜は、戻りが遅くなるとのことです」


「分かりました。こちらにいると伝えてください」


「承知しました」


男は続けた。


「二階堂家の皆様のご無事も、お尋ねするようにとのことでした」


あやは、少しだけ黙った。


「三郎兄が、まだ帰ってきていないの」


使いの男が顔を上げた。


「太郎兄と次郎兄が、迎えに行っている。帰ってきたら、知らせを送るね」


「かしこまりました」


男が帰ろうとすると、あやが呼び止めた。


「それから」


「はい」


「小太郎様に、無理をしすぎないようにって伝えて」


男は、少し表情を緩めた。


「承知しました」


あやは門を閉めた。


ちよが待っていた。


「時景殿は?」


「無事だって」


「よかったわね」


「ええ」


あやは母を見た。


「でも、まだ帰れないんだって」


ちよはうなずいた。


「今夜は、鎌倉中が大変でしょうから」


あやは、しばらく黙っていた。


それから言った。


「小太郎様が帰ってきたら、温かいものを用意してあげたいな」


「そうしてあげなさい」


ちよは娘の肩を抱いた。


     *


門が開く音に、しづが顔を上げた。


あやが灯りを持って戸口へ出た。


宗直、光成、その間に行嗣。


三人ともいた。


しづは駆け寄った。


「三郎様」


夫がこちらを見た。


返事が遅かった。


「ただいま、戻りました」


いつもの言葉だった。


声は、いつもと違った。


しづは夫の腕へ手を添えた。


「怪我をなさいましたか」


「ありません」


行嗣は答えた。


「衣も、使いました。寒かったので」


しづはうなずいた。


「はい」


「御所で、御台所が」


夫は続きを話そうとした。


何か、伝えたいことがあるらしい。


しづは腕を離さなかった。


「あとで、お聞きします」


行嗣がうなずいた。


その口元が、少し動いた。


笑おうとしたように見えた。


けれど、笑えなかった。


     *


宗直は、家へ入っても座ろうとしなかった。


「皆、戸口から離れてくれ。外の様子も、もう少し確かめねば」


ふみが夫の前へ立った。


「その前に、こちらへ」


「ふみ、今は――」


「三郎を連れて帰ってくれましたね」


宗直の目が動いた。


「あなたも、帰ってきてくれました」


ふみは袖についた雪を払った。


夫の手が、自分の肩越しに戸口を指そうとする。


その手を、両手で包んだ。


冷たかった。


「次のことは、座ってから話してください。私も、一緒に聞きます」


宗直は、ふみを見た。


しばらくして、膝を折った。


ふみも隣へ座った。


「三郎が、どこにいるか分からなくて」


宗直が言った。


「はい」


「声をかけても、聞こえぬかもしれぬと思った」


ふみは、夫の手を握ったまま聞いた。


宗直がもう片方の手で、顔を覆った。


「見つかって、よかった」


声が小さくなった。


ふみは夫の肩へ腕を回した。


幼いころから知っている人だった。


困っている者を見つけると、自分のことを後にしてしまう。


その人が今、自分の隣で、弟を見つけた安堵に息を詰まらせていた。


「ええ。よかった」


ふみは、夫が顔を上げるまで、肩を抱いていた。


     *


光成は、受け取った包みを置いた。


手を開き、閉じた。


指が震えていた。


「どうして、あれだけ人がいて」


言葉が途切れた。


「どうして、鎌倉殿が」


おりんは、夫の前へ座った。


光成は庭を見た。


帰ってから直すと約束した戸が、目に入った。


夕方には、ちゃんと動くようになっていた。


そのあと、実朝が死んだという知らせが来た。


「俺は、ここで」


「戸を直しておりましたね」


おりんが答えた。


「何も知らずに」


「私も、一緒におりました」


光成は妻を見た。


おりんは夫の手を取った。


手のひらに、木を扱った跡が残っている。


「知らせを聞いてから、三郎を迎えに行ってくれました。今は、戻ってきたあなたが冷えています」


おりんは乾いた布で、その手を拭いた。


光成は、また外へ目を向けた。


「俺が行っていたら、何か――」


「何ができたかは、私にも分かりません」


おりんは言った。


光成が口を閉じた。


「でも、あなたが帰ってこなかったら、私は門で待ち続けておりました」


妻の手を、光成が見た。


おりんは少し身を寄せた。


「帰ってきてくれて、よかった」


光成の肩が下がった。


握っていた手が、ゆっくり開いた。


おりんは、その手を自分の膝へ置いた。


光成が顔を伏せると、背へ手を回した。


いつもは、先へ歩いていく夫を呼び止める。


今夜は、自分のそばへ戻ってきた夫を、そのまま抱いた。


     *


行嗣は、包みの紐をほどこうとしていた。


指がうまく動かない。


ほどいたはずのところを、また引いてしまう。


しづは、夫の隣へ座った。


「私が、ほどいてもよいですか」


行嗣はうなずいた。


しづが結び目を緩めると、布の内側は湿っていた。


夫は、それを見た。


「雪の上へ落としました」


「はい」


「すぐに拾いました」


「お持ち帰りくださったのですね」


「紐が、ついていたので」


しづの手が止まった。


それが、何の包みか分かった。


だから拾った。


今夜の混乱の中でも、行嗣はそのことを伝えようとしていた。


しづは包みを脇へ置いた。


夫の手に、自分の手を重ねた。


「三郎様。こちらを見ていただけますか」


行嗣が顔を向けた。


目は合った。


けれど、何かを探すように、すぐ動いた。


「鎌倉殿が、今日、話してくださって」


「はい」


「私は、そこにいたのに」


しづは聞いていた。


「何が起きたのか、見えなくて」


夫の息が乱れた。


「分からないのです。人が動いて、声がして」


しづは手を握り直した。


「今、順に話さなくてもよいです」


行嗣の顔が歪んだ。


「何を見たのか、残しておかないと」


「お話しできるようになったら、私も一緒に確かめます」


「忘れてしまうかもしれない」


しづは少し考えた。


「では、どうしても今、残したいことがあれば、私が書きます」


行嗣は、しづを見た。


「でも、その前に」


しづは、夫の手を自分の方へ引いた。


「少しだけ、こうしていてください」


腕を回した。


夫の衣は冷たく、肩は固かった。


行嗣は、最初、動かなかった。


しづは抱いたまま待った。


やがて、夫の手が、しづの背へ触れた。


「しづ殿」


「はい」


「怖かった」


しづは目を閉じた。


自分も怖かった。


知らせが来てから、門が開くまで。


帰ってきた姿を見てからも、夫が何を見たのか分からなくて、怖かった。


「私も、お帰りになるまで、怖かったです」


声が震えた。


行嗣の腕に力が入った。


しづは、もう一度言った。


「帰ってきてくださって、うれしいです」


夫の額が、肩へ触れた。


しづは、その重さを受け止めた。


今日は、自分が上手に話せなくてもよいと思った。


何と言えば夫が楽になるのか、まだ分からない。


けれど、この人を一人で座らせておきたくなかった。


     *


ちよは、三組の夫婦を見ていた。


あやが、戸を閉めた。


外の冷たい風が止まった。


家人には、外へ出る者があれば行き先を伝えるよう頼んだ。


分からない知らせを、確かなこととして広げないようにも伝えた。


あやは、時景へ送る短い文を書いていた。


三人の兄が、無事に戻ったこと。


自分も、母の家にいること。


そして、時景の無事を知らせてもらえて安心したこと。


書き終えると、母のそばへ座った。


「あや」


娘が母を見た。


「灯りを、ありがとう」


あやはうなずいた。


「小太郎様にも、兄上たちが帰ったことを知らせておくね」


「そうしてあげなさい」


「今夜は、まだお仕事が続くと思うけど」


「ええ」


「私も、もう少しここにいる」


ちよは娘の手を取った。


「分かったわ」


しばらくして、行嗣の声がした。


「母上」


ちよは息子の方を向いた。


しづは夫のそばを離れていなかった。


「鎌倉殿が、亡くなられたと」


行嗣が言った。


「私は、倒れるところを見たのではありません。周りの者から、そう聞きました」


ちよはうなずいた。


「分かったわ。今、話してくれたのは、聞いたことなのね」


「はい」


「あなたが見たことは、落ち着いてから聞きます」


行嗣は、しづを見た。


妻が小さくうなずいた。


「今日は、御所でお話ししました」


息子は、また言った。


「皆の支度が済んで、鎌倉殿も、お出ましになって」


そこから先は、続かなかった。


ちよは待った。


誰も、先を急がせなかった。


ふみは宗直の肩へ寄り添い、おりんは光成の手を握っていた。


しづは、行嗣の背をゆっくり撫でていた。


今日、家を出た人々が戻ってきた。


けれど、実朝は御所へ帰らない。


その知らせが、少しずつ、家の中へ届いていた。


ちよは、亡き夫のことを思い出した。


直成は、実朝の行く末を案じていた。


未来を知っていたはずの夫が、どうしても確かめられなかったこと。


その一つが、今夜、現実になった。


直成さん。


あなたが心配していたことが、起きてしまいました。


ちよは、目を閉じた。


夫が生きていたら、何と言っただろう。


実朝を救えなかったことを悔やんだだろうか。


それとも、これからの鎌倉を案じただろうか。


ちよには分からなかった。


ただ、一つだけ、分かることがあった。


夫が守ろうとしたものは、まだここにある。


息子たちがいる。


娘たちがいる。


その夫や妻、子どもたちがいる。


そして、鎌倉には、今夜も暮らしている人々がいる。


ちよは、ゆっくり目を開けた。


「あや」


「はい、母上」


「時景殿が戻るまで、こちらで待っていなさい」


あやはうなずいた。


「ええ」


「戻られたら、温かいものを食べさせてあげてね」


「そうする」


ちよは、家の中を見渡した。


誰も、まだ落ち着いてはいなかった。


それでも、互いのそばにいる。


今夜は、それでよいと思った。


---


## 登場人物紹介


**源実朝(みなもとのさねとも/1192〜1219年)**


鎌倉幕府の第三代将軍。建保七年(1219年)正月二十七日、鶴岡八幡宮で右大臣拝賀の儀式を終えた後、公暁に殺害されました。


**公暁(くぎょう)**


第二代将軍・源頼家の子で、実朝の甥。鶴岡八幡宮の別当を務めていました。実朝暗殺の実行者ですが、事件の背後関係には不明な点があります。


**源仲章(みなもとのなかあきら)**


朝廷の学問や実務に関わり、実朝に仕えた人物。実朝暗殺の際に、仲章も殺害されました。


**北条義時(ほうじょう・よしとき/1163〜1224年)**


鎌倉幕府の有力御家人。実朝の死後、幕府の政治を支える中心人物となります。直成とは生前、鎌倉の将来について意見を交わした間柄でした。


**北条時景(ほうじょう・ときかげ)/小太郎**


あやの夫。北条一門につながる架空の人物。義時のもとで政務や連絡調整を学び、実朝暗殺の夜も事件への対応に当たっています。後に北条泰時の側近となります。


**二階堂行嗣(にかいどう・ゆきつぐ)/三郎**


直成とちよの三男。大江広元のもとで文書や訴訟の仕事に携わっています。実朝暗殺の現場近くに居合わせ、事件の知らせを聞きました。


**しづ**


行嗣の妻。夫の考え方をよく理解し、混乱して帰宅した行嗣に寄り添います。


**あや**


直成とちよの末娘。時景と婚姻し、北条家で暮らしています。事件の夜は二階堂家に滞在し、夫の無事を案じながら家族を支えています。


---


※実朝暗殺の経緯は『吾妻鏡』『愚管抄』などに記された事件の大筋を踏まえています。事件の細かな場所や人々の動き、黒幕については史料による違いや不明な点があるため、断定していません。

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