葉と月の硬貨
ハルさんがあら汁を飲み終える頃には、店の時計は九時半を回っていた。
知佳さんもすっかり機嫌を直していて、葉月さんと並んで最後のほっけをつついている。
「もう一杯いけるかなあ」
「明日の朝、後悔するわよ」
「じゃあやめとく」
「珍しく素直ですね」
「今日は楽しい話をたくさん聞けたからいいの!」
知佳さんが笑う。
さっきまで部長への文句を並べていた人とは思えないくらい、表情が柔らかくなっていた。
美味しいものを食べて。
好きなだけ愚痴を言って。
くだらない話で笑う。
たぶん、それだけで少し楽になる夜もある。
「ごちそうさまでした」
ハルさんが静かに箸を置いた。
「もう帰るんですか?」
「うん。明日も少し早いから」
「ちゃんと朝ご飯食べてくださいよ」
「分かった」
「本当に?」
「信用されてないなあ」
「信用してますよ」
私がじっと見つめると、ハルさんは困ったように笑った。
「じゃあ、お会計を」
ハルさんが懐から小さな革袋を取り出した。
紐をほどいて傾けると、手のひらの上に何枚かの硬貨が転がり出る。
日本の硬貨よりひと回り小さく、表面には葉と月を組み合わせた模様が刻まれている。
ハルさんたちの里で使われているお金だ。
「今日はこれで足りる?」
「ちょっと待ってくださいね」
私が硬貨を数えていると、横からおじいちゃんが覗き込む。
「足りてる。二枚返せ」
「あ、やっぱり?」
「やっぱりって、分かってなかったんだね」
私が二枚を返すと、ハルさんは笑いながら革袋へ戻した。
「まだ換算、慣れない?」
「だいぶ慣れましたよ。おじいちゃんが見るの早すぎるんです」
「朔さんには馴染みのあるお金だしね」
「年季が違う」
おじいちゃんが当然のように言う。
「じゃあ、また来るよ」
「はい。お待ちしてます」
ハルさんが暖簾をくぐる。
軒下の灯りを抜けたところで、その姿がふっと揺らいだ。
見る間に背丈が縮んでいき、元のコロポックルの姿へ戻る。
ちらつく雪の中で一度こちらを振り返り、小さな手で帽子の庇をちょっと持ち上げた。
私も手を振り返した。




