東の端の魔女
店の中へ戻ると、おじいちゃんがこちらを見た。
「遅かったな」
「里の仕事がちょっと立て込んでて」
ハルさんはそう答えると、空いたカウンター席へ腰を下ろした。
「あ、ハルさん。こんばんは」
「こんばんは」
知佳さんが軽く手を上げると、ハルさんも穏やかに笑って返す。
葉月さんにも小さく会釈してから、私の方を見た。
「今日は何がある?」
「鱈がいいですよ。あら汁と、たちポン。たち天もできます」
「じゃあ、あら汁を。それと、かぼちゃの煮つけも少し食べたいな」
「結構食べますね」
「昼を食べ損ねたから」
「またですか?」
思わず眉を寄せると、ハルさんが困ったように笑った。
「ちょっと忙しくて」
「忙しくても食べてくださいよ」
「はい」
返事だけは素直だ。
「酒は?」
おじいちゃんが尋ねる。
「冷酒を」
「分かった」
私はあら汁を用意しながら、ふと暖簾の方を見る。
するとハルさんも、つられるようにそちらへ目を向けた。
「今日もちゃんと効いてるね」
「当たり前です」
「小夜さんのまじないは、やっぱりよくできてるなあ」
私は手を止める。
「……今やってるの、私なんですけど」
「あ」
ハルさんが瞬きをした。
「ごめん。美月も上手だよ」
「ついでみたいに言わないでください」
知佳さんが吹き出す。
「なにそれ。美月ちゃん、何の話?」
「店の話です」
「またそれ?」
笑われながら、私はあら汁の椀をハルさんの前に置いた。
「どうぞ」
「ありがとう」
湯気の向こうで、ハルさんが小さく息をつく。
「でも、本当に似てきたと思うよ」
「何がです?」
「術のかけ方。小夜さんに」
少しだけ、胸の奥が揺れた。
「まだ全然ですよ」
「そうかな」
ハルさんは首を傾げる。
ほくほくに煮えたかぼちゃを小鉢に盛り、カウンター越しにハルさんへ手渡す。
「ありがとう」
ハルさんは一切れ口に運び、ゆっくり噛んだ。
「うん。甘くておいしい」
「でしょ」
そう答えながら、私はもう一度暖簾を見る。
「小夜さんも、派手なことより、こういう術の方が好きだったよね」
「そうですね。人間に気づかれない程度が一番いいって、よく言ってました」
「そうそう。店で使うハーブも、まじないに使うものも、ほとんど庭で育ててたでしょ。あの人の『魔女の庭』、すごかったよね」
「魔女の庭?」
知佳さんが首を傾げる。
「おばあちゃん、ハーブ育てたりするのが好きで。自分のこと『東の端の魔女』なんて呼んでたんですよ」
「あはは、可愛い! 自称魔女のおばあちゃんかあ」
知佳さんが楽しそうに笑う。
私が苦笑すると、おじいちゃんはハルさんの前にグラスと小さな受け皿を置いた。
一升瓶の首を傾け、とくとくと酒を注ぎ入れる。
グラスからあふれた透明な酒が、受け皿へとなみなみと満ちていった。
「あいつ、昔からそんなことばっかり言ってたからな。目立つのは嫌いだったくせに」
おじいちゃんはそう言って一升瓶を引くと、懐かしそうに目を細めた。
「美月ちゃんのおばあちゃんって、そういう人だったんだ」
知佳さんが興味深そうにこちらを見る。
「なんか、会ってみたかったなあ」
「不思議な人でしたよ。でも、あんまり自分から前に出るタイプじゃなくて」
「へえ。なんか意外」
「そうですか?」
「うん。だって美月ちゃんのおばあちゃんでしょ? もっとこう、元気いっぱいな人かと思ってた」
「どういう意味ですか、それ」
思わず笑うと、知佳さんもつられて笑った。
ハルさんは何も言わず、湯気の立つあら汁をひと口すすった。




