話し合うという一歩
鍋の中で、出汁が小さく音を立てている。
やがて。
「ニタイ」
カックさんが呼んだ。
「ああ」
「お前、どう思う」
少し意外だった。
カックさんから聞くんだ。
ニタイさんはすぐには答えず、手元のお猪口を見る。
「僕は」
ゆっくり口を開く。
「一度、きちんと話をしてみるべきだと思う」
「ここの里と?」
レラさんが聞く。
「はい」
ニタイさんが頷く。
「僕たちは、冬を越せる場所を探してここまで来ました」
三人がいた山を思い出す。
人間の道が通り、木が切られ、これまで通りの暮らしを続けることが難しくなった場所。
「最初は、冬の間だけでも助けてもらえないか。それくらいに考えていました」
「……ああ」
カックさんが低く答える。
「でも、里を見て」
ニタイさんがハルさんを見る。
「ここも見て」
今度は、店の中を見回した。
「それだけではないかもしれないと思いました」
「それだけじゃない?」
「この先も、二つの里で協力できることがあるかもしれません」
レラさんが少し目を見開く。
「冬だけじゃなくて、その先もってこと?」
「そこまで僕たちだけで決めることはできません」
「そりゃそうだ」
カックさんが言う。
「でも」
ニタイさんは続けた。
「助けてもらうだけではなくて。僕たちにも、できることがあるかもしれない」
ハルさんが黙って聞いている。
「だから、一度」
ニタイさんがまっすぐハルさんを見る。
「里守同士で話をしてもらうべきだと思います」
ハルさんの表情が少し変わった。
「長と、そちらの里守で」
「はい」
「……それなら」
レラさんが頷く。
「私も賛成」
二人の視線がカックさんへ向く。
「何だよ」
「カックは?」
「俺に聞くな」
「聞くわよ」
「……」
カックさんは面倒そうにお猪口を置いた。
「話すだけなら、別に反対しねえよ」
「カックさんも、話すのは賛成なんですね」
「話すだけだ」
「山で会った時とだいぶ違いますね」
「うるせえ」
「でも否定しないんですね」
「話すだけだ」
「はいはい」
「その返事やめろ」
やっぱり、そこは変わらない。
ハルさんが小さく息を吐いて笑う。
「では、長には僕から話しておきます」
「お願いします」
ニタイさんが頭を下げる。
「こちらも里へ戻って、里守に報告します」
「この雪で戻れる?」
思わず聞く。
三人が一度、顔を見合わせた。
「今すぐではありません」
レラさんが答える。
「天気と道を見てから。無理はしない」
「それならいいけど」
「心配性だな」
カックさんが言う。
「誰のせいで心配してると思ってるんですか」
「俺じゃねえだろ」
「だいたいカックさんです」
「なんでだよ」
「お前たち」
おじいちゃんの声が飛んでくる。
「話が決まったなら、鍋食え。冷めるぞ」
「はい」
私が返すより先に。
「食う」
カックさんが答えた。
やっぱり素直なのは、食べ物の時だけらしい。
でも、山で初めて会った時とは少しだけ、違う。
向こうの里と、ユクルさんの里。
まだ、何も決まってはいない。
それでもまずは、話してみる。
そのための一歩くらいは、今夜、この店で踏み出せたのかもしれない。




