↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こもれびと、おぼろ月  作者: 日旅こつめ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
64/65

里は里のまま

からん。

 戸が閉まる。

 さっきまでの賑やかな声が遠ざかって、店の中が少し静かになった。

「……面白い人たちでしたね」

 ぽつりと言ったのは、ニタイさんだった。

「でしょう?」

「美月が自信ありげに言うこと?」

 ハルさんが笑う。

「うちのお客さんですから」

「そういうものですか」

 ニタイさんも小さく笑った。

 その隣で、レラさんは知佳さんが座っていた席を見ている。

「また話しましょうって言われた」

「言われてましたね」

「……ああいう人、初めて」

「嫌でした?」

「別に」

 少し間があって。

「嫌じゃない」

 それならよかった。

「カックさんは?」

「何が」

「どうでした? 人間のお店」

「……」

 お猪口を持ったまま、カックさんが黙る。

「料理は?」

「うまい」

「あ。そこはもう普通に言うんだ」

「酒もな」

「それは聞いてません」

「大事だろ」

 大事らしい。

 ハルさんが笑いながら、自分のお猪口を置いた。

「でも、来てもらってよかったです」

 三人がハルさんを見る。

「ここを見てもらえたことが」

「……ここだけじゃないですよ」

 ニタイさんが言った。

「里も、見られましたから」

「うちの里ですか?」

「はい」

 ニタイさんが頷く。

「正直、もっと違うものだと思っていました」

「違う?」

「人間と交流している里だと聞いていたので」

 そこで、一度言葉を選ぶ。

「僕たちとは、もうずいぶん違う暮らしをしているのかと」

「実際は?」

「普通だったわ」

 答えたのはレラさんだった。

「普通?」

「少なくとも、私たちと全然違う暮らしをしてるわけじゃなかった」

 レラさんがお猪口を置く。

「食べるものも、家の作りも、冬の備えも。違うところはあるけど、ちゃんとコロポックルの里だった」

「当たり前ですよ」

 ハルさんが苦笑する。

「こっちからしたら、その当たり前が分からなかったのよ」

「俺も、もっと人間の物だらけなのかと思ってた」

 カックさんが口を挟む。

「でも、あれは面白かったです」

 ニタイさんが、何かを思い出したように言った。

「あれ?」

「急須です」

「急須?」

「人間が醤油を入れるために使う、小さな器がありましたよね」

「ああ、あれね」

 すぐに分かった。

 おじいちゃんと旭川へ買い物に行った時、急須代わりに使えそうだと選んだ醤油さしだ。

「ちゃんと使ってた?」

「はい。茶こしを付けて」

 ニタイさんが少し笑う。

「よくできていました」

「向こうで使えそうなものをちゃんと見繕ったからな」

 おじいちゃんは鍋を見たまま答えた。

「よかった」

 なんだか、少し嬉しい。

 店で見た時は、ただの小さな醤油さしだったものが。

 里ではちゃんと、急須になっていたらしい。

「他にもあったわね」

 レラさんが言う。

「人間の物を、そのまま使ってるわけじゃない。自分たちに合うように変えてた」

「そのままじゃ使えないものも多いですから」

 ハルさんが頷く。

「必要なところだけ調達して、あとは里で手を入れます」

「……そこは、私たちとそんなに変わらないのね」

 レラさんがぽつりと言った。

「使えるものがあれば使う。それだけ」

「そうですね」

「人間の物を使ってるからって」

 カックさんが、お猪口を見ながら言う。

「人間みたいに暮らしてるわけじゃねえんだな」

 ハルさんが少しだけ笑った。

「僕たちは、僕たちですよ」

 ニタイさんは、その言葉を聞いて頷いた。

「でも、暮らしそのものは里のまま」

 ニタイさんが続ける。

「人間と関わることと、人間と同じになることは、別なんですね」

 その言葉にカックさんも、今度は何も言わなかった。

 そしてカックさんが、店の中を見回した。

「思ってたのとは違った」

「どう違いました?」

 私が聞くと、少し嫌そうな顔をする。

「いちいち聞くな」

「気になるじゃないですか」

「人間の店っていうから、もっと……」

 言葉を探して。

「落ち着かない場所だと思ってた」

 へえ。

「実際は?」

「……飯食って、酒飲むところだった」

「だいたい合ってます」

「雑ね」

 レラさんが呆れる。

「でも」

 その声が、少しだけ真面目になる。

「私も、もっと違うと思ってた」

「違う?」

「人間と交流するって、もっと人間の暮らしに合わせることだと思ってた」

 レラさんがハルさんを見る。

「あなたたちが人間と交流してるって聞いても、正直よく分からなかった」

「はい」

「でも、里は里のままだったし。ここでも、さっきの二人は普通に来てた」

「そうですね」

「私たちがいても」

 そこで、少しだけ言葉を止める。

「知らないのよね。私たちが何なのか」

「知りません」

 私は答えた。

「佐々木さんも知佳さんも、三人がコロポックルだとは思ってないです」

「それでも、同じところで食べて飲める」

 ニタイさんが言った。

 静かな声だった。

「全部を知っていなくても」

 ハルさんが頷く。

「それが、この店です」

「危なくないんですか?」

 ニタイさんが今度は私を見る。

「絶対に、とは言えないです」

 そこは正直に答える。

「人間にも、いろんな人がいるから」

「さっきの二人みたいな人ばかりじゃない?」

「もちろん」

「嫌な人もいますよ」

「美月」

 おじいちゃんが横から言った。

「お前、即答するな」

「いるでしょ」

「いるけどな」

 いるんじゃん。

「だから、おばあちゃんも何でもかんでも人間に見せてたわけじゃないです」

 三人が黙って聞く。

「でも、人間だからって最初から全部避けるわけでもなかった」

「……」

「その間くらいです」

「間」

 ニタイさんが繰り返す。

「ずいぶん曖昧ですね」

「暮らしって、そんなに綺麗に分けられないんじゃないですか?」

 言ってから、さっきまでここにいた知佳さんを思い出した。

 暮らしって面倒なこと多いもの。

 レラさんまで同意してたっけ。

「……確かに」

 ニタイさんが笑った。

「今日だけでも、それは分かりました」

 しばらく誰も何も言わなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。