冬のロールキャベツ
◇
翌朝は、一段と冷え込む朝だった。
昨日一日休んだ分、今日は少し早めに『こもれび』を開けることにした。
山の向こうの里のことも、三人のコロポックルのことも、気にはなっている。
けれど、今すぐ私にできることはない。
ハルさんたちは、ユクルさんの里にいる。
何かあれば、きっと連絡が来るだろう。
「よし」
軒先へ、『喫茶 こもれび』の木の看板を掛ける。
入口の脇には、ローズマリーとタイム。
それから、この辺りで採れる香草を少し束ねて吊るした。
指先で形を整える。
ふわりと。
青い香りが、冬の空気に混じった。
これで、今日のまじないも整った。
「にゃ」
足元から声がする。
「たび」
いつの間に来たんだろう。
入口の横に座って、香草の束を見上げている。
「遊ばないでね」
「にゃ」
「本当に?」
「にゃあ」
怪しい。
戸の脇の木札を裏返す。
『CLOSED』が隠れて。
『OPEN』が表を向いた。
「はい。もう開けるからね」
たびを見る。
「にゃ」
分かっているらしい。
立ち上がると、たびは尻尾を揺らして、さっさと住居の方へ歩いていった。
こういうところだけは、妙にきっちりしている。
戸を開けて、店の中へ戻る。
昨日は、一日中雪の山を歩いていた。
今日は、珈琲を淹れて、パンを焼いて。
お昼になれば、注文を聞いて料理を作る。
いつもの一日だ。
カウンターの中で珈琲豆を補充していると。
からん。
戸につけたベルが鳴った。
「おはよう」
「いらっしゃいませ」
顔を上げる。
「三浦さん。おはようございます」
「昨日、定休日じゃないのに休みだったね」
「あ、気づきました?」
「そりゃ気づくよ」
「ちょっと山に用事があって」
「そうかい」
三浦さんはいつもの席へ向かいながら、窓の外を見る。
「しかし、降ったねえ」
「もうすっかり冬ですね」
「まだこれからだよ」
「それ、今聞きたくないです」
三浦さんが笑った。
昨日。
この雪の向こうで、冬を越せる場所を探している人たちに会った。
その翌朝も。
『こもれび』には、いつものお客さんが来る。
「今日はどうしますか?」
「珈琲と……これ、今日のおすすめ?」
三浦さんがメニューを指す。
「ロールキャベツですね。佐藤さんから美味しいキャベツを頂いたので」
「じゃあ、それももらおうかな」
「はーい」
「パンもつくんだね」
「つきますよ。スープにつけてもおいしいです」
「それはいいね」
私はカウンターの中へ戻った。
朝から火にかけていた鍋の蓋を開ける。
ふわっと湯気が上がって、キャベツとスープの匂いが広がった。
柔らかく煮えたロールキャベツを、崩さないようにひとつすくう。
佐藤さんにもらったキャベツは、葉が厚い。
けれど、じっくり煮込むと、箸でも切れるくらい柔らかくなる。
中には、挽き肉と玉ねぎ。
キャベツの甘みが溶けたスープをたっぷりかけて、少しだけ黒胡椒を振る。
横では、厚めに切ったパンを軽く温める。
表面が少しだけ香ばしくなったところで、皿へ添えた。
「お待たせしました」
三浦さんの前へ置く。
「おお」
白い湯気が、ゆっくり立ち上る。
「熱いので気をつけてくださいね」
「ああ」
三浦さんはロールキャベツに箸を入れた。
柔らかくなったキャベツが、すっと切れる。
「ずいぶん柔らかいね」
「朝から煮てましたから」
一口食べて。
三浦さんがゆっくり頷いた。
「うん。これはいい」
「ほんとです?」
「キャベツが甘いねえ」
「佐藤さんに言ったら喜びますよ」
「美月ちゃんの腕もあるんじゃないの」
「もちろんです」
「そこは否定しないんだね」
「しません」
三浦さんが笑う。
それから、パンをちぎって、スープへ少し浸した。
「これもいいな」
「でしょう?」
いつもの席でいつもの人が、温かいものを食べている。
こういう時間が、私は好きだ。




