ただいま、おかえり
「ただいま」
戸を開けると。
外とは違う暖かさに、頬が緩んだ。
「おかえり」
奥から、おじいちゃんの声がする。
靴についた雪を落としていると。
ぱたぱたと小さな足音が近づいてきた。
「にゃあ」
「たび」
足元まで来たたびが、私の靴を嗅ぐ。
それから。
ぴたりと止まった。
「……何?」
「にゃ」
「山の匂い?」
「にゃあ」
たぶん、そうらしい。
「寒かったよ」
「にゃ」
「そうだよね。たびは行かなくて正解だった」
頭を撫でると。
たびは満足そうに目を細めた。
「で」
顔を上げる。
おじいちゃんが、居間との境に立っていた。
「いたのか」
「いた」
「やっぱりコロポックルか」
「うん。三人」
手袋を外しながら答える。
「向こうの里から来たって」
おじいちゃんの眉が、少しだけ動いた。
「向こうか」
「おじいちゃんが気にしてた林道の方」
「……そうか」
それ以上は言わず。
おじいちゃんは居間へ戻っていく。
「何。やっぱり分かってたの?」
「分かってたわけじゃない」
前にも聞いた答えだった。
「場所が気になってただけだ」
「でも、当たってたよ」
「当たって嬉しい話でもないだろ」
「それは、そうだけど」
居間へ入ると。
ストーブの前が、やたら暖かい。
そのすぐそばに腰を下ろす。
「あったか……」
「先に上着脱げ」
「あ」
「汗冷えるぞ」
「はい」
言われた通りに上着を脱ぐ。
たびはさっさとストーブの前へ行って丸くなった。
ずるい。
「向こうの里、どうなってる」
おじいちゃんが聞いた。
「今すぐ住めなくなるわけじゃないみたい。でも、今まで使ってた場所に人が入るようになってて」
「冬支度に影響が出てるのか」
「うん。貯蔵場所も近いって」
おじいちゃんが黙る。
「だから、冬を越せそうな場所がこっち側にないか、三人で調べに来てたんだって」
「先遣か」
「そうみたい。里のみんなが移るって決まったわけじゃないって」
「そりゃそうだろうな」
「向こうにも里守がいて、三人の報告を待ってるって」
「なら、今は勝手に話を進めない方がいい」
「ハルさんも同じこと言ってた」
「だろうな」
少しだけ。
おじいちゃんの口元が緩む。
「三人は?」
「ハルさんが、ユクルさんの里に連れていった。数日くらいなら休める場所を相談するって」
「そうか」
おじいちゃんは、それだけ言った。
「心配じゃないの?」
「何が」
「急に、別の里の人が三人も来て」
「ユクルとハルがいる」
「うん」
「なら、今は任せとけばいい」
あっさりしている。
でもたぶん、それは信用しているからなんだろう。
「それより」
「何?」
「昼、食ったのか」
「……」
「美月」
「一応」
「一応ってなんだ」
「持っていったおにぎりは食べたよ」
「全部?」
「……一個残ってる」
「やっぱりな」
「だって、途中からそれどころじゃなかったんだもん」
おじいちゃんがため息をつく。
「汁、温めるか」
「あるの?」
「昼の残り」
「飲む」
「先に手洗ってこい」
「はい」
立ち上がると。
ストーブの前から、たびがこちらを見る。
「たびも何か食べる?」
「にゃあ」
「さっき食った」
おじいちゃんが即答した。
「だって」
「にゃ」
不満そうだった。
山では。
知らない里のことも。
人間の林道のことも。
冬を越せるかどうかという話もしていたのに。
家へ戻れば、お昼をちゃんと食べたか聞かれて。
たびは、ご飯をもう一度もらおうとしている。
なんだか少しだけ力が抜けた。
その日の夜も、おぼろ月はいつも通り開けた。
山で何が起きていても、店の時間はやってくる。




