山に残された目印
長い髪を肩に流し、片手を木の幹に添えている。
雪の積もった山の中なのに。
不思議と、そこに立っていることが自然に見えた。
人が木のそばにいる、というより。
最初から木々の間にいたものが、たまたま人の姿をしているみたいに。
「葉月さん」
声をかけると。
葉月さんが、ゆっくりこちらを振り返った。
「おはようございます」
いつもの穏やかな声だった。
「待ちました?」
「いえ。それほど」
そう言って、幹から手を離す。
「この木にも聞いていたところです」
「木に?」
「ええ。この辺りで、何か変わったことがなかったか」
「……教えてくれるんですか?」
「分かる範囲なら」
当たり前のように言って。
葉月さんは、すぐそばの枝へ視線を移した。
「それより、こちらを」
葉月さんが指したのは、膝より少し上くらいの高さに伸びた枝だった。
途中から、不自然に折れている。
「これですか?」
「はい」
近づいてみる。
折れたところには、まだ新しい木の色が残っていた。
「雪の重みじゃないんですか?」
「違います」
葉月さんは迷わず答えた。
「雪なら、もう少し下へしなるように折れます。それに」
少し離れた木を指す。
「あちらにも」
見ると。
また同じくらいの高さで、枝が折れていた。
さらに、その先にも。
「……何本もある」
「はい」
一直線ではない。
でも、山の奥へ向かうように、少しずつ続いている。
鹿野さんの背中から下りたハルさんが、一本の枝の前まで行く。
小さなハルさんには高い枝も、元の大きさなら目の高さに近い。
「どうだ?」
鹿野さんが聞く。
「自然に折れたものではなさそうです」
「そうか」
「はい。ただ」
ハルさんが折れ口を見上げる。
「うちの里で使う目印とは違います」
「違うんですか?」
「僕たちなら、もう少し分かりにくくするよ。人に見つからないように」
「でも、これも人間だったら気づかないんじゃない?」
「普通に歩いていれば、たぶん」
確かに。
葉月さんや鹿野さんに言われなければ、私も気にしなかったと思う。
「誰かに分かればいい、くらいの目印かもしれないね」
ハルさんが、折れた枝を見上げた。
「後から来る人に?」
「可能性はあります」




