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こもれびと、おぼろ月  作者: 日旅こつめ


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いつもと違う姿

本当に、冬になったんだな。

 家から山に向い歩いていく。

 三十分ほど歩くと待ち合わせ場所までたどり着く。

 待ち合わせ場所は、山へ続く道の少し手前だった。

 近づいていくと。

「あ」

 先に気づいたのは、鹿だった。

 雪の脇に立って、こちらを見ている。

 冬毛に覆われた体は、思っていたよりずっと大きく見えた。

「……鹿野さん?」

「そうだ」

 普通に返事がきた。

 やっぱり鹿野さんだった。

「なんか、不思議」

「何がだ」

「いつもお店では人の姿で見てるから」

「山に入るのに、わざわざ人の形になる必要もないだろう」

「それはそうなんですけど」

 頭では分かっている。

 分かっているけど。

 いつもカウンターで熱燗を飲んでいる人が、雪の上で四本足で立っている。

 ちょっと変な感じだ。

「おはよう、美月」

 声がして、今度は下を見る。

「あ。ハルさん」

「うん」

 鹿野さんのすぐそばに。

 小さなハルさんが立っていた。

 帽子。

 厚手の上着。

 小さな鞄。

 全部、いつも店で見るものと同じなのに。

 小さい。

 いや。

 本来は、こっちなのだ。

「……本当に小さい」

 思わず口から出た。

 ハルさんが顔を上げる。

「今さら?」

「だって、お店だと普通に同じくらいでしょう」

「おぼろ月の中では、だね」

「分かってはいたんですけど」

 実際に外で見ると、全然違う。

 私の膝よりずっと下。

 積もった雪も、私には足首に届くかどうかくらいなのに。

 ハルさんにとっては、それだけで結構な深さになる。

「これ、歩くの大変じゃないですか?」

「道があるうちは大丈夫」

「道がなくなったら?」

「その時はかんじきをはくよ」

「かんじき持ってきてるんだ」

「一応、用意はしてある。あとこれも」

 ハルさんが少し横へずれる。

 その後ろにあったのは、小さなソリだった。

「……かわいい」

「荷物用だよ」

 鹿野さんが鼻を鳴らした。

「雪が深くなったら、本人も乗る」

「乗りません」

「昨日は乗ると言ってただろう」

「場合によっては、です」

「乗るんだ」

「美月まで」

 ハルさんが帽子の庇を少し下げる。

 思わず笑った。

 店の中では、いつも同じ高さで話している。

 でも、一歩外へ出れば鹿野さんは鹿で、ハルさんは、小さなコロポックルだ。

 改めて考えると。

 おぼろ月という場所は、やっぱり少し不思議なのかもしれない。

「葉月さんは?」

 私が聞くと、鹿野さんが山の方へ顔を向けた。

「先に行ってる。枝を見つけた場所で待ってるはずだ」

「じゃあ、そこまで行きましょうか」

「ああ」

 山へ続く道を見る。

 人の足跡は、途中まで。

 その先も道は続いているけれど、雪の上にはもう誰かが歩いた跡はなかった。

 私たちは、その道を歩き始めた。

 町から離れるにつれて、周りの音が少しずつ減っていく。

 車の音も、家の中から聞こえていた生活の音も。

 代わりに聞こえるのは、雪を踏む音と、時々、木の枝から雪が落ちる音くらいだった。

「思ったより積もってるなあ」

 道の端へ足を入れると、くるぶしより少し上まで沈む。

 ハルさんを見る。

 踏み固められた場所を選んで歩いているけれど、ハルさんは本来の大きさではやっぱり大変そうだ。

「大丈夫ですか?」

「俺の背中に乗ればいい」

 鹿野さんがハルさんへ言った。

「いいんですか?」

「ああ」

「では、お言葉に甘えて。ありがとうございます」

 ハルさんは鹿野さんの背中によじ登った。

 かんじきを履いていても、ハルさんの小さな体では、この雪の中を進むのは大変らしい。

 そんな話をしながら歩くこと、しばらく。

 道はだんだん細くなり。

 雪の上に残っていた人の足跡も、いつの間にかなくなった。

 ここから先は、あまり人が入らない場所なのだろう。

「もうすぐだ」

 鹿野さんが言った。

 その少し先。

 木々の間に、人影が見えた。

「あ」

 一本の木のそばに、葉月さんが立っていた。

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