気になる場所
しばらくして。
「じゃあ、そろそろ帰るね」
知佳さんがコートを手に取った。
「今日はありがとうございました」
リラさんが丁寧に頭を下げる。
「いやいや。私、好き勝手言ってただけだし」
「でも、とても興味深かったです」
「そうですか?」
「はい。こちらの仕事や、暮らしのことを聞く機会はあまりないので」
「あー。リラさん、この辺の人じゃないですもんね」
「ええ。まあ」
ものすごく大雑把だけど、間違ってはいない。
「じゃあ、またおしゃべりしましょうよ」
「本当ですか?」
「私の話なんて、半分くらい仕事の愚痴ですよ?」
「それも聞いてみたいです」
「そこ聞きたいんだ」
知佳さんが笑った。
「じゃあ今度、いっぱい聞いてください。会社の変なルールとか」
「ぜひ」
リラさんも笑う。
どうやら、いつの間にかすっかり話が合ったらしい。
「美月ちゃん、またね」
「はい。気をつけて」
「ユクルさんも、会社頑張ってください」
「……ありがとう」
まだ会社だと思っている。
「リラさんも、また」
「はい。また」
からん。
知佳さんが店を出ていく。
戸が閉まってから、リラさんがぽつりと言った。
「面白い方ですね」
「知佳さんですから」
どういう説明なのか、自分でもよく分からない。
知佳さんが帰り、店の中が少し静かになった頃。
からん、ともう一度ベルが鳴った。
「こんばんは」
「あ、ハルさん」
入ってきたハルさんは、店内を見回す。
そして。
ユクルさんを見つけると、わずかに目を細めた。
「長」
「今日はちゃんと言ってきたよ」
「今回は、ですね」
「……はい」
ユクルさんが素直に返事をする。
リラさんが、梅酒を飲みながら小さく笑った。
ハルさんは帽子の庇に手を添えてから、空いている席へ腰を下ろした。
「今日は何にします?」
「まず、温かいものお願いしようかな」
「お酒?」
「いや。今日はお茶で」
珍しい。
「あと、何か食べます?」
「軽いもので」
「はい」
水を置きながら。
ふと、数日前のことを思い出した。
「あ。そうだ」
三人がこちらを見る。
「ユクルさんたちに、聞きたいことがあるんです」
「私たちに?」
「はい。山のことで」
ユクルさんの表情が、少し変わった。
その時。
「山?」
短く返して。
おじいちゃんも、こちらへ顔を向けた。
見ると、火を弱めたおじいちゃんが布巾で手を拭きながらこちらを見る。
「何の話だ」
「鹿野さんたちが言ってたでしょう。変な跡のこと」
「ああ」
短く答える。
でも。
やっぱり、少し気になる。
「おじいちゃん」
「なんだ」
「この前も、山で仕事してる人に場所を聞いてたよね」
一瞬。
おじいちゃんが黙った。
「あれ、何か気づいてたの?」
「気づいたってほどじゃない」
そう言って、カウンターの端に立つ。
「場所が気になっただけだ」
「場所?」
「あの客が言ってただろ。南側から入って、古い作業道を越えた先だって」
ユクルさんが顔を上げた。
「南側?」
「ああ」
おじいちゃんが頷く。
「今年は、その先まで道を延ばしてるらしい」
「……そうなのかい?」
ユクルさんの声が、少し低くなる。
「おじいちゃん、知ってたんだ」
「昼に聞いただけだ。何があるかまでは知らん」
そこは、はっきりと言った。
「ただ、あの辺まで人が入るようになったなら、少し気にはなる」
おじいちゃんが考え込むように、顎を指でなぞる。




