それぞれに合う形
そのやり取りを聞きながら、ふと思い出す。
「そういえば、ユクルさん」
「ん?」
「この前の話、どうなりました?」
「この前?」
「里の――」
そこまで言って、知佳さんを見る。
「……お仕事の話」
「ああ」
ユクルさんが笑った。
「歩いてきたよ」
「本当に行ったんですか?」
「朔太郎が行けって言うから」
「人のせいにするな」
厨房からすぐに声が飛んできた。
「ほら。聞いてる」
「聞こえるように話してるだろ」
ユクルさんは肩をすくめると、目の前の煮物をひと口食べた。
「川沿いに暮らしてる人たちと、北の林の方と、丘の方。何日かかけて回ってきた」
「……川沿い? 林? 丘?」
知佳さんが首を傾げた。
「ユクルさんって、林業系の会社なんですか?」
「あー……」
私は答えに困る。
「まあ、山とは縁が深いかな」
「へえ。だからか」
何が「だから」なのかは分からないけれど、知佳さんは納得したらしい。
炊き込みご飯をもうひと口食べる。
「それで?」
「思っていたより、場所によって話が違ったんだ」
ユクルさんが続ける。
「川沿いでは、新しいことをやってみたいという声が多かった。北の林では、今までのやり方を残したいという人が多くてね。丘の方は、その中間くらいかな」
「全然違うじゃないですか」
「そうなんだ。だから、最初に考えていた通りには進めないことにした」
「変えるんですか?」
「ああ。次の集まりで、もう一度それぞれの話を聞いてから決めるつもりだよ」
前なら、きっと。
決めたことをどう伝えるかを考えていた。
今は、決める前にもう一度聞こうとしている。
「じゃあ、別々にすればいいんじゃないですか?」
あまりにもあっさり言われて。
ユクルさんが瞬きをした。
「……別々に?」
「そう、その人たちって住んでる場所が違うんですよね?」
「そうだね」
「じゃあ、同じやり方にしなくてもよくないです?」
知佳さんが熱燗をひと口飲む。
「川の近くと林の中じゃ、必要なもの違うでしょ」
ユクルさんが、箸を止めた。
「なるほど。聞くだけじゃなくて、やり方そのものも分けるのか」
リラさんも、ゆっくり顔を上げる。
「それなら、できることはありそうですね」
「山だってそうじゃないんですか?」
知佳さんが言った。
「山?」
「日当たりとか、水とか、風とか。場所によって全然違うでしょ」
「ああ」
リラさんが頷く。
「それは、そうですね」
そう答えてから、ふろふき大根を小さく切って口へ運ぶ。
「なのに、人だけ全部同じにするの変じゃない?」
知佳さんは不思議そうに言った。
難しいことを言っているつもりは、たぶんない。
本当に、ただ疑問に思っただけなのだろう。
「でも、上に立つ者としては、ある程度決めないといけないんだ」
ユクルさんが言う。
「そりゃそうでしょうけど」
知佳さんは少し考えてから、ししゃもへ箸を伸ばした。
「決めるのは一緒でも、やり方まで一緒じゃなくていいんじゃないですか?」
ユクルさんが黙った。
リラさんも、手元の梅酒を見つめている。
「例えば?」
「知らないです」
「知らないんだ」
「だって私、ユクルさんの会社の人じゃないし」
知佳さんが笑う。
「でも、現場ごとに合うように変えるくらい普通じゃないですか?」
「……なるほどね」
ユクルさんが甘い酒をひと口飲みながら、考え込む。
「長」
リラさんが静かに言った。
「それなら、北の林で反対していた人たちにも、もう一度話せるかもしれません」
「どういうふうに?」
「全部変えるわけではない、と」
今度はユクルさんが箸を置いた。
「残した方がいいものは残す。変えたいところだけ変える……か」
「それでいいんじゃないですか?」
知佳さんはあっさり言う。
「ゼロか百かにするから面倒なんですよ」
「……知佳さん」
「はい?」
口いっぱいに炊き込みご飯を入れたまま、こちらを見る。
「たまにすごいこと言うよね」
慌てて飲み込む。
「え。何が?」
本当に分かっていないらしい。
隣でユクルさんが笑った。
「いや。参考になったよ」
「ならよかったです」
知佳さんは何事もなかったように、また箸を伸ばす。
「林業の会社じゃないけどね」
「え?」
「あ」
ユクルさん。
今のは余計だった。




