山で働く人
◇
翌日の昼。
「いらっしゃいませ」
「どうも」
入ってきたのは、作業着姿の眼鏡をかけた男の人だった。
五十代くらいだろうか。
厚手の上着には、ところどころ乾いた泥がついている。
「お一人ですか?」
「ああ。昼、まだ大丈夫?」
「もちろんです」
男の人はカウンター席に腰を下ろした。
「珈琲と、何か腹にたまるものある?」
「オムライスはどうですか?」
「じゃあ、それ」
「はい」
私は先に珈琲を淹れて出し、それからオムライスの支度を始めた。
男の人は両手でカップを包んだ。
「あったまるなあ」
「外、寒いですよね」
「山はもっと寒いよ」
「山?」
「隣町の方で仕事しててね」
「ここまでお昼食べに来るんですか?」
「今日は資材取りにこっちまで出てきたからな。ちょうど昼だったんだ」
何となく、昨日の鹿野さんたちの話を思い出した。
「林業ですか?」
「まあ、そんなとこ。今は作業道の整備が多いけどな」
「作業道?」
「山の中にある道だよ」
男の人は珈琲をひと口飲んだ。
「雪が本格的に積もる前に、できるところまでやっとかないとな」
「大変ですね」
「まあな」
私は厨房へ戻り、オムライスを仕上げる。
しばらくして、出来上がった皿をカウンターへ運んだ。
オムライスには、小さなカップのコンソメスープも添えた。
「お待たせしました」
「お、うまそう」
ふわりとした卵の上には、ケチャップを細くかけてある。
「熱いので気をつけてくださいね」
「ああ、ありがとう」
男の人がスプーンを入れる。
卵が割れると、湯気と一緒に炒めた玉ねぎとバターの匂いが立ち上った。
「さっき、隣町の山って言ってましたよね」
「ああ」
「どの辺なんですか?」
「南側の林道から入った奥だよ」
「結構、奥なんですね」
「今年はな。そこからもう少し奥まで作業道を延ばすことになってる」
「今までも、その辺りで作業してたんですか?」
「いや。今年からだな。今までほとんど人が入ってなかった辺りだよ」
胸の奥に、昨日聞いた話が引っかかった。
細い筋。
折れた枝。
丸く解けた雪。
「……そうなんですね」
「なんだ。山に興味あるのか?」
「いえ。ちょっと気になっただけです」
「変わってるな」
男の人は笑って、オムライスをひと口食べた。
コンソメスープのカップに顔を寄せると、眼鏡がふっと白く曇った。
「うまいな、これ」
「ありがとうございます」
そのとき。
「どの辺だ」
声がして、住居側を見る。
おじいちゃんが戸口に立っていた。
「ん?」
「その林道」
「ああ。南側から入って、古い作業道を越えた先だよ」
「……そうか」
おじいちゃんはそれ以上何も聞かなかった。
「おじいちゃん?」
「なんでもない」
短く答えると、そのまま住居側へ戻っていく。
私はその背中を見送った。
昨日と同じだった。
何かを知っているわけじゃない。
でも。
やっぱり、何かが引っかかっている。




