買い出しの後は
「ただいまー」
戸を開けると、奥からすぐに足音が聞こえてきた。
「にゃあ」
「ほら。夕方より早かったでしょ」
たびがこちらまでやってきて、私の足元をぐるりと一周する。
「にゃ」
「はいはい。ただいま」
しゃがんで頭を撫でると、たびは満足したのか、そのままおじいちゃんが持っている買い物袋の匂いを嗅ぎ始めた。
「こら。お前のじゃないぞ」
「にゃあ」
「何かあると思ってるよ」
「ない」
「買ってくればよかったかな」
「甘やかすな」
そう言いながら、荷物を住居側へ運び込む。
テーブルの上へ買ってきたものを並べていくと、思っていた以上の量になった。
窓辺のローズマリーの鉢を見ると、草の精が葉の陰からこちらを覗いていた。
「ただいま」
頭の葉っぱが、ぴくりと揺れる。
「これは里行き」
針と糸。
明るい色の毛糸。
急須代わりに買った、小さな醤油差し。
細工用のナイフ。
それから、小さな花柄のハンカチを三枚。
「これは店」
日用品と、足りなくなっていた消耗品を横へ避ける。
「これは鹿野さん」
硬い毛のブラシ。
置いた瞬間、おじいちゃんが鼻で笑った。
「まだ笑う?」
「鹿にブラシ」
「絶対使うって」
「どうだかな」
「で、これは葉月さん」
麻布を畳んだまま、その隣へ置く。
たびが興味深そうに近づいてきて、麻布へ鼻を寄せた。
「それは、たびのじゃないよ」
「にゃ」
「分かってるって?」
「分かってないだろ」
おじいちゃんが言うと、たびは尻尾を一度だけぱたんと動かした。
「最後に、これ」
木いちごの紙袋を、そっとテーブルへ置く。
中にはイチゴのジャムが三個と、バタークッキーが二箱。
「ユクルさんには一個ずつでしょ?」
「ああ」
「残りは?」
「店で出してもいいし、あとは俺たちで食ってもいい」
「そうだね」
紙袋から瓶を二つと、バタークッキーを取り出す。
赤いジャムが、窓から入る昼の光を受けてきらりと透けた。
おばあちゃんも、こんなふうに買ってきたものを並べていたのかな。
森へ持っていくもの。
店で使うもの。
誰かへのお土産。
きっと、今の私と大して変わらない顔で。
「美月」
「ん?」
「腹減ったんじゃなかったのか」
「あ」
そうだった。
急に思い出した途端、お腹が鳴った。
「……聞こえた?」
「聞こえた」
「にゃあ」
「たびまで言わなくていいの」
おじいちゃんが呆れたように立ち上がる。
「何か作るぞ」
「手伝う」
「その前に片付けろ」
「はーい」
荷物を片付け終えて台所へ戻ると、おじいちゃんが冷蔵庫を覗いていた。
「何にする?」
「パン残ってただろ」
「あるよ」
「それでいい」
昨日の残りの食パンを取り出す。
表面にピザソースを塗って、薄く切った玉ねぎとハムを少し。
最後にチーズをたっぷり乗せる。
「乗せすぎだ」
「チーズは多い方がおいしいの」
「焼いたとき落ちるぞ」
「落ちなきゃ大丈夫」
トースターへ入れる。
しばらくすると、チーズの焼ける匂いが台所に広がった。
「珈琲淹れるね」
「ああ」
お湯を沸かして、二人分の珈琲を淹れる。
焼き上がったピザトーストを皿へ移す頃には、家の中に珈琲とチーズの香りが混ざっていた。
「いただきます」
一口かじる。
「熱っ」
「だから気をつけろって言っただろ」
「言ってないじゃん」
「今言った」
「遅いよ」
たびが足元で、呆れたように「にゃあ」と鳴いた。
買い出しを終えた休みの日の午後は、そんなふうにゆっくりと過ぎていった。




