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こもれびと、おぼろ月  作者: 日旅こつめ


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33/65

買い出しの後は

「ただいまー」

 戸を開けると、奥からすぐに足音が聞こえてきた。

「にゃあ」

「ほら。夕方より早かったでしょ」

 たびがこちらまでやってきて、私の足元をぐるりと一周する。

「にゃ」

「はいはい。ただいま」

 しゃがんで頭を撫でると、たびは満足したのか、そのままおじいちゃんが持っている買い物袋の匂いを嗅ぎ始めた。

「こら。お前のじゃないぞ」

「にゃあ」

「何かあると思ってるよ」

「ない」

「買ってくればよかったかな」

「甘やかすな」

 そう言いながら、荷物を住居側へ運び込む。

 テーブルの上へ買ってきたものを並べていくと、思っていた以上の量になった。

 窓辺のローズマリーの鉢を見ると、草の精が葉の陰からこちらを覗いていた。

「ただいま」

 頭の葉っぱが、ぴくりと揺れる。

「これは里行き」

 針と糸。

 明るい色の毛糸。

 急須代わりに買った、小さな醤油差し。

 細工用のナイフ。

 それから、小さな花柄のハンカチを三枚。

「これは店」

 日用品と、足りなくなっていた消耗品を横へ避ける。

「これは鹿野さん」

 硬い毛のブラシ。

 置いた瞬間、おじいちゃんが鼻で笑った。

「まだ笑う?」

「鹿にブラシ」

「絶対使うって」

「どうだかな」

「で、これは葉月さん」

 麻布を畳んだまま、その隣へ置く。

 たびが興味深そうに近づいてきて、麻布へ鼻を寄せた。

「それは、たびのじゃないよ」

「にゃ」

「分かってるって?」

「分かってないだろ」

 おじいちゃんが言うと、たびは尻尾を一度だけぱたんと動かした。

「最後に、これ」

 木いちごの紙袋を、そっとテーブルへ置く。

 中にはイチゴのジャムが三個と、バタークッキーが二箱。

「ユクルさんには一個ずつでしょ?」

「ああ」

「残りは?」

「店で出してもいいし、あとは俺たちで食ってもいい」

「そうだね」

 紙袋から瓶を二つと、バタークッキーを取り出す。

 赤いジャムが、窓から入る昼の光を受けてきらりと透けた。

 おばあちゃんも、こんなふうに買ってきたものを並べていたのかな。

 森へ持っていくもの。

 店で使うもの。

 誰かへのお土産。

 きっと、今の私と大して変わらない顔で。

「美月」

「ん?」

「腹減ったんじゃなかったのか」

「あ」

 そうだった。

 急に思い出した途端、お腹が鳴った。

「……聞こえた?」

「聞こえた」

「にゃあ」

「たびまで言わなくていいの」

 おじいちゃんが呆れたように立ち上がる。

「何か作るぞ」

「手伝う」

「その前に片付けろ」

「はーい」

 荷物を片付け終えて台所へ戻ると、おじいちゃんが冷蔵庫を覗いていた。

「何にする?」

「パン残ってただろ」

「あるよ」

「それでいい」

 昨日の残りの食パンを取り出す。

 表面にピザソースを塗って、薄く切った玉ねぎとハムを少し。

 最後にチーズをたっぷり乗せる。

「乗せすぎだ」

「チーズは多い方がおいしいの」

「焼いたとき落ちるぞ」

「落ちなきゃ大丈夫」

 トースターへ入れる。

 しばらくすると、チーズの焼ける匂いが台所に広がった。

「珈琲淹れるね」

「ああ」

 お湯を沸かして、二人分の珈琲を淹れる。

 焼き上がったピザトーストを皿へ移す頃には、家の中に珈琲とチーズの香りが混ざっていた。

「いただきます」

 一口かじる。

「熱っ」

「だから気をつけろって言っただろ」

「言ってないじゃん」

「今言った」

「遅いよ」

 たびが足元で、呆れたように「にゃあ」と鳴いた。

 買い出しを終えた休みの日の午後は、そんなふうにゆっくりと過ぎていった。

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