今日のおすすめは鱈
「今日はいい鱈が入ったんですよ。あら汁と、たちポンがありますけど、佐々木さんも鹿野さんもどうです?」
「じゃあ、俺はあら汁もらおうかな」
佐々木さんがすぐに手を挙げる。
「鹿野さんは?」
「たちポン」
間髪入れずに返ってきた。
「好きですねえ」
「うまいものはうまい」
「熱燗にも合いますもんね」
そう言いながら小鉢を用意していると、おじいちゃんが鍋の蓋を開けた。
ふわりと湯気が立ち上がって、鱈と出汁の匂いが店いっぱいに広がる。
「佐々木さん、熱いから気をつけろ」
「分かってるって」
そう返しながら、佐々木さんは嬉しそうに椀を受け取った。
私は、さっと湯通しした真鱈の白子にポン酢をかけ、紅葉おろしとレモンを添えて、鹿野さんの前に差し出す。
ひと口、ゆっくりと味わって、鹿野さんはしみじみとうなずいた。
「……今年のはいいな」
「私の腕が良いんですよ」
「素材だろ」
「そこは褒めてくださいよ」
鹿野さんは答えず、もう一口たちを口へ運ぶ。
けれど、その口元がほんの少し緩んだのを、私は見逃さなかった。
隣にいた佐々木さんも、あら汁に口をつける。
「ああ——あったまるね。あら汁は、このシンプルな味付けがいいんだよ」
「余計なことすると鱈の味が死ぬからな」
そんな話をしていると、また入口のベルが鳴った。
「こんばんはー、まだ席ある?」
「ありますよ」
「よかった。今日はもう飲まないとやってられなくて」
「また職場ですか?」
「聞いてよー」
入ってきたのは、二人連れの女性客だった。
先に入ってきたのは、近くの町で働いている常連の知佳さん。その後ろから、長い髪を肩に流した葉月さんが続く。
二人がカウンターに腰を下ろした、そのとき。
葉月さんの髪の間から、小さな葉が一枚、はらりと床へ落ちた。
私はそれを拾い上げる。
「落ちましたよ」
「あら、ありがと」
「……今日、山から直接来ました?」
「ええ。急に誘われて——」
知佳さんが首を傾げる。
「何の話?」
「こっちの話」
「なにそれ」
そう言いながらも、知佳さんはたいして気にした様子もなく、おしぼりを手に取った。
「何にします?」
おしぼりを置きながら聞くと、知佳さんはメニューを見ることもなく答えた。
「生。とりあえず大きいやつ」
「相当ですね」
「今日は相当なの」
「私は梅酒を。お湯割りでお願いします」
葉月さんはいつもの穏やかな調子でそう言った。
「はい。食べるものは?」
「何かおすすめある?」
「今日は鱈ですね。あとは鮭の南蛮漬けと、かぼちゃの煮物。ほっけもありますよ」
「じゃあ南蛮漬け。それと、ほっけ! あ、あと鱈があるなら、『たち天』できる?」
「もちろん」
「私は行者にんにくを少し」
小鉢に盛った醤油漬けをカウンターへ出しながら、私は念のため確認する。
「葉月さん、これから誰かに会う予定ないですよね?」
「ないですね。今日はこのまま帰って寝るだけです」
「なら大丈夫ですね」
「あーあれ、翌日まで結構匂い残るもんね。美味しいから食べたくなる気持ちは分かるけど!」
知佳さんが笑う。
グラスに生ビールを注いで差し出すと、知佳さんは待ってましたとばかりに持ち上げた。
「いただきます!」
一口、というより三分の一ほどを一気に飲む。




