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こもれびと、おぼろ月  作者: 日旅こつめ


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人と、人でないもの

「こんばんはー。朔さん、美月ちゃん」

 入ってきたのは、近所に住んでいる佐々木さんだった。

 朔さんというのは、おじいちゃんのことだ。

 水森朔太郎。名前が長いからなのか、昔からの常連はみんな気さくに「朔さん」と呼んでいる。

「いらっしゃい。今日も早いですね」

「今日は仕事が早く終わってなあ」

 いつもの席へ座りながら、佐々木さんは上機嫌に笑った。

「とりあえず生」

「はいはい」

 グラスを用意していると、佐々木さんが店の奥へ目を向けた。

「たび、今日も見てるねえ」

 店と住居を隔てる壁には、小さな内窓がついている。

 その向こうは、たびの居場所だ。

 白い足先をきちんと揃えたキジトラの猫が、いつものように窓辺に座って、こちらの様子をじっと眺めていた。

 足先だけでなく胸元も白く、座っている姿は、まるで小さなジャケットでも着ているように見える。

 佐々木さんに声をかけられ、たびは尻尾の先だけを一度揺らした。

「相変わらず愛想ないなあ」

「ちゃんと返事してるじゃないですか」

「それ、返事なの?」

「たびなりの」

 内窓の下には、店側へ抜けられる小さな扉もある。

 その気になればいつでもこちらへ来られるけれど、営業中にたびがそこをくぐることはない。

「入ってこないの、えらいよなあ」

「たびですから」

「答えになってないぞ」

 生ビールを差し出すと、佐々木さんは笑いながらグラスを受け取った。

 そのとき、また入口のベルが鳴った。

「邪魔するぞ」

 今度入ってきた男には、頭の上に小さな角が二本あった。

 私は一瞬だけそちらを見る。

「いらっしゃい、鹿野くん。いつものか?」

 カウンターの奥から、おじいちゃんが声をかける。

「ああ。熱いやつを頼む」

「分かった」

 おじいちゃんは、手早く準備を始める。

 佐々木さんが振り返った。

「お兄さん、立派なの生えてるなあ」

 角の男が眉を寄せる。

「……見えるのか?」

「何が?」

「いや」

 佐々木さんはもう一度角を見て、しばらく考えたあと。

「帽子か?」

 まだ一口も飲んでいない。

 私は黙って生ビールを差し出した。

「佐々木さん」

「ん?」

「今日はたくさん飲んでくださいね」

「なんでだ?」

「なんとなくです」

 カウンターの奥で、おじいちゃんが小さく笑った。

 こうして今日も。

 人と、人ではないものが同じ暖簾をくぐる夜が始まる。

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