昼はこもれび、夜はおぼろ月
夕暮れが、山の端へゆっくり沈んでいく。
十一月も下旬に入り、日が落ちるのはすっかり早くなった。
北海道の道北。
旭川から少し離れた、山の近い小さな街。
その外れ、人の暮らす場所と深い森との境目みたいなところに、その店はある。
昼のあいだ軒先に出していた『喫茶 こもれび』の看板を外していると、頬に冷たいものが触れた。
見上げれば、薄暗い空から白い雪がひとひら、またひとひらと落ちてくる。
積もるほどではない。
けれど、冬がもうそこまで来ていることを知らせるには十分だった。
代わりに少し小ぶりな木の看板を掛ける。
――小料理屋 おぼろ月。
軒下の灯りを点けると、白い文字がぼんやりと浮かび上がった。
戸の脇の小さな木札も、『OPEN』へ裏返す。
最後に暖簾を掛けて、少し離れたところから眺める。
「よし」
今日も、いつも通り。
そう思ったところで、背後から声が飛んできた。
「ほら美月。いつまで看板眺めてる。冷えるぞ」
「うん。今行く」
振り返ると、開け放した戸の向こうに、おじいちゃんの姿が見えた。
店の中からは出汁の匂いが流れてくる。
昼間は珈琲の香りが染みついている店も、夕方を過ぎるとすっかり別の顔になる。
カウンターには、かぼちゃの煮物やきんぴらごぼう、鮭の南蛮漬けが入った大鉢が並んでいる。
端には、艶よく煮付けられたにしん。
その横には、行者にんにくの醤油漬けが入った小さな器。
奥の鍋では、今日のお通しのふろふき大根が、ことことと音を立てていた。
私は暖簾を一度だけ整えて、店の中へ戻った。
「予約は?」
「予約なんて取ってないだろ」
「あ、そうだった。じゃあ、暇かな」
「そう言った日に限って来る」
おじいちゃんはそう言いながら、小鉢を並べていく。
「誰が?」
「客だ」
「それは分かってる」
言った途端。
からん、と入口のベルが鳴った。
「ほらな」
おじいちゃんが言う。
早い。
まだ暖簾を出して、一分も経っていない。




