小さなヒント
「……私も、勉強になったな」
思わず、そんな言葉が口からこぼれた。
「何がだ?」
おじいちゃんが鍋を覗き込みながら聞く。
「さっきの話」
私は空いた皿を片付けながら、少し考える。
「会社にいた頃って、上の人が『みんなのためだから』って言ってること、結構あったんだよね」
「そうなのか」
「うん。でも、実際に働いてる側からすると、『みんな』の中に自分が入ってるのか分からないこともあって」
あの頃のことを、少しだけ思い出す。
良かれと思っているのかもしれない。
会社を良くしたいと思っているのかもしれない。
それでも、現場にいる人間には、ただ仕事が増えただけに見えることもあった。
「吉原さんの言ってたこと、なんとなく分かる気がした」
「……そうか」
おじいちゃんは、それ以上は聞かなかった。
私は洗い物をしながら、小さく息を吐く。
「私も、もう少し早く誰かに聞いてもらえてたら、違ったのかな」
ぽつりと呟いてから、自分で苦笑した。
「まあ、今さらだけどね」
「そうだな」
おじいちゃんは鍋をかき混ぜる。
「今さらでも、覚えてることには意味がある」
「……そうかな」
「そうだ」
短い返事だった。
私は少しだけ笑って、空いた皿を重ねた。
「じゃあ、忘れないようにしないとね」
店の中に、少しだけ静かな間が落ちた。
「……いい人だね」
ユクルさんがぽつりと言った。
「そうですね。久しぶりに来てくれたんですが、よく人の話を聞いてくれる人ですよ」
「うん」
しばらく、器の触れる小さな音だけが続いた。
「……聞く、か」
「何か思いつきました?」
「少しだけ」
そう言ったところで。
からん、と入口のベルが鳴った。




