人がいるから
「人が相手だからな」
ユクルさんが顔を上げる。
「人?」
「会社なんて、結局は人だよ」
吉原さんは杯を置いた。
「社員がいてくれるから仕事が回る。客が来てくれるから商売になる。どれだけ立派な計画作ったって、人がついてこなきゃ何にもならない」
それから、少し照れくさそうに鼻をこする。
「俺は、会社で一番大事なのは人だと思ってる」
「一番?」
「うん。設備も金も大事だけどな。でも、それを使うのも、考えるのも、続けるのも人だろ」
ユクルさんは何も言わなかった。
白い髭をゆっくり撫でながら、しばらく考えている。
私はにしん漬けを小鉢に盛り、そっとユクルさんの前へ置いた。
「どうぞ」
「ありがとう」
ユクルさんは箸でひと切れつまみ、ゆっくりと口へ運ぶ。
大根のぱりっとした歯ごたえと、にしんの旨み。
ほどよい酸味が口の中に広がる。
「うん。これもいいね」
「秋に漬けたやつです」
ユクルさんはもうひと切れ食べてから、残っていた豚汁をゆっくりとすすった。
「……温かいね」
「豚汁ですから」
「そうじゃなくて」
「え?」
ユクルさんは少しだけ笑った。
「いや。なんでもない」
その隣で、吉原さんが首を傾げる。
「なんの話?」
「こっちの話です」
「またそれか」
私は思わず笑った。
その隣で、鹿野さんが銀だらの最後のひと口を口へ運ぶ。
「群れの先頭だけが道を知っていても、後ろはついてこられないということか」
「……鹿野さん、それは結構近いです」
「そうか」
「今日はちゃんと合ってます」
「今日は、とはなんだ」
「合ってますけど、毎回群れに例えなくていいですから」
私が口を挟むと、吉原さんが吹き出した。
「なんだ、昨日も群れの話したの?」
「しました」
「役に立った」
鹿野さんが言う。
「役には立ちましたけど」
カウンターに笑い声が広がる。
私は空いた小鉢を下げながら、ふと思った。
人間の会社と。
森の奥にある、小さな里。
まったく違うもののはずなのに。
困るところは、案外似ているのかもしれない。




