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こもれびと、おぼろ月  作者: 日旅こつめ


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里からのおつかい

私は手のひらの上の封筒を持って、奥へ向かう。

「おじいちゃん。これ」

「なんだ」

 小さな封筒を渡すと、おじいちゃんは封に押された印を見て、すぐに指先で開いた。

「これ、ハルさんの里から?」

「ああ。里守の印だ」

「何て書いてあるの?」

「……買い物だな」

「買い物?」

 横から紙を覗き込む。

 小さく整った文字で、いくつもの品名が並んでいた。

 小さな包丁。

 急須。

 細い縫い針と、丈夫な縫い糸。

 それから。

「……イチゴのジャムと、バタークッキー?」

「ユクルだな」

 おじいちゃんが、何でもないことのように言う。

「里守からの頼み物なの?」

「たぶんな。あいつ、甘いものにはうるさい」

「そこは昔から?」

「昔からだ」

 即答だった。

「こっちは服地か」

「服地?」

「冬用の毛糸。それと……『人間が使うような、花柄の木綿のハンカチ』」

 おじいちゃんが紙を少し持ち上げる。

「『花は小さめ。地の色は明るいものを三枚』だとさ」

「ずいぶん具体的だね」

「仕立て屋からの注文だろ。切って使うんだ」

「ハンカチが、コロポックルの服になるんだ」

 そう考えると、人間にとっては何でもない一枚の布でも、向こうでは使い道がまるで違うらしい。

「里で作れないものは、前からこうして頼まれるの?」

「ああ。全部じゃないがな。向こうで手に入りにくい物や、こっちで買った方が都合のいい物だけだ」

「おじいちゃんが買いに行ってたんだ」

「小夜と一緒にな」

 その言葉に、少しだけ手元の紙を見る。

 私が知らなかっただけで。

 こういうやり取りは、ずっと前から続いていたらしい。

「旭川で見てくるか。百均とショッピングセンターを回れば、大体揃う」

「ジャムも?」

「それは別の店だ」

「そこは決まってるんだ」

「ユクルがうるさい」

「クッキーも?」

「当然」

 思わず笑う。

 里守から届いた正式な封書なのに。

 中身の一部は、ずいぶん甘い。

「いつ行くの?」

「明日でいいだろ。昼、休みだしな」

「私も行った方がいい?」

「これから先、お前が頼まれることもある。何をどこで探すか、一度見とけ」

 おじいちゃんが、畳んだ紙を封筒へ戻す。

「そっか」

 考えてみれば。

 おじいちゃんにとっては、昔から何度もしてきた買い出しでも。

 私にとっては、これが初めてだ。

「分かった。一緒に行く」

「ああ。メモ忘れるなよ」

「それはちゃんと持ってく」

 小さな封筒をもう一度見る。

 ハルさんたちの里へ、私はまだ行ったことがない。

 けれど。

 人間の街で買ったものが、森の奥の里へ渡っていく。

 向こうで採れたものや、作られたものが、この店へやってくる。

 そんな行き来が。

 私が生まれるより前から、ここでは続いていた。

 昔は、それすらできない時代があったらしい。

 詳しいことを、おじいちゃんはあまり話したがらない。

 私も、これまで深く聞いたことはなかった。

 さっきまでずいぶん立派に見えた封書は。

 おじいちゃんの手の中で、いつもの買い物メモのように畳まれている。

 たぶん。

 こういう何気ないやり取りも。

 おばあちゃんたちが、長い時間をかけて作ってきたものの一つなんだろう。

 窓の外では、雪がまた静かに降り始めていた。

 私は空になったカップを片付ける。

 それからも何人かのお客さんが立ち寄り、午後はゆっくりと過ぎていった。

 

 時計の針が三時を指す。

「さて」

 最後のカップを片付けて、入口へ向かう。

 外へ出て、戸の脇に掛けてある小さな木札をひっくり返した。

 ――CLOSED。

『喫茶 こもれび』の看板は、そのまま。

 あと数時間もすれば。

 今度はこれを外して、『小料理屋 おぼろ月』の看板に掛け替える。

 入口に吊るしていた香草の束を外すと、昼のまじないがゆっくりとほどけていった。

 そのとき、頬に冷たいものが触れた。

「あ」

 顔を上げる。

 灰色の空から、小さな雪がひとひら。

 またひとひらと落ちてきていた。

 まだ三時なのに。

 空はもう、夕方の色へ近づいている。

 十一月の道北は、日が短い。

「今日もお疲れさま」

 小さく呟いて、香草の束を抱え、住居側へ戻る。

 ふと。

 昼間のじゃがいもの箱を覗いた。

「……まだいた」

 草の精は、じゃがいもの上で小さく丸くなっている。

 隣では、たびがじっと見張っていた。

「にゃ」

「分かってる。どうしようね」

 外はもう、雪の季節だ。

 今から佐藤さんの畑へ戻したところで、草も土も冬支度を始めている。

 少し考えて。

 窓辺のローズマリーの鉢へ目を向けた。

「春まで、ここにいる?」

 返事の代わりなのか。

 小さな頭の葉が、ぴくりと揺れる。

「じゃあ、こっち」

 草の精をそっと持ち上げ、ローズマリーの根元へ下ろした。

 小さな足で土を踏みしめると。

 草の精は茂った葉を見上げてから、その陰へちょこんと腰を下ろす。

「ここなら、少しは暖かいかな」

「にゃ」

 たびが、隣で尻尾を揺らした。

「春になったら、佐藤さんのところへ帰ろうね」

 葉っぱが、もう一度だけ動く。

 昼の『こもれび』は、これでおしまい。

 少し休んだら。

 今度は、夜の『おぼろ月』が始まる。

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