小さな離れ
一息つくと、かちり。
店の奥から、小さな音がした。
住居側との境にある小さな扉が開き、白い足先がひょこっと現れる。
「はいはい。終わりましたよ」
たびが悠々と店へ入ってきた。
営業中は絶対にこちらへ来ないくせに、閉店した途端これだ。
私の足元までやってくると、たびは一度だけ、
「にゃあ」
と鳴いた。
「遅かったって?」
「にゃ」
「仕事だから、仕方ないでしょう」
たびは尻尾をゆっくり揺らす。
その先は、人の目には分かりにくいほど、ほんの少し二股に分かれている。
「はいはい。ご飯でしょ」
「美月」
厨房から、おじいちゃんが呼ぶ。
「なに?」
「たびに魚やるなよ。ちゃんと猫用のご飯にしろ」
「分かってるって」
私の足元で、たびが不満そうに「にゃあ」と鳴いた。
器に猫用のドライフードを入れ、ぬるま湯を少しかけてほぐしてやる。たびは待ちきれない様子で鼻を鳴らし、器を置くと勢いよく食べ始めた。
「よしよし」
頭を少し撫でてから、店の片付けを完全に終えて奥の戸を開ける。
店と住居は、同じ建物の中にありながら、ほとんど別の家のように分かれている。
表側は店。
一階にカウンターと厨房。
二階には昼の喫茶店で使うテーブル席がある。
その奥が、私たちの住居だ。
店とは別に階段があり、おじいちゃんの部屋や客間もこちら側にある。
そして私は、母屋のさらに奥に建つ離れを使っている。
「美月、暖かくして寝ろよ」
厨房を片付け終えたおじいちゃんが、奥へ向かう私に声をかけてきた。
「はーい。おじいちゃんもお疲れさま」
おじいちゃんに手を振って、渡り廊下へ向かう。
ご飯を食べ終えたたびが、いつの間にか私の後ろを当然のような顔でついてきていた。
外はもうすっかり暗くなっていた。
屋根のある渡り廊下の向こうで、細かな雪が静かに降っている。
「寒っ」
肩をすくめながら離れの戸を開けると、たびがするりと先に滑り込んだ。
中は暖かい。
棚には、おばあちゃんから譲り受けた薬草の瓶や、小さな木箱。
壁際には古い机。
その横には、使い込まれた乳鉢が置いてある。
私の部屋になった今でも、ところどころに、おばあちゃんの名残がある。
「ただいま」
「にゃっ」
返事をするみたいに鳴いたたびに笑って、エプロンを外した。
たびはもう自分の席と決めているのか、古い丸椅子の上に飛び乗り、丸くなって毛づくろいを始めている。




