第8話 踊る特注ドレスと作り出した毒林檎
ダンス苦手なんですわよね……。
ホールには招待客が集まりつつありました。
こちらも目的の“あれ”を探して少しきょろきょろとその場を見回してみます。
ん……。あれ……、かしら?
ある一人の令嬢がそわそわと落ち着かなくしているのを見つけると、私はなるべく優しく声をかけます。
「ごきげんよう。私の名前はリゼット・バークレー。実はいきなりで申し訳ないのだけれど、あなたに頼みたいことがあるの」
我がバークレー家は我がことながらそこそこの名家ですので、眼の前の少女はびくっと子兎のように縮こまってしまいました。
「えっ。バークレー家の、リ、ゼット様っ……? ご、ごきげんよう、あの、私何か……」
「えっと――そのあなたが今着ているドレスって、気に入っていらっしゃる? 最近、流行りのデザインの、ですわよね?」
はっとして少女は顔を上げます。
「あ――いえ、あの、これは……うちで用意できる精一杯で、その、見劣りするなあとは……。流行っているといっても、せいぜい私の家が買えるくらいですから……」
よし、見る目ありです。
「では良かったらそのドレス、交換してもらえないかしら? 他の品と」
「えっ……?」
「そうだ、あなたのお名前を教えて頂けるかしら」
女の子はまた飛び上がるかと思うほど驚いた様子で、慌ててスカートの端と端を摘まみます。
「し、ししし失礼致しました、リゼット様! 私リラ・デュークと申します!」
ああこの子、あの“御令嬢”と同い年くらいでしょうに。なんて礼儀正しく躾けられた良い子なのでしょう。
「そんなに緊張しないで大丈夫。私の事情でお声をかけたのですから」
「???」
「では私と来てくださいね」
にっこりと微笑んで見せましたが、リラは意味が分からずに固まってしまいました。
私はどうなってしまうのーと顔に書いてあるようなリラ・デューク嬢を連れて、もう一度マーガレットの試着部屋に戻ります。
あのこむす……いえ、お嬢様は、いらいらしながら横柄な口調で用意させたであろうフルーツウォーターを片手に、様々な種類の一口サンドウィッチを摘まんでいました。ええ、まったく、さきほどのあられもない格好のまま。
私の顔を見ると少しだけ取り繕って、表情を戻します。けれど後ろのリラを見るとまた眉を顰めるのでした。
「お姉さま! っと……その庶民のような子はどなたですの? 生意気に流行りのドレスは着ているみたいですけれど、アクセサリがぜーんぶやっすもの!」
うん、清々しいほどの悪役令嬢ぶり。
なんというか、ええ、この子、ウィンザー卿の血をどこに置き忘れてきたのでしょうね。
まあ嫌な人が一時だけ笑顔で挨拶してくるより、元々性悪なんです私、というこのマーガレットの姿の方がいっそ清々しい気もします。
“気”は、ね。
……いえ、こういった醜態をさらしても良いなんて全くもって思いませんが。もうはや、嫌味ではないのでしょう、とでも思わないとこの子の相手をしていられやしません。
「リラ・デュークさん、あそこの(かろうじて掛け直されてある)ドレス、どうお思いになりまして? あれはどんな風にあなたの眼には映るかしら」
顔に≪え? え? え?≫を張り付けていたリラですが、ドレスを見ると今度は瞳が違う意味で輝きだしました。
「すごい……綺麗な絵みたいです……! 可愛らしくて、刺繍も細かくて丁寧……生地も滑らかで、私の家ではとても手も足もでないようなドレスです……」
よし。やっぱり見る目ありです。
「ちょっとー! 勝手に人の部屋に入り込んでどこの成金の娘よ⁉」
あ。やってしまったわ。ある意味忘れてました。
「……ごめんなさい、あれはウィンザー家のマーガレット……その、私の顔を立てると思って挨拶をしてもらっていいかしら?」
とにかく仕方がないのでリラにこそっと耳打ちします。この子は本当に心得たものです。すっとマーガレットの前で姿勢を低くしてくれました。
「失礼致しました、マーガレット様。私はリラ・デュークと申します。その、リゼット様にこちらにお迎え頂いたものの、ご事情は分かりませんもので挨拶が遅れましたこと大変申し訳なく存じます……」
リラを睨みつけていたマーガレットがふんっと顔を横に向けましたが上出来です。
そしてもう一度リラにこそっと少し待つよう言い含め、マーガレットを鏡の並ぶ椅子の前に連れて行きます。
「私が連れてきた理由、分かるでしょう?」
「あんな庶民を連れてくる理由なんて一体何があるっていうんですの?」
ふふふ……リラ・デュークが癒しなら、これは仙人掌だかというものの棘かなにかかしら。
「あのドレスをご覧なさい? 貴女が言っていた、流行り最先端のそれですわよ?」
「……ああっ、そう、あれ! あれですわお姉さまっ!」
――でしょう、ねえ。
「あれを取り換えて貰えば良いのではないかしら……?」
これって私が悪魔なのか、何者なのか微妙に分からなくなりますねえ。私の囁きは良いものなのか悪ものなのか……。
まあそんなことどうでもいいのです。
さすがに格の違う子女の服をマーガレットに着せるなんて、ウィンザー家の執事にでもばれたらとんでもないことになります。さっさとことを済ませてしまわなければ。あ、それとマーガレットへ言い含めなくては。
私が無理矢理に着替えさせたのならば大問題です。けれどまあ本人が適当にやったこととするならば?
2人の着替えが終わりました――が、リラはあまり髪型や装飾品の使いかた等々も分からないようでした。私は彼女の髪を編み込んだり、どうせ幾つも持っていて失くしたとしても気づかない、マーガレットのおもちゃ箱のようなジュエリーボックスと、メイクボックスから数点借りて着飾らせてやります。
その間マーガレットは自分の格好と装飾に熱中して他は何も見えていません。余計なことに気づかれることなく2人の変身を済ませられたのでした。
「とてもいい感じになりましたわよね! お姉さま!」
そうね、とっても。
「ええ、アイディアは私でしたけれど、マーガレットがそうしたいって言ったとおりになったのだから満足よね?」
――あら。私ときたらもう白雪姫の童話なら毒林檎づくりでも始めそうなほど黒いですわね。
「ええ、お姉さま! さすがは私のセンスだと思いますわ! 手伝ってくださったことにはお礼申し上げますわね!」
ふう。まあある意味やりやすい子ですこと。
「あ、あの……リゼット様――」
顔を真っ赤にしたリラが両手をしっかりと握ってこちらに向けて言いました。
「ありがとうご……「待って――」」
そっと人差し指をリラの顔にひとつ、と言うように立てると、少女の顔に困惑が過ります。
「あなたなら分かると思うのだけれど、私も少しばかり危ない橋を渡っているの。でもその危険にあなたを巻き込んだことも事実ですね。そのドレスはどうしたかと誰かに問われたなら、ご事情がある方々がいらっしゃるようで、とか言っておきなさいね。ああそれでも……」
マーガレットとリラ・デューク、彼女たちのあまりの家の格差は不憫であろうと事実です。もしリラが窃盗でもしてこの格好になったのだと思われては困ります。
少し考え、私は自分の頭につけている独特のデザインの髪飾りを外しました。それをリラのブラウンの素直な髪の端っこ、ちょうど左耳の上あたりにそっと差し込みます。
「これを見てまだなにかを言う人間がいれば、その時はもう私の名前を出して構わないわ。こちらこそ協力してくれて礼を言います。さあそのドレスでパーティを楽しんできて!」
少しふるふるとリラ・デュークの目が揺れています。
「背筋を伸ばして。笑顔でね。行ってらっしゃい」
ようやく、この2人の少女を送り出し、私もホールに戻ることにします。
既に舞踏用の曲がかけられ、手に手を取ってうっとりと踊る紳士淑女で溢れかえっている場所へ――。
パーティ当日篇・2話目といったところです。リラ・デュークは私が書くにしては珍しくいい子、ですが心得られるということは裏の部分も知っている子なんですよね……。まあ自分で性格的に嫌な部分のない少女を書くのが珍しい(どういうことでしょうね)のでこの子は健気な子で居て欲しい親心あり(笑)。
次回の投稿は……9日㈮か、10日㈯の昼頃を予定しています。最近ちょっと予定通りに出来る感じに心身が立て直されてきた? かもしれない作者です。読んで頂けたならそれだけでさいわいです。読んだよー、とXなどでお声がけ頂くだけでも喜びます。こちらで顔マーク、コメントなど頂いたら卒倒します(*'▽')! 良い意味で! こういう展開はここがあまり好まない、とかそういったネガティブ系のお話でもうかがってみたいです。では今回もありがとうございました!




