第5話 白日の下・在りし日の抱き枕の今
大幅に遅れまして失礼致しました。第5話まで来てしまいましたが、今回は閑話的な感じですね。
ウィンザー卿にドレスを渡し終え、送り出した時点で外はすっかり真っ暗です。
仕方がないわね泊っていきなさい、という伯母さまの言葉に甘え、そのままおうちで寛がせて頂いているわけですが――。
「リゼーット! そのにたにたした奇妙な笑いと、歌いながら奇怪なダンスを踊るのは辞めて頂戴」
なかなか棘のある感じで言われたことは自覚しているのですが、うっかり浮かれたまま返事をしてしまいます。
「だってだって、なんと春が来たんですよ? 春ですよ春。歌わずにはいられないでしょう?」
また大き目の溜め息が聞こえた気もしますが。
「貴女の頭の中にお花畑が咲き乱れてしまっているのは確かなようだけれど――。春って、どういうこと?」
おや。ごまかしにかかられる気でしょうか。
それとも自覚がおありではない?
「……伯母さまもまんざらではないご様子だったではありませんか。どうぞ私の前では素直になってくださいませ、気になっておいででしょう? ウィンザー卿のこと」
伯母さまはすっかり憔悴というか、げんなりとされておりますが、今日ばかりは気にしていられません。
「貴女、確かウィリアム・ウィンザー様からも婚約のお申し出があったとか言っていた気がするのだけれど? ウィンザー様の所なら安心だとわたしは思っただけよ」
……ん? 何か……何かが引っかかったような――。とんでもない誤解がある……ような、こう胸かどこかに、何かがつかえているような違和感といいますか……?
「私のことはともかく、やっぱり伯母さまが嫁がれたらお祖父さまたちも安心なさいますわ」
ああどうしてなのでしょう。
私のうっかりがまたもや出てしまいましたわ。なんていう地雷を踏みぬいてしまったというの?
伯母さまの表情は硬くなり、表情筋がぴしっと鳴って止まった気がしました。
「……リゼット。貴女がわたしの結婚相手について考えるのは、善意だとしても余計なお世話で――」
「っはい、ごめんなさい、とても……差し出がましい真似をしてしまって、余計なことも言って……伯母さまを傷つけてしまったのは自覚しています……!」
ああ、さすがに、余計なお世話どころか……。
お父様然り、お祖父さま然り、なのですけれど――。
「女に知識も学も程々にしか必要はないだろう。それよりも爵位のある家での立ち居振る舞い、ダンスやらピアノやらちまちまと可憐な技術でも磨いておればよい」
こういう時だけ義理の関係であるのに、異口同音に同じ事を仰っられるのでした。淑女とは云々、女主人としての心得等々。意味があるのか分からないような、ながーいお説教を何度も。こちらは耳にタコと言うより、脳味噌がその言葉たちで漬かったんじゃないかと思うくらいに幾度も幾度も同じ話ばかり。
そんなに自分を表現したり手に職を持ったりを女がするのはいけないかしら。生きていくのに本当に令嬢たるものという、そつのない仕草とやらは必要なのでしょうか。
そういう価値観の実父と義弟、そして反りの合わない実妹である私の母。もし伯母さまが望んだ結婚をされたとしても、わざわざ知らせたくもないと思う程度には関わりたくないとお考えだろうことを私は分かっている筈でしたのに。
「本当に申し訳ありません、伯母さま。私はまたうっかりと……」
なんだかもう伯母さまの眼を見ることも出来ず、ただただ床に視線を向けるしか出来ません。
「もういいわよ。何度謝られても困るわ。それに謝っても口から出てしまった言葉は戻らないのよ?」
それはもう、大きな針が胸に突き刺さったような気がする言葉でした。
「でも貴女の謝罪の気持ちが本当だと言うことも分かっているから――」
「はい、本当にごめんなさっ――」
「リゼーット! 謝るのをやめないと、夜中いっぱい庭の草むしりに放り出すわよ!」
「ええ!?」
本気ではないと分かっているのに、またもや驚きで叫んでしまいます。
「これはわたしの問題で、父とのこともわたしと父の問題だわ。貴女はそのことを考えなくていいの。わたしが怒っているのはそのことよりもね。貴女の本心のことかしらね、リゼット」
――え?
「貴女はわたしにお節介を焼いている、ということにかこつけて自分の人生から目を背け続けているでしょう?」
……それ、は。
「……私は、……」
その後の言葉が、紡げません。そう、伯母さまが幸せになれば――とか……いえ、でも別に伯母さまは今でも充分幸せなんじゃないかって……。伯母さまが自作のドレスをお渡しする時の笑顔、それを受け取る人の笑顔、わざわざお召しになって再訪し、喜びを伝えに来てくださる方まで……。
家族がいること、その人達に理解されることだけが幸せとして限定されはしない……。
そして今、伯母さまはその私への言葉を、嫌味でも自分への迷惑だ、という意味も何も込めず、本当は貴女は気づいているのに、という意味。そして、心配を表情と共にくださったのです。
そうなるともう私は本心と欺瞞が混じった言葉を吐き出せませんでした。
「貴女はわたしに似てしまったもの。どうしても自分の立場とか、そうするべきだって周りの言葉をただ飲み込むことが出来ないんでしょう?」
「…………はい」
「ただ貴女はまだ、特別にやりたいこと、好きな事、大事なものとかそういった事柄がはっきりしていないのでしょう」
――なぜ、こうもお見通しでいらっしゃるのでしょうか。
私が固く握っている自分の両手に、そっと降ってくるようなこの言葉たち。
「まあ、慌てたって何したって見つからないものは見つからない。分からない時は何も分からないし、こういっているわたしでさえ何も分かってはいないかも知れないわよ」
私はただ聞いているよりほかありませんが……。
「まあ足搔きなさいな。若いうちの特権よ」
「伯母さま、お年寄りの方みたいに仰らないで……」
それほどのお歳じゃないのに、伯母さまはたまにこういう物言いをされます。――照れ隠しだったりして?
「あ、そうだ、一つお願いがあるわ。マーガレット様がお召しになる今日のドレス。あれがちゃんと気に入って貰えたか、報告してくれる? 何しろ革靴を縫うのと同じくらいの労力で刺繍を散りばめた力作を作ったのですからね」
確かにマーガレットがあのドレスを着て上機嫌になるのかは、わりと気になります。
「承りましたわ。まあ、私も気になりますから」
「そう、じゃあそろそろ寝ましょうよ。実のところわたしはもうくたくたなのよ?」
「あら。それじゃあ久しぶりに抱き枕になりましょうか?」
伯母さまは今度こそ、渋面としか言いようがない、嫌そうな表情を広げます。
「今の貴女なら、わたしをベッドからいつのまにか蹴り落としそうで、絶対にイヤ」
……まあ酷い。確かに私の寝相は良いとは言えませんでしょうけれど……。伯母さまだって、いえ、これ以上の失言はよしましょう。
お読みくださってありがとうございます。次回はすでにマーガレットさんを描写しているので、私にしてはまだぱっと投稿出来るかなと。あくまで予定ですが、22日㈫の同時刻頃を予定しています。顔マークなどを頂けたら嬉しいです。もちろん評価やコメントも大歓迎ですが、あまり要望過多になるのも気を付けなきゃなーと自戒しまして(;'∀')。失礼致しました!




