第4話 伯母さまの雄叫びと、稀代の人格者ウィンザー卿
遂にタイトル回収でもありませんが、本編に入った感じです。ちなみに姪、伯母という続柄なだけで、エライザ伯母さまは30歳と少しという年齢です。
これほどエライザ伯母さまが我を失って? 奇怪な状態に陥ったことは、過去にもそうそう記憶にありません。
これが世に言う、なんたらは盲目とか何とかいう状態なのでしょうか?
ドレスを取ってくる――と仰ったまま、すぐに出てくる気配のない伯母さま……。どうしましょう、そもそもあの表情。つまりはつまるところ、ひょっとしなくてもひょっとしたのですわよね。
「ウィンザー卿、もう少々お待ちください。わたくしも手伝ってまいります」
そしてひょいひょいと布やら草やらを搔き分けて、私も部屋へと舞い戻ります。中では伯母さまが一暴れ……うん? いえ、ええと――まあ右往左往の結果でしょう、ドレスを入れる化粧箱は用意されているのに、伯母さまと来たら紅茶が入ったティーポットやら、カップやらをバスケットに詰めています。
あら? 思ったより重症でいらっしゃる?
遂には古い裁縫箱まで引っ張り出してこられたので、私ですら状況を把握できません。
「伯母さま? 落ち着いてください、ドレスは箱に入れてお渡しするだけですわ」
「ウィンザー様の革靴が裂けたのでしょう? 屋敷には靴なんていっぱいあるかもしれないけれど、この後屋敷までの間もまた絨毯を敷く羽目になられてしまうわ」
ええっと……ん? なるの……かしら?
何がしか勘違いと思い違いと早とちりか何かがあるような気もしますが、この状態の伯母さまを止める手段が浮かびません。
ささささーと家の中を駆け抜け、私は裁縫箱を持たされ再び出て行く伯母さまを追いました。
「うぃ、ウィンザー様、お待たせいたしました! すみませんそちらの靴をこちらに渡して頂いてもよろしいですか!」
「くつ……とは――この割れたやつのこと、かな?」
「はい‼」
え、まさか……。
「す、すみません卿……。伯母は変わり者でして……少しの間、温かい紅茶でも召し上がってください」
まあなんとなく伯母さまが何をしようとしているのか分かりはしたのですが――。
それを説明するのもどうなのかと、私はただ紅茶をカップに注ぎ卿に渡します。ウィンザー卿は庶民も貴族も差別されることなく、また明朗闊達なことで人気のある方。だからこそマーガレットの躾には失敗したのが玉に瑕、と言われてしまうのですが。
さて……。
はい、うん、凄い顔になっていますがもう脳内物質がどっぷりと溢れかえっている伯母さまには、眼の前の靴の補修しか頭にないのでしょう。
何しろ一番太い針を靴に刺して引っ張ってを繰り返す、その度に歯を噛みしめられて表情は歪みっぱなし。しかも布が敷かれているとはいえ、地面に座り込みながら全身で縫い合わせているのです。当然一刺しするごとにぐいー、とふんっ、という勢いと呼吸音が、乗馬の途中で我を忘れて荒れ狂う馬のようになってしまっていらっしゃる。
なんというか、止めるわけにもいかないのでしょうけれど、いえ止めるべき……なのだとしても――止められなさそうですね。
裁縫に関することは全てが伯母さまの矜持。
いかにみっともなかろうと、それを止めるのは私自身も嫌なのです。しかも見たところ、ウィンザー卿はその姿に引くと言うよりも寧ろ興味深そうなのです。まあ確かに貴族の生まれである伯母さまのこの姿は興味深いかも知れませんが、そういった下品な類の好奇心でもなさそうなのです。まあ従者の方々は呆気に取られている様子ですが。
そういえばこの卿は、変わったもの、面白いものが好きだと言うお噂でした。
息も切れ切れに皮靴に針を入れていく伯母さまの姿は感涙ものですが……。
「なあ、あの方って……ごにょごにょ」
「だよなあ、確か……ごにょごにょ」
まあ凄い表情にはなっていますから、ごにょごにょにはどうかしているといった風な悪口が囁かれているのでしょう……。
伯母さまは一生懸命になっちゃうだけなんですけどねえ……。
「卿、お茶のお代わりは……」
「うむ、頂こうか」
さすがにいつ修繕が終わるのか、はらはらしてきます。
まあ何故か……ウィンザー卿は楽しそうに伯母さまの作業をご覧になられていますが――。
ちくちくたくたく。
「―――~~~ふうううううううっ!」
全力疾走してきたマラソン選手のような呼吸音がして、伯母さまの手が針をピンクッションに刺しました。
体感3時間……実際には45分、ですか……。ぱちんと懐中時計の蓋を開いて確認します。
「お、待たせ致し……ました、ウィンザー様。――こちら、しばらくは使えるよう頑丈に縫いましたが、どうぞ専門の補修か、新しく誂えてくださいませ」
そう言って差し出した靴を、卿はひょいっと受け取ると、引っ込めようとした伯母さまの手をがしっと掴みます。
「……はいっ?」
「感謝しますよ、エライザさん。ただ残念なのは貴女の手を傷めてしまったのではないかということですね」
「……いええええ、あの、その、慣れておりますし、こんなわたしの手など何も問題ではないと言いますか……」
ウィンザー卿は、その年齢よりお若く見える顔で微笑まれました。
「いや本当にお世話になりっぱなしだ。後日きちんとした礼に来ます。これで今日は靴擦れする問題もなく、快適に過ごせそうです。ありがとう」
そうして、伯母さまの手にキスをされるとそっと離されました。伯母さまは真っ赤になったまま固まっております……わね。
「ではリゼット嬢、パーティーで会いましょう、失礼!」
――……。
っああ!
「卿! ドレスをお忘れですわー!」
と、まあどうにかこうにかドレスを引き渡すことも出来たのですが、その後に続いたのは――。
「……ああああああああああっ‼ わたしはなんてことをぉぉぉ――――!」
伯母さまの恐ろしい雄叫びだったのですが――。
「わ、わたし、直さなきゃって思ったから無我夢中だったけれど……。考えてみれば靴を修繕なんてしなくても、あそこでドレスをお渡しすればよかっただけなのだわ! お屋敷に帰れば靴なんていくらでも運んで来られるのだからあぁぁ…………!」
まあ……私もそんな気はしておりましたけれど――。
「……しかもこんなに荒れた手にキスされるなんて……⁉ で、でもウィンザー卿も、随分と女性に対して馴れ馴れしいのでは!? 妻子持ちなのでしょう!?」
んん?
「え? ええ? 伯母さまそこまで世間知らずに成られたのですか? ウィンザー卿といえば、早くに奥方を失くしてから長く……男やもめ? というお話ではないですか!」
「……え?」
「だからいまだに後釜? を狙っている婦女が絶えないのだとか……」
「え、ふ……ふぅん?」
ええ、うーん、この反応。
「ところで先程から、言葉遣いが宜しくなくてよリゼット」
あら?
思わぬ叱責ですわね……。
革靴を縫う、というシーンは思うに実妹が皮財布を縫っていたのを見た時からの着想でしょうか。流石に凄い顔にはなってませんでしたが、皮財布=買うものって思っていた姉さんは吃驚しましたよ……。テディベアとかも何故か大量に作っていたけど、押入れにほとんど仕舞ってある状態って怖くないのかなあ……。
小説に目を通してくださった方、ありがとうございます。よろしければご感想や評価を頂けると喜びます。自作は16日水曜日前後、大体昼過ぎを予定しております。お付き合いくださればさいわいです。




