第3話 マーガレット嬢のドレスを受け取りに来た意外な人物
まさかまさか、このドレスがあのお転婆では表現が足りないマーガレットの元に渡るなんて――。
名家の令嬢でありながら、あまりに我儘で品性に欠ける、と――言われたところで仕方がないのかも、あの子は、とつい共感してしまう程度には。まあ、まだ11だか12歳そこらの歳の筈でしたけれど、それにしてたって。
ん?
「あ。確かウィンザー家の御子息……ウィリアム様からもお申し出を頂いておりましたわ……?」
そしてまだお返事をしていません。まあ、向こうはお会いしてから決めて頂いて構わないとのお申し出でしたし……。
と、思い出している間に伯母さまの眼がきらんと光った気がしましたら――。
「そういえばリゼット、その縁談はどうしたの?」
うう、どうにか話に上らないようにと避けていたのに、なんてこと。やぶへびとはまさにこのこと。
「エライザ伯母さま。私は令嬢にありながら、稀代のうっかりさんです」
「――え、え……まあ自覚があるのはいいと思うわ……」
「だからこそ慎重になっているのです。相手がどんな趣味嗜好をもって、どんな価値観で生き、何に囲まれて生きてきて、何に惹かれ何を忌避するのか――。相手を理解する必要があるのは当然ですし、相互理解もまた必要なのだろうと……」
途中から伯母さまが渋いお顔をされて、ふるふると首を振り出されました。
「――あああ、硬い、硬いわ。途中から何を言っているか、誰も聞いてくれない類の演説みたいよ、貴女……」
あら、まあ。
「それに、難しい考え方をすれば上手くいくと思っているの?」
「え、いいえ、そんなことは……」
なんとなく私の視線は部屋の中を、コーヒーのクリームを搔きまわすように回ってしまいます。
「リゼット? 相手を理解できた、なんて思える瞬間こそ間違いという爆弾を踏んでいるのよ」
「ば……爆弾、ですか?」
なんという剣呑な言葉でしょうか。
「誰かのほとんどを知り、理解するなんて誰にも出来ないの。だからこそ努力するんでしょうよ。人間とはそういう生物なのよ。それに結婚生活の途中であら、違う、こうじゃなかった、ってことが起こったら、理解しなかった自分を責めるの? それとも相手が隠していたと恨むの?」
えええ……。そもそも伯母さまから“結婚観”というものを話されるのは初めてではないかしら……。ある意味そこまではっきりした想像は私の中にはないだろうと、暗につっつかれている気分になってきました。
そこで伯母さまは表情を戻し、ふうっと溜め息を吐かれました。
「まあそれも他人のことだから、しかも可愛い姪の話だから言えることで――。自分に出来ないことを貴女に言うのも筋違いなんでしょうね。でも同じような失敗をして欲しくは無いの。私は誰ともそういう風に生きていくことは出来ていないのだし……」
一旦手を止めると、伯母さまは紅茶に口をつけてから吐息と共に言いました。
「リゼット? 貴女からすれば、わたしは人を分かろうとするのをやめたように見えるでしょう」
そこまでのことは考えたことがありませんでした。私は素直にふるふると否定を伝えます。
「いえ、そんなことは」
「一応、自分でも思うことはあるの。これは怠惰なのかしら。何かからの逃げかしらって――」
「え、そんな……」
結構、面倒な感じに考えているのは伯母さまも同じなのでは。なんというかたぶん、そういうものにいちいち理由や意味付けをするのも生きづらい気がしてしまいます。
「……ふふ、面倒くさいなって思っているでしょう」
え、え?
「時間に限りがあるように……人間が出来ることにも限りがあるのよ」
「え、はい……? そうですね」
今度はなんだかなぞなぞみたいになってきました。
「じゃあ手に入りそうなら全部抱えちゃおう、ともなれないの。それは出来ないことだから」
「…………お茶が冷めないようティーコゼーを使っても、どうしても止められないように?」
伯母さまがふふっと笑います。
「ある程度の限界や、自分の持てる物の量は知らなければならないわ。そうしてどれが自分に必要かを選ぶの。それだけ」
それだけ、とは仰いますが、その答えが出るまでの間きっと恐ろしく長い試行錯誤があったのだろうと空気で分かります。軽く言って見せてくださる分、それが重いものであると。
それにしても、自分の持てる分の物――そして自分が人生で何を持っていたいだろうと思うということ……。
「さあ休憩は終わりよ。もう少しだけフリルの部分をしっかり縫い付けなくちゃ。リゼットはクルミボタンを棚から6個出してきてくれる?」
「あ。はあい……」
自分の持てる物――持ちたいもの? そして、持てる分の量――
うちに男児が生まれなかったのは最大の誤算だったな。
娘たちをいい家に嫁がせないと、世間に顔向け出来ないわ。
リゼット、エライザ姉さんみたいになる気なの? 許されないわよ。
――……。
「リゼット、釦は?」
「あ、はい、今――」
反発心がないわけでもないのですが……。けれど私には伯母さまと違ってやりたいことがないですし。そのうち流されるまま、言われるままにしていれば“それなり”に納まると思うとその楽な方へと転がってしまうのです。
意識も、人生も、すべてが。それなりに。
それにしても次のダンスパーティなんて全く気乗りしなかったのですが、あのドレスを気に入って貰えたかくらいはみたいものです。ただあの我が儘令嬢……そもそもまだまだオコサマなのですから、伯母さまのドレスなんて百年早いのです……ん? いえ、少なくとも5年は早いのですわ。
なんだかんだ私が考え事をしている間に、職人である伯母さまはさっさとドレスを仕上げてしまわれたようでした。伯母さまの仕事に問題は何一つありません。そう、問題は引き取りに来るはずのウィンザー家の人間が午後5時を過ぎても全く来ないのです。
何かの……手違い? でしょうか。
「ええと、私……ちょっとそこらを見て回ってきます」
と、外に飛び出してみましたら、夕闇の中のやや遠くに立派な馬車が見えました。そして、そこから伸びる長く赤い布? 絨毯……? なんでしょう、あれは。
見ていると、馬車の中を行ったり来たりしている御者と従者が、少しずつ少しずつこちらの方へその布? が届くように敷いているのです。いえ、それを見ても意味はわかりません。馬車の豪華さといい、彼らの恰好といい、名家の従者たちなのは分かるのですが……やってることは当然分かりません。
仕方がないので近づくしかありません。
「……あのう、何をなさっておいでなのですか……?」
「っえ、は? いえ、あの家に主自ら出向きたいと仰られたのですが――」
主……?
「おや? リゼット……嬢?」
中から男性の声が聞こえてきました。こちらは……。
「ウィンザー卿!? 卿みずからお越しになられたのですか⁉」
さすがに心臓が跳ね上がりました。てっきり従者が取りに来ると思っていたのに、まさか何故に卿が自らお出向きになられるなんて!
「何、用事のついでだったものでな。それで……」
あ、そうです
「そのう、先ほどから従者の方たちは何をされているのでしょうか?」
「うむ、怪しいだろう。それがなあ……」
そう言ってウィンザー卿はばりっと左右に剥がれてしまった革靴をかかげられました。
「……こちらは」
「私の革靴だ。状態はこの通り、酷いものだが。左右に割れるとは」
革靴が割れる……。シュールな状況に何をどう言ったものか、私はとりあえず曖昧に微笑んできました。
「それで足が汚れないようにとありったけの積んである布を絨毯代わりにと、彼らが頑張ってくれているわけなんだがね」
事情は一応? 分かりましたが――。
「……ええ、ただ……卿が受け取りまでされずとも……宜しいのでは?」
「うーん、諦めるかね」
久しぶりにお会いしましたが、相変わらずお若い方。この方がマーガレットの父親とは見えない位には見た目も声もお若く美形の卿なのです。
それにしてもこのやり方で自ら赴かれるのは諦めて頂かないと――。そう思いながら振り返ると、伯母さまが家の扉の前に出て来たところのようでした。
どうにも、顔を真っ赤にされて。そうして楚々と近づいて来られます。
「リゼット、そちらは……」
「あ、依頼主のウィンザー家のご当主、ウィリアム・ウィンザー卿ですわ。卿、こちらがドレスの職人であり、私の伯母であるエライザです」
卿は馬車の窓から顔を覗かせ挨拶をくださいました。
「いや今回は世話になりましたね、エライザさん――」
「――……え。はい」
ん?
あら?
「……え。あ、いえ……その、ドレス……をお持ちしますっ」
挙動不審――そしてきちんとした挨拶も欠くなんて、伯母さまらしくもない……。
んん? これってまさか――?
予定時間を遅れて失礼します。ようやくタイトル通りになっていけるかな……という程度にエライザさんの話になりそうです。次回は29日午後18時か、30日昼頃を予定しています。よろしくお願いします。




