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幕末繚乱記  作者: 真柴理桜
16/16

閑話・朱埜との休日

「こんにちわー。沙彩さあやいますかー?」


 竹刀がぶつかり合う音や怒鳴り声が響く文武館。そこに突如として割り込んできた間の抜けるようなマイペースな声。

 相手の肩に竹刀を叩き込んだ直後に聞こえたその声に、沙彩は道場の入口へと目を向けた。そこにはニコニコと笑いながら手を振るご先祖様もとい鈴原朱埜すずはらあかやの姿。

 組んでいた相手に礼をして、沙彩は何かあったのだろうかと考えながら朱埜の元に向かうと、朱埜は楽しそうに笑いながら「今日は休みだったよね?」と聞いてきた。


「そうですけど……」

「うん!じゃあ1日付き合って!行くよー!」


 ぐいっと手を引いたと思えば朱埜はそのまま町へと駆け出していった。






 夏の太陽がちょうど真上に来る頃合い。日差しから隠れるように朱埜が入ったのはとある茶屋だ。

 目の前の机には竹串に刺さり炭火であぶった一口サイズのお餅が13本ほどとお茶。きな粉をまぶして炙った餅に白みそのタレを絡めたそれは程よい焦げ具合で食欲をそそるいい香りが鼻腔をくすぐる。


「ここの炙り餅、美味しいんだよねー。甘いけどしょっぱくてモチモチなの。おすすめ!」


 食べて食べて!と笑顔ですすめてくる朱埜。その手にはすでに竹串が握られており、自身もぱくりと一口で頬張る。


「い、いただきます……」


 なんで自分はここにいるのだろうか?とか、なんで朱埜とお餅を摘まんでいるのだろうか?とか、疑問が色々頭に浮かぶも、食欲を刺激する香りからは逃げられない。勧められるままに沙彩も串を一本取り、口にと運ぶ。

 きな粉の香ばしさにほんのり甘い白みそが絡み合い、どこか懐かしい様な味わいが後を引く。


「おいしい……!」

「でしょー!」


 笑顔で三本目を口に入れ、もっちもっちと咀嚼そしゃくする朱埜につられる様に沙彩も次の串に手を伸ばす。あっという間に食べきり、最後にゆっくりとお茶をすする。熱すぎずぬるすぎない、ちょうど良い温度の煎茶は透き通った緑色でほっと息をつける美味しさだ。


「さて、次行こうか!」

「はい?」


 お茶を飲み終わったのを確認すると、朱埜はすくっと立ち上がり、沙彩の手を引く。会計を済ませ、外に出たかと思うと、行くよー!とまた駆け出した。






「ここはねーわらび餅が美味しいんだよ」


 笑いながらわらび餅を6個、包んでもらう。包みを手に近くを流れる川の方へのんびり歩く。先ほどから走っていたのはお目当ての菓子が売り切れ必須の人気商品だからだとか。目当てが買えれば後は急ぐ必要はないらしい。


「まぁわらび餅は予約してたんだけどね」

「走った意味は……?」

「早く食べたいでしょ?それに動いた方がお腹も減るしより美味しくなるよ」


 へらっと笑いながら朱埜は歩く。

 何故だろうか?朱埜に言われると、そうかも?と納得しそうになってしまう。この気負わない感じに「まぁいいか」と思えてしまうと言うべきか。


 連れられるままに歩き、案内されたのは二つの川の合流地点だ。川に挟まれる様に森が広がっているそこは、緩やかに流れる川のせせらぎと鳥のさえずりが優しく耳をくすぐり、川べりの風は涼やかで、動いて火照った体に心地いい。見上げると、高く広がる空があり、何にも遮られることなく注ぐ日差しは、夏であってもどこか穏やかだ。


「んーっ!気持ちいい……」


 ぐーっと伸びをして背中を伸ばしながら風を感じる。柔らかに髪を揺らす風は優しくて、吹かれているだけでも癒されそうだ。


「良い場所でしょ、ここ。そっちの森もね、古来からある原生林で、神聖な気で溢れてるから今度行ってみて。癒されるよー」


 今日は行かないけどねと笑いながら、朱埜は着ていた袴の裾を持ち上げてまくると、川の水へと足を下ろした。足だけ水に浸しながら、川べりの芝に腰を下ろし、ぱしゃぱしゃと水を蹴る。

 時折、川で魚の跳ねる音がして、小さくしぶきがあがった。

 朱埜は膝の上でわらび餅の包みを開くと沙彩に向かって差し出した。


「どうぞ、食べてみて」


 すっごく美味しいから!と笑顔で言われ、朱埜の隣に腰を下ろすとわらび餅に手を伸ばす。

 たっぷりの香ばしいきな粉を纏ったふわふわの柔らかなわらび餅は一口では食べられなさそうな大きさだ。それを頬張って、沙彩は驚いて目を見張った。

 つるつるとしたわらび餅の下から現れたのはたっぷりのこし餡だ。わらび餅の皮は本当にうっすらで上品な甘さの餡が口いっぱいに広がり溶けていく。

 え、なにこれ?私の知ってるわらび餅じゃない……。

 ぷるんとした餅の食感と香ばしいきな粉の香り。ここまでは知っている。そこにくる餡子の激流。たっぷりの餡子が口の中に流れ込むのに、それは決してしつこくなく、余韻を残してすーっと消えるのだ。


「美味しい……!」

「でしょー!!」


 沙彩の反応に気を良くしたのか朱埜はくしゃりと相好を崩した。自身もわらび餅を頬張り、んん~っと幸せそうに頬を緩める。


「え、本当に美味しい。こんな美味しいわらび餅食べたことない」

星姫としきも言ってた、それ」


 星姫とはたまに手伝いに来ているという沙彩の時代の鈴原家次期当主だ。朱埜は星姫もこうやってつれ回していたようだ。

 笑いながら朱埜が2つ目を一口で頬張る。ぽろぽろとこぼれるきな粉を口の端につけながらもごもごと口を動かす仕草はどこか小動物っぽい。

 2人分とはいえ6個も食べるかな?と思っていたが、杞憂きゆうだった。これまたあっという間に食べきってしまい、2人でほぅっと息をつく。

 青々と茂った芝を風が揺らし、流れる空気はのんびりとして平和そのものだ。しばらく2人並んで川辺で涼み、少しずつ日が傾き始めた頃になって朱埜が立ち上がった。


「さて、そろそろ次に行こうか!」

「次はどこですか?」

「行ってからのお楽しみ~」


 足取り軽く歩き出す朱埜。次は何を食べに行くのだろうか。お菓子もいいけどそろそろ夕飯の時間だなぁと頭のすみで考えながら沙彩は後ろ姿を追いかけた。






「ここは……!」


 連れてこられた店の屋号に沙彩が思わず目を見張る。喉からでた、どこか唸るような声に自分でも一瞬驚いた。

 そこは水炊きで有名な店だった。沙彩が一度は行ってみたいと思っていた鳥料理の老舗しにせ。坂本龍馬が愛したとされる店だ。


「ここの鍋ね、おつゆが絶品なんだよ」

 

 笑顔で話しながら暖簾のれんをくぐる朱埜について、玄関から奥へと続く石畳を歩く。丁寧に磨き上げられた柱や床の漆黒の輝きを見ながら龍馬もここを歩いたのだろうかと思うと幕末好きとしては心躍るものがある。

 個室に通され待っていれば、運ばれてきたのは白濁のスープがたっぷりの鍋と野菜。

 鍋を運んできてくれた給仕のお姉さんが野菜を少しずつ鍋に加えていく。

 まずは朱埜にも薦められたスープを一口。白濁したスープはトロリとしてクリーミーで濃厚でありながらしつこくなく、あっさりと飲めるほどだ。鶏の滋味が身体に染み渡っていく感じがする。


「……美味しい……!!」

「でしょー!もう何杯でも飲めちゃいそうだよね!」 


 鶏ガラだけを三日間炊き込んで作るんだってーと笑う朱埜。


「お肉や野菜も美味しいんだよ」


 話ながら、皿に盛られた京野菜を口に運ぶ。しゃきしゃきとした歯触りを残した水菜はスープが絡んでいて美味しい。

 それが最も美味しいからと骨付きで出される鶏肉もホロホロまでは煮込んでおらず歯ごたえがちゃんとある程度の煮込み方で、骨からの身離れもボロッと取れる前ぐらいな感じで絶妙だ。

 豆腐は豆の味がいきていてスープに負けない濃厚さで、互いの旨味が引き立てあっているし、湯葉はスープを吸っていて、つるりと入っていく。あ、この湯葉飲める。

 胸、手羽元、モモ……いろいろな部位の鶏肉を味わい、野菜をつまみ、豆腐や湯葉も堪能し、スープをすする。美味しい。

 毎朝ついているというお餅もスープが絡んで間違いのない美味しさで、〆に出てきた雑炊は鶏だけでなく野菜の旨みも溶けだした濃厚スープが米に絡み、するすると入っていく。文句なく美味しい。

 

 鶏も間違いなく美味しいけれど、もうこのスープがメインでいいんじゃなかろうか?

 

 そう思えるくらい、このスープは絶品だった。朱埜がすすめてきたのも頷ける。本当に美味しい。


「ふぅ……」


 雑炊のスープの最後の一滴まで飲み切って息をつく。思わずといった感じで口からこぼれたのは満足感あふれる息だけだ。

 そんな沙彩の様子に朱埜は楽しそうに口角を上げた。


「美味しかったねー」

「はい……」


 笑顔の朱埜に対し、放心状態で返事を返す。

 いや、美味しかった。

 なんかもう、今日1日食べたもの全部美味しかった。そして極めつけがこれだ。こんな贅沢していいのだろうか?


「うん、じゃあ最後にもうひとつ付き合ってね」

「はい?」


 ……さすがにもう食べられないですよ……?






 店を出てから川沿いをゆっくり歩く。まずは腹ごなしの散歩からと言う朱埜について歩いているがどこに向かっているのか灯りのともる方向とは逆に歩いて行っている気がする。しばらく歩き、人気のない辺りまで来ると、朱埜は足を止めた。

 懐から1枚の白い紙を取り出し口付ける。それからその紙を空に向かってふわりと投げた。

 風に乗ってひらりと舞った紙は突如、蒼い炎に包まれて燃え上がった。大きさを増していく炎は少しづつ形を変えていき、炎が落ち着いてきた頃、そこに現れたのは一頭の白馬だ。

 蒼い炎のようなたてがみを持つその白馬は鬣と同じ色の瞳に知的な光を宿して神々しいほどに美しかった。

 朱埜は白馬に近づくと正面からそっと手を伸ばした。優しく頬に触れる。


「よしよし、十六夜いざよい、いいこだねー。今夜もよろしくね」


 笑いながら声をかける朱埜に十六夜と呼ばれた白馬は嬉しそうに鼻を摺り寄せた。


あるじの命なら喜んで』


 不意に聞こえた艶のある低めの声。沙彩は驚いて白馬を見つめると白馬も沙彩に鼻先を向けた。気のせいでなければ先程の声はこの白馬のものだろうか。


『こちらのお嬢さんは主の知りあい?』

「うん。沙彩だよ。星姫の時代の退魔士。色々あってこの時代に来てるの」

『そうか。星の姫の。お嬢さん、我が主をよろしく』


 朱埜に頭を摺り寄せながら話す白馬、十六夜に沙彩はただ頷いた。


「行くよ、沙彩。後ろ乗って」


 そう言って、朱埜はひらりと十六夜に飛び乗った。言われるままに沙彩が後ろに跨ると、十六夜は地を蹴ってふわりと浮き上がった。空中を蹴り、高く昇ったと思えば滑る様に空を駆け出していく。

 風を切って走っていると、自身も風になったかのような気分だ。感じる風の様子から相当な速度で走っているだろうにそれを全く感じさせない滑らかさが十六夜の走りにはあった。

 僅かな間、空を駆けたと思えば十六夜はゆっくり降下してゆき、浮き上がった時同様にふわりと地に降り立った。

 朱埜は首を優しく撫でてから、十六夜から降りて沙彩に手を貸し降りるのを手伝う。それから十六夜の正面に回ると頬にと触れる。


「お疲れ様。しばらくゆっくり休んでてね」


 朱埜が優しく声をかければ、十六夜も嬉しそうに鼻先を摺り寄せた。

 十六夜が降り立った場所は山間やまあいの川辺だった。木々の梢がさざめき、川のせせらぎが心地いい。空では僅かに散る雲の影から満月には少し早い、楕円形の月が覗き、降り落ちそうなほどの星が瞬く。

 月の光と星の光、降り注ぐ様なそれが川の水面に反射してキラキラと輝いて、夜だというのに、特に灯りが無くても辺りは視界に困らない程度には明るく、感じたことのない、不思議な力が漂う場所だ。


「あの、ここは……?」

「ここはね……」「朱埜、来ておったのか」


 朱埜の声に重なる様にどこからか声が降ってくる。

 

「こんばんわ、八雲。お邪魔してるよ」


 空を見上げる朱埜に習うように沙彩も顔を上げると、そこには高い鼻と漆黒の翼が特徴的な修行装束に身を包み、羽団扇はねうちわを手にした男が浮いていた。


「えぇっ!?」


 見上げた先の光景に沙彩が思わずといった様に声をあげる。いつから、そこにいたのだろうか。気配を全く感じなかった。八雲と呼ばれた男は眉をしかめながらふわりと横に降りてきた。


「沙彩、八雲はこの山に住む大天狗だよ。八雲、沙彩はうちの退魔士ね」


 またの名を鞍馬山僧正坊と紹介してくる朱埜に沙彩は再び叫びそうになる口元を押さえ、更に目を見開く。

 鞍馬山僧正坊といえば八天狗に数えられるほど有名で、特に知られているのは源義経が兵法の秘伝を授かったとされる話だろう。


「え?え?鞍馬山の、大天狗……?」

「うん。一時期ね、剣術習ってたんだけど才がないってことで諦めた」

「えぇっ!?」


 義経を育てた大天狗に習ってた?

 あまりのことに頭の整理が追いつかない。いや、そもそも鈴原の人間が使うのは皐月の剣術のはず。大天狗に師事しているなど聞いたことがない。


「こやつの母の橙湖とうこに頼まれてな」

「飛翔空心流が全く身につかなくて、とりあえず何か覚えてみようって八雲の所に行ったんだよね。まぁそれでも無理だったけど」


 あっけらかんと言い放ちケラケラと笑う朱埜。八雲も苦笑しつつ口を開く。


「こやつは接近戦よりも遠距離が得意な様でな。刀を捨て、弓を持たせてみたらみる間に腕を上げよった。向かぬ武器を磨くより、合うものを使えばよい。橙湖も刀より薙刀なぎなたを得手としとるしな」


 そういうものだろうか?

 沙彩としては幼少期から選択の余地などなく刀を握っていたし、それが当たり前だと思っていたが……。たまたま刀が性に合っていただけだという事か……。


「まぁ僕はしばらくここにいるし、せっかくの機会だしさ、沙彩も八雲に師事してみたら?」

「良いんですか!?」


 願ってもない申し出に沙彩が目を輝かす。しかし……。


「断る」


 八雲ははっきりと断言した。


「見たところ、自身の流派をしっかり修めておる。余計なものを足す必要はない」

「そうですか……」


 見るからに残念そうに肩を落とす沙彩に朱埜は苦笑をこぼす。なんというか、沙彩は本当に剣を握るのが好きなのだろう。休みだというのに道場で竹刀を握っていたほどだ。


「なんか、ごめんね?じゃあ少しゆっくりしてて。ここも神気に溢れた良い場所だよ」


 そう言って、朱埜は水辺に足を浸し、ゆっくりと川へと進んでいった。そこはそれほど深い場所ではないらしく、足首辺りをさらさらと水が流れていく。

 どれくらい、そうしていただろう。時間にしてはきっと僅かだ。けれども長い時が流れたような、そんな錯覚を覚える。水の中に、朱埜は静かにたたずんでいて、気づけばその周りに蒼白い炎が揺らめいていた。

 朱埜がその炎の一つに手を伸ばす。すると炎は少しずつ形を変え、輪郭を持ち、人の姿へと変わった。

 小さな少年の姿になったそれの頭を朱埜は優しく撫でた。そして何事かささやくと少年は笑って頷いた。

 少年の輪郭がぼやけ、揺らめく炎に戻る。そして空高くに立ち上り、やがて消えた。

 また別の炎に手を伸ばす。次は少女に姿を変えた。女性、男性、老若男女様々な姿に変わり、時折、猫や犬といった動物もいた。それらは朱埜が優しく何事かを伝えるたびに空に昇っていく。

 それは不思議な光景だった。魔を払うことを生業とした退魔士とは対極のものではないだろうか。

 月明りと星の輝き、それらを映す川面に照らされ、どこか幻想的で神秘的ですらあるその光景。

 力が無いと言われてはいても、この人は確かに本家の人間なのだ。纏う空気がそれを如実に伝えてくる。本家の人間だけがもつオーラの様な神々しさ、その霊力。

 沙彩がすっかり見入っていると、いつの間にか朱埜の周りから炎は消えていて、朱埜は入った時と同じく、ゆっくりと水から上がってきた。


「あの、今のは……」

「迷子、かなぁ」

「迷子……?」

「うん。迷ってるうちに目的を忘れてしまうんだ。どこにでも行けるし、どこに行く必要もないんだけど。光を教えてあげればいいんだよ。見失ってしまった光を伝えれば皆、自分の進むべき道を思い出すから」


 そう言って朱埜はへらりと笑って見せる。そこには先ほどまでの神々しさはなく、いつも通りのふわふわとした朱埜がいる。


「こやつ、ここに来てはああやって送っとるんだ」

「ほっとくと闇に飲まれることもあるしね。そうなると払わないといけなくなる。そうならないならそれに越したことないでしょ」


 空を見上げた朱埜の顔には、柔らかな笑みが刻まれていて、それはどこか橙湖の笑い方に似ている気がした。





「どうだったー?今日1日」


 ついてきて良かったでしょ?と笑う朱埜に思わず頷く。

 あれから、また十六夜に跨り空を駆け、屯所の前まで送ってもらった。十六夜から降り、朱埜が優しく首筋を撫でると十六夜は気持ちよさそうに鼻を鳴らし、朱埜に擦り寄って、そして元の紙に戻った。


「良かった。沙彩さ、こっち来てからあんまり出歩いてなさそうだったから。地理とか全然知らなかったでしょ?」

「……はい」


 以前、本家の屋敷まで来るように言われた時も正直さっぱりわからなかった。外出が許されるようになり、散歩くらいは行くようになったがそれも屯所の近くを回るだけだ、こんなに色々回ったのは初めてだった。


「せっかく居るんだし、少しくらい見て回ってもいいかなって。星姫なんてさ、来るたびにあっちこっち遊びにいってて、もう何しに来てるの?って感じだよ」


 笑いながら呆れたように肩をすくめる朱埜。なんと返していいものか、沙彩はただ苦笑する。


「でも、それくらいの気持ちでもいいと思うんだよね。どんな時でも楽しむのはいいことだよ」

「そう、ですね」


 笑う朱埜に沙彩も笑顔を返す。もう少し、行動範囲を広めるのはいいかもしれない。朱埜の言う通り、楽しむのはいいことだ。それにもう少し、土地勘も得たいところでもある。


「八雲にも、会わせたかったしね。羽もらったでしょ?大事にしてね、それ。お守りだから」

「……お守り」


 言われて、懐から羽を取り出す。八雲の漆黒の翼から取られた一枚の羽。濡れた様に艶やかな質感のそれは微かに霊力を纏っている。帰る前に、剣技を見ない代わりにと渡されたものだ。


「八雲の霊力を帯びてるからね。何かの時に、きっと沙彩を助けてくれるよ」


 鞍馬の大天狗の羽。それは確かに御利益ごりやくがありそうだ。羽が纏う霊力は山にいた際に感じたものと同じだ。それはつまり、あの場所で感じた力が、八雲の霊力だったというわけだ。住まう山全体に溢れる霊力。さすがは大天狗だ。


「大事にします」

「うん。じゃあ、僕も帰るね。おやすみ沙彩。今日は付き合ってくれてありがとう」

「こちらこそ!ありがとうございました!」

「今度は家にも遊びに来てよ。母上も会いたがってたよ。またねー」


 手を振って、踵を返すとのんびり歩き出した朱埜を見送る。


(あぁ……そうか……気にかけてくれてたんだ)


 突然やってきて、最初から最後までマイペースに行動して。最初はなんで?と疑問に思ったけれど、振り回されたがなんだかんだ楽しかった。食べたものは全部美味しかったし、意外な出会いもあった。それに……。

 自身の中に霊力が溢れていくのを感じる。巡った場所、そこで感じた神気。それらの持つ力が自分の中で変換され、力となっていく。

 きっと朱埜はこのために、連れだしてくれたのだろう。


(なにか、お礼しないとなぁ)


 とりあえず、今度本家に顔を出そう。そう決めて、沙彩は屯所内へと足を踏み入れた。


今回食べ歩いてる場所は、現在でも残っている老舗を出しております。むしろ全て現在の味です。お店は存在してますが、この頃から今と同じ味を提供していたかどうかは……すみません、不勉強によりわかりません。


「八雲」は名前があった方が便利!と朱埜が勝手につけたものという裏設定があったりします。当然ながら鞍馬の大天狗にそのような名前はありません。

そもそも義経が鞍馬で天狗に師事したというのも創作だとかなんとか。

でも鞍馬の天狗伝説は夢があるなと思いますし、鞍馬から貴船神社に続く山道は神聖な空気に溢れている感じがして個人的には好きな場所です。

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