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幕末繚乱記  作者: 真柴理桜
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第十三話

「島原、ですか……?」

「おう!これから新八っつぁんたちと繰り出そうって話しててな。お前らもどうだ?」

 原田からの突然の誘いに沙彩はキョトンとしながら聞き返した。沖田と二人、近所の寺で子供たちと遊んだ帰り際。ちょうど出かけようとする原田、永倉、藤堂の三人と遭遇したのだ。

 島原と言えば有名な花街だ。太夫(だゆう)と呼ばれる最高位の遊女を筆頭に芸妓(げいぎ)たちが芸を売り、宴を開き、誰でも入れて食事や娯楽を楽しめる遊宴(ゆうえん)の街だとされる。江戸後期には色を売るような楼閣も増え、遊郭と混同されがちではあるが、芸妓は芸を売るのであり、太夫ともなれば簡単に体を許すようなことはないと言われている。

 芸妓たちの舞踊や音曲には興味はあれど、酒を飲まない沙彩としてはあまり宴席に惹かれはしない。それにお座敷や芸妓と聞くとどうも敷居が高い気がして尻込みしてしまう。

「わたしは遠慮して……」

「そうかそうか!行きたいか!よし行こう!」

 断ろうと口を開くも、にこやかに笑う原田は聞く耳を持ってはいなかった。素早く沙彩の後ろに回り背中に手を当てるとその背を押すようにして歩き出す。

「え!?ちょっ、原田さん!?」

「行ったことないだろ、お前。何事も経験だ!」

 確かに行ったことはない。現代でもお茶屋は残っているがその手の場所は『一見さんお断り』だ。紹介がなくては入れないし、そもそも高校生の沙彩には縁のない場所だった。

「総司、お前も行こうぜ!人数は多いほうが楽しいだろ!」

 原田に半ば強制的に連行されつつある沙彩をどうしたものかと見送る沖田に声をかけたのは永倉だ。肩に手を置きポンポンと叩きながら「な!」と笑いかける。

「うーん、僕はお酒よりも甘いもののほうが好きなんだけど……」 

「そう言うなって!ほら!」

 藤堂が渋る沖田の腕をつかむとぐいっとひっぱり歩き出した。

「仕方ないなぁ。今日だけですよ」

 困ったように笑いながら沖田は藤堂、永倉と共に前方を行く沙彩と原田を追いかけた。

 

 

 

 提灯が煌々と灯る島原大門(しまばらおおもん)をくぐるとそこは日本最古の公許遊郭(こうきょゆうかく)とされる島原だ。置屋や揚屋が立ち並び、通りを宴席に呼ばれているのであろう美しく飾った芸妓たちが歩いていく。なかでも禿かむろを連れた太夫の美しさは道行く者が思わず足を止め、見惚れるほどだ。

 原田たちの馴染みの店でそれぞれ馴染みの芸妓を呼んで。店の一室で行われた宴席は実に賑やかだ。

 (あで)やかな着物を纏い、音曲に合わせて踊る芸妓の姿は美しく、沙彩は思わず息を飲んで見入っていた。頭からつま先、指先の一本一本まで神経を研ぎ澄ませて。その美しさに惹き込まれ、魅了される。時折向けられる妖艶な眼差しには女であってもドキリとした。

 隣に座られ酒を()がれ、初めて口にする酒の独特の匂いと強さ。喉の奥の焼けるような感覚に眉をしかめる。お膳に並べられた料理は美しく、目も舌も楽しませてくれる。何だか頭がクラクラするのは酒のせいか、この場の雰囲気に酔ったのか、それともその両方か。

「それにしても、こないに可愛(かわい)らしい隊士はんがおったなんてなぁ」

 沙彩の横に座った芸妓が膝に手を置き、覗き込むように顔を見上げてくる。自然と上目遣いになるその仕草の色っぽさ。ふわりと香ったのは白粉(おしろい)の香りだろうか。

「ちょっと前に入隊したんだがなかなかの使い手でな!副長の小姓(こしょう)でもあるんだぜ!」

 原田が背中を叩きながら説明してくれる。すでに酔っているのか力の加減がされておらずバシバシ叩かれ正直痛い。

「まぁ!副長はんの……。大変やなぁ。怖いお人なんやろ?」

「い、いえ……そんなこと……」

 同情するかのような響きを含んだその言葉にカチンときて、そっと膝から手を外しながら沙彩は芸妓を小さく睨む。

「確かにぶっきらぼうなところはありますが、優しいところもあるんです。そんなに大変だと思ったこともありません」

 厳しいのは組織を束ねるためだ。新選組をより強く、より大きい組織へと導くため。それ故に誰よりも厳しくあろうとしているだけだ。理由もなく隊士にきつくあたるわけではない。

「そら堪忍なぁ。悪う言うつもりはないんや」

 ふっと笑みを浮かべると沙彩の手に自らの手を重ねてくる。

「そない言うなんて、東雲(しののめ)はんは副長はんのこと、えらい慕っとるんやねぇ。ちょっと妬けてくるわ」

 意味ありげな笑みになんだか背筋がぞわりとする。距離の近さにどうしていいかもわからない。こんなに近づいて、そして触れてくるものなのだろうか?

 初めてのことだらけで困惑する中、ひとつだけわかること。あぁ……ここ、苦手だ、わたし……。




 しばらく飲み食いし、もう少し遊んでいくという原田たちを置いて沖田と二人、帰ることにした。馴染みの芸妓などはいないのかと沖田に訊ねてみると。

「あんまり好きじゃないんだ、ここ」

 苦笑しながら返された。

「お酒も飲めないわけじゃないけど、お茶とお菓子のほうが好きなんだよね」

 そう言ってすたすた廊下を歩いていく沖田の後ろを追いかける。心なしかいつもより歩幅が広い気がするのは気のせいだろうか。好きじゃないというくらいだし、そんなにここに居たくないのかな?そんなことを考えていたら沖田が突然足を止めた。あまりに急で止まれずに沖田の背中にぶつかる。

「いたたっ……どうしたんですか?突然……」

 思い切り顔からいってしまいぶつけた鼻が痛い。鼻をさすりながら沖田に声をかけると、前に誰かが立っていることに気がついた。

「土方さん……」

 そこにいたのは華やかな着物を纏う太夫をつれた土方だ。馴染みの相手なのだろう。隣にそっと寄り添う姿は美しく、胸がきゅっと苦しくなる。

「土方さんも来てたんですね」

「……お前らもか」

 にこっと笑って声をかける沖田とは対照的に土方は苦虫を噛み潰したかのように顔をしかめた。

「原田さんたちに連れてこられて。今から帰るところです。じゃあ土方さん、ごゆっくり」

 そう言って笑顔のまま土方の横を通り抜けていく。沙彩は土方に一礼すると。

「沖田さん待ってください!」

 太夫に寄り添われる土方をこれ以上見ていたくなくて、慌てて沖田の背中を追いかけた。


 


 暗い夜道を歩きながら、浮かんでくるのは先程見た土方と太夫の姿だ。二人が並ぶ姿は一枚絵の様に美しく、違和感なく似合っていた。まるでそうあることが自然なことであるかのように。

「どうしたの?さっきから静かだね。土方さんのこと、気になる?」

「そ、そんなこと……」

 隣を歩く沖田が顔を覗き込むようにして声をかけてくる。否定はするもののまさに考えていたことで、自然と返す声は小さくなった。

 頭ではわかっていた。そういう場所に通っていたらしいことも知っているし、モテていたことも知っている。島原の太夫や北野の芸妓からもらった恋文を実家に送ったというのは有名なエピソードだ。『しれば迷いしなければ迷わぬ恋の道』なんて句も詠んでいる。

 わかってはいたのだ。それでも実際その場を目の当たりにするのはやっぱりちょっと違う。気にしなければいいとは思うものの、気にしないようにしようとすればするほど気になって、何だか胸がもやもやして苦しくなる。思い出したくはないのに土方と太夫の姿が頭をよぎる。

「……心配しなくても帰ってくるよ、土方さん」

「え?あ、別に、心配なんて……」

「でも店を出てからずっと考えてるでしょ?」

 答えられなくて黙り込んだ。そんな様子に沖田がクスリと笑う気配がする。

「わかりやすいね、本当に」

 笑いながら沙彩の背中をぽんぽんと優しく叩いた。(なだ)めるみたいな柔らかさに少し癒される。

「外泊しないから、土方さん。帰ってくるよ。だからいつも通り待っててあげて」

「はい……」

 聞こえるかどうかという小さな返答は夜の闇に静かに溶けた。




 屯所に帰り、部屋に戻った沙彩はいつも通りに土方の布団を敷いた。それから寝間着に着替えて自身の布団に潜り込む。

 頭から布団を被り、きつく目を閉じる。そうやって眠気を待つが一向に訪れる気配はなかった。眠ろうとすればするほどに目が冴えてくる。

「ダメだ……」

 気になって、眠れない。帰ってくるのだろうか、本当に……。今まで土方が夜に外出しているようなことがなかったからわからない。

 布団から出ると沙彩は静かに部屋を出た。庭に面した縁側に腰をおろし、ぼーっと空を見上げる。

 吸い込まれそうだと思った空だ。満天の星を見ていれば、余計なことを考えずに済むかと思ったけれど……。今は、逆効果だった。一緒に見たいと思った相手。その人の不在が気になって仕方ない。

 膝を抱えて座り、ゆっくりとした呼吸を繰り返す。何も、考えたくなかった。夜風に辺りながら、意識を呼吸だけに集中させることで、頭の中から色んな思念を追い出そうとする。

「……おい」

 どれくらい、そうしていただろうか。不意に声をかけられ視線を向けると。

「土方さん……」

 今しがた帰ってきたのであろう、土方が立っていた。

「おかえりなさい」

 帰ってきたことが嬉しくて自然と笑みがこぼれる。夜もだいぶ更けてはいたがそれでも帰ってきたことに安堵する。

「……まだ起きていたのか?」

「あ、えっと、眠れなくて……。風に当たろうかなって」

「……あまり遅くならないようにな」

 横を通り部屋へと入っていった土方からはいつもの煙草の匂い以外に酒と、それから……。

 島原で嗅いだ覚えがあるものだ。おそらくは太夫や芸妓の白粉の香り。

 土方と並んでいた太夫を思い出す。華やかで、匂いたつ様な色香を纏いながらも知性を感じさせる穏やかな笑みを称えた綺麗な人だった。

 先程までの嬉しさとか安堵が一気に吹き飛んだ気がした。

 胸の奥が痛い。苦しくて、切なくて、涙が溢れてくる。

 ずっと憧れていた人だった。ドラマや映画やドキュメンタリー、小説、漫画、歴史書とかあらゆる媒体を通して触れる考え方や人間性、その生き方に憧れていた。それだけだった。そもそも会えることのない人だったのだ。それ以上になりようがない。でも今は……。

 小姓としてそばにいられる。近くにいるのだ。本やテレビではわからなかった色々な顔を知った。不機嫌な顔の下に隠された不器用な優しさも。周りに目を配る、意外に苦労性なところも。この時代に来て知ったことだ。

 許されるなら、もっと色々な顔を見てみたい。一番近くでそばにいたい。いつからだろう、そんな風に思うようになったのは。わからない、わからないけれど……。一つだけわかることがある。一隊士でしかない自分ではあんな風に隣には立てない。触れることは叶わない。近くて遠い存在だ。

 憧れているだけでいたかった。その思いが別のものに変化していることになんて……。

「気づきたく、なかったな……」

 溢れる涙を止められないまま、小さく呟く。こんな気持ちに気づかなければこんな思いもしなくて良かったのに……。

 

 珍しく恋愛パート?です。

 そして芸妓の言葉はかなり適当です。京ことば難しい。四年ほど京都にいましたが舞妓さんや芸妓さんと話す機会など当然ないので……。

 おかしいところも多々あると思いますが生温かく見てやってください。

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