表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幕末繚乱記  作者: 真柴理桜
14/16

第十二話

 大分(だいぶ)片付いたとはいえ、辺りはまだ浪士や新選組隊士たち、諸藩(しょはん)の人間たちで騒がしい。殺伐(さつばつ)とした空気が(ただよ)う中で何故だか朱埜(あかや)の周りだけ空気が違う気がするのは気のせいだろうか。

「なんだ?お前は……」

 場違いなほどのほんわかした空気を(まと)う朱埜を土方はぎろりと睨み付ける。

 並の隊士なら萎縮いしゅくしそうなその視線をものともせずに正面から受け止めると朱埜はいつも通りへらりと笑った。

「僕、鈴原朱埜です。沙彩の本家の。こんなところで(うわさ)に名高い新選組副長にお会い出来るとは思わなかったな。うちの沙彩がいつもお世話になってます」

 緊張感のない笑顔で言われ、土方が眉を潜めた。眉間の(しわ)わずかに深くなる。何故だろう、朱埜の言葉がしゃくに触る。誰がどこのだ?

「それでですね。そちらが片付いたらで良いんですけどちょっと入れてください。妖魔の気配がしてるんで仕事したいんです」

 土方の表情の変化などお構い無しに朱埜はあくまでマイペースに笑顔で続けた。

「あ、仕事っていうのは沙彩から聞いてるかと思うんですが退魔のことで。それでそちらは人手足りてますよね?ちょうど良いんで沙彩を貸りますね」

 おいでおいでと手招きする朱埜に沙彩は少々困惑しながら土方を見上げた。睨むように細められた土方の視線とぶつかり一瞬息が詰まる。

 怒ってる。何だかわからないけど怒ってる……。

「あ、あの、さっきからかすかですけど妖魔の気配があって。わたしも気になってはいたんです。抜けてもよろしいでしょうか?」

 恐る恐るといった調子で(たず)ねてみるが土方の表情は変わらない。細められた視線は鋭利な刃物さながら沙彩に突き刺さる。

「でも!抜けるといっても気になっているのは池田屋の内部のことなので!ここから離れたりはしませんから!隊務に支障が出るようなこともしませんし!あの、だから……」 

 そうだ。朱埜が現れたことで忘れそうになったがもともと自分は妖魔のことを報告しようと思ったのだ。そして必要なら払おうと。 

「お願いします!少しだけ時間ください!」

 勢いよく頭を下げると頭上から小さくため息が聞こえてきた。

「……好きにしろ。ただし、他の奴らの邪魔にならないようにな。捕縛と怪我人の搬送が優先だ」

「ありがとうございます!」

 顔を上げ、笑顔を見せる沙彩。土方は眉間の皺はそのままに、けれども視線だけは僅かにゆるませて、もう一度小さく息をついた。


 池田屋の隅に陣取り、朱埜は説明を始めた。あれなんだけど……と指さす先で小さな影が駆けていく。

「妖魔としてはそんなに強くはないんだけどね。ちょっと数が多くてさ。一人だと大変だし」

 そう言って笑う朱埜。戦場と化した池田屋周辺に妖魔が集まってきているという。

「血が多く流れるとね。集まりやすいんだ」

 言葉の通り、最初に気になったときに比べ気配が増えてきている。屋内にいる人間が減ってきたためか、少しずつ姿を現し始めているようだ。

 イタチのような獣が数匹、屋内を駆けた。一匹が水を飲むかのように床に流れ出た血を()めている。

「今はまだ小さいけどもう少し成長したら人を襲ったりもするし。まぁ襲われたところで小動物に噛まれたくらいのもんだしそこまで大きな被害にはならないんだけど」

 それでもやっぱり霊力は吸われるし、噛まれれば痛いけどと笑う朱埜の話を聞きながら沙彩は回りに目を向けた。舐めているのが血液でさえなければ十分愛らしいと言えそうなその姿に僅かに躊躇(とまど)う。

「あ、別に払う必要はないんだ。なんか斬りにくいでしょ、あれ。ここに入れて」

 そんな沙彩の様子に気づいたのか朱埜は(たもと)から小さな壺を取り出した。橙湖(とうこ)の術が(ほどこ)されているという壺で口に妖魔をあてると中へと封印出来るようになっているという。

 (てのひら)に乗るほどの小さな壺だ。どう控えめに見ても走り回っている妖魔が入るとは思えない。

 え?これに入るの?本当に?

 思わず渡された壺と朱埜、それから妖魔を交互に見ると、朱埜はくしゃりと顔を歪ませた。

「もしかして信じてない?ちょっと見てて」

 そう言うと朱埜は自身も沙彩に渡した壺と同じものを手にそっと妖魔に近づいた。壺の口を妖魔の背中に素早く押し当てる。その瞬間。

「え……!?」

 妖魔は吸い込まれるようにして壺の中へと消えていった。

 ……何これ?どうなってんの?

 呆然と見つめている沙彩に朱埜はへらりと笑って見せる。

「簡単でしょ。仕組みとか僕はよくわかんないんだけど封印の呪文とか一切いらないの。そんで結構な量の妖魔を封印できるの。便利だよね、これ。でもこれ位の低級な奴にしか使えないんだけどね」

 改めて橙湖の凄さを思い知る。一体どんな術を施したらこんなことができるのか。

「じゃあよろしくね。妖魔の気配がなくなるまで頑張ろう」

 笑顔でポンポンと軽く肩を叩き、朱埜は池田屋の奥にと消えていく。その後ろ姿が見えなくなるまで見送って、もう一度、手元の壺へと視線を移した。目の前で見せられてもやっぱり信じられないけれど、これがあれば確かに簡単かもしれない。

 妖魔がいて、便利な道具がある。とりあえず今はそれ以上考えないことにした。あちこちから感じる様になっている妖魔の気配。まずはこれらを片付けることが先決だ。


「あ!まてっ……!」

 簡単そうに見えたのにやってみるとこれが意外と難しい。少しでも近づくとあっという間に逃げていき、壺を妖魔に近づけることすらままならない。朱埜と別れてから封印できた妖魔の数は片手で足りてしまう程度だ。気配はまだまだいろいろなところでしているし、一体どれだけの数がいるのか見当もつかない。

「……確かにこれは大変かも……」

 一人じゃ大変だと言っていた朱埜の言葉の意味がわかった。どうかするとリーチが長い分、刀のほうが簡単かもしれない。いや、切りたくないけど、あれ。なんか可愛いし。

「沙彩ー、どう?調子は」

 いつの間に来てたのか隣に立っていた朱埜に訊ねられ、沙彩は力無げに笑って見せた。

「……それが全然。結構難しいですね、これ」

「そう?」

 首をかしげながら考えるような素振りを見せた朱埜だが、すぐに「あぁ!」と何か思い至った様子で手を叩く。

「慣れてないと難しいかもね、確かに。すばしっこいしね。ちょっと気をつければ簡単だよ」

 悪気なくにこりと笑う。しかし気をつけろと言われても……。

「あのね、まずは色気を出さないこと」

「色気……?」

 言われた意味がわからず今度は沙彩が首をかしげる番だ。妖魔相手にそんなもの出した覚えはないし、そもそも自分にあるとも思えない。

「捕まえようと気色けしきばむとそれが伝わるのかすぐ逃げられちゃうよ」

 ……つまり気配ということか。

「それから霊力は少し抑えめにね。微弱な霊力なら好んで近寄ってくるけどあまり強いと(おび)えちゃうから」

 ちょっと強すぎるんだよと笑う朱埜に沙彩は力なく笑みを返す。抑えろと言われても特に意識していたわけではない。そんなに霊力を出していた自覚もないから難しい。

星姫(としき)も苦手だったけどね。捕まえるの。これだけは僕のほうが星姫よりも優秀」

 得意げに胸を張る。つまりは霊力がないと言っているようなものなのだがそこはそれだ。沙彩が無意識に出している霊力でも強いならさらに強い霊力を持つ星姫なら尚更だろう。

 困惑した様子の沙彩に、朱埜はひとつ息をつくといつもの緊張感のない笑顔を浮かべて見せた。

「はい、力抜いて。目を閉じて。大きく息を吸って、吐いて」

 言われた通りに息を吸い、そして吐く。

「自分の霊力の流れを感じて。わかるかな?沙彩の回りにまゆみたいに霊力が漂ってるの」

 ゆっくり、頷く。無数の細い糸が複雑に絡み合い、編み込まれ、周囲に膜を作っているような、そんなイメージが見える。

「糸を手繰(たぐ)るように引き寄せて。(あやつ)るんだ。少しずつ少しずつ霊力を全て意識下に置くんだよ。小さく小さく自分の中にまとめていくんだ」

 言われるままに霊力を制御する。糸をほどき、手の中で(まと)めていくように、自分の中へ収めていく。

「はい、でーきた。それでたぶん大丈夫。あとはゆっくりそっと後ろから近付いてね。妖魔の視界に入っちゃ駄目だよ」

 ポンポンと沙彩の背中を軽く叩き、それから朱埜はトンっと軽く押し出した。


 それからの捕獲は簡単だった。先程まで逃げられていたのが嘘のように順調に封印できていく。少し近づくとすぐに逃げたしていた妖魔が今はこちらに気づいていないかの様に大人しい。

 近づいて、壺を当てて、吸い込んで。それを繰り返し、妖魔の気配がすっかりなくなった頃。

 周りを見れば捕縛作業などは終わったらしく、隊士たちの姿は見当たらない。

「お疲れさまー。大丈夫だったみたいだね」

「あ、はい。朱埜さんのおかげです。ありがとうございました」

 笑顔で声をかけてきた朱埜に沙彩はペコリと頭を下げた。

「全然、大したことしてないし。こちらこそありがとう。手伝ってもらえて助かったよ」

「いえ。本家の仕事を手伝うのは当然ですから」

 笑顔で礼を言う朱埜につられる様に沙彩も自然と顔が(ほころ)ぶ。なんだろう、朱埜には本家の人間というよりも同級生と話しているかのような気安さを感じてしまう。

「ありがとー!良い子だね沙彩!星姫とかさ、呼ぶといつも怒るんだよー。たまには一人で仕事しろー!とか何度言われたか……でも僕だって毎回呼んでるわけじゃないんだよ?今回だって一人で来たわけだし」

 口を尖らせながら言う朱埜に沙彩は思わず苦笑を漏らす。あぁ、こういうところが何だか親近感を感じさせるのかもしれない。クラスの友達と他愛もない話をしている時のような、そんな感覚。

「あ、これ……」

 壺を朱埜に渡す。妖魔を吸い込んだからだろうか。小さな壺は最初よりもかすかに重量を増したような気がする。

「はい。受け取りました。本当にありがとね。あ、それからごめん。手伝ってもらってるうちに新選組の人たち引き揚げちゃったみたいじゃない?」

 周囲に隊士たちの姿がないことに朱埜も気づいたのだろう。大丈夫?と訊ねてくる。

「あ、はい。たぶん……」

 乾いた笑みを浮かべながらも返事を濁す。他の人がいないということは一人で帰らなければならないということだ。屯所ではなく祇園会議所に集まっているのかもしれないがそんなことはどちらでもいい。帰り道には自信がない。

 昼間で明るければまだいい。しかし今は夜だ。あまり知らない暗い夜道を迷わず行けるだろうか……。

「……送ってこうか?お礼に」

「あ、ありがとうございます!」

 不安気に顔を曇らせる沙彩に朱埜はつい声をかけた。その言葉に沙彩はパッと表情を変える。地獄で仏とはこのことか。


 池田屋内を改めて見て回り、妖魔の気配がないことを確認すると二人はそろって外に出た。

「送るのは……」

 屯所で良いのかと聞こうとして朱埜の言葉と足が止まる。

「どうかしましたか?」

 不意に足を止めた朱埜に沙彩は不思議そうに声をかけるが、朱埜の視線の先に気づいて驚いた様に僅かに目を見開いた。それからゆるゆると顔に笑みが広がっていく。

「どうやら送らなくても良さそうだね」

 視線の先、柔らかな月明かりの下に立つのは眉間に皺を刻んだ仏頂面の副長だ。

「じゃあまたね。副長さんによろしくー。あ、良かったら今度は副長さんも一緒にお茶飲みに来てって伝えて。母上も沙彩が遊びに来てくれるの楽しみにしてるし」

「は、はい!ありがとうございます」

 笑顔で手を振る朱埜に沙彩はペコリと頭を下げると土方の方へと走って行った。その足取りは心なしか軽い。

 その後ろ姿を見送りながら朱埜はうぅーんと大きく伸びをする。手伝ってもらえたとはいえ相当の数がいたのだ。さすがに疲れた。自分も帰ろうと歩き出しながら思う。

(あれはこっちに引き込むのは難しそうだなぁ……)

 どうせ星姫の時代に帰れないならこのままこの時代の退魔士として鈴原に迎えたい。本家にいるのは朱埜だけだし、分家にも沙彩ほどの霊力を持つ者はいない。本人さえ了承すれば本家の跡取りにとすら考えているくらいなのだが……。

(あんなにわかりやすくちゃね)

 沙彩の表情の変化を思い出してクスクスと笑みをこぼす。あの様子ではきっと沙彩は鈴原に来ることを了承はしない。それにきっと新選組の方でも沙彩を手放したりはしないだろう。なにしろ副長自ら待っているくらいだ。

「あーぁ残念。沙彩がいたら楽できるかと思ったんだけどなぁ」

 クスクス笑いながら呟く。でもまぁ。手伝ってもらえるし。あのこはあっちにいたいみたいだし。

「身内には笑っててほしいしねー」

 沙彩が望む場所で過ごせるならそれに越したことはない。





***************





 翌日。各藩と新選組の一部の隊士たちで残党狩りが行われる中、本隊は昼頃に屯所に戻ってきた。その後も京都市中では日々不逞浪士(ふていろうし)の残党狩りが行われた。

 池田屋事件における幕府からの恩賞は破格のものとなり、新選組の名は天下に(とどろ)くこととなった。また幕府からは近藤を与力上席(よりきじょうせき)、隊士を与力とするとの内示があった。これは新選組が高く評価されたことにほかならない。しかし近藤は「自分たちの目的は市中見廻りではなく攘夷(じょうい)を実行することにある」として、会津藩に上書を提出、これを辞退する。その裏には「与力よりも狙いは大名」という土方の説得があった。


「これは……?」

 池田屋から数日が経った昼下がり。副長室に呼ばれた沙彩は土方から渡された金子(きんす)を前に首を傾げた。

「見りゃわかるだろう?金だ」

「いや、そうですけど、そうじゃなくて……」

 知っている硬貨や紙幣とは確かに違うが渡されたものがこの時代の金であることは沙彩にもわかる。訊ねているのはそこではなく、何故土方が自分に金を渡してきたかということだ。

「この間の報奨金だ。お前も参加しただろう」

 つまりは池田屋事件に参加した者へ配られる報酬だ。

「それと今度から外出許可を取りに来なくていい。誰かと行動を共にする必要もない。出かけたい時は一人でも好きに出かけろ」

 今までは外出許可は出ても必ず幹部の誰か、主に沖田や斎藤が一緒だった。それを嫌だと思ったことはないが付き合わせることに申し訳なさは感じていた。彼らには監視の意味もあったのだろうから隊務の一環と考え、特に気にしてもいないのかもしれないが……。だから基本的にはあまり外出することもなく屯所で過ごすことが多かったのだ。

 それを必要ないと言ってくれるのは、隊士として認めてもらえたと思っていいのだろうか。逃げないと。内通しないと。信用してもらえたと思っていいのだろうか。

「ありがとうございます……!」

 胸の辺りが苦しくて、泣きそうで、嬉しくて。沙彩は深く頭を下げた。

 池田屋に出動する前に『おまえの腕は信用している』と言ってくれていた。それだけでも十分嬉しかった。しかしこれはそれ以上だ。刀だけではない、沙彩自身を認めてくれたのだ。

「まぁ何かと物騒だからな。一人で出かけるときは気をつけろ」

「あ、じゃあ……」

 一緒に出かけませんか?と言いかけて、口にする前に飲み込んだ。普段から忙しそうにしているのは知っている。そんな相手に言って良いものか……。

「何だ?」

 訝しげに眉をひそめる土方に沙彩は迷いつつ、口を開く。

「えっと、一緒に出かけれたらなって……」

「は?」

「あ、忙しかったらいいんです!もし時間があったりしたら一緒に散歩とか行けたらなって思っただけで!」

 眉間の皺が僅かに濃くなったのを見て、沙彩は慌てて言いつのった。やっぱり無理ですよねと頬を掻きながら苦笑する。しかし……。

「……暇があればな」

 土方の口から出たのは意外な言葉。一瞬意味がわからなくて、理解するのに時間がかかる。え?今……、聞き間違いじゃないよね?

「何だ?嫌なら……」

「嫌じゃないです!」

 土方の言葉を(さえぎ)り答えた。眉間の皺も、不機嫌そうな仏頂面も変わらないけれど、何かと気にかけてくれる。そんな優しさが嬉しくて何だかくすぐったい。

「行きたいところ、考えておきますね」

 笑顔でそう伝えると、眉間の皺がゆるんだ様な。そんな気がした。

 



 


 今回は朱埜くんに少し頑張ってもらいました。彼が出るとなんだか全体的にゆるい感じになる気がします(笑)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ