第14話 『人形たちの品評会――傷跡こそが、愛の履歴』
「……いい夢を?」
私は、アドラの言葉を反芻する。
けれど、第七管理塔の主はただ微笑みを返すだけ。
「リネア~嫉妬してるの?」
「そんなわけがないでしょう」
私に向けられた微笑みに、明らかに禁忌の魔導人形と名乗ったリネアから殺気があふれ出している。
ピリピリと肌を刺すような濃密な害意。
「リネア。ごめんね? でもほら、これは御礼だから。もうしないから、ね?」
「わかりました」
すん、と殺気が霧散する。
「名も知らない魔導人形。貴女の目的は深海図書館ですか?」
「ええ」
「なら、無駄足でしたね。白亜の大聖堂の騎士が破滅の夢を解放して……まあ、それは私達が対処しましたが、転移魔法陣が機能不全に陥っています。諦めなさい……と、言いたいところですが」
じっと昏い暗金の瞳が、あの丘の神殿を見据える。
つられて見れば、今まさに純白の神殿の入り口広場、辛うじて陽光の差し込むそこには輝く金の瞳の白い騎士の姿が。
ドレスアーマーを潮風……ならぬ甘い風になびかせるオルドリアと、彼女に率いられる百を優に超えるであろう、空っぽの中身のゴーレム騎士達が布陣していた。
「あれはまた、ずいぶんと哀れな操り人形もあったものだ。相変わらず無粋で、身勝手だね、秩序というものは」
リネアが眉をひそめてそちらを見る。そのまなざしには敵意よりも、憐れみと蔑みが込められていた。
やはり来た。翼刃を展開。いつでもこの身を射出する用意はできている。この距離はむしろ好都合。レナータ様を巻き込まずに空対地での戦闘に入る事ができる。懸案はこの二人だが、少なくともレナータ様を害するとは思い難い。
「あら、こんなところで殺し合い? ん~、それじゃあ面白くないわ~。ただ力をぶつけ合って、それじゃあ夢見る暇もないじゃない。ね、リネア?」
おもちゃをおねだりするように、腕を胸の前に引き寄せ、上目遣いで黒髪の少女に語り掛ける元封印姫。
「いいでしょう、あれに罪は無くとも、六つの管理塔には仕返しをしないと気が済まない。アドラの夢の結晶が眠る深層には立ち入らせないけれど、深海図書館の開架書架までなら……ええ、ついで。アドラを解放する切っ掛けへのこれも御礼として」
「まあ。また、お菓子の材料にするの?」
「それもいいけれど、それではこの子達のためにならないから。乗り越えるべき試練として、作り替える材料にするよ」
そっと懐から取り出される、今度は深い碧色の結晶。
深いてりのある、海を凝縮したような綺麗なベアシェイプカットの涙滴型の宝石。
「美味しいお菓子の夢じゃないのね」
「ええ。泣き濡れるアドラの、悲しみが海となる夢」
「いじわる。それはリネアが触れ合えない時間が長すぎたせいよ?」
そういい合うなり、そっと口づけを交わす二人。
レナータ様の視界を反射的に手で覆ってしまったけれど、「やぁ」と、払いのけられてしまった。
くちゅりと、少し教育に良くない気がする湿った音。
私だって、レナと……レナと……最後に夜を共にしたのはたった五日前なのに、もう、それこそ私の方が狂ってしまいそうなほどに心の核がずきずき痛む。
見せつけるように愛の口づけを交わした二人。リネアの背に再び翼が生まれ、瞳が暗い黄金のきらめきを放つ。
「ふかいふかい、海の底。夢見る姫は、涙を流す。誘われ、招かれ、惹かれ、溺れ。水底で融け合う虜たち」
リネアの透き通る声が、甘い香りが満ちるお菓子な世界に染みわたる。
“みんな、いらっしゃい、わたしはそこに、もういないけれど”
その声は耳ではなく脳内に直接響いた。甘く、囁くように。
アドラの。『変質』を司る世界の管理者の、誘い(いざない)。
世界が、変質する。
百を超える白い騎士達の姿が、一斉に変質する。
純白の輝き、秩序の輝きを宿した穢れを知らぬ騎士鎧が一斉に碧く染まる。
唯一変化をまぬかれたオルドリアが、慌てたように軍勢を振り返る。
「“変わっちゃえ!”」
二人の声が耳と脳裏に同時に響く。
ぱーん!
弾ける音。
水風船が破裂するように、碧く染まった騎士達がはじけ、遠く神殿の床に、水たまりとなって染みていく。
奥へ、奥へ。神殿の暗がりへと流れ込んで行く、秩序の騎士達が変質した水。
“でも、やっぱり可愛い方が良いわ”
「なら、中で混ざってもらおうね」
水の中に、愛らしいお菓子が浮かぶ。
リボンのように両端をねじった可愛いラッピングに包まれた飴玉。
ステッキのような形の棒状のキャンディー。
デフォルメされたクマさんの形のクッキー。
ザザーーーッ。
ここまで聞こえる水の流れる音。
お菓子が入り交じった、騎士であった水が、池の底に穴をあけたように渦巻きながら神殿の奥へと吸い込まれていく。ついでと言わんばかりに変質を免れていたオルドリアも、碧い水に押し流されて消えてしまった。
無機質で秩序だった白い神殿の入り口が、変質する。
碧く染まった、晶洞。岩窟の内部が碧い水晶で埋め尽くされたような、幻想的な空間へと、丘の内側が塗り替わる。
もうそこが神殿のような建物であったなどと誰にわかるものか。
――ダンジョン。
神やその使徒たちが作ったとされる異空間。その形成をこの眼で見る事があるなんて。
「さ、これで十分でしょう。第一管理塔の領域に繋がる転移魔法陣は潰した。古代の魔導人形なら、これくらいの試練は乗り越えてもらわないと」
「ええ、そうね。リネア。じゃあ私達は世界を楽しみに行きましょう♪ 1,000年ぶりのデートよ!」
「うん、そうしよう」
仲睦まじく腕を組み、しなだれかかるアドラの腰に腕を回してそっと抱きしめ、宝石の翼で宙に浮かぶリネア。
黒い髪を靡かせ、私を一瞥すると……。
「後悔の無いように。私は、アドラを一人にする未来は決して選ばない。死の美学なんてくそっくらえ。だから、ヒトを捨てて、禁忌を受け入れて、永遠を手に入れた。アドラと在り続ける永遠を。でも、貴女にそれは選べないというのなら。怨みなさい、自分の力の無さを。そして賭けなさい、全てを。妥協なんてしたら、夢は指の間をすり抜けていくのは当たり前よ」
そんな言葉を残し、二人はそっと宙に浮かび歩み去って行った。
彼女たちは、二人だけの世界を完結させ、永遠を生きる。
でも、それは持てる者の……強者の傲慢。
古代の魔導を宿していても、耐用年数なんてとっくに過ぎた、ポンコツ。
レナがからかいで言う、愛を込めたポンコツとは違う、本物の……。
一度だけ、リネアが私に振りかえる。大きなため息を、薄い唇から漏らし。
「だから――自分の誇りすら見失ったの? いよいよ、惨めね」
誇り……。
心の核が疼く。レナがくれた、彼女の未来の半分。
体中の宝石継ぎ。美しい、大好き、そうレナが優しく撫でてくれたつぎはぎ跡が、熱を帯びる。
左肩の球体関節が、なめらかとは言えない、けれど確かな動きで応えてくれる。
「……惨めでは、ありません」
私は、顔を上げた。
レナータ様がよくわからないと、私を見上げる。
不安も、疑いも、微塵も存在しない蒼銀の瞳で。
だから!
裂けたドレスも剥き出しの関節も、デコルテを、首筋を、走る宝石継ぎの痕跡も隠そうとはせず。
堂々と、全ての愛をこの身に感じ、彼女を見返す。
「この傷の一つ一つが、彼女が生きた証です。私が彼女を護り、彼女が私を『治して』くれた……私たちの愛の履歴です」
傍らの彼女の最愛、アドラ以外には物憂げで、つまらなさそうな顔しか見せない。そう確信していたリネアが。
私と同じ黒髪の、在り方は正反対な、人の身から禁忌の魔導人形へと至った少女が、確かにくすりと笑った。
とても透明で、とても綺麗な、レナが心にいなければきっと惚れてしまう程に素敵な笑顔。
ぎゅーっと、アドラがリネアの腕を強く強く、きっと痛いほど強く抱きしめた。
かわいい、嫉妬。
いいな……。
私も小さなレナータ様をそっと抱き上げ、抱きしめる。
「くるしいよ~」
なんてむずがるけれど、これは私の、ワガママ。
ちょっとだけ、勝手にもらう、ご褒美。
もう、二人は振り返らない。
狂ったお菓子の世界を残して、宙に煌く足跡からお菓子と花を降らせて、去って行く。
――嵐が、去った。
そうとしか言いようがなかった。
あの感じだと、オルドリアたちは先に深海図書館に入った……と、言う事なのだろう。少なくとも白い少女騎士は倒れてはいない。他のゴーレム騎士達はよくわからないけれど。
「……いっちゃった」
レナータ様が、ポツリと言った。その手には、しっかりと桜色の宝石が握られている。
「レティ、これ、たべていい?」
彼女が無邪気に問いかけるのを、私は優しく止める。
「いいえ、まだです。それは……きっと、とっても、大切な『お守り』ですから」
「おまもり?」
「はい。大切に持っていてくださいね」
私はヴェルデで買ってあった小さなポシェットに桜色の宝石をしまい、レナータ様の首にかけてあげた。
さて。行こう、変質したかつての神殿、おそらく『廃棄された地』なんて呼ばれていた、今はあまりに神秘的な、晶洞の様相を呈する碧いダンジョンへ。
入り口わきに、なんとも可愛い、大きなリボンを付けてデフォルメされたくまさんの彫像が門番の代わりにぺたんと座って、キャンディーの包みを開いているダンジョンへ。




