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第10話 『忘却の慈悲、潮騒の予感――人は道具に、人形は人に』

 朝霧が、一面の宝石花の花弁を濡らしている。

 昨日のオルドリアとの戦いの痕跡は夜の冷気ですっかり冷やされ、宝石花の園と化した廃村は、朝靄の中で幻想的な静けさに包まれていた。

 白い光の柱に吹き飛ばされた地面の焚火跡を埋め、荷物をまとめる。

 

 見れば、ぽつ、ぽつと、わずかな小さな宝石花が剥き出しの地面に咲き始めている。

 厄災の根源を浄化しきっても、世界には際限なく魔素が循環している証なのだろう。レナータの花畑が、そして決戦の地に残された広大な宝石の樹海が、再びの厄災の発生をずっと、ずっと未来へと先延ばししてくれている。

 その事に何とも言えない気持ちを抱きながら、毛布にくるまって眠る今の『彼女』の傍らに膝をついた。


「……お嬢様」

 呼びかけに応じるように、毛布がもぞもぞと動く。まだ使えそうな廃墟のベッドはどれも宝石花が咲き乱れており、使う気になれなかった。さりとて、ミアへの治療でまたも奇跡を使った彼女。青白い燐光を激しくまき散らす彼女を、そのまま抱きかかえて飛行するわけにもいかなかった。


 どんどん加速する彼女の退行……あと三日も保つだろうか。

「レナ――貴女という人は。どこまで、どこまでお人好しなのですか。強がったり、悪ぶったりしていたくせに、本当に」


 毛布の隙間から覗く白銀色の髪。その量が、昨日よりも明らかに減っている。

 大人のレナが使っても余裕のあるサイズの毛布は、有り余っている。


 覚悟はしていた。尋常ではない燐光の意味など、考えるまでもない。

 人一人の浄化、その代償としても、あまりに重すぎる。もはや差し出すべき対価もなく奇跡を行使する事への罰。

 私は、神を呪う……こんな、こんな代償の力を授けられなければ。

 誓言を紡ぐ、神と契約をする力。なぜそんなものをレナに与えた……。


「んぅ……ん~? あ……れ、てぃ?」

 彼女が顔を出す。覚悟をしていても、私は胸の奥の魔核が凍り付くような錯覚を覚えた。

 昨日はまだ少し背伸びをした十歳の少女の顔つきだった頬のラインは、さらに丸みを帯び、あどけなさが色濃く残る輪郭へ。蒼銀色の瞳も大きさばかりが目立つ、ほんにゃりと柔らかな表情。ぱちぱちと目をしばたかせるその顔立ちは、どう見ても――七歳程度。初等教育が始まるかどうかの、親の庇護なくしては一日たりとも生きられない、正真正銘の幼児の領域へと足を踏み入れようとしはじめている。


「おはようございます、お嬢様」

 私は努めて平静に、優しく微笑みかける。


「……おはよぉ」

 返ってくる言葉は舌足らずで、甘ったるい。

 自身に備わる記憶そのものがもはやほとんどないが故か、この七日間の、共に過ごした時間の記憶という名の記録の影響を、むしろ強く受けるのだろう。理解できないことだらけだとしても、すぐに私という存在。レティシアを認識してはくれた。

 その事にだけは少し、感謝をしても良いのかもしれない――いや、そんなわけはない。私は何を、何に安堵を覚えているのか。


 彼女は眠い目をこすりながら毛布から這い出そうとして――手足が絡まり、コロンと転がった。

「あぅ」

 昨日まで着ていた、あのミアという少女と過ごした『お嬢様らしいボルドーのジャケットスタイル』は、今の彼女にはまるで外套のように大きい。寝巻に着替える事を……記憶を失う眠りにつく事を嫌がって、着たまま毛布にもぐりこんだ彼女。

 今は袖から手も出ていない。ぶかぶかの服に埋もれる姿は愛らしいが、その事実は残酷だ。


「お手伝いしますね」

 私は彼女を抱き上げ、まずは着替えをさせることにした。

 城塞都市ヴェルデで買っておいた、さらに小さなサイズの服。

 ピンクのピンタックワンピースドレスに、白いレースカラーの長袖ブラウス。少し厚手の膝上丈の白いソックス。

 足にはポッコリ可愛い丸みを帯びた厚底靴。

 長距離を歩くにはどう考えても不向きだが、私がお姫様抱っこするので問題ない。可愛さを、女の子らしさを優先した。お店で、あんなに嬉しそうにお洋服を選んでいた彼女が喜ぶと思った、私のワガママ。


「ばんざーい、してくだ……」

 言いかけるより早く、彼女の小さな両腕がぴんと上へ伸びた。

 私が言葉にする前に、私の手の動きと気配だけで、次になにをされるべきかを彼女の身体が覚えていたのだ。

「ばんざーい」

「ふふ、お上手です」

 記憶は失われても、私に世話を焼かれる心地よさは、その小さな魂に刻まれている。

 彼女は素直に従う。されるがままに、安心しきって目を細めていた。


 昨日見せた村の状態への微かな自責の念や、ミアを助けようと奇跡を行使した強い意志は、その瞳のどこにも見当たらない。


「お嬢様。どこまで……覚えていらっしゃいますか?」

 靴下を履かせながら、私は恐る恐る尋ねる。聞かずにはいられなかった。もうあと何日彼女が自意識を保っていられるのか。消滅までの日数ではない。私を、好悪いずれであれ認識してもらえるのはあと……。

 名前を呼んでもらえたことに、私は甘えてしまったのかもしれない。


 彼女は、小首を傾げ。


「きのう……?」


 彼女の視線が、慣れ果ての宝石花が休む廃屋へ、そして宝石花畑の広場へと向く。

 露に濡れ、朝日に光る幻想的な光景。

 そして、西。はるか先の渓谷も、あの巨獣との一幕の場所も、枯れ木に隠され見えはしない。

 昨日、彼女が涙を流して友達との別れを悲しんだ場所。


「……なんかね、こわいゆめ、みたの」

「夢、ですか」

「うん。くろいワンワンがきてね……おともだちが、いなくなっちゃうの」


 彼女は心細そうに、私の袖をギュッと掴んだ。

「でもね、レティが助けてくれたの。……レティ、すごーくつよいの」

「……はい。お嬢様をお守りできる程度には」

 彼女の中でミアという少女の存在は、夢の中の登場人物へと希釈されてしまったようだ。

 悲しみも、世界の理不尽への嘆きも、幼い心を守るために悪夢として処理された。

 それは救いなのだろうか。それとも、忘却という名の冒涜なのだろうか。


 ミア。あの子は今頃、オルドリアに連れられてどこへ向かっているのか。

 魔素はある程度浄化されたはず。寄る辺ない棄民の子にこの世界を一人で生き抜く事はあまりに困難。

 ならば、あれは最善。最悪の中の、最善。


 レナータ様が忘れてしまっても、私だけは覚えていなければならない。

 あの子がこの花園に残していった、妹を想う気持ちを。

 危険な荒野を、きっと毎日ここまで来ていた、優しさを。


「レティ~」

 着替え終わったレナータ様が、両手を広げて私を見上げている。


「だっこ」

 その瞳には、一点の曇りもない信頼と、甘え。

 昨日のような対等な友達としての親愛も。一昨日のような糾弾と、仮初めの赦しも。ましてや溺愛するような親愛も。


 庇護を求めるいたいけな子供の目。愛されることを疑わない、無垢な瞳。

 私は、彼女の小さくなった体を抱き上げる。


 軽い。あまりにも軽い。

 彼女は私の首に腕を回し、安心しきったように頬をすり寄せてくる。

「レティ、あったかい。……いいにおい」

 私の魔核の熱と、衣服に染み付いた数々の戦いの残り香すら、今の彼女には安らぎらしい。


「参りましょう、お嬢様。今日は、一気に海を目指します」

 もう少し、ゆっくりと向かうつもりだった。けれど、もう、彼女に時間は……深海図書館、そこにある何かに早くすがるしかない。『私が”赤ん坊”になったら、誓言を紡ぐ喉を潰して、殺しなさい』。

 あの言葉だけは……レナ。

 いくら貴女でも従えませんから。


 それは日記で確認できた彼女自身、分かっていた。なら、きっと何かが……何かがそこには無ければ!



「うみ? うみって、おみずがいっぱいあるところ?」

「ええ。とても広くて、青くて、綺麗なところです」

「わぁ……みたい! レティ、いこ!」


 彼女は私の腕の中で足をばたつかせてはしゃぐ。

 私は彼女を両腕でそっとお姫様抱っこし、宝石花の園を後にした。刃の翼を広げて。


 前を向き、向かい風にはしゃぐレナータ様の白銀の髪が、私の黒髪と共に後ろへと靡く。

 上り始めた太陽を背に、第一管理塔領域西部。海岸線へ。


 そこで何が待っているのか。レナの日記に記された意味を信じて。


 道中、レナータ様は何度も「あれなに?」「これなに?」と指をさして聞いてきた。

 枯れ木を見ては驚き、岩陰のトカゲ(魔獣ではない)を見ては怖がり、そのたびに私に抱き着く腕に力を籠める。

 風防として展開する漆黒の刃を興味深そうにツンツンとつつき。刃側に触れようとするのを必死に止めた。


 あの、ミアとの別れの場所も、煙の収まった渓谷の底に見える小さな村の焼け跡も、気が付くことなく……。


 好奇心は旺盛だが、集中力は続かない。

「レティ、おなかすいた」「レティ、ねむい」「レティ、歩くのつかれた(歩いていないのに)」「レティ、お歌うたって」

 際限のない要求。けれど、それは彼女が生きている証。


 眠るのだけは何とか阻止した。けれどそれもあと三日も保つだろうか。

 彼女の記憶が記録しかなくなる日はもう目の前。


 私は一つ一つに、丁寧に、根気強く応え続ける。

 これが、言葉を交わせる最後の旅路になるかもしれないのだから。



 ◇  ◇  ◇



 時は少し遡り、昨日。別れの直後。

 聖王都、白亜の大聖堂。冷気漂う礼拝堂で一人の騎士が膝をついていた。

 黄金の髪を垂らし、白いドレスアーマーを纏った少女、オルドリア。

 血の汚れは秩序を乱すものとして排斥され、純白の姿を取り戻している。


 彼女の目の前には、空中に浮かぶ魔法陣が展開されている。

 その向こう側から響くのは、金属を擦り合わせたような不快な、本来の主を知る事ができないように改変された音声。

『――報告は以上か、オルドリア』

「はい。対象は第七管理塔の主、封印の地。深海図書館への到達を画策しているものと思われます」

 彼女は白い大理石が組み合わされた床に視線を落としたまま、抑揚のない声で答える。


『良い。此度の厄災の元凶。その浄化が成ってすぐ、第七管理塔の主の封印指定は殲滅指定へと変更された。今この時にもあの場所は無に帰しているであろう。……それよりも、だ。貴様の報告には不可解な点がある』

 声のトーンが、わずかに下がった。


『なぜ、聖女レナータを即座に捕獲しなかった? 古代魔導人形とはいえ、耐用年数をとうに過ぎた、応急処置もまともに受けていない個体に後れを取るなど、白亜の大聖堂”最高傑作”の名が泣くぞ』

「……申し訳ございません。対象の抵抗が予想以上に激しく、また、周辺への被害拡大を懸念し――」


『虚偽は罪。秩序を乱す大罪である』

 ズヂッ。湿った音が、静寂な礼拝堂に響いた。


「ぐっ……ぅぅぅぁぁ!!」

 オルドリアが喉を押さえ、石畳に突っ伏す。

 彼女の白く細い首。そこに巻かれた、ただ一つ異質な色彩を放つ黒いチョーカー。一見すればただの装飾品に見えるそれは今、確かに灼熱し、収縮していた。


 ジュ、ジュュゥジュ。

 皮膚を焦がす異質な臭気と、繊細な喉の内側にまで届く激痛。ミシミシと嫌な音を立てる首の骨。

 外界での軽い戒め、簡易裁定ではない。第一管理塔上位者直々の断罪。

 血管が裂け、泡立つ血液が気道を塞ぐ。怜悧な美貌を苦痛にゆがめ、呼吸と苦しみからの解放を求め黒い戒に指をかける。

 熱は容赦なくその繊細な手指までをも襲う。


 もはやどうする事もできず遠のく意識、あまりの激痛に生暖かな感触が下肢を襲う。

 視界が明滅する。


『我々を欺けるなどと思いあがるな。この地は遍く我らの秩序の元にある。貴様は、あろうことか管理区域の棄民の子を庇い、戦闘を中断したそうだな?』


 通信魔法の向こう側、白亜の大聖堂の枢機卿は、全てを知っていた。

 彼女の視界、聴覚、その全ては監視されているのだ。棄民から拾い上げられ、この黒い首輪を嵌められた時から。


「あ、が……ぁ……! もぉし゛……けぇ……ごぉ、ぁぃ、ま、ぇん……あぐっ」

 辛うじて、声にならない呻きのような許しを請う。

 黄金の髪は冷たい床に乱れ、白いドレスアーマーの下肢は乙女として許容しがたい惨状を呈している。


『道具が意志を持つな。貴様は、我らが秩序のために拾い上げ、磨き上げた剣だ。棄民として、魔素の糧となるはずだった貴様を活かしたのは誰だ? ただ、従え。次はない。……対象は破壊せよ、退行が進みすぎた。聖女レナータの肉体はもはや不要。誓言を紡ぐ“聖核”さえ回収できればよい。必ず、あれが消滅する前に息の根を止め、生じたそれを持ち帰れ。それさえあれば、“秩序”は続く』


 グッ。いよいよ頸骨が粉砕されるかという恐怖と共に、楽になれるという安堵に包まれかけた、オルドリア。

 しかし、遠のく声の主の気配と共に熱が引き、黒い拘束具は首元を飾るただの装飾へと戻った。

 どこからかもたらされた癒しの魔法が瀕死の乙女を包み込んだ。不浄もまた、排斥されている。


 堪えようもなく流れる涙、冷徹な表情の中、ただただ大理石の床へと零れ落ちる雫。

 恐怖と屈辱、それはまた彼女の心を破壊する。


「……私は、道具じゃない」

 掠れた声が、喉の奥から漏れた。

 消えない痛みの残滓を感じる。恐怖を感じる。屈辱に震える。

 この心臓は、確かに脈打っている。私は生きている、人間だ。

 なのに、なぜ。


 脳裏に過るのは、あの忌々しい光景。

 魔眼を駆使して監視していた厄災との決戦。

 白亜の大聖堂が用意していた『埋設物たち』の『眼』と同調する自分に見せつけられた。

 覗き見る戦場で見た、継ぎ接ぎだらけの古代魔導人形の姿。

 主である聖女レナータに抱きしめられ、愛を囁かれ、それに応えるように頬を染める。

 ただのガラクタの癖に。


『貴女は、私の大切な……』


 あまつさえ、あろうことか、人間である私が『道具』として磨り減らされているというのに。あの『道具』は『人間』として愛されている。その矛盾が、その理不尽が、どうしようもなく腹の底を焼き焦がす。


「……認めません」


 大理石の床にキシキシと、爪が音を立てる。

 もし、あれが愛だというのなら。人形が心を持つことが許されるのなら。

 心を殺して生きる私は、いったい何なのだ。


「認めない、認めない、認めないっ!」


 羨ましかった。妬ましかった。

 だからこそ、許せなかった。


 証明しなければならない。あんなものは見せかけの模倣品で、中身のないただの伽藍洞の人形に過ぎないのだと。

 叩き壊し、引きずり出し、その胸の中にあるのが愛などではなく、ただの魔導仕掛けの絡繰りであることを暴き出さなければ――私が、私でいられなくなる。


 ゆらりと、立ち上がる。

 平穏という詭弁、民の安寧というまやかし、一を救い、十を生贄に捧げる。穏やかな破滅への坂道。

 もう、自分を誤魔化すのも……瞳に宿るのは、もはや任務への忠誠心では断じてない。

 己の存在証明を懸けた、昏い私怨の炎。



「待ってなさい、レティシア。……貴女のその『心』ごと、私が砕いてさしあげますわ」

 黒髪の人形、たった一人に尽くす宝石継ぎだらけの魔導人形。

 私はこんなに惨めなのに。

 聖女レナータにただ尽くす従者。


 墜とす。後悔と絶望に泣き叫ぶ人形の涙だけがもはや慰め。


「んぅ……」

 先程の苦痛とは真逆に、甘美な感覚が背筋を駆ける。

 流れる涙に反した、恍惚に濡れる笑みがこぼれる。


 幾つもの感情の板挟みに、床に這いつくばったまま、しばらくその場から動けなかった。

 白いドレスアーマーを再び汚した昂ぶりの跡を排斥し、よろめきながら聖堂を辞する。




 ――物がほとんどない、簡素な自室。鏡に映る自分を見る。

 美しい黄金の髪。完璧な美貌。最強の騎士。

 だが、その首には、決して外れない黒い輪。


「……道具、か」

 自嘲気味に呟き、彼女は身を清める。熱い、肌を焼くほどに熱いお湯。

 その感覚が絶望を、未だくすぶる昂ぶりを、等しく鎮めてくれるから。

 汚らわしく歪んでしまった自分を、焼き尽くしてくれる気がするから。



 カッ、カッ、カッ。

 規則正しい金属の靴音が大理石の廊下に響く。

 白亜の大聖堂、地下。純白の建物に似つかわしからざる薄暗い地の底。蝋燭のほの暗い灯りで照らされた中を完璧な美貌を凍らせた白い騎士は歩く。

 奥まった一つの部屋。そこには、簡素なベッドに横たわる小さな影があった。

「……うぅ」

 少女ミアが、苦しげに呻いている。


 魔素による浸食は進んでいたが、レナータの奇跡による浄化でほとんどが消失している。その上で、大聖堂の最高級の秘薬を投与したことで、命の危険は脱していた。傷も、魔法でふさがれている。

 ボロボロの麻服は剥ぎ取られ、清潔な白い療養着に着替えさせられている。


 オルドリアは、眠るミアの枕元に立った。黄金の瞳で見下ろす。

「運の良い子だ……あるいは、悪いのか」

 彼女は、ミアの頬にそっと触れた。昨日の戦闘で、なぜこの子を助けたのか。

 自分でもよく分からない。

 ただ、どん詰まりの生を這い進む姿が、かつての自分と重なったのかもしれない。


 棄民の村で生まれ、国民の証である聖印も、棄民の烙印である刻印もない、便利な子供。

 残る五の管理塔支配地域への潜入工作と、第一管理塔領域内の汚れ仕事を担う『秩序執行部隊』に拾い上げられた。所属する『人間』は同じ立場の者達。数を補うのは命無きゴーレム騎士。


『生きる意味をやる。秩序のため、己を捨てろ』

 そう言われて、首輪を嵌められた。

 以来、彼女はオルドリアとなった。『秩序の剣』となった。


「貴女も、こちら側」

 オルドリアは、ミアの細い首に指を這わせる。そこにはすでに黒い枷がはめられている。


 一度魔素に侵食された身体。耐性と様々な適応力の獲得。自分と同じ、成功例。

 この子は、素体として優秀な存在となった。

 恐らく、自分のような執行者として再教育されるだろう。


 何年後かは知らないが、同じ部隊として任に就く事もあるだろう。

 それが、この子にとっての幸福なのか、地獄なのか。

 その時、恨みに濁った瞳で自分を見つめてくるのだろうか? オルドリアはかぶりを振る。

 そんな恨みを表に出せるような『自由』は、真っ先に奪われるのだから。


「……せいぜい、役に立ちなさい。無価値なまま死ぬよりは、マシでしょう?」

 彼女は冷たく言い放ち、部屋を出ようとした。


 その時。

「……れ、な……ちゃん」

 ミアが、うわ言のように呟いた。

「あり、がと……」

 友達になったばかりの、白銀の髪の少女への感謝。


 オルドリアの足が止まる。胸の奥で、ドロリとした黒い感情が渦巻いた。

 あの人形……レティシア。彼女は言った。『お嬢様の人形ですから』と。

 自分の意志で、主を選び、主のためにボロボロになって戦う人形。

 首輪などない。強制もない。せいぜいが契約という名の絆。

 正規の手順を踏まない遺失魔導技術の塊に、真の枷など嵌められてはいない。


 あるのは、狂おしいほどの愛と献身。

「……羨ましい、とでも言うつもりですの? 私が?」

 湧き上がる情動に、黒いチョーカーが緩い締め付けを返す。


 違う。断じて違う。

 道具が意志を持つなど、秩序への反逆だ。

 あんな歪な関係は、正しくない。

 私は正しい。私は秩序の側にいる。私は……選ばれたのだ。断罪する側に、選別する側に。


「認めませんわ」

 彼女は首元のチョーカーごと自分の首を強く、握りしめた。爪が食い込む痛みで、自分を正当化する。


「私が壊してさしあげます。その愛も、絆も、全て。唾棄すべき汚辱の底に沈めましょう」

 人形ごときが、人間よりも人間らしく在ることなど、許さない。

 オルドリアの黄金の瞳に、昏い炎が灯る。


 己の存在証明を懸けた、私怨の炎。

 その奥底に、昏い情念と、愉悦、快楽への期待がこもっていた。


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