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×××が現れた! (次男5)

いつもは四時間目の授業が終わってから昼飯食ってたんだけど、今日は生徒からの質問に答えたり、ユタカ先生に頼まれ事されたり、中庭で花壇の手入れしてた業者の兄ちゃんとダベってたりしてたら昼休み終了のチャイムが鳴っちまって、今からちょっと遅めのlunch timeだ。

政界やら大企業やらの坊ちゃんが通う学校なだけあって、ここのメシはメチャ美味い。大学の食堂と比較すりゃ雲泥の差だ。内装もメニューも味も。いや、別に大学側に文句あるわけじゃねぇけどさ。


「昨日は酢豚定食にしたけど、今日はどうすっかな~」


鼻歌混じりに食堂に近付いたはいいが、何やら騒がしい。予鈴十五分前。生徒はそろそろ教室に戻り始めてもいい頃じゃね?

あぁ、先生方はとっくに職員室、或いは次の授業の教室に向かってるだろうから、注意する人がいねぇのか。つまり俺の仕事?うげっ、メンドくせぇ。

溜息吐いて、しゃーない、と中に入ろうとしたんだが、ドアの内側が開いて中から誰か出てきた。


「ケンゴ先生?」

「あぁ、テッペイ先生。今は中に入らない方がいいよ」


胡散臭い笑みを浮かべて、後ろ手で扉を閉めたこいつは何故か俺の腕を掴んで歩き出した。

は?!えっ、ちょ……!


「ちょっと!俺、今から昼メシ食うんですけど!つーかあの中、まだ生徒いるんですよね?!教室戻るよう注意しないと」

「いや、言ったところであの連中は聞きやしないよ。テッペイ先生のお昼は俺が奢るから、今日のところは購買で勘弁して。ね?」


いや、「ね?」じゃねぇよ。

ああでも、購買も悪かねぇな。先週食ったミックスサンドとか美味かった。ハムカツ食いてぇ。

時間が時間だった所為か、あんま種類残ってなかったけど、とりあえずlastだったハムカツとコロッケ、ミックスベリーのサンドイッチ、それから飲みモンに牛乳を奢ってもらって、空き教室で食うことにした。

……つーかケンゴ先生よ、何でアンタまでついてくる?購買で解散じゃねぇのかよ?次の授業はどした?


「御心配なく。五時間目はテッペイ先生と一緒でどこのクラスも担当しないから」


心ん中読むんじゃねぇよ!顔か?顔に出てたのか?!それよか何で俺の次のコマがねぇこと知ってんだ?!


「だからテッペイ先生。交流を深める為にも今から一時間、楽しくお喋りしよう」

「いやいやいやいや。俺、指導案纏めたりとか、暇じゃないんで」


アンタと違ってな!

そもそも俺ら、ちょこちょこ顔合わしてんだろ。もうこないだの食堂の一件で充分過ぎるわ!変態野郎め!

口にこそ出さなかったが、胸の内に罵詈雑言を並べながらとにかく一刻も早くここから立ち去ろうとサンドイッチを頬張る。

野郎の「その飲み込むときの軽く突き出た唇にむしゃぶりつきたい」とか「サンドイッチを甘噛みする白い歯を舌で舐りたい」などといった変態発言はとにかく無視だ!無視、無視、無視!

タツヤの野郎!覚えてやがれ~!


「御馳走様でしたっ!じゃあ俺は何かと忙しい身なんで!」


挨拶もそこそこに部屋を出ようと立ち上がったところで肩を掴まれて、そのまま押し倒された。衝撃で椅子がひっくり返って派手な音を立てたけど、悠長に起こしてる場合じゃない。鼻息を荒くした奴が俺の両手を封じて、脚の間に自身の体を忍ばせやがった。所謂mount(マウント) position(ポジション)ってやつだ。

ぅおぉい!


「てめぇっ!いきなり何しやがる?!」

「お腹はもう膨れた?これでやっと励めるね」


は?励む?

ニヤニヤと下賤な笑みを浮かべる奴の目つきはからかいめいた感じや、弱い生き物を甚振るような嘲笑めいたものも窺えるけど、もっとも多分に含まれているのは猥りがましい情欲だ。俺が授業中感じる生徒の視線なんかてんで比じゃない。

……オイオイ、俺、まさしく貞操の危機じゃね?


「ぎゃーーーー!やめろー!どけ~っ!」

「漸く二人きりになれたね、テッペイ。いつも感じてたよ、君の物欲しそうな視線を。今から存分に俺の愛を与えてあげる」

「No,thank you!不、这样就可以了!Nein,danke~~~~!」


「“先生”呼びやめてとうとう本性現しやがったな!」とか、「てめぇを物欲しそうに見るはずねぇだろ!」とか、「兄貴に言いつけてやる!」とか、とにかく山のように頭ん中にゃ文句が浮かんでたけど、実際俺の口から出たのは英語、中国語、ドイツ語で「いいえ、結構です!」とだけ。代わりに全身、鳥肌のon parade。

タツヤからセクハラ紛いなことは今まで何度かやられたけど、さすがに押し倒されるのは初めてだ。パニクらねぇはずがねぇ!

けど……あれ?

変だ。

タツヤとしての本性現したなら、どうして口調も元に戻さねぇんだ?


「テッペイは無理矢理ヤられるのが好きなの?」

「んなわけあるか!」


奴の体を突き飛ばそうにも、両手は頭の上で一纏めにされてる。蹴飛ばすにしても俺の脚の間にいやがるし。頭突きは……ああ、くそっ!空いた手の方で肩を押さえられてて頭上げらんねぇ!


「安心して。優しくするから」


安心できる要素がどこにある?!

抵抗なんてものともしないで、あっさりと俺のカッターシャツの釦を外した変態は、そのまま首元に顔を突っ込みやがった。

ひぃぃぃいぃぃ!鎖骨に濡れた感触が……!


「いい加減にしやがれ!タツヤ~~~~っ!」

「こんくらいでギャーギャー喚くなよ」


?!


「なっ?!だ、誰だ?!」


今どこから声が?

ドアや窓を見ようにも押し倒されてっから自分じゃ確認できねぇけど、変態がキョドって視点を定めねぇ様子からして、どうやら見つけにくい場所に潜んでるっぽい。少しでも戸が開いてりゃ目星くらい付きそうなもんだって思うけど……て、はっ?!

視界上部に何か映った気がして、顎を逸らしてよくよく目を凝らしてみたら……眉間に皺寄せてウザったそうに俺達を見下ろしている野郎と目が合った。

天井に生首だけが浮かんでるその光景に思わずギョッとしたけど、何てこたぁない。狭い格納庫になっているらしい天井裏に体を忍ばせてるってだけだ。

いや、でもちょっと待て?!何でアンタ(・・・)がここに……?!

そう問い質そうとしたところで、グラッと脳が揺れた。変態野郎に押し倒されたときに頭打ったか?この状況で脳震盪起こすとか、冗談じゃねぇんだけど!




   *




ハッと目を覚ますと同時に頭を起こせば、刹那の差で「おっと」という声がした。危うく変態と頭を打ち合わせるところだったらしい。くそっ、もう少しでdamage与えてやれるところだったのに!

舌打ちして相手の方に体を反らせば、そこにいたのはあの変態体育教師なんかじゃなくて、猫背眼鏡のレン先生だった。

……は?!

慌てて俺の今の恰好を見れば、この学校に通う生徒が纏う制服姿。脳震盪かと思ったけどあれ、入れ替わりの合図だったのか。

掌と上履き、それから左腕を確認して、今の俺が兄貴の体になっていることを察する。

因みにここ、校舎のどこだ?


「平気か?」


いっけね。ここにレン先生いんの忘れてた。


「えーと……すんません。昼飯食ってちょっと寝過してたみたいで、今から教室戻って授業受けまーす」


兄貴がなりきってる“二年の田中”の喋り方が普段どんなんか知らねぇけど、多分こんな感じなはず。見た目、会計ほどじゃねぇけどチャラ男系だし。

三十六計逃げるに如かず、だ。


「急ぐ必要なんかなくなったから問題ないだろ」

「は……?」

「田中はもうすぐこの学校からいなくなるからな。俺と一緒に」


これ見よがしにと丸めてた背筋を伸ばして、徐に鼈甲眼鏡を取り外して、更にはもさっとした感じの髪を取っ払って……て、鬘?!


「その顔、マジで俺の正体気付いてなかったな」


スラリとした長身に切れ長の双眸、ついでに艶やかな黒髪をした、爽やかそうな印象なくせに中身はとんだドSの――――俺の天敵!


「タ、タ……タツヤーーーー?!」


目ェ向いて指差す俺に、野郎はしてやったりと言わんばかりの笑みを浮かべやがった。

天井裏から“×××”が現れた!


……正体分かってもお口はミッ○ィーでお願いします。

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