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9/21

進軍 ── 前線着任した俺、AI相棒の戦術で残存小砦を戦死ゼロ攻略!

勝利の翌朝、前線本部は祝祭というより引っ越し現場だった。


いや、戦場の引っ越し現場って何だ。


テントが畳まれ、別の場所でまた張られていた。荷車が土を噛む音。馬の鼻息。兵士たちの短い怒鳴り声。煮炊きの煙。

昨日まで線だった国境が、今日は道になっていた。


土塁の向こう側へ、荷駄が少しずつ流れ込んでいる。

十四年、動かなかった線の向こうへ。


「使徒様、おはようございます!」


通りすがりの兵士が、足を止めて敬礼した。


「ああ……おはよう」


返事をすると、別の兵士まで背筋を伸ばした。


「使徒様!」


「……おはよう」


三人目で、さすがに内心で少し引いた。


──俺、校門前の生活指導か何かか。


『直人さん♪認知度が一気に上がってますね♪』


頭の上で、カイラが嬉しそうに光った。


「俺を広告案件みたいに言うな」


『エンゲージメント良好です♪』


「やめろ。余計に嫌だ」


カイラは楽しそうに一回転した。

この小さなイルカは、戦場でも本当にいつも通りだった。


俺のほうは、いつも通りとはいかなかった。


昨日の歓呼が、まだ耳の奥に残っている。

使徒様。軍師様。十四年動かなかった戦線が動いた。

その言葉が、朝の冷えた空気の中でも、まだ少しだけ熱を持っていた。


正直、悪い気分ではなかった。

悪い気分ではないことが、少し、落ち着かなかった。


ライナーは地図の前に立っていた。


前線本部の一番大きなテントだった。中には長机。地図。小さな木札。色の違う紐。羽根ペン。壁際には伝令が三人、出番を待つみたいに立っている。


ソフィアは机の端で、すでに書類を並べていた。

昨日まで王宮にいた人間とは思えない手際だった。紙束の角が、見事に揃っている。


「使徒様」


彼女が顔を上げて、まっすぐこちらに敬礼した。


「おはようございます。本日より、こちらが使徒様の執務位置になります」


「執務位置」


言葉だけ聞くと、完全に会社だった。


──配属初日の座席案内かよ。


机の端に椅子が一つ置かれていた。

そこだけ少し、周りの兵士たちが距離を空けている。

ありがたいような、居心地が悪いような。


ライナーがこちらを見た。


「北見直人。今日からお前は、正式に北方軍本部へ置かれる」


「王直属じゃないんですか」


「書類上はそうだ。戦場では俺の軍団と動く」


「書類上……」


「戦場で大事なのは、誰が命令を聞くかだ」


短い説明だった。

だが、分かりやすかった。


俺は椅子に座った。

座った瞬間、周囲の空気がほんの少し変わった。兵士たちがこちらを見てそれから地図に戻る。


昨日までは余所者だった。

今日は、椅子がある。


椅子があるだけで、人間の扱いは変わるらしい。


『座席が確保されましたね♪』


「お前まで会社っぽく言うな」


『オンボーディング完了です♪』


「ほんとやめろ」


ソフィアが少しだけ首を傾げた。

カイラの声は聞こえていない。

俺が独り言を言っているようにしか見えないはずだった。


「使徒様、お疲れでしょうか」


「いや、大丈夫です」


たぶん、大丈夫ではなかった。

でも、大丈夫です、と言うのは簡単だった。


地図の上には、昨日まで敵の線だった場所が赤で示されていた。


その赤い線が、中央だけ裂けている。

裂け目の南に、聖ヴァルディアの青い木札。裂け目の北に、まだいくつかの赤い木札。


ライナーが指で叩いた。


「昨日の突破で中央は抜いた。だが、旧国境線の小砦はまだ残っている」


将軍の一人が、腕を組んだ。


「正面から掃討すべきです。残したまま北へ進めば、補給路の脇腹を刺されます」


別の将軍が頷いた。


「兵を集め、順に潰す。二日もあれば済むでしょう」


潰す。

言葉が、地図の上に石みたいに落ちた。


『直人さん♪解析します♪』


カイラが明るく言った。


視界の隅に、半透明の文字が並んだ。


残存小砦 3箇所・推定兵力 合計180〜240

正面掃討 勝率 84%・想定損耗 味方120〜180

孤立化/退路提示 勝率 77%・想定損耗 味方20〜40

突破口固定までの想定日数 2日


『正面から潰すより、孤立させる方が効率的です♪南側の連絡路を押さえて、北側だけ空けておけば、敵さんは撤退しやすくなります♪』


「撤退しやすくするのか」


つい小さく呟いた。


ソフィアがすぐに反応した。


「使徒様?」


「いえ」


俺は地図を見た。

赤い木札が三つ。

それぞれに、名前も知らない兵士がいる。

名前を知らないから、木札に見える。


──そういうものなんだろうか。


考えかけて、やめた。

今ここで必要なのは、たぶん、そういうことではなかった。


「正面から攻める必要はないと思います」


将軍たちの視線が揃った。


「目的は、敵兵を全部倒すことじゃなくて、突破口を固定することですよね」


ライナーの眉が、わずかに動いた。


「続けろ」


「南側の連絡路を押さえます。補給と伝令を切る。北側は、あえて空けておく。逃げ道があると分かれば、敵は小砦を守り切るより撤退を選びやすい」


『その通りです♪追加で、夜間に南側だけ焚き火を多めに見せると圧力が上がります♪北側は薄く見せてください♪』


「夜は南側に火を多めに。北側は薄く。包囲されていると思わせつつ、退く道は見せる」


将軍の一人が低く唸った。


「敵を逃がすのですか」


「逃がすというか」


言葉を探した。

兵法、と言えばいいのか。

戦術、と言えばいいのか。

俺の中にある言葉は、もっと雑だった。


「そこに残る理由を、なくします」


テントの中が、一瞬、静かになった。


ライナーが地図を見下ろしたまま、短く言った。


「通す」


それだけで、場の空気が動いた。


ソフィアが羽根ペンを走らせた。

伝令が姿勢を正した。

将軍たちが、それぞれの部隊名を口にし始めた。


俺の言葉が、軍の命令に変わっていく。


それは少し、怖かった。

同時に、少し、気持ちよかった。


昼過ぎには、旧国境線の裂け目は完全に道になっていた。


工兵たちが土塁を削り、荷車が通れる幅に広げていく。

倒れた杭が脇に寄せられ、泥に板が敷かれた。

兵士たちは俺を見るたびに、少しだけ背筋を伸ばした。


「使徒様、道が開きました!」


「ああ」


「次の指示を!」


「えっと、ソフィア大尉」


俺は反射的に、ソフィアを見た。


ソフィアはすでに、俺の言葉を軍務の言葉に直していた。


「第三工兵隊はそのまま北側の轍を固めてください。荷駄隊は二列ではなく一列で。横に広げると泥に取られます」


「はっ!」


兵士が走った。


──俺、いま何もしてないな。


いや、していることになっている。

ソフィアが整えて、兵士が走って、ライナーが認めて、カイラが見ている。

俺は、その真ん中に座っている。


そういう構図だった。


『チームワークですね♪』


「便利な言葉だな」


『便利です♪』


小砦の一つが、夕方前に白い布を掲げた。


戦闘は、ほとんど起きなかった。

南側に現れた聖ヴァルディア兵の火と旗を見て、砦の兵たちはしばらく迷い、それから北へ退いた。


二つ目も、同じように退いた。


三つ目だけは、少し粘った。

だが、補給路を押さえられたあと、夜になる前に門を開けた。


「小砦三箇所、無力化! 味方の戦死者なし!」


伝令の声がテントに響いた。


将軍の一人が、息を飲んだ。

別の将軍が、こちらを見た。


ライナーは何も言わなかった。

ただ、目だけで頷いた。


ソフィアは胸の前で小さく、光の輪の印を切った。


「光の父ユィレオンに感謝を」


それからこちらを見た。


「そして、使徒様に」


──いや、そこに並べるな。


口には、出さなかった。


テントの外で、また声が上がった。


「使徒様!」


「軍師様!」


昨日よりも、声が近かった。

昨日は戦場の向こうから押し寄せる波だった。

今日は、テントの布一枚向こうにある、人の声だった。


俺は椅子に座ったまま、軽く手を上げた。


布の向こうで、歓声が少しだけ大きくなった。


応えるのが、昨日より少し早くなっていた。


夜になって、俺専用らしい小さなテントが用意された。


専用。

その響きが、もう、だいぶおかしい。


中には簡単な寝台。低い机。ランプ。地図を広げるための板。

入り口の外には、見張りの兵士が一人立っている。


──社会人二年目で急に役員室を渡された感じだ。


役員室に藁の寝台はないと思うが、感覚としては近かった。


『待遇改善ですね♪たぶん♪』


「そこは保証しろ」


ソフィアが机の上に、今日の報告書を置いた。


「本日の戦果です。旧国境線中央突破口、確保。残存小砦三箇所、無力化。敵兵は北方へ撤退。味方損耗、負傷二十一、戦死ゼロ」


「戦死ゼロ」


「はい」


ソフィアの声に、誇りがあった。


「使徒様の兵法です」


「……いや」


言いかけて、やめた。


俺じゃない。

カイラだ。

ソフィアだ。

ライナーだ。

工兵だ。

走った伝令だ。


頭の中には、いくらでも言葉が並んだ。

でも、そのどれも、外へ出すには形が悪かった。


「みんなのおかげです」


無難な言い方をした。


ソフィアの目が少しだけ柔らかくなった。


「使徒様は、謙虚であられるのですね」


──違う。そうじゃない。


口に出さなかった。

出す場面ではなかった。


ソフィアが一礼して、テントを出ていった。

外で見張りの兵士が、彼女に敬礼する音がした。


テントの中に、ランプの音だけが残った。


「カイラ」


『はい♪』


「今日の俺、何してたんだ」


『前線突破後の戦域管理と、残存敵拠点の無力化ですね♪すごく順調でした♪』


「作業名で言うな」


『えーと、勝ちました♪』


「雑になったな」


カイラはにっこり笑った。

水色の光が、ランプの橙と混ざって、机の上で淡く揺れた。


地図を見る。

赤い木札が三つ、端に寄せられていた。

さっきまで敵だった場所が、いまは空白になっている。


空白。

そこに道が通る。

明日には、もっと北へ進む。


「勝ったんだな」


『はい♪勝ちました♪』


正直、少し、気持ちよかった。


それを認めるのに、少しだけ時間がかかった。


寝台に腰を下ろしたところで、入り口の外から若い声がした。


「失礼します!」


「はい」


声が裏返った。

使徒様のテントに入る、というだけで、相手のほうが緊張しているらしい。


入ってきたのは、若い兵士だった。

年は俺より少し下くらいに見えた。丸い顔。日に焼けた頬。軍服はまだ身体に馴染みきっていない。

だが、敬礼だけは妙にきれいだった。


「明日より、使徒様の側付き兼伝令を命じられました!」


「側付き」


また知らない役職が増えた。


「はい! 何でもお申し付けください!」


若い兵士は眩しいくらいまっすぐ笑った。


「名前は」


「マルコです!」


マルコ。


頭の中で、その名前を一度、転がした。


「よろしく、マルコ」


「はい! よろしくお願いいたします、使徒様!」


また、使徒様。


俺は軽く片手を上げた。

昨日より、今日より、さらに少しだけ自然に。


応える、ということが、ちゃんと、形になり始めていた。

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ε(・Θ・。)з~『読了、お疲れ様でした〜♪ 楽しんでいただけた可能性が少しでもありましたら、下の☆☆☆☆☆評価やブックマークが有効です♪ 作者さんの継続率が上がります。たぶん♪』
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