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10/21

戦友 ── 明るすぎる側付き兵士、AI相棒の伏兵解析で初任務を突破!

翌朝、テントの外で声がした。


「使徒様! 朝であります!」


声が、でかい。


俺は寝台の上で、目を開けた。

布越しの朝の光が白い。身体がまだ寝ている。頭だけが、無理やり前線本部に呼び戻された感じだった。


「……はい」


「朝食をお持ちしました!」


「はい」


返事が二回とも同じ音になった。


入り口の布が、少しだけ持ち上がった。

昨日の若い兵士──マルコが、木の盆を持って入ってきた。


朝の光で見ると、昨夜より大きかった。

濃い褐色の肌。広い肩。短く刈った黒い髪。目元は明るいが、顎の線は思ったより精悍だった。

年も、俺より少し上かもしれない。


昨日は緊張で幼く見えただけらしい。


「マルコ……だったよな」


「はい! マルコ伍長であります!」


「伍長」


「下っ端の中では、ちょっとだけ偉い下っ端です!」


自分で言って、マルコは笑った。

いい笑い方だった。


──陽キャだ。


前線に陽キャがいる。

いや、そりゃいるか。会社にもいたしな。どこにでもいるんだな、こういうやつ。


『直人さん♪マルコさん、緊張度は高いですが、好意も高いです♪』


カイラが頭の上で光った。


『あと、朝ごはんの匂いがします♪』


「そこは俺も分かる」


マルコが目を瞬かせた。

俺が独り言を言ったように見えたのだろう。


「使徒様?」


「いや、何でもない」


朝食は、固いパンと豆の煮込みだった。


それから、薄く焼いた肉が二切れ。

前線の食事としては、たぶん、かなり良いほうなのだと思う。


マルコは盆を机に置くと、なぜかその場に直立した。


「一緒に食べないのか」


「えっ」


「いや、見られながら食べるの、落ち着かないから」


マルコの顔がぱっと明るくなった。


「よろしいのですか!」


「席があれば」


「あります! 地面があります!」


「それは席なのか」


マルコは遠慮なく地面に座った。

腰の革袋から自分のパンを取り出す。俺のパンより、明らかに固そうだった。


食べる前に、マルコは胸の前で光の輪の印を切った。


「光の父ユィレオンよ。本日の糧と、使徒様との出会いに感謝します」


声は明るかった。

だが、最後の言葉だけ、少し低くなった。


「北で眠る家族にも、どうか光を」


俺はパンを持ったまま、手を止めた。


マルコはすぐに顔を上げて、にっと笑った。


「食べましょう! 冷めると豆が固まります!」


「あ、ああ」


豆は、もうだいぶ固まりかけていた。


マルコはよく食べた。

パンを割り、豆をすくい、肉を少しずつ噛む。食べ方は荒くない。けれど迷いがない。

食事が身体に入っていく感じがした。


「使徒様は、あまり食べないんですね」


「朝はそんなに」


「戦場では食べられる時に食べるのが大事です」


「経験者っぽいことを言う」


「経験者ですから!」


胸を張る。

嫌味がなかった。


『マルコさん、士気が高いですね♪』


「見れば分かる」


また独り言になった。

マルコは一瞬だけ不思議そうな顔をしたが、すぐに笑った。


「使徒様は、神様とお話しされているんですよね」


「……まあ、そんな感じ」


「すごいなあ」


本気で言っていた。

茶化しではない。疑いもない。


俺は豆を口に入れた。

味は薄かった。

でも、温かかった。


朝食のあと、ライナーが来た。


いつもの革鎧。いつもの短い声。


「北の林道に敵斥候らしき影が出た」


マルコがすぐに立ち上がった。


「見に行くんですか」


俺の声は思ったより情けなかった。


「お前は後ろで見ていろ」


ライナーは昨日と似たことを言った。


「戦場の地図と、実際の地形がどれだけ違うかを見るにはちょうどいい」


つまり、研修だった。

現場同行。


──異世界軍師OJT。


嫌すぎる。


「マルコ」


「はっ!」


「使徒様から離れるな」


「命に代えても!」


「代える前に守れ」


「はっ!」


ライナーの返しが普通に速かった。

たぶん、何度も同じような若い兵士を見てきたのだと思う。


俺は外套を渡され、テントの外へ出た。


前線本部の朝はもう動いていた。

荷駄隊。工兵。伝令。煮炊き。馬の手入れ。槍を磨く兵士。

俺を見ると、何人かが敬礼した。


「使徒様!」


「使徒様、今日もよろしくお願いします!」


今日も、という言葉がもう入っている。


──昨日始まったばっかりなんだけど。


手を上げる。

昨日より、少しだけ、反応が早かった。


マルコが隣で満足そうに頷いた。


「皆、使徒様に勇気をいただいています」


「俺はまだ何も」


「昨日、戦死者ゼロでした」


言葉が、まっすぐ来た。


「それだけで、十分すぎます」


俺は返事に詰まった。

詰まっている間に、マルコはもう前を向いて歩き出していた。


旧国境線の北側は、地図で見るよりずっと湿っていた。


林道、と言っても、きれいな道ではない。

低い木が左右から覆いかぶさり、足元には泥がある。車輪の跡が水を溜めていた。

鳥の声が聞こえる。どこかで枝が折れる音がした。


俺たちは十人ほどの小隊で進んでいた。

先頭に二人。左右に二人ずつ。後ろに三人。俺とマルコは真ん中より少し後ろ。


俺は剣を持っていない。

代わりに、地図を持たされた。


紙のほうが重く感じるのは、たぶん気のせいではない。


『直人さん♪右前方の低木、足跡が多いです♪』


カイラの声が耳元で明るく鳴った。


「足跡?」


『はい♪味方の靴底とは形が違います♪それと鳥があの一帯だけ急に静かです♪待ち伏せの可能性が高いですね♪』


視界の隅に文字が並ぶ。


敵斥候 推定5〜7名

待ち伏せ予測 82%

直進時 損耗 味方2〜3

迂回/背後遮断 成功率 74%


マジか。


いや、マジか、ではない。

ここは戦場だ。

マジで、そういうことがある場所だ。


「マルコ」


「はい」


「右前方の低木。足跡が多い。待ち伏せかもしれない」


マルコの顔から、笑みが消えた。

消えるのが早かった。


「止まれ」


彼の声は、朝食の時とは別物だった。

低く、よく通った。


小隊が止まる。


マルコが先頭の兵に手で合図を送った。


「左へ回る。声を出すな」


「俺の言葉、信じるのか」


つい訊いた。


マルコはこっちを見ずに答えた。


「昨日、三つの小砦が消えました」


「消えたわけじゃない」


「我々から見れば、消えたんです」


そう言って、低木の陰へ身を沈めた。


俺も腰を低くした。

低くしただけで、太ももがつらい。


『直人さん、良いスクワットです♪』


「黙れ」


「使徒様?」


「何でもない」


迂回は、思ったより静かに進んだ。


マルコはよく動いた。

身体が大きいのに、枝を鳴らさない。泥を踏む場所を選んでいる。時々振り返って、俺が遅れていないか確認する。


ありがたい。

ありがたいが、確認されるたびに、情けない。


『敵斥候、左後方に回り込めています♪距離、およそ三十歩♪』


「マルコ、三十歩くらい」


マルコは頷いた。

手を二本立てて、兵を左右に分ける。


低木の隙間から、布の頭巾が見えた。

一人。

その奥に、二人。

さらに奥に、影。


こちらを待っている。

俺たちがまっすぐ来るのを。


背中を見た瞬間、変な感じがした。

敵にも背中がある。

当たり前だ。

けれど、当たり前のことが、こういう場所では妙に遅れて届く。


マルコが手を下ろした。


兵士たちが飛び出した。


「武器を捨てろ!」


声が一斉に重なった。


敵斥候が振り返る。

弓を持っていた男が、矢をつがえようとして、マルコに腕を押さえられた。

もう一人が短い刃物を抜いた。兵士二人が、盾で押し込んだ。


殺すより先に、潰す。

そんな動きだった。


一人が逃げた。


『左です♪根の張ったところで足を取られます♪』


「左! 根っこに気をつけろ!」


マルコが走った。

逃げた男は本当に、木の根に足を取られた。

倒れたところを、マルコが背中から押さえ込む。


「捕らえました!」


小隊長が声を上げた。


味方の負傷は、腕を浅く切った兵が一人。

敵斥候は、四人捕まった。二人は林の奥へ逃げた。


戦闘というには、短かった。

短かったが、俺の背中には汗が流れていた。


捕まった斥候たちは、手を縛られて座らされた。


顔は布で隠されていた。

そのうち一人の頭巾の下から、尖った耳の先が少しだけ見えた。


俺はそれを見た。

見て、すぐ地図に目を落とした。


『敵斥候捕縛、作戦成功です♪直進していた場合の損耗を回避できました♪』


カイラはいつも通りだった。


「そうだな」


声は小さかった。


マルコが腕を切られた兵士のところへ行って、布を巻いていた。


「浅い。大丈夫だ。今日の夕飯はお前の分の肉をもらう」


「なんでですか」


「俺が心配した分だ」


兵士が笑った。

痛そうにしながら、それでも笑った。


マルコも笑った。

本当に、よく笑う男だった。


その笑顔のまま、彼は捕虜のほうを見た。

一瞬だけ、目の色が変わった。


暗くなった、というほどではない。

ただ、奥に何か硬いものが見えた。


「こいつらが、また村を焼く前に捕まえられてよかった」


低い声だった。


「村?」


訊いてから、少し早かったかと思った。


マルコはこっちを見た。

それから、いつもの笑顔に戻した。


「俺の故郷です。北の村でした」


そこで一度、息を吸った。


「魔族に焼かれました。父も、母も、妹も。その時に」


言葉は、思ったよりも淡々としていた。

たぶん、何度も言ったことがある話なのだと思う。


「だから俺は軍に入りました」


マルコは捕虜のほうを見ないまま、笑った。


「神敵を止めるために」


俺は何か言おうとした。

何を言えばいいのか、分からなかった。


「それは……きついな」


口から出たのは、安い言葉だった。


マルコは首を横に振った。


「使徒様が来てくれました」


まっすぐな声だった。


「これで、終わりにできます」


終わり。


その言葉が、林の湿った空気の中で、少しだけ重く聞こえた。


俺はそれ以上、訊かなかった。

マルコも、それ以上は話さなかった。


前線本部に戻ると、兵士たちは捕虜を連れて行った。


小隊長がライナーに報告する。

敵斥候四名捕縛。味方軽傷一名。待ち伏せ回避。


ライナーは報告を聞いて、こちらを見た。


「よく気づいた」


「カイラが」


言いかけて、止めた。


「……地形が、少し気になったので」


ライナーは、それ以上、訊かなかった。

ただ、低く頷いた。


「マルコ」


「はっ!」


「使徒様をよく支えた」


マルコの顔が、ぱっと明るくなった。


「光栄であります!」


「明日からも側に付け」


「はっ!」


マルコは敬礼した。

敬礼があまりに勢いよくて、隣の兵士が少し笑った。


前線本部の空気は、昨日より少しだけ近かった。

敬意だけではない。

好奇心と、親しみと、少しの遠慮。


「使徒様、すごかったらしいな」


「待ち伏せを見抜いたって」


「マルコ、使徒様の側付きかよ。出世したな」


「うるせえ、羨ましいだろ」


マルコが笑い返す。


俺はその横で、どういう顔をすればいいのか分からず、軽く手を上げた。


それだけで、また何人かが笑った。


悪い笑いではなかった。


夜、テントに戻る前に、マルコが干し肉を半分くれた。


「戦場では食べられる時に食べるのが大事です」


「朝も聞いた」


「大事なことは何度でも言います」


「お前、意外と面倒くさいな」


「よく言われます!」


褒められたみたいに笑う。


そのあと、マルコは急に真面目な顔になった。


「使徒様」


「何」


「俺は、使徒様の戦いを最後まで見たいです」


「最後」


「はい」


マルコは北の空を見た。

旧国境線の向こう。

これから進む先。


「俺たちが、神敵を二度と村に来られないところまで押し返す。その日まで」


北の空は暗かった。

星は、地球より少しだけ多い気がした。


『良い方ですね、マルコさん♪』


カイラが小さく言った。


「ああ」


俺は頷いた。


マルコは良いやつだった。

明るくて、よく食べて、よく祈って、よく笑う。


だからたぶん、その奥にある硬いものも、正しいものなのだろう。

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ε(・Θ・。)з~『読了、お疲れ様でした〜♪ 楽しんでいただけた可能性が少しでもありましたら、下の☆☆☆☆☆評価やブックマークが有効です♪ 作者さんの継続率が上がります。たぶん♪』
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