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11/21

初陣 ── AI相棒の橋攻略! 夜明け前の奇襲でハルム橋を無傷確保!

ルメル河は、地図で見るより太かった。


いや、川に太いって言うのか。


でも、そう見えた。

南岸の低い丘から見下ろすと、水面が朝の光を受けて鈍く光っている。向こう岸まで、思ったより遠い。流れも速い。

真ん中に、石造りの橋が架かっていた。


ハルム橋。


名前だけ聞くと観光地っぽい。

実物は、観光地ではなかった。


橋の両端に木柵と土嚢。北岸側には小さな見張り塔。橋の中央あたりには、黒っぽい樽がいくつも積まれている。

たぶん、あれが橋を壊すための何かだ。


『火薬ではなさそうですね♪油と、楔と、たぶん橋桁を傷めるための工具です♪』


カイラが頭の上で、いつもの調子で言った。


「橋って、壊せるんだな」


『壊せますよ〜♪壊すのは作るより簡単です♪』


嫌な一般論だった。


マルコが隣で、河の向こうを睨んでいた。

今日は朝から笑っていない。昨日の林道の時と同じ、兵士の顔だった。


「あれを取れば、北へ進めるんだよな」


「はい。ハルム橋を押さえれば、荷駄も工兵も渡れます」


「落とされたら?」


マルコは少しだけ口を曲げた。


「渡し場を探して、舟を集めて、橋を架け直して……十日は止まるかと」


十日。


前線では十日が重いらしい。

会社なら十日遅延で会議が増えるだけだった。ここでは、たぶん食料と怪我人と敵の準備が増える。


──プロジェクト遅延の実害が重すぎる。


笑えなかった。


仮設の本部テントには、地図が広げられていた。


ルメル河。ハルム橋。南岸の低丘陵。東の浅瀬。西の古い渡し場。

地図の端に、昨日捕まえた斥候の供述が書き足されている。ソフィアの字だった。


ソフィアは机の脇で、資料を押さえていた。

まだ正式な情報分析士官という扱いではないはずなのに、もう完全にその仕事をしている。


「橋守備隊は三百前後。北岸に予備隊が五百。橋中央に破壊準備あり」


ライナーが短くまとめた。


将軍の一人が腕を組む。


「正面から押せば取れます。ただし橋を落とされる可能性が高い」


別の将軍が、地図の西を指した。


「西の古い渡しを使う手もあります。だが、浅くはない。夜間渡河は危険です」


『直人さん♪解析します♪』


カイラの光が、地図の上にふわりと落ちた。


視界の隅に文字が並んだ。


目標 ハルム橋の確保

正面突撃 成功率 62% / 橋損壊リスク 71%

西渡し単独渡河 成功率 38% / 溺死・分断リスク 高

偽装渡河 + 軽装隊背後遮断 成功率 78% / 橋損壊リスク 19%


『橋を落とされる前に渡れば、勝率はかなり上がります♪』


「それはそう」


つい口に出た。


ソフィアがこちらを見た。


「使徒様?」


「いや……橋を壊される前に、橋の向こう側も押さえるべきだと思います」


カイラが頭上で嬉しそうに一回転した。


『はい♪西の古い渡しを陽動に使います♪松明と空の筏を流して、敵さんの注意を西へ向けます♪実際に渡るのは東の浅瀬から軽装隊です♪』


「西の渡しを、陽動に使います」


地図の西を指した。


「松明と筏で、渡ってくるように見せる。敵の目をそっちへ寄せる」


将軍たちの顔が少し動いた。


「実際に動くのは東です。軽装隊で浅瀬を越える。橋の北側へ回り込んで、守備隊の退路と破壊準備を押さえる」


『橋中央の樽と工具を確保できれば、橋は残ります♪あと、南岸の本隊は夜明けと同時に前進です♪』


「夜明けと同時に南岸から本隊が前進します。橋の上の守備隊は前後を挟まれる。橋を落とす前に、降伏か撤退を選ばせる」


テントの中が静かになった。


ライナーが地図を見た。

ソフィアが息を止めているのが分かった。


「軽装隊は誰が率いる」


将軍の一人が言った。


ライナーが即答した。


「俺が行く」


「准将自らですか」


「橋を残すには、迷わず動く者が要る」


マルコが一歩前へ出た。


「自分も行きます」


「お前は使徒様の側付きだ」


「だから行きます。使徒様の目になります」


いや、待て。


俺は反射的に口を開きかけた。

止める言葉が出る前に、ライナーがマルコを見た。


「死ぬなよ」


「はい!」


返事が明るすぎた。


『マルコさん、士気が高いですね♪』


「高すぎるんだよ」


また独り言になった。


マルコがこっちを見て、にっと笑った。


「大丈夫です、使徒様。橋の向こうで手を振ります」


「それ、フラグっぽいからやめろ」


「旗を振ればいいですか?」


「そういう意味じゃない」


テントの中で、何人かが小さく笑った。

緊張が少しだけ緩んだ。


夜明け前の河は、黒かった。


空の端だけが、うっすら白い。

川霧が低く流れていた。水の音が、近い。


俺は南岸の丘に作られた仮設の指揮所にいた。

地図。伝令。小さな旗。ランプは布で覆われて、光を外へ漏らさないようにしてある。


ライナーとマルコは、もう東へ回り込んでいた。

見えない。

見えない場所で、川を渡っている。


──いや、俺、ここで待つだけか。


待つだけ。

でも、待つだけが思ったよりきつい。


『東浅瀬隊、移動中です♪水深、膝から腰程度♪想定内です♪』


カイラの声だけが、明るい。


「腰まで水って、想定内なのか」


『装備を軽くしてますから♪寒いとは思います♪』


「寒いで済ませるな」


西の渡し場で、松明が動き始めた。

筏らしき影が、川面にゆっくり押し出される。

実際には人を乗せていない。空の筏。松明と盾を立てて、人影のように見せている。


北岸の見張り塔から、鐘が鳴った。


低い音。

それが二度、三度。


「食いついたか」


ソフィアが息を殺して地図を見ていた。


『敵守備隊、西へ視線移動♪橋中央の作業員、動きが止まりました♪』


「西に食いついた」


伝令が短く復唱した。


俺は地図の東側を見た。


見えるわけがない。

でも、見てしまう。


『東浅瀬隊、渡河完了まであと少しです♪』


「少しってどれくらい」


『三分から五分です♪』


「その二分が一番長いんだよ」


『すみません♪』


手のひらに汗が出ていた。

地図の端が、少し湿った。


夜明けが来た。


光が、川面の黒を少しずつ灰色に変えていく。


その瞬間、北岸東側の林の奥で、白い布が三回、振られた。


合図。


伝令が叫んだ。


「東浅瀬隊、背後に到達!」


「南岸本隊、前進」


俺の声は思ったよりもちゃんと出た。


太鼓が鳴った。

南岸の兵士たちが、盾を並べて橋へ進む。

橋の上の守備隊が、ようやくこちらに向き直った。


その背後、北岸側の林から、ライナー隊が飛び出した。


距離がある。

人の顔までは見えない。

だが、動きは分かった。


守備隊が前と後ろを見た。

橋中央の樽に向かおうとした男がいた。


『橋中央、破壊担当、三名移動♪止めないと橋桁に楔が入ります♪』


「マルコ!」


叫んでから、届くわけがないと気づいた。


けれど、合図旗が動いた。

東側の小旗。

マルコが見ていたのか、ライナーが読んだのか、分からない。


北岸から走った兵が、橋中央へ駆け込んだ。

一人が樽を蹴り倒した。

もう一人が工具を抱えて、橋の欄干から下へ投げた。


「橋中央、確保!」


伝令の声が重なった。


『橋損壊リスク、19%から5%まで低下です♪』


「今は数字より結論でくれ」


『安全圏です♪』


「それでいい」


南岸本隊が橋へ入った。

北岸のライナー隊が、守備隊の後ろを押さえた。


橋の上の敵兵が、じりじりと狭い場所へ寄せられていく。

逃げ道は、北岸の東だけ空いていた。

昨日の小砦と同じだった。


残る理由をなくす。


「北東側を薄く」


俺は言った。


「退路を見せてください。押し込むより、橋から剥がします」


伝令が走った。


しばらくして、橋の上の敵兵が崩れた。

崩れた、というより、流れた。

北東へ。

そこだけ開いている場所へ。


マルコが橋の北側で、本当に手を振った。


小さすぎて顔は見えない。

でも、あの大きな動きは、たぶんマルコだった。


「……ほんとに振ってる」


『有言実行ですね♪』


カイラが楽しそうに言った。


その時だけ、少し笑った。


昼前には、ハルム橋は聖ヴァルディア軍の手に落ちていた。


落ちた、という言い方は変かもしれない。

橋は落ちなかった。

残った。


工兵たちが橋中央の樽を片付け、楔を抜き、石材の傷を確認している。

荷駄隊が南岸で待機し、騎兵が橋の向こうで列を整え始めていた。


「ハルム橋、確保!」


伝令の声が本部に響いた。


「橋の損傷、軽微! 荷車通行、夕刻までに可能!」


テントの中で、将軍たちがざわめいた。

ソフィアが胸の前で光の輪の印を切った。


「光の父ユィレオンに感謝を」


それから、こちらを見た。


「使徒様の兵法に、感謝を」


──いや、だから並べるな。


口には出さなかった。


ライナーが戻ってきたのは、昼を少し過ぎた頃だった。

濡れた外套を肩にかけ、髪の端から水が落ちていた。

顔はいつも通りだった。


「橋は取った」


短い。

本当に短い。


その後ろから、マルコが両手を上げて現れた。


「使徒様! 振りました!」


「見えたよ」


「本当ですか!」


「本当」


マルコは子供みたいに笑った。

その肩に泥と水がついていた。


「寒くないのか」


「寒いです!」


「だろうな」


「でも勝ちました!」


声が、まっすぐだった。


外で兵士たちの歓声が上がった。

橋の方角から、太鼓が鳴る。

使徒様、という声が、また混じった。


「使徒様!」


「軍師様!」


「ハルム橋を取ったぞ!」


歓声が、河の上を渡っていく。


俺はテントの外に出た。

南岸の丘から、橋が見えた。

橋の上を、青い旗が渡っている。


昨日まで地図の線だった場所に、今、人と荷車が通ろうとしていた。


『大成功ですね、直人さん♪』


カイラが頭の上でくるりと回った。


「ああ」


今度は、素直に頷いた。


勝った。

橋を、残して、勝った。


それはかなり、気持ちよかった。


夕方、橋のたもとで簡単な祈りが行われた。


従軍司祭が光の輪の印を掲げ、兵士たちが頭を下げる。

マルコも、真面目な顔で祈っていた。

ソフィアも、少し離れた場所で、深く頭を垂れていた。


俺は形だけ、頭を下げた。


祈りの言葉は、半分くらいしか聞いていなかった。

というより、聞いてもまだ、腹の中に落ちてこない。


「神は使徒を遣わし、我らに道を与えられた」


司祭の声が、河の音に混じった。


道。


橋が残った。

道ができた。

それは、今日の勝利として分かりやすかった。


祈りが終わると、マルコが隣に来た。

手には、また干し肉。


「使徒様、食べますか」


「お前、干し肉どれだけ持ってるんだ」


「戦場では食べられる時に食べるのが大事です」


「三回目だぞ」


「大事なことなので!」


俺は干し肉を受け取った。

硬い。

塩辛い。

でも、少しうまかった。


橋の向こうでは、兵士たちが青い旗を立てていた。

夕日が川に落ちて、橋の石を赤く染めている。


明日から、あの橋を越える。

もっと北へ行く。


「行けるな」


口の中で、小さく呟いた。


『はい♪行けます♪』


カイラがすぐに答えた。


マルコは聞こえていなかったはずなのに、同じように北を見ていた。


「行きましょう、使徒様」


その声が、妙に自然に聞こえた。


俺は干し肉を噛みながら、軽く頷いた。

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ε(・Θ・。)з~『読了、お疲れ様でした〜♪ 楽しんでいただけた可能性が少しでもありましたら、下の☆☆☆☆☆評価やブックマークが有効です♪ 作者さんの継続率が上がります。たぶん♪』
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