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12/21

死 ── 勝利の翌朝、AI相棒と戦場処理を任された件

翌朝、ハルム橋はまだ立っていた。


それだけで、少し気分がよかった。

昨日、あれだけ必死に守った橋が、朝の光の中で普通にそこにある。


石の欄干。

濡れた路面。

北岸に立つ青い旗。


勝った場所は、朝になると観光地っぽく見える。


いや、見えるはずだった。


実際には、そうでもなかった。


橋の上には、割れた盾が落ちていた。

折れた槍。黒く焦げた布。倒れた樽。踏み潰された矢。


それから、赤黒いもの。


最初は泥かと思った。

でも、泥にしては色が濃かった。


「血、か」


口に出すと、急に現実味が出た。


『はい。血液です』


カイラが、いつもより少しだけ声を落として言った。


いつもより、少しだけ。

本当に少しだけだった。


「見なくても分かるんだな」


『色、粘度、周辺の足跡、飛散方向から推定可能です♪』


「朝から解析が具体的」


『お役に立ちます♪』


それはそう。

それはそうなんだけど。


橋の下から、川の音が聞こえる。

昨日は勝利の音みたいに聞こえた。


今朝は、血を流している音みたいに聞こえた。


ライナーは北岸のたもとにいた。


兜を脱ぎ、腕を組み、橋の向こうとこちらを交互に見ている。

周囲では兵士たちが忙しく動いていた。


「軍師殿」


「はい」


「橋頭堡の整理を行う。見ておけ」


「俺もですか」


「次の戦のために必要だ」


次の戦。


もう次。

昨日勝ったばかりなのに、もう次。


ゲームなら勝利画面が出て、経験値が入って、宿屋で休んで、次の町だった。

ここには勝利画面がなかった。


あるのは、後片付けだった。


ライナーが短く指示を出す。


「負傷者を先に南岸へ送れ。橋中央の樽と工具を除去。工兵は桁を確認。捕虜は二列で集めろ。死者は……日が高くなる前に分ける」


死者。


その言葉だけ、耳に残った。


マルコが俺の隣に立った。

今日は干し肉を持っていない。


「使徒様、足元にお気をつけください」


「ああ」


「滑ります」


「血で?」


マルコは少し黙ってから、頷いた。


「はい」


変な確認をした。

でも、聞かないと歩けない気がした。


最初の死体は、橋の北側の土手にあった。


横向きに倒れている。

革の鎧。裂けた袖。土で汚れた髪。

顔は半分だけ見えていた。


寝ているようにも見えた。


でも、寝ている人間は、あんなふうに目を開けたまま動かない。


「……っ」


喉が詰まった。


吐くほどではない。

叫ぶほどでもない。


ただ、身体の奥が一段、冷えた。


『生命反応なし。死亡しています』


「分かる」


小さく返した。


分かる。

見れば分かる。


いや、見たくないから、分かりたくない。


マルコが俺の前に少し出た。


「使徒様、無理に近づかなくても」


「大丈夫」


大丈夫ではない。

でも、ここで戻るのも違う気がした。


死体は怖い。

気持ち悪い。


でも、これは戦場だから、たぶん、こういうものなのだろう。


そう思うしかなかった。


兵士たちは慣れていた。


いや、慣れているように見えた。


二人一組で死者を運ぶ。

味方は布をかけ、胸元の札を確認する。

敵は武器を外し、まとめて北側のくぼ地へ運ぶ。


従軍司祭が味方の亡骸の前で祈りを捧げていた。

別の司祭は、敵の死体にも短く印を切っている。


「神敵にも祈るんだな」


思わず呟いた。


マルコが少しだけ顔をしかめた。


「祈るというより、穢れを残さないためです」


「そういうものか」


「そういうものです」


マルコの声は硬かった。

でも、怒っているほどではなかった。


そういうもの。


便利な言葉だ。

俺も、さっき使った。


味方の兵士が一人、布の上に寝かされていた。

その少し先に、敵兵が転がっていた。


鎧の形と紋章が違う。

それ以外は、あまり変わらない。


顔色も、手の形も、口元についた泥も。


どちらも、ただ動かなかった。


「使徒様」


ソフィアの声がした。


振り向くと、彼女は板ばさみの書類を抱えて立っていた。

顔色は悪い。

それでも字はきれいだった。


「戦死者名簿の確認を行っています。軍師府にも控えが必要です」


「軍師府」


まだその言葉に慣れない。


「はい。味方の戦死、重傷、行方不明。敵の戦死、捕虜、逃走方向。橋の損傷。使用可能な荷車。すべて、次の行軍判断に関わります」


死体も、書類になる。


そう思った瞬間、少しだけ見やすくなった。


少しだけ。


嫌な楽になり方だった。


『直人さん、戦場処理の優先順位を整理します♪』


カイラが頭の上でくるりと回った。


『一、負傷者搬送。二、橋の破壊準備物除去。三、橋桁安全確認。四、死者の身元確認。五、捕虜集約。六、北岸の防御線再構築です♪』


「リストにすると仕事っぽいな」


『仕事です♪』


「だよな」


仕事。


そう考えると、息がしやすくなった。


エンジニア時代、障害対応のあともそうだった。

まず影響範囲。

次に暫定対応。

それから原因確認と再発防止。


死人は出ない。

血も出ない。


そこは全然違う。


でも、混乱しているものを項目に分ける感じだけは似ていた。


「ソフィア大尉」


「はい」


「名簿を三つに分けられますか。確認済み、未確認、行方不明。あと、負傷者は搬送先ごとに別で」


ソフィアの目が少し開いた。


「搬送先ごと、ですか」


「はい。後で誰がどこにいるか探すの、たぶん大変なので」


『とても大変です♪』


カイラが同意した。


「それと、橋の作業に回した人数も記録してください。死者と負傷者だけ見ると、動ける人数を間違えます」


言いながら、自分でも少し驚いた。


これ、俺が言っていいやつなのか。


ソフィアはすぐに頷いた。


「承知しました。使徒様のご指示として整理します」


「いや、そんな大げさな」


「使徒様のご指示です」


強い。


書記官みたいな顔で、信仰が強い。


ソフィアは近くの兵士を呼び、短く指示を出した。

兵士たちの動きが少し変わる。


名前を読み上げる者。

札を確認する者。

負傷者の搬送先を記す者。

捕虜の列を数える者。


混ざっていたものが、少しずつ列になっていく。


『良い整理です♪混乱損失が減ります♪』


「混乱損失って言い方、嫌だな」


『でも減ります♪』


「ならいいか」


いいのか。


たぶん、いい。


昼前には、橋の上から樽と工具が片付いた。


工兵隊長が、泥だらけの顔で報告に来る。


「橋桁、使用可能です。西側の石積みに浅い傷がありますが、荷車の通行に問題なし」


ライナーが頷いた。


「今日中に先遣二千を渡す。夕刻までに北岸土塁を築け」


「はっ」


数字が飛ぶ。

命令が飛ぶ。

人が動く。


その横で、死体も動く。


死体は自分では動かない。

誰かが運ぶ。


それが、変に目についた。


マルコが一人の味方兵のところで足を止めた。

布をかける前に、顔を見たらしい。


「ベルド」


小さな声だった。


「知り合いか」


「昨日、火の番を代わってくれました」


マルコはそれだけ言うと、胸の前で光の輪の印を切った。


顔は笑っていなかった。

でも、泣いてもいなかった。


次の瞬間には、別の兵士と一緒に亡骸を持ち上げていた。


俺は何も言えなかった。


言えないまま、手元の板に線を引いた。


確認済み。

ベルド。

第七槍兵隊。


名前を書くと、人間が一行になる。


一行になると、運べる。


そういうものなのかもしれない。


午後、北岸のくぼ地に土がかけられた。


敵兵の死体がまとめて埋められていく。

味方の亡骸は、南岸の野営地へ運ばれる。


扱いは違う。

でも、土の色は同じだった。


「使徒様」


マルコが戻ってきた。

袖に泥がついている。

手も汚れていた。


「大丈夫か」


聞いたのは俺のほうだった。


マルコは少し意外そうな顔をして、それから笑った。


「大丈夫です。食べられる時に食べるのが大事ですから」


「そこでそれに戻るのか」


マルコは腰の袋から、干し肉を出した。


持ってた。

今日は持ってないと思ったのに、持ってた。


「使徒様もどうぞ」


「今日それ食べられるかな」


言った直後、腹が鳴った。


ひどいタイミングだった。


マルコが目を丸くして、それから大きく笑った。


「食べられます!」


「決めるな」


でも、受け取った。


硬い。

塩辛い。

昨日と同じ味だった。


血の匂いがまだ鼻に残っている。

土の匂いも、煙の匂いも残っている。


それでも、干し肉の味は分かった。


食べられる。


なら、たぶん大丈夫だ。


夕方、ハルム橋の北側には新しい土塁ができていた。


低い。

粗い。

でも、こちら側のものだと分かる。


青い旗は二本に増えていた。

橋の上を、最初の荷車がごろごろと渡っていく。


その音を聞いて、兵士たちが小さく歓声を上げた。


勝った後の仕事が、勝ちを本物にしていく。


ライナーが隣に立った。


「軍師殿」


「はい」


「よく整理した。明日の行軍が楽になる」


「俺というより、ソフィア大尉と兵士たちが」


「指示したのはお前だ」


またそれだ。


でも、今日は反論する元気があまりなかった。


「……はい」


そう答えると、ライナーは短く頷いた。


カイラが頭の上で小さく跳ねる。


『直人さん、橋頭堡整理、成功です♪』


「成功、か」


『はい♪損耗後の再編と渡河継続判断、たいへん良好です♪』


「言い方が固い」


『軍師っぽくしました♪』


「そこは寄せなくていい」


笑いかけて、少しだけ息が抜けた。


北岸の土はまだ新しい。

その下に何があるかも、さっき見た。


でも、橋は残った。

荷車は渡った。

兵士たちは進む準備をしている。


それが今日の結果だった。


死体は怖い。

気持ち悪い。


でも、戦場には死体がある。

勝ったあとにも、仕事がある。


たぶん、そういうものなのだ。


俺は干し肉の残りを噛みながら、二本に増えた青い旗を見上げた。

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ε(・Θ・。)з~『読了、お疲れ様でした〜♪ 楽しんでいただけた可能性が少しでもありましたら、下の☆☆☆☆☆評価やブックマークが有効です♪ 作者さんの継続率が上がります。たぶん♪』
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