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13/21

同志 ── 有能すぎる情報分析士官ソフィア、AI相棒の戦術解析を加速させる

翌朝、俺の机は紙に占領されていた。


地図。

名簿。

補給表。

捕虜尋問の記録。

斥候の報告。

橋の修理予定。


あと、何に使うのか分からない木札が十数個。


戦場で一番怖いのは剣でも矢でもなく、紙の山かもしれない。


いや、昨日の死体より怖いは言いすぎだ。

でも、かなり怖い。


「使徒様、朝食であります!」


入り口からマルコの声がした。


「入っていいぞ」


「失礼します!」


マルコは盆を持って入ってきた。

豆の煮込み。パン。干し肉。


干し肉、またある。


「お前、その干し肉はどこから湧くんだ」


「腰袋です!」


「答えになってるようで、なってない」


マルコは笑って、盆を机の端に置こうとした。


置く場所がない。


紙がある。

全部、紙。


「……使徒様」


「何だ」


「机が戦場です」


「俺もそう思ってた」


『紙面戦線ですね♪』


カイラが頭の上で光った。


「変な前線を増やすな」


マルコは不思議そうに首を傾げたが、もう慣れたのか、何も聞かなかった。


ライナーが来たのは、朝食の途中だった。


片手に細い木筒を持っている。

後ろには、ソフィアがいた。


いつもの軍服。

髪はきっちりまとめられている。

目の下に少しだけ疲れがあるのに、背筋はまっすぐだった。


「軍師殿」


「はい」


ライナーは木筒から羊皮紙を抜き、机の紙山の上に置いた。


置く場所がなくて、少し傾いた。


「北方軍本部命令だ。ソフィア大尉を、本日より軍師府付の情報分析士官とする」


「情報分析士官」


口の中で繰り返した。


言葉が急に現代っぽい。

でも、この世界の軍務としてはたぶん真面目な役職なのだろう。


「軍師府って、本当にあるんですね」


ライナーは無表情で答えた。


「お前のいる場所がそうだ」


「雑に創設された」


「戦場の組織は必要になってから名前がつく」


妙に説得力があった。


ソフィアが一歩前に出た。

胸の前で光の輪の印を切り、それから深く頭を下げる。


「使徒様。ソフィア大尉、本日より軍師府付としてお仕えいたします」


「よろしくお願いします」


「使徒様の御言葉を、軍務に耐える形へ整えます」


「御言葉って言い方、やめません?」


ソフィアは真剣に考えた。


本当に真剣に考えた。


「では、使徒様のご指示を」


「だいぶ近づいた」


『改善ですね♪』


「お前は採点しなくていい」


ライナーが紙山を見た。


「ちょうどいい。片付けろ」


「俺に言いました?」


「軍師府に言った」


言い逃れできない言い方だった。


片付けは、片付けではなかった。


ソフィアはまず、机の上を六つの山に分けた。


地図。

捕虜尋問。

斥候報告。

補給。

橋と道路。

死傷者と搬送。


それから書記兵を二人呼び、空いた箱を三つ持ってこさせた。


「確認済み、要確認、重複の疑い。この三箱へ」


「はっ」


書記兵が背筋を伸ばした。


俺はパンを片手に、その作業を見ていた。


速い。


紙の角が揃う。

紐が結ばれる。

木札に小さな字が書かれる。

地図の端に、報告時刻が足される。


雑多な紙の山が、情報っぽい何かに変わっていく。


『データ整形がとても上手です♪』


カイラが嬉しそうに言った。


「やっぱりそれ大事なんだ」


『すごく大事です♪入力が整うと、推定精度が上がります♪』


「AIっぽい」


『AIっぽいです♪たぶん♪』


カイラは胸を張るみたいに、小さな胸びれを広げた。


イルカに胸を張られても、胸がどこかよく分からない。


ソフィアがこちらを見た。


「使徒様、何か気になる点が?」


「いや、ソフィア大尉の仕事が速いなと」


彼女は少しだけ目を伏せた。


「恐縮です」


本当に恐縮している顔だった。

褒められて嬉しい、より先に、畏れ多いが来ている。


距離感が難しい。


昼前、捕虜尋問の記録が机の中央に並べられた。


十枚。

同じような紙なのに、書かれている内容は少しずつ違う。


「敵の後退先は北街道」


「東の森へ移動」


「西の古い倉庫に荷を集める」


「北の砦には行かない」


「北の砦へ集まる」


「これ、ぐちゃぐちゃですね」


俺は正直に言った。


『証言の矛盾がありますね♪』


「だよな」


カイラの光が、紙の上をふわふわ泳ぐ。


『情報不足です♪このままだと、後退路推定の確度が低いです♪』


「カイラでも無理か」


『無理というより、あてずっぽうになります♪』


「それは無理と言うんだよ」


ソフィアが紙を一枚持ち上げた。


「使徒様。これは矛盾ではないかもしれません」


「え」


「捕虜の所属が違います。こちらは橋守備隊。こちらは北岸予備隊。こちらは補給荷駄の護衛です」


ソフィアは紙の上に、小さな木札を置いていった。


橋。

予備。

補給。


「橋守備隊は北街道へ退けと命じられています。予備隊は東の森へ散るよう命じられています。補給隊は西の倉庫へ荷を下ろす予定でした」


「全部、本当かもしれない?」


「はい。見ているものが違うだけです」


なるほど。


会議で部署ごとに別の真実が出てくるやつだ。


いや、戦場でそれをやるな。


『分類後の推定を更新します♪』


カイラの体が、地図の上で明るくなった。


『敵主力は北街道へ後退。補給隊は西倉庫を放棄しかけています。東の森は追撃を散らすための退避路、たぶん囮です♪』


「結論は?」


『西倉庫を先に押さえると、敵さんの再編が遅れます♪』


「そういうやつを最初にくれ」


『はい♪』


ソフィアが、すぐに地図の西側へ青い木札を置いた。


「西倉庫。ハルム橋から半日。荷車道あり。守備は薄い可能性があります」


「ライナー准将に伝令。西倉庫に軽装隊を出して、荷と道路を押さえる。北街道の追撃は深追いしない。東の森には斥候だけ」


言ったあとで、少しだけ心臓が跳ねた。


命令っぽい。


だが、ソフィアはもう書いていた。


「伝令。軍師府発。西倉庫確保を優先。北街道追撃は距離を保ち、東の森は斥候確認に留める」


「はっ!」


伝令が走った。


俺の雑な言葉が、また軍の言葉になって外へ出ていく。


怖い。


でも、今日は怖さより先に、少し気持ちよさが来た。


情報が揃って、線が繋がって、指示が出る。


パズルがはまる感じだった。


午後、斥候が戻った。


息を切らしているが、顔は明るい。


「報告! 西倉庫に敵補給荷、残存! 守備兵は少数。ライナー准将の軽装隊が確保しました!」


テントの中が、少しざわついた。


「北街道は?」


「敵主力は後退中。ただし速度は落ちています。荷を失い、隊列が乱れているとのこと!」


「東の森」


「焚き火跡のみ。敵影、少数です!」


ソフィアが地図の上の木札を動かした。

西倉庫に青。

北街道の赤は、少し薄い位置へ。

東の森には小さな斜線。


『推定一致です♪すごいです、ソフィアさん♪』


「俺じゃないな、今のは」


思わず口に出た。


ソフィアがこちらを見た。


「何か?」


「今のは、ソフィア大尉の分類がなかったら出なかったです」


ソフィアは一瞬、言葉に詰まった。


「私は、使徒様のご判断に必要なものを整えただけです」


「その、整えるだけ、が大事なんですよ」


言ってから、少し照れた。


何だ、この職場の先輩みたいなことを言う空気。


だが、ソフィアは笑わなかった。

真面目に、胸の前で光の輪の印を切った。


「光栄です」


重い。


褒め言葉の受け取り方が重い。


でも、悪い感じではなかった。


ライナーが戻ってきたのは、夕方近くだった。


鎧の肩に土がついている。

顔はいつも通りだったが、目だけ少し機嫌がよさそうだった。


「西倉庫を押さえた。乾燥豆、麦袋、矢束、荷車六台。敵は捨てて逃げた」


「よかった」


「よく読んだ」


ライナーがこちらを見る。


俺は反射的に、ソフィアを見た。


「ソフィア大尉の整理があったので」


「知っている」


ライナーは短く言った。


「だから付けた」


「最初から、そのつもりで?」


「お前は戦場を変な見方で見る。だが、言葉が雑だ。ソフィアはそれを軍が使える形にできる」


「雑」


「雑だ」


二回言われた。


マジか。


いや、否定はできない。


ライナーはソフィアへ視線を移した。


「よく支えた」


「はっ」


ソフィアの声が、少しだけ震えた。


怒られたわけではない。

褒められたのだ。


それでも彼女は、まるで神殿で宣告を受けたみたいに背筋を伸ばしていた。


「明朝、北進を再開する。軍師府は今夜中に北街道、東森、西倉庫の報告を一本にまとめろ」


「承知しました」


「軍師殿」


「はい」


「働け」


「はい」


返事が素直に出た。


紙の山が、また増える。


でも、朝ほど怖くはなかった。


夜、軍師用テントにはランプが三つ灯っていた。


一つは地図の上。

一つはソフィアの手元。

一つは俺の机。


マルコは入り口近くで、眠そうに槍を抱えていた。

眠いなら座れと言ったら、「側付きが寝ていたら格好がつきません」と返された。


いや、半分寝てるけどな。


ソフィアはずっと書いていた。


羽根ペンが紙を滑る音。

木札が地図の上で鳴る音。

遠くで荷車が軋む音。


昨日の血の匂いは、まだ少し残っている。

でも、今夜はインクの匂いのほうが強かった。


「ソフィア大尉」


「はい、使徒様」


「俺、たぶん、これからも雑な聞き方をします」


「はい」


即答だった。


「そこは少し否定してほしかった」


「使徒様は、大きく見ておられます。言葉が、軍務の型に収まらないだけです」


「言い方がうまい」


「本心です」


まっすぐ言われた。


少し困った。


「なら、その……翻訳、お願いします」


ソフィアは手を止めた。


そして、ゆっくり頭を下げた。


「はい。使徒様の目となり、筆となり、必要であれば盾となります」


「盾はいいです。危ないので」


「では、筆を主に」


「それでお願いします」


少しだけ、ソフィアが笑った。


本当に少しだけだった。

でも、初めて見た気がする笑い方だった。


『良いチームですね♪』


カイラが、地図の上でくるりと回った。


「チーム」


口の中で繰り返す。


使徒様。

軍師殿。

神の選んだ者。


呼び名はいろいろ増えた。

どれも、まだしっくり来ない。


でも、机の向こうにソフィアがいて、入り口にマルコがいて、頭の上にカイラがいる。

紙の山は、少しずつ地図と命令に変わっていく。


一人で座っているよりは、ずっといい。


部下というには頼りすぎている。

信者というには、仕事ができすぎる。


たぶん、仕事の同志というやつに近い。


『情報室、稼働開始ですね♪』


カイラが楽しそうに言った。


「情報室」


口の中で繰り返した。


「その名称、どこから出した」


『直人さんの語彙からです♪』


「だと思った」


ソフィアが首を傾げる。


「情報室、ですか」


「いや、今のは」


「分かりやすい名です。軍師府情報室。よろしいかと」


「採用されるのか」


ソフィアは真面目に、板の端へ小さく書き込んだ。


軍師府情報室。


あっさり名前がついた。


戦場の組織は、必要になってから名前がつく。

ライナーの言葉を思い出す。


なら、たぶん、必要になったのだ。


俺は地図の上の青い木札を見た。

北へ進む道が、一本ではなく、何本もの線になって見えていた。


その線を読むための目が、今日から増えた。

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ε(・Θ・。)з~『読了、お疲れ様でした〜♪ 楽しんでいただけた可能性が少しでもありましたら、下の☆☆☆☆☆評価やブックマークが有効です♪ 作者さんの継続率が上がります。たぶん♪』
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