北進 ── AI相棒の分断進軍で小砦を次々無力化! アシュフォルト目前へ
ハルム橋を渡る軍隊は、思ったより遅かった。
馬。
荷車。
槍兵。
弓兵。
工兵。
従軍司祭。
それから、なぜか俺の乗る馬車。
「俺、歩いたほうが早くないですか」
「使徒様に歩かせるわけにはいきません」
マルコが真顔で言った。
「でも、馬車めちゃくちゃ揺れるぞ」
「道が悪いので!」
「元気に言えばいいと思ってるな」
馬車の車輪が石を踏んだ。
腰が跳ねた。
痛い。
王宮の馬車と違って、前線の馬車は乗り心地を捨てていた。
いや、最初から拾っていないのかもしれない。
『直人さん♪北岸進出、順調です♪』
カイラが頭の上でふわふわ泳いでいる。
揺れても、カイラは揺れない。
ずるい。
「順調って、これで?」
『はい♪予定より十八分遅れですが、橋梁通過時の渋滞としては軽微です♪』
「十八分を軽微と言える世界、強いな」
『橋が残っているので、とても強いです♪』
それは、たしかにそうだった。
昨日まで取った橋。
今日から通る橋。
勝ちが、道になっていた。
---
北岸の街道は、南側より狭かった。
木の根が道の端を押し上げている。
雨で削れた溝に、荷車の車輪が何度も引っかかる。
工兵が板を敷き、兵士が肩で押し、荷駄の馬が鼻を鳴らす。
軍隊というより、大規模な引っ越しだった。
ただし全員、槍を持っている。
ソフィアは馬車の中で板を膝に乗せていた。
揺れる車内で、よく文字が書けるなと思う。
「西倉庫から回収した麦袋は、第一荷駄隊へ編入済みです。矢束は弓兵隊へ。荷車六台のうち二台は車軸修理中」
「二台壊れてるんですか」
「放棄前に車輪を外そうとした形跡があります」
「嫌がらせが細かい」
「有効です」
ソフィアは淡々と言った。
有効。
そう言われると、急に腹が立ちにくくなる。
『敵さんも補給を守ろうとしていますからね♪』
「そりゃそうか」
敵にも都合がある。
こっちにも都合がある。
そのぶつかり合いを、カイラは俺の頭の上で解析し、ソフィアは紙の上でほどいていく。
「使徒様」
ソフィアが地図を示した。
「本日の進路上に、小砦が三つあります。北街道沿いの石塔砦。東の丘の見張り砦。西の荷駄道を押さえる木柵砦」
「三つ」
数字だけで面倒くさい。
『全部を攻める必要はありません♪』
カイラが地図の上へ降りた。
『石塔砦は街道を塞いでいますが、井戸が外です♪東の見張り砦は連絡用で、守備が薄いです♪西の木柵砦は補給道を押さえていますが、西倉庫を失ったので孤立しています♪』
「つまり?」
『一つずつ正面から殴るより、連絡を切って降伏か撤退を選ばせるのが速いです♪』
またそれだ。
倒すより、動かす。
潰すより、どかす。
カイラの戦い方は、だんだん分かってきた。
「ソフィア大尉。石塔砦は井戸を押さえる。東の見張り砦は連絡路を切る。西の木柵砦は、西倉庫が落ちたことを見せて北へ退かせる。これ、軍務の言葉にできます?」
「はい」
ソフィアはすでに羽根ペンを構えていた。
「第一、石塔砦の井戸を押さえ、砦内へ降伏勧告。第二、東見張り砦への伝令路を遮断。第三、西木柵砦には西倉庫陥落を示し、退路を北へ開ける」
「完璧すぎる」
「使徒様のご意図です」
「たぶん、半分くらいカイラの意図です」
『私は補佐です♪』
「その補佐が強いんだよ」
マルコが外から声をかけた。
「使徒様、伝令を出しますか!」
「出す。ライナー准将へ」
ソフィアが書いた命令を、丸めて紐で結ぶ。
伝令が馬を走らせた。
馬車の窓から、青い旗が北へ流れていくのが見えた。
---
昼前、石塔砦は白い布を掲げた。
井戸を押さえられたからだ。
戦闘はほとんどなかった。
井戸の周りを囲んだ槍兵を見て、砦の中の兵はしばらく怒鳴り、それから門を開けたらしい。
「石塔砦、降伏! 捕虜八十四! 味方損耗なし!」
伝令の声が本隊に届くと、兵士たちがざわっと沸いた。
「また使徒様だ」
「戦わずに砦を取ったぞ」
聞こえている。
馬車の中まで、普通に聞こえている。
──音量、もうちょい下げてくれ。
でも、悪い気分ではなかった。
味方損耗なし。
その言葉は、やっぱり強い。
東の見張り砦は、昼過ぎに無人になっていた。
連絡路を押さえられて、夜を待たずに逃げたらしい。
西の木柵砦は、夕方前に北へ退いた。
こちらは門を焼いていったので、工兵が少し文句を言った。
「魔族どもめ、最後まで面倒を残す」
兵士の一人がそう言った。
マルコも、その言葉には何も返さなかった。
俺も何も言わなかった。
門を焼くのは、敵なら普通にやる気がする。
俺でも、たぶんやる。
でも、ここではそれが「魔族ども」になる。
そういうものなのだろう。
深く考えると、馬車酔いが悪化しそうだった。
---
午後遅く、街道脇の村に入った。
入った、というより通った。
人がいなかった。
家はある。
畑もある。
井戸もある。
干し草を積んだ小屋もある。
でも、人がいない。
扉は開いている家と、閉じている家が半分ずつ。
炉には灰が残っていた。
水桶の縁には、まだ湿った跡がある。
逃げた直後。
そう見えた。
「魔族どもは逃げ足が速いな」
前を歩く兵士が笑った。
「使徒様が来ると聞いて、震え上がったんだろうよ」
別の兵士も笑った。
マルコは少し誇らしそうに胸を張った。
「当然です。使徒様の兵法は神敵を退けます」
「いや、俺が怖いわけでは」
「怖いと思います!」
「断言するな」
村の家の一つに、布が畳まれて置かれていた。
小さい。
子供用の服か、寝具か。
きれいに畳んだつもりで、端だけ少しずれている。
急いだのだろう。
俺はそれを見て、少しだけ口を閉じた。
『周辺に敵影はありません。退いた可能性が高いです♪』
カイラが言った。
「避難か」
「使徒様?」
ソフィアがこちらを見る。
「いや、ここにいた連中はどこへ行ったのかなって」
「アシュフォルト方面でしょう。都市へ逃げ込めば、まだ守られると考えるはずです」
「そうか」
「進軍を急げば、街道へ出る流れを押さえられます。武装した者が紛れる前に、道を取ることが重要です」
ソフィアの声は実務だった。
逃げる者の流れも、敵の動きも、地図の上では線になる。
言葉になると、少し見やすい。
俺は小さな布から目を離した。
「じゃあ、急いだほうがいいですね」
「はい」
深追いはしなかった。
今は、進む場面だった。
---
問題は、進みたくても荷駄が遅いことだった。
夕方、軍師府情報室は村の広場に広げられた。
つまり、机がない。
荷箱を二つ並べて板を置き、その上に地図を広げた。
ソフィアは普通に仕事を始めた。
強い。
「第二荷駄隊が半刻遅れています。第三工兵隊は石塔砦の井戸管理へ残置。西木柵砦の焼け門処理で、板材が不足しています」
「進めてるのに、後ろが詰まってる」
『はい♪前進速度が補給速度を上回っています♪』
「それ、良いことなのか悪いことなのか」
『短期的には良いです♪長期的には危険です♪』
「今は?」
『半日以内なら良いです♪』
「半日か」
ソフィアが地図に小さな印をつけた。
「今夜はこの村で補給を待ち、明朝に丘陵線まで進むのが妥当です。ただし、軽装隊だけは先行できます」
「軽装隊で次の街道分岐を押さえる」
言うと、カイラがくるりと回った。
『良いです♪敵さんの再集結を遅らせられます♪』
「ソフィア大尉、命令に」
「はい。軍師府発。主力は村にて補給整列。軽装隊は北東分岐まで先行。夜間は松明を少なく、夜明けには旗を多く掲げて本隊の前進と誤認させる」
「あ、そこまで言ってない」
「使徒様なら、そうされるかと」
「俺より俺の指示が速い」
『翻訳精度が上がっていますね♪』
「俺が入力元なのに置いていかれてる」
マルコが笑いをこらえている。
こらえきれていない。
「マルコ」
「はい!」
「笑ってるだろ」
「少しだけであります!」
「正直でよろしい」
伝令が走った。
村の広場に、また兵士たちの声が広がっていく。
空だった村に、聖ヴァルディアの旗が立った。
家の影に誰かがいるような気がして、一度だけ振り返った。
誰もいなかった。
---
翌朝、北東の分岐はすでに青い旗で埋まっていた。
軽装隊が夜のうちに押さえたのだ。
敵は本隊が来たと勘違いしたらしい。
夜明け前に小さな守備隊を下げ、街道脇の荷を置いて北へ退いた。
「北東分岐、確保! 敵荷駄、麦袋二十七、予備弓三十、矢束百二十!」
伝令が叫ぶ。
兵士たちが声を上げた。
「使徒様!」
「軍師様!」
「道が開いたぞ!」
道。
また道だ。
昨日まで敵の土地だった場所に、こちらの道が増えていく。
カイラが地図の上で、青い光をぴこぴこと置いた。
『石塔砦、確保♪東見張り砦、無力化♪西木柵砦、撤退誘導♪北東分岐、確保♪たいへん順調です♪』
「言い方が実績解除っぽい」
『実績です♪』
「否定しにくいな」
ライナーが馬を寄せてきた。
「軍師殿」
「はい」
「このまま昼までに南丘陵へ入る。アシュフォルトが見える」
アシュフォルト。
次の大きな都市。
地図の上で、ずっと赤い丸だった場所。
そこが、見える。
胸の奥が少し熱くなった。
怖さもある。
でも、それより先に、進んでいる感覚が来た。
「行けますかね」
「お前が道を作った」
「俺というか、みんなで」
ライナーは少しだけ目を細めた。
「なら、みんなで行く」
その言い方は、ずるい。
反論しにくい。
---
昼過ぎ、南丘陵に出た。
風が強かった。
草が波みたいに倒れ、青い旗がばたばたと鳴る。
その向こうに、都市が見えた。
灰色の城壁。
南門の塔。
遠くに光る水路。
壁の内側に、屋根がいくつも重なっている。
アシュフォルト。
地図の赤丸が、現実の街になっていた。
兵士たちが次々に丘へ上がり、声を失い、それから歓声を上げた。
「見えたぞ!」
「アシュフォルトだ!」
「使徒様が道を開いた!」
また、その声。
俺は馬車から降りた。
足元の草が柔らかい。
昨日の村の灰の匂いはもう遠い。
ここでは風と土の匂いがした。
ソフィアが隣に立つ。
板を胸に抱え、都市を見ていた。
「使徒様」
「はい」
「本日までの進軍、記録します。小砦三箇所無力化。街道分岐二箇所確保。補給荷の一部鹵獲。主力損耗、軽微」
「軽微」
「はい」
軽微。
数字にすると、きっと何人かはいる。
でも、昨日までの戦場を見たあとだと、その言葉の意味も少し分かる。
少ない損で、大きく進んだ。
それは、たぶん、良いことだ。
『直人さん♪アシュフォルト攻略準備、かなり有利です♪』
カイラが水色に光った。
「勝てる?」
『勝てます♪たぶん♪』
「そこはたぶんなんだな」
『いつも通りです♪』
いつも通り。
その言葉が、今日は頼もしく聞こえた。
俺は丘の上から、アシュフォルトの城壁を見下ろした。
遠くで、門の上の赤い旗が揺れている。
あそこを取れば、もっと北へ行ける。
もっと道が広がる。
兵士たちの歓声の中で、俺は小さく息を吸った。
「じゃあ、次だな」
『はい♪次です♪』
カイラが明るく答えた。
青い旗が、丘の上にまた一本立った。




