歓呼 ── AI相棒の同時制圧で大都市アシュフォルト陥落! 使徒様コールが止まらない
アシュフォルトは、地図で見るより大きかった。
いや、またそれか。
川も橋も砦も、だいたい地図より大きい。
でも、都市は本当に大きかった。
灰色の城壁が丘の下に広がっている。
南門の塔は二つ。壁の内側には屋根が密集していて、煙突から細い煙がいくつも上がっていた。
西側には街道が伸び、東側には水路が光っている。
水路。
ソフィアが地図を押さえた。
「アシュフォルトは水運の町です。南門、東の水門、西街道。この三つを押さえれば、都市内の移動と補給を大きく制限できます」
「三つ同時」
また数字だ。
でも、今回は分かりやすい。
『同時制圧が有効です♪一箇所だけ攻めると、防衛側が市内で兵を回せます♪三箇所を同時に押さえると、判断が割れます♪』
カイラが地図の上に、青い光を三つ置いた。
南門。
水門。
西街道。
「南門を正面から押して、水門を工兵で取って、西街道を軽装隊で塞ぐ」
俺はカイラの言葉を、自分の言葉にして口に出した。
ソフィアがすぐに羽根ペンを走らせる。
「南門へ主力を展開し、敵の視線を固定。工兵隊は東水門を夜明け前に奪取。軽装隊は西街道を遮断し、城外への撤退と増援を防ぐ」
「そう、それです」
言ってから、少しだけ心臓が鳴った。
都市を取る作戦。
俺がいま、都市を取る話をしている。
『市街戦を短くできます♪』
カイラが明るく言った。
「短いほうがいいよな」
『はい♪損耗も混乱も少なくなります♪』
損耗。
混乱。
便利な言葉だ。
でも、今日はその便利さに助けられた。
ライナーが地図を見て、短く頷いた。
「やる」
早い。
「え、もう?」
「遅らせる理由がない」
ライナーは将軍たちを見た。
「南門に主力。東水門に工兵二隊。西街道に軽装隊。軍師府は伝令を一つにまとめろ」
「はっ!」
将軍たちの返事が重なる。
地図の上の青い木札が、一斉に動いた。
その瞬間、身体の奥が熱くなった。
怖い。
でも、気持ちいい。
俺の出した線が、軍を動かしている。
---
夜明け前、丘の上は息を潜めていた。
南門の前には、聖ヴァルディアの主力が並んでいる。
旗はまだ低い。松明も少ない。
兵士たちは声を出さず、甲冑の金具だけが小さく鳴った。
東の水門へ向かった工兵隊は、地図の上では青い木札になっている。
西街道へ回った軽装隊も、細い青線だった。
現実では人間が走っている。
地図の上では線。
その差に、少し慣れてきている自分がいた。
「使徒様」
ソフィアが小さく言った。
「東水門、予定位置到達。西街道、配置完了」
「南門は?」
マルコが外を見て、にっと笑った。
「いつでも行けます」
カイラが水色に光った。
『同期良好です♪開始合図から三十秒以内に三箇所が動けます♪』
「三十秒」
「使徒様?」
ソフィアがこちらを見る。
「水門と西街道も、合図からほぼ同時に動ける。南門で大きく鳴らして、敵の目をこっちに寄せます」
「承知しました」
ソフィアが命令文を短く整える。
「軍師府発。南門の喇叭を合図に、三隊同時行動。主力は威圧、東水門は奪取、西街道は遮断」
伝令が走る。
息が浅くなる。
朝の空が、ゆっくり白んでいく。
ライナーが手を上げた。
喇叭が鳴った。
---
南門の前で、旗が一斉に上がった。
青い旗。
光の輪の旗。
槍の穂先。
兵士たちが声を上げる。
「聖ヴァルディアに光を!」
「使徒様に道を!」
やめろ、と思った。
少しだけ。
でも、その声で城壁の上が揺れた。
敵兵が南門へ集まる。
弓兵が壁上で動き、鐘が鳴る。
『東水門、動きます♪』
カイラの声が弾んだ。
「東水門、開始」
俺が口に出すと、ソフィアが地図へ青い木札を置き、伝令に短く告げた。
「東水門、開始」
伝令が復唱する。
しばらくして、東側から煙が上がった。
火ではない。
煙幕だ。
工兵が水路沿いの小門へ取りついたのだろう。
水門の鎖を切れば、内側の橋板が使えなくなる。
そこを押さえれば、城内の兵は東西を行き来しにくくなる。
地味だ。
でも、効く。
『西街道、遮断成功です♪荷車列、停止♪敵伝令、引き返しています♪』
「西街道も成功。敵の伝令が戻ってる」
「西街道、遮断成功」
ソフィアの声が、軍務の声になって伝令へ飛ぶ。
南門の敵兵は、まだこちらを見ていた。
東の煙にも、西の混乱にも、すぐには反応できていない。
『判断遅延、発生しています♪』
「敵が迷ってる。今なら押せる」
ソフィアが一瞬だけ息を飲み、すぐに頷いた。
ライナーが馬上で剣を抜いた。
「前進」
短い。
本当に短い。
だが、その一言で、南門前の兵が動いた。
盾が上がる。
槍が揃う。
太鼓が鳴る。
大きな何かが、前へ押し出された。
---
南門は、昼前に開いた。
正面から破ったのではない。
東水門を取られ、西街道を塞がれ、城内の守備隊が二つに割れた。
南門の内側にいた隊長が、孤立を悟って門を開けたらしい。
「南門、開門!」
伝令が叫んだ。
丘の上の空気が、一瞬止まった。
次の瞬間、歓声が爆発した。
「開いたぞ!」
「アシュフォルトが開いた!」
「使徒様!」
「軍師様!」
声が、地面から湧いたみたいだった。
俺は立ち上がっていた。
いつ立ったのか、分からない。
胸の奥が熱い。
喉の奥も熱い。
勝った。
まだ全部終わっていない。
分かっている。
でも、都市の門が開いた。
それは、どうしようもなく分かりやすい勝利だった。
『直人さん♪南門開門、作戦成功です♪』
カイラが頭の上で跳ねた。
「成功」
口に出した。
成功。
いい言葉だった。
---
市内へ入る時、俺はまた馬車に乗せられた。
「歩きます」
「使徒様は見える場所にいてください」
マルコが真面目な顔で言った。
「見世物じゃないんだが」
「皆が勇気づけられます」
そう言われると、返しにくい。
馬車は南門をくぐった。
門の内側には、石畳の道が伸びている。
左右には店。看板。閉じた窓。倒れた荷車。
城壁の内側なのに、妙に静かな通りもあった。
その一方で、広場のほうは騒がしかった。
聖ヴァルディア兵が青い旗を掲げ、従軍司祭が光の輪の印を高く掲げている。
「光の父ユィレオンに感謝を!」
司祭の声が響いた。
「使徒様に道を与えられた!」
違う。
道を与えたのは、俺ではない。
そう思った。
思っただけだった。
声が大きすぎた。
熱が強すぎた。
「使徒様!」
「使徒様!」
兵士たちが手を上げる。
俺は馬車の上から、片手を上げた。
その瞬間、歓声がさらに大きくなった。
耳が痛い。
でも、嫌ではなかった。
嫌ではないどころか。
かなり、気持ちよかった。
---
市庁舎前広場には、すでに青い旗が立っていた。
石造りの大きな建物。
正面に広い階段。
扉の上には、知らない紋章が彫られている。
その紋章の下に、聖ヴァルディアの旗が掛けられた。
「市庁舎を占領行政本部とします」
ソフィアが板を抱えて言った。
「占領行政」
また重い言葉が出た。
「捕虜、倉庫、井戸、水路、門、市の記録。すべて管理が必要です」
「市の記録」
市庁舎の中から、帳簿の束が運び出されていた。
家ごとの名簿なのか、税の台帳なのか、俺には分からない。
ただ、兵士たちはそれを紐で束ね、木箱へ入れていく。
広場の端には、武装解除された守備兵の列があった。
兜を外され、槍を集められ、二人ずつ座らされている。
名簿。
また名簿だ。
この町の者たちの姿は見えないのに、名前だけが先に押さえられていく。
変な感じがした。
でも、変な感じがしただけだった。
『市内制圧率、七十二パーセントです♪主要門と水門は確保済み♪残抵抗は小規模です♪』
カイラが明るく言った。
「まだ残ってるのか」
「使徒様?」
ソフィアがこちらを見る。
「いや、市内の抵抗です」
「はい。ただ、主力は崩れています。夜までにはおおむね鎮まるかと」
夜まで。
その言葉は、少し遠く聞こえた。
広場では司祭がまた声を上げている。
「神は使徒を遣わし、アシュフォルトの門を開かれた!」
兵士たちが応える。
「使徒様!」
「軍師様!」
閉じた窓の静けさは、歓声に押し流された。
俺は広場の中央を見た。
青い旗。
光の輪。
ひざまずく兵士。
市庁舎の階段。
それらが、一つの絵みたいに見えた。
たぶん、勝利の絵だ。
---
夕方、アシュフォルトの南門の上に立った。
風が強い。
城壁の外には、聖ヴァルディアの野営地が広がっていた。
城壁の内側には、屋根の連なりと細い煙。
遠くの水門には、青い旗が立っている。
西街道にも、青い旗。
市庁舎にも、青い旗。
青い旗ばかりだった。
「本日の戦果です」
ソフィアが隣で読み上げる。
「南門、確保。東水門、確保。西街道、遮断成功。市庁舎、確保。敵守備隊の主力は降伏または北へ撤退。味方損耗は、想定より軽微」
「想定より軽微」
「はい。市街戦を長引かせなかったためです」
市街戦を長引かせなかった。
それは、良いことのはずだ。
「使徒様の兵法です」
ソフィアが静かに言った。
「……みんなの仕事です」
今回は、前より少しだけ言いやすかった。
ソフィアは微笑んだ。
本当に少しだけ。
「はい。使徒様のもとで、皆が働きました」
そこに戻るのか。
でも、今日はもう、それでいい気がした。
下から歓声が上がる。
「使徒様!」
「アシュフォルトを取ったぞ!」
「光の父に栄光を!」
従軍司祭の鐘が鳴った。
街の屋根に、夕日が当たっていた。
赤い光の中で、青い旗が揺れている。
俺は城壁の上で、片手を上げた。
歓声がさらに大きくなった。
身体の奥が震えた。
怖さではない。
たぶん、高揚だった。
地図の赤丸だった都市が、今は足元にある。
俺の指示で、門が開いた。
カイラが笑い、ソフィアが記録し、ライナーが動き、兵士たちが叫んでいる。
「勝ったんだな」
小さく呟いた。
『はい♪勝ちました♪』
カイラが答えた。
その声も、下からの歓呼も、夕方の鐘の音も、全部が混ざった。
アシュフォルトの空に、青い旗が何本も揺れていた。




