集会 ── AI相棒の補給整理で軍が加速! 教母の集会で使徒様神話が止まらない
アシュフォルトが落ちた翌朝。
市庁舎で俺を待っていたのは、剣でも槍でもなかった。
紙の山だった。
本当に、紙の山だった。
市庁舎の一室に机が並び、地図が広げられ、補給表が積まれ、木箱が置かれ、紐で縛られた帳簿が壁際に積み上がっている。
都市を落としたら、次は書類が攻めてきた。
「使徒様、こちらが南門の通行表です」
ソフィアが一枚置く。
「こちらが東水門の使用許可。こちらが西街道の封鎖状況。こちらが捕虜の移送予定。こちらが倉庫の在庫です」
一枚。
一枚。
また一枚。
机の上が、あっという間に白くなった。
「昨日、アシュフォルト、落としたんですよね」
「はい」
「今日、なんで役所をやってるんですか」
「アシュフォルトを落としたからです」
正論が強い。
『占領直後は、情報と物流の同期が重要です♪』
カイラが頭の上でくるりと回った。
「同期って言うと、急に会社感が出る」
『都市運営は大きな業務システムです♪』
「言い方」
マルコが扉の横で胸を張った。
「使徒様、朝食であります!」
「ありがとう。置く場所ある?」
マルコは机を見た。
黙った。
「ないよな」
「膝の上でどうでしょう!」
「俺が? 飯が?」
「両方であります!」
元気だけで押してくるな。
パンと豆の皿を片手で受け取りながら、俺は地図を見た。
南門。
東水門。
西街道。
昨日、青い光が置かれた三つの場所。
今日は、全部が荷車の詰まりになっていた。
勝った場所が、そのまま仕事になる。
なるほど。
戦争、面倒くさい。
「南門に荷車が集中しています」
ソフィアが地図に木札を置いた。
「城内に入る荷、城外へ出る空荷、捕虜移送、負傷兵の搬送。すべて南門を使っているため、渋滞しています」
「渋滞」
異世界で聞きたくない単語だった。
『ボトルネックですね♪』
「それも聞きたくない」
カイラは水色の尾びれで地図を示した。
『南門は入城専用にして、空荷の退出は東水門へ回すのが良いです♪西街道はまだ安全確認が不足しているので、軽装隊と伝令だけに限定します♪』
「南門は入るだけ。空の荷車は東水門から出す。西街道はまだ細く使う」
俺が口に出すと、ソフィアがすぐに軍務の言葉へ変えた。
「南門を進入専用。東水門を退出路。西街道は伝令および軽装隊に限定。荷駄隊は時刻を分けて通行」
「あと、橋のほうは?」
『ハルム橋から来る荷車を三組に分けると待機時間が減ります♪第一組は食料、第二組は矢束と工具、第三組は医薬と布です♪』
「荷物の種類で分けるのか」
『はい♪目的地が違うので、最初から分けると仕分けが減ります♪』
それは分かる。
現代でも、荷物を全部同じ箱に入れたらあとで地獄を見る。
「食料、矢と工具、医薬と布。この三つで分ける。先に分けて持ってきたほうが、市内で迷わない」
ソフィアの羽根ペンが走った。
「承知しました。軍師府発、補給路再編命令としてまとめます」
ライナーが壁際で腕を組んでいた。
いつからいたのか分からない。
この人はたまに気配が薄い。
「それでよい」
「確認早いですね」
「昨日の勝ち筋と同じだ。入口を分け、敵の判断を割った。今日は味方の荷を分け、味方の混乱を減らす」
「なるほど」
自分でやったことを、人に説明されて理解する。
なんか変な気分だ。
『直人さんの指示、汎用性がありますね♪』
「俺の指示っていうか、お前の整理だけどな」
『質問が良いのです♪』
「褒め方が上手い」
ライナーが小さく笑った。
本当に少しだけ。
「軍師殿」
「はい」
「補給は戦だ。よく見た」
短い。
でも、胸に来た。
敵を倒した時より、少し違うところが温かくなった。
褒められ方にも種類があるらしい。
昼過ぎには、南門前の混乱が少しずつほどけた。
荷車の列が三つに分かれる。
食料の荷車には麦束の印。
矢と工具の荷車には黒い木札。
医薬と布の荷車には白い布。
門の前で怒鳴っていた兵士たちが、怒鳴る回数を減らした。
それだけで、かなり平和に見える。
「第一荷駄隊、通過!」
「食料は北倉庫へ!」
「空荷は東水門へ回せ!」
声が流れていく。
詰まっていたものが動くと、人間はそれだけで嬉しいらしい。
兵士たちの顔が明るくなっていた。
「おお、進むぞ」
「さすが使徒様の差配だ」
「昨日は門、今日は荷車か」
待て。
荷車で褒められるの、ちょっと地味では。
いや、地味だけど嬉しい。
かなり嬉しい。
マルコが俺の隣で笑った。
「使徒様、飯が早く届くようになりました!」
「それ、兵士には一番大事かもしれないな」
「はい! 腹が減ると祈りの声も小さくなります!」
「そこに繋がるのか」
従軍司祭が、南門脇で光の輪の印を切っていた。
「光の父ユィレオンに感謝を! 使徒様の知恵により、糧は滞りなく届く!」
糧。
パンのことをそう言うと、急に神聖に聞こえる。
俺が昨日まで見ていたのは、麦袋だったのに。
『支持反応、上昇しています♪』
カイラが明るく言った。
「変な指標を出すな」
『士気の上昇としては有用です♪』
「まあ、飯が来るなら士気も上がるか」
『はい♪飯は強いです♪』
そこは妙に人間っぽい結論だった。
夕方前、ソフィアが少し緊張した顔で来た。
板を胸に抱えている。
背筋がいつもよりさらにまっすぐだった。
「使徒様。今夜、南門外の大天幕で、光の声の集会が開かれます」
「光の声」
聞いたことがある。
教母エレノアの民衆運動。
王宮の式典には出ないが、民の集会には出る人たち。
「教母様が、アシュフォルトに到着されました」
「え」
本当に声が出た。
「教母様、来たんですか」
「はい。負傷兵への祈りと、勝利への感謝のために」
前線に来るタイプの偉い人だった。
いや、民の側の人という説明は、そういう意味だったのかもしれない。
「俺も行くんですか」
ソフィアは迷わず頷いた。
「ぜひに、とのお言葉です」
「ぜひに」
断れないやつだ。
『イベント発生ですね♪』
「ゲームっぽく言うな」
マルコが横から身を乗り出した。
「使徒様! 教母様の集会であります! これは、すごいことです!」
「マルコも行くのか」
「もちろんです!」
目が輝いていた。
ソフィアも、静かに目が輝いていた。
二人とも戦場では普通に頼れるのに、教母の話になると少し違う顔になる。
それだけ、すごい人なのだろう。
俺にとっては、手を包んで「四十年待っていた」と言った老婦人だ。
温かくて、優しくて、少し圧が強い人。
「分かりました。行きます」
ソフィアが、ほっとしたように息を吐いた。
「ありがとうございます」
礼を言われることなのか。
たぶん、そうなのだろう。
南門の外に、大きな天幕が立っていた。
白い布。
青い旗。
光の輪の紋章。
天幕の周りには、兵士、従軍司祭、荷駄隊、工兵、商人、志願兵らしき若者たちが集まっていた。
多い。
昨日の歓声も大きかった。
でも、今夜のこれは、別の熱だった。
戦場の勝利というより、祭りに近い。
焼いた麦の匂いがする。
湯気の立つ鍋がある。
負傷兵が毛布に包まれて座っている。
司祭たちが列を作って祈っている。
その奥に、低い壇があった。
エレノア教母は、そこにいた。
王宮で会った時と同じ、粗末な白い衣。
細い身体。
浅黒い肌。
深く皺の刻まれた顔。
ただ、集まった人々の目が、彼女を見るだけで変わった。
ざわめきが、祈りの静けさに変わっていく。
「教母様……」
ソフィアが小さく呟いた。
泣きそうな声だった。
マルコは胸の前で光の輪の印を切った。
俺も、少し遅れて真似した。
動きは、たぶん合っている。
『合っています♪』
「採点ありがとう」
カイラの声で少しだけ肩の力が抜けた。
エレノア教母が、ゆっくり顔を上げた。
大きな声ではない。
なのに、天幕の端まで届く声だった。
「光の父ユィレオンは、道をお開きになりました」
誰も声を出さない。
炎の音だけが聞こえる。
「十四年、閉ざされていた北への道が開きました。私たちはハルム橋を越え、アシュフォルトの門を開きました。光の父の導きによって」
その言葉だけで、兵士たちの背筋が伸びた。
自分たちのしたことを、誰かが大きな意味にしてくれる。
それは、かなり強い。
「そして神は、使徒を、私たちのもとへ送ってくださいました」
視線が集まった。
一斉に。
俺に。
やめてくれ。
とは言えない。
俺は、壇の脇に立たされていた。
見える場所。
また見える場所だ。
エレノア教母が、こちらへ手を伸ばした。
「私は、四十年、待っていました」
出た。
四十年。
相変わらず意味は分からない。
でも、この場の人たちは、その言葉だけで息を呑んだ。
ソフィアも。
マルコも。
ライナーまで、静かに目を伏せている。
「神は、待つ者を見捨てません。祈る者を見捨てません。戦う者を、見捨てません」
教母の声が、少し強くなった。
「使徒様は、勝利を示してくださいました。ならば、私たちは歩みます。恐れず、迷わず、約束された光へ」
約束された光。
約束の地、ではなかった。
少し言い方が違う。
まあ、たぶん同じような意味なのだろう。
今は、詳しく聞く空気ではない。
「使徒様!」
誰かが叫んだ。
すぐに、声が重なった。
「使徒様!」
「軍師様!」
「アシュフォルトの勝利を!」
「光の父に栄光を!」
天幕の空気が揺れた。
音が身体に当たる。
昨日の城壁の歓呼と同じで、同じではない。
昨日の勝利を喜ぶ声だけではなかった。
次も勝てると信じている声だった。
集会の途中で、箱が前へ運ばれてきた。
木箱。
布袋。
革袋。
商人らしき男たちが、それを司祭の前へ置いていく。
「北方軍へ麦百袋を」
「荷車十台を献じます」
「矢柄用の木材を三十束」
「負傷兵のために布を」
献金。
献品。
そういうものらしい。
王都にいる金持ちが遠くで決める話だと思っていた。
でも、実際には、こうして人の前で箱が置かれる。
置いた人間に拍手が起きる。
名前が呼ばれる。
名誉になる。
「すごいな」
思わず言った。
ソフィアが隣で頷いた。
「はい。勝利は、人の心を動かします」
「人の心」
『物資も動きます♪』
カイラがすかさず言った。
「現実的だな」
『大事です♪』
本当に大事だった。
荷車十台は、たぶんかなり強い。
そのあと、若い男たちが前に出た。
まだ兵士の動きではない。
背筋は伸ばしているが、緊張で肩が上がっている。
「志願兵です」
マルコが小声で言った。
「アシュフォルトの勝利を聞いて、来た者たちであります」
「もう?」
「早い者は、昨日の夜には南の宿営地へ」
早い。
噂の移動速度、速すぎる。
司祭が一人ずつ名を聞き、光の輪の印を切る。
若者たちは膝をつき、立ち上がる。
拍手が起こる。
「使徒様が勝利を示された!」
誰かが叫んだ。
「ならば、この戦いは正しい!」
天幕が揺れるほどの声が返った。
「正しい!」
「正しい!」
論理としては、かなり雑だ。
でも、熱としては強かった。
勝っている。
だから正しい。
正しい。
だからもっと勝てる。
そういう輪が、目の前で回っている。
俺はそれを、少し離れたところから見ているつもりだった。
でも、輪の中心に立っているのは、俺だった。
「使徒様」
エレノア教母が、俺を呼んだ。
天幕が静まる。
嫌な予感がした。
いや、悪い意味ではない。
たぶん、話せということだ。
「お言葉を」
来た。
やっぱり来た。
スピーチ。
無理。
会社の朝礼でも嫌だったのに、異世界の宗教集会でスピーチは難易度が高い。
『短くて大丈夫です♪』
カイラが言った。
「短く」
思わず口に出た。
ソフィアが小さく頷いた。
「はい。使徒様のお言葉なら、短くとも届きます」
プレッシャーを増やすな。
俺は一歩前に出た。
人が多い。
顔、顔、顔。
兵士。
司祭。
荷駄隊。
負傷兵。
商人。
志願兵。
みんな、こっちを見ている。
俺は息を吸った。
「俺は」
声が少し裏返った。
一瞬、終わったと思った。
でも、誰も笑わなかった。
むしろ、全員がさらに真剣になった。
それはそれで困る。
「俺は、ひとりで勝ったわけじゃありません」
静かだった。
「橋を守った人がいて、荷車を押した人がいて、門の前に立った人がいて、水門へ走った人がいて、怪我人を運んだ人がいて、祈った人がいる」
言いながら、昨日から今日までの顔が浮かんだ。
ライナー。
ソフィア。
マルコ。
工兵。
伝令。
名前も知らない兵士たち。
カイラは、俺の頭の上で光っている。
見えないけれど、いる。
「だから、次も勝てます」
口が、自然に動いた。
「みんなで動けば、道は開きます」
少しだけ間があった。
本当に少しだけ。
次の瞬間、天幕が爆発した。
「使徒様!」
「使徒様!」
「道は開く!」
「聖ヴァルディアに光を!」
拍手。
足踏み。
祈りの声。
音が一つの塊になって、身体へぶつかってきた。
俺は息を吐いた。
足が少し震えている。
でも、悪くない。
悪くないどころか、かなり気持ちいい。
エレノア教母が、俺の手を両手で包んだ。
あの時と同じ温かさだった。
「ありがとうございます、使徒様」
「いえ、その」
「あなたが来てくださった」
教母は静かに微笑んだ。
「それだけで、皆は前へ歩けるのです」
返事に困った。
でも、天幕の声が大きすぎて、困った顔もたぶん見えなかった。
集会が終わる頃には、夜になっていた。
南門の外には、火がいくつも灯っている。
荷車の列は、昼より整っていた。
志願兵たちは司祭の指示で名を記され、商人たちは献じた物資を荷札に分けていた。
さっきまで祈っていた熱が、そのまま仕事に変わっている。
それが少し、不思議だった。
「すごいですね」
俺が言うと、ソフィアはまっすぐ前を見たまま答えた。
「信じる者は、動きます」
「なるほど」
信じる者は救われる、ではない。
信じる者は、動く。
この世界では、そのほうが正しいのかもしれない。
マルコが干し肉を差し出してきた。
「使徒様、集会後の干し肉であります!」
「それ、いつもと違うのか」
「祈りの後なので、少しありがたいです!」
「便利だな、その理屈」
受け取った。
硬い。
ありがたくても硬いものは硬い。
『直人さん♪志願兵登録、暫定二百十三名です♪献納物資は荷車換算で二十八台分♪』
カイラが嬉しそうに報告した。
「一晩で?」
『はい♪勝利効果、とても大きいです♪』
「勝つと、人も金も荷車も増えるのか」
『増えます♪たぶん♪』
「そのたぶん、雑に頼もしいな」
でも、今日は頼もしさのほうが大きかった。
明日の補給は、今日より少し速く動く。
負傷兵には布が届く。
兵士には飯が届く。
新しい志願兵も来る。
勝ったことが、次に勝つための力に変わっている。
俺は南門の上を見上げた。
青い旗が、夜風で揺れていた。
その下で、誰かがまた叫ぶ。
「使徒様に道を!」
周りが応える。
「光を!」
俺は、軽く手を上げた。
歓声が返ってくる。
昨日より、少し慣れていた。
むしろ、少し誇らしかった。




