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17/21

祈り ── AI相棒の治安解析で放火未遂を阻止! ソフィアの祈りに名前を呼ばれた件

朝の市庁舎は、昨日より静かだった。


静かというより、みんな声の出し方を覚えた感じだった。


荷車の通行表。

捕虜の移送予定。

倉庫の鍵。

井戸番の交代。

負傷兵の搬送先。


書類仕事は相変わらず多い。


ただ、机の上で山になっていた書類が、少しずつ束に分かれている。


ソフィアの仕事だった。


「使徒様、こちらが本日の確認分です」


彼女が板を差し出した。


「昨日より少ないですね」


「同じ内容の報告をまとめました」


「ありがたい」


心から言った。


情報整理と書類整理ができる人は、本当にありがたい。


カイラは情報を整理できる。

でも、物理的な書類は触れない。


あまりのありがたさに拝もうとしたが、ソフィアにそんなことをすると本気で困られそうなので踏みとどまった。


『ソフィアさん、データ整理能力が高いですね♪』


カイラが机の上を泳ぐ。


「ほんとにな」


「使徒様?」


ソフィアが顔を上げる。


「いや、仕事が速いなと思って」


ソフィアは一瞬だけ目を伏せた。


「お役に立てているなら、光栄です」


その言い方が真面目すぎて、少し困る。


「役に立ってるどころじゃないです。ソフィア大尉がいなかったら、俺は書類仕事に負けてます」


「書類仕事に」


「はい。書類仕事に」


ソフィアは真剣に頷いた。


「では、書類仕事は私が引き受けます」


「頼もしすぎる」


マルコが扉の横から顔を出した。


「使徒様、朝食であります!」


今日も元気だ。


盆の上には、パン、豆の煮込み、薄い肉。

干し肉ではない。


「お、今日は干し肉じゃない」


「集会の献納で、肉が入りました!」


「勝利の味がする」


「はい! 少し柔らかいです!」


柔らかい。


その言葉だけで、兵站のありがたみが分かる。


朝食の途中で、伝令が駆け込んできた。


「西倉庫より急報! 夜明け前、倉庫裏で油壺と火打ち石を持った者を発見! 一名捕縛、二名逃走!」


パンを持った手が止まった。


「油壺と火打ち石」


「放火か」


ライナーが部屋の奥から言った。


本当にこの人は、いつの間にいるのだろう。


伝令が息を整えながら続ける。


「捕らえた者は武装あり。短剣、油壺、火打ち石を所持。言葉は少なく、名乗りません」


ソフィアの顔つきが変わった。


軍人の顔だった。


「西倉庫には、昨日の献納物資と矢柄用の木材があります」


「燃えたらまずいですね」


「はい。かなり」


かなり。


ソフィアがそう言う時は、本当にまずい。


『小規模抵抗です♪目的は倉庫焼失と補給遅延の可能性が高いです♪』


カイラが地図の西側へ降りた。


「敵の残りが、夜に倉庫を焼きに来た?」


『はい♪直接戦闘より効率が良いです♪』


嫌な効率だった。


「二人逃げたってことは、また来るか」


『来る可能性が高いです♪ただし同じ倉庫を正面から狙うとは限りません♪』


カイラは西倉庫、南の馬小屋、東水門脇の薪置き場に水色の点を置いた。


『燃えやすく、守備が薄く、混乱が大きい場所です♪』


「西倉庫、馬小屋、薪置き場」


俺はそのまま口に出した。


ソフィアがすぐに羽根ペンを取る。


「守備を三箇所へ分けますか」


「いや、見張りを増やすだけだと、たぶん空振りになる」


言いながら、カイラを見る。


カイラが嬉しそうに尾びれを振った。


『逃走者は、見張りが増えた場所を避けます♪だから見張りを見せる場所と、隠す場所を分けると良いです♪』


「西倉庫は見張りを増やして見せる。南の馬小屋と東の薪置き場は、隠れて待つ」


ソフィアのペンが止まらない。


「西倉庫は可視警備を増強。南馬小屋と東薪置き場に伏せ隊。油壺を持つ者を見つけても、すぐ追わず、退路を塞いで捕縛」


「追わないの、大事です」


『追うと市内に散ります♪』


「市内に散らすな。出口を塞ぐ」


ソフィアが頷いた。


「使徒様のご指示として、各隊へ」


ライナーが短く言った。


「出せ」


伝令が走った。


部屋の空気が、一気に戦場になる。


ただ、剣の音はない。

地図と命令書と足音だけだ。


カイラが水色に光った。


『直人さん♪これは治安戦です♪戦闘ではなく、火を出させない勝利です♪』


「火を出させない勝利」


分かりやすい。


今日は、それで行こう。


昼前、西倉庫の周りはわざと騒がしくなった。


兵士が多い。

槍も多い。

見張り台には弓兵。


誰が見ても、ここは固い。


そのかわり、南の馬小屋は静かだった。


馬の鼻息。

藁の匂い。

水桶の音。


俺は馬小屋の向かいにある小さな詰所で、地図を見ていた。


また見える場所ではない。

今回は隠れる場所だ。


ちょっと安心する。


マルコは入口の脇で槍を持っていた。


「使徒様、なんか狩りに似てますね」


「狩りしたことあるのか」


「村にいた頃は、罠を仕掛けました!」


「似てる?」


「餌を見せて、足跡を見るあたりが」


なるほど。


異世界の下士官、生活知識が強い。


『マルコさんの比喩、適切です♪』


「採点しなくていいけど、たしかに分かりやすい」


ソフィアが板を見ながら言った。


「西倉庫の目立つ警備を見て、逃走者が南へ回る可能性は高いと」


「その可能性が高いと思います」


ソフィアは少しだけ間を置いた。


「使徒様は、そうお考えですか」


「俺は」


地図を見る。


西倉庫。

南馬小屋。

東薪置き場。


昨日まで、ただの建物だった。

今日は、燃やされたら困る場所に見える。


「俺なら、警備が増えた場所は避けます」


ソフィアが頷いた。


「承知しました」


その頷き方が、いつもより柔らかかった。


カイラの言葉ではなく、俺の言葉として受け取ってくれたのかもしれない。


少し、嬉しい。


動きがあったのは、昼を少し過ぎた頃だった。


馬小屋の裏で、藁が不自然に揺れた。


俺には、ただ風に見えた。


でも、カイラが光った。


『二名です♪右の水桶裏、一名♪左の藁束裏、一名♪手元に油壺らしきもの♪』


「二人。水桶裏と藁束裏。油壺あり」


ソフィアが手を上げた。


声は出さない。


伏せていた兵士たちが、静かに動く。


マルコが入口を塞ぐ。


裏口には別の兵士。

屋根の影にも一人。


敵は、まだ気づいていない。


いや、敵というか。


武装した誰か。


黒い布を巻き、短い外套を着ている。

角は見えない。

耳も髪で隠れている。


俺には、種族までは分からなかった。


手に持っている油壺だけが、分かりやすかった。


『今です♪』


「今」


ソフィアの手が下りた。


兵士たちが一斉に飛び出した。


「動くな!」


「火打ち石を捨てろ!」


黒い外套の一人が逃げようとした。


だが、マルコが前に出る。


速い。


槍の柄で足を払った。


相手が転ぶ。

油壺が地面を転がる。


もう一人は裏口へ走ったが、そこにも兵士がいた。


短い揉み合い。

すぐに押さえ込まれる。


「捕縛!」


「火は出ていません!」


その報告で、詰所の中の空気がほどけた。


火は出ていない。


勝った。


派手ではない。

門も開かない。

歓声もない。


でも、倉庫も馬小屋も燃えていない。


それは、かなり大きい。


『成功です♪放火未遂、阻止しました♪』


カイラがくるりと回った。


「よし」


俺は小さく言った。


本当に小さく。


それでも、ソフィアには聞こえたらしい。


「はい。よいご判断でした」


「カイラの解析です」


「それでも、使徒様が口にされました」


またそれだ。


でも、今日は少しだけ、否定しきれなかった。


捕らえた二人は、すぐに連れて行かれた。


尋問。

身元確認。

分類。


そんな言葉が、ソフィアの板に並ぶ。


「分類って、何を分けるんですか」


「所属、年齢、役割、種族、危険度です」


「危険度」


「放火未遂ですので、高くなります」


それはそうだ。


書類の上では、かなり自然な話だった。


書記兵の机の端に、小さな札が三枚並んでいた。


魔族。

エルフ。

ドワーフ。


捕まえた者を、そうやって分けるらしい。


「倉庫が燃えなかったなら、今日は勝ちです」


そう言うと、マルコが大きく頷いた。


「はい! 馬も無事です!」


「馬も大事だな」


「馬がいないと荷車が動きません!」


戦争の重要人物に、馬が追加された。


『補給維持、成功です♪』


カイラが言う。


「今日は地味に勝ったな」


『地味な勝ちは、あとで大きく効きます♪』


いい言葉だった。


たぶん、今日はそれでいい。


夕方、南門脇の礼拝天幕へ行った。


行ったというより、ソフィアに誘われた。


「少しだけ、お時間をいただけますか」


そう言われて断れる人間がいるなら、かなり強い。


俺はそんなに強くない。


礼拝天幕は、大きな集会用の天幕とは違った。


低い。

静か。

布の壁に、光の輪の印が掛けられている。


奥には負傷兵が数人いた。

腕を吊った者。

脚に布を巻いた者。

顔色の悪い者。


従軍司祭が、小さな声で祈っている。


ソフィアは入口で足を止め、胸の前で光の輪の印を切った。


俺も真似した。


今日は、動きが少し自然にできた。


『上達しています♪』


「祈りに上達とかあるのか」


小声で言うと、ソフィアがこちらを見た。


「何か?」


「いや、手順を間違えなかったかなと」


「大丈夫です。綺麗でした」


綺麗。


祈りの動作を褒められた。


なんか照れる。


ソフィアは膝をついた。


俺も、少し遅れて膝をつく。


床に敷かれた布は薄い。

膝が少し痛い。


ソフィアは目を閉じた。


声は小さかった。


でも、近くにいる俺には聞こえた。


「光の父ユィレオン。今日も、私たちの命をお守りくださり感謝いたします」


祈りの言葉は、俺にはまだ少し遠い。


ただ、ソフィアの声は落ち着いていた。


戦場で命令を読む時とも違う。

教母の前で緊張していた時とも違う。


もっと、素の声に近い気がした。


「負傷した戦友たちに、痛みを和らげる光を。亡くなった者たちに、帰るべき道を」


戦友。


ソフィアはそう言った。


階級でも、兵種でもなく、戦友。


「今日、火を防いだ者たちに、静かな休息を。明日また歩く者たちに、倒れぬ足を」


俺は目を閉じた。


祈り方は分からない。


でも、負傷兵の息づかいは聞こえる。

外の荷車の音も聞こえる。

遠くで馬が鳴いた。


そういう音を聞いていると、祈りというものが少しだけ分かる気がした。


何かを変えるというより、今ここにいる人を数える感じだ。


「そして」


ソフィアの声が、少しだけ変わった。


「使徒様に、迷いなき目を。軍を導く言葉を。御身を守る光を」


俺は目を開けかけた。


使徒様。


ここでも、それだった。


俺ではなく、使徒様。


でも、そのあと、ソフィアはごく小さく続けた。


「北見直人様に、どうか安らかな眠りを」


息が止まりかけた。


名前。


いま、名前で呼ばれた。


祈りの中で。


胸の奥が、変なふうに温かくなる。


ずるい。


これは、かなりずるい。


天幕を出ると、夕日が城壁の上に残っていた。


赤い光。

青い旗。

石畳に伸びる影。


ソフィアは少し黙って歩いた。


俺も黙っていた。


何を言えばいいか、分からなかった。


先に口を開いたのは、ソフィアだった。


「先ほどは、失礼しました」


「え」


「祈りの中で、お名前を」


「いや、全然」


むしろ、嬉しかった。


と言うのは、さすがに直接すぎる。


「名前で呼ばれるの、久しぶりだったので」


言ってから、少しだけ照れた。


ソフィアが足を止める。


「そうなのですか」


「こっちに来てから、だいたい使徒様か軍師殿なので」


「……申し訳ありません」


「いや、謝ることじゃないです」


本当にそうだ。


彼女のせいではない。


ただ、名前を呼ばれたら、思ったより効いた。


ソフィアはしばらく考えていた。


真剣に。


報告書の分類より、もっと真剣に。


「北見直人様」


急に言われた。


「はい」


声が裏返りかけた。


ソフィアの頬が、ほんの少し赤くなった。


夕日のせいかもしれない。


たぶん、そういうことにしておく。


「今日のご判断で、倉庫と馬が守られました。負傷兵にも、明日食料が届きます」


「俺だけでやったことじゃないです」


「はい」


ソフィアは素直に頷いた。


「ですが、私は祈ります。皆が働けるよう、使徒様が立っていてくださることを」


「立ってるだけですか」


「立っていることは、大切です」


そう言われると、なぜか笑えなかった。


立っているだけ。


見える場所にいるだけ。


それが、誰かの支えになる。


この世界では、たぶん本当にそうなのだ。


「じゃあ、倒れないようにします」


「はい」


ソフィアが微笑んだ。


小さな笑みだった。


でも、正面から見ると、かなり破壊力があった。


「そのためにも、夕食は召し上がってください」


「急に現実的」


「空腹では、立っていられませんから」


「それはそうですね」


ソフィアが少しだけ笑った。


その笑みで、また少し困った。


夜、市庁舎の一室に戻ると、机の上にはまた書類があった。


放火未遂の報告。

捕縛者の身元確認。

倉庫警備の交代表。

負傷兵への食料配分。


そして、ソフィアの字で書かれた短いメモ。


「使徒様、本日は早めにお休みください」


その下に、小さく追記があった。


「北見直人様」


俺はしばらく、そのメモを見ていた。


『直人さん♪顔が赤いです♪』


「うるさい」


『体温上昇、軽微です♪』


「測るな」


カイラは楽しそうに宙を泳いだ。


外では、兵士たちの足音が続いている。

西倉庫のほうから、交代の声が聞こえた。

礼拝天幕では、まだ小さな祈りが続いている。


倉庫は燃えなかった。

馬も無事だった。

負傷兵には食事が届く。


そして、俺の名前を祈ってくれる人がいた。


それだけで、今日はかなり勝っている気がした。


「寝るか」


『はい♪睡眠は重要です♪』


「急に健康管理AIになるな」


メモを畳んで、机の端に置いた。


捨てる気には、ならなかった。



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ε(・Θ・。)з~『読了、お疲れ様でした〜♪ 楽しんでいただけた可能性が少しでもありましたら、下の☆☆☆☆☆評価やブックマークが有効です♪ 作者さんの継続率が上がります。たぶん♪』
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