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18/21

親愛 ── AI相棒の補給整理で軍が回る! ソフィアに「北見様」と呼ばれて心臓がもたない件

翌朝になっても、ソフィアのメモは机の端にあった。

捨てる理由がない。

いや、捨てない理由はある。かなりある。


「使徒様、本日は早めにお休みください」


その下に、小さく書かれた名前。

北見直人様。

何度見ても、そこだけ少し熱い。


『直人さん♪そのメモ、三回目です♪』


「数えるな」


『視線滞留時間も長めです♪』


「やめろ」


カイラは楽しそうに水色の尾びれを振った。

扉の外から足音がした。

俺は反射的にメモを裏返した。

何をしているんだ、俺は。


「失礼します」


入ってきたのは、ソフィアだった。

今日も軍服。髪はきっちりまとめている。

手には板と、布に包んだ小さな籠。


「おはようございます、使徒様」


「おはようございます」


声が少し硬くなった。自分でも分かる。


ソフィアは机の端を見た。

裏返したメモ。

見た。たぶん、見た。

でも何も言わなかった。


ありがたい。

いや、ありがたいけど、逆に恥ずかしい。


---


「本日の確認分です」


ソフィアが板を差し出した。


昨日より、さらに少ない。


「かなり減りましたね」


「同じ内容の報告をまとめました。急ぎでないものは、午後に回しています」


「神か」


言ってから、口を押さえた。

ソフィアが目を丸くする。


「いえ、すみません。ものすごく助かる、という意味です」


「光栄です」


本気で受け取られる。

危ない。褒め言葉にも、この世界の地雷がある。


『実務の神ですね♪』


「お前もややこしいことを言うな」


「使徒様?」


「いや、なんでもないです」


ソフィアは不思議そうにしながらも、板の上を指で示した。


「本日は、大きな戦闘予定はありません。北街道の補修、南門の荷駄整理、負傷兵の移送。それから、南倉庫の一部を仮収容所として使う件です」


「仮収容所」


聞き慣れない言葉だった。

ソフィアは淡々と続けた。


「昨日までの捕縛者と身元未確認者を、いったん一箇所へ集めます。名簿も増えます」


「また名簿か」


「はい。名簿がないと、食料も見張りも割り振れません」


それは、分かる。

名前がないと、飯も届かない。戦場で名前は大事だ。

昨日の祈りで、自分の名前を呼ばれたばかりだから、余計にそう思う。


「分かりました。まず、飯と見張りですね」


「はい」


ソフィアは頷いた。

そこで、布に包んだ籠を机の上に置いた。


「それと、使徒様の朝食です」


「あ、マルコじゃないんですね」


「マルコ伍長は南門へ出ています。荷駄隊の誘導です」


「あいつ、仕事してるな」


「よく働く方です」


籠の中には、丸いパンと薄いスープの入った小さな壺があった。

湯気が出ている。ちゃんと温かい。


「わざわざ持ってきてくれたんですか」


「昨日、早めに休むようお伝えしましたので。朝食も取られたほうがよいかと」


「完全に健康管理されてる」


「必要です」


即答だった。


「使徒様が倒れると、軍が困ります」


「軍が」


「はい」


少し間があった。

ソフィアは視線を落とした。


「私も、困ります」


壺の湯気が、やけに目立った。

カイラが頭の上で止まる。

止まるな。お前まで止まるな。


「食べます」


俺はパンを取った。

変な声になった。


---


午前中は、穏やかに忙しかった。

矛盾している。でも、本当にそんな感じだった。


誰かが叫ぶような急報はない。剣も鳴らない。火も出ない。

そのかわり、細かい仕事が切れ目なく来る。


「北街道のぬかるみ、板材追加」


「南門の荷車、十台単位で入場」


「負傷兵三十名、礼拝天幕から旧商館へ移送」


「仮収容所の見張り交代、三刻ごと」


ソフィアが整理し、俺が確認し、必要なところだけ直す。

カイラは地図の上で、荷車の流れを水色の線にして見せてくれる。

俺はそれを見て、言葉にする。


「北街道の板は、南門に近いところから敷いたほうがいいです。詰まる場所が門前なので」


「承知しました」


ソフィアが命令文へ直す。


「南門付近を優先して板材を敷設。北側は荷駄隊の通行後に順次補修」


「そう、それです」


「旧商館へ移す負傷兵は、先に水場を確保したほうがいいです。移してから水がないと揉めます」


「旧商館の井戸番を二名増員します」


「お願いします」


大勝利ではない。

でも、軍が動く。

昨日より少し詰まらず、昨日より少し早く、昨日より少し楽に動く。

それだけで、周りの顔が明るくなる。


「使徒様、南門の荷駄列、半刻短縮です!」


伝令が嬉しそうに報告した。


「半刻って、どれくらいですっけ」


「かなりです!」


「ざっくりだな」


でも、伝令は笑っていた。

その笑顔で、十分だった。


『小さな改善、積み重なっています♪』


カイラが言う。


「改善って、地味だけど気持ちいいな」


『はい♪勝ちやすくなります♪』


勝ちやすくなる。

その言い方は、かなり分かりやすかった。


---


昼過ぎ、ようやく机から離れられた。

ソフィアに、少し歩きましょうと言われたからだ。


休憩。

この世界にも、休憩という概念はあるらしい。よかった。


市庁舎を出ると、空気が少し温かかった。


石畳の道には、荷車の跡がついている。

南門のほうから、馬の声と人の声が聞こえた。

炊事場からは、煮込みの匂いが流れてくる。


戦場というより、大きな工事現場みたいだった。

ただし、みんな武器を持っている。


「使徒様、こちらです」


ソフィアが案内したのは、南門近くの炊事場だった。


鍋が三つ並んでいる。

豆。麦。肉の切れ端。

ありがたい匂いがする。


「ここで食べるんですか」


「はい。温かいうちに」


「また健康管理」


「はい」


堂々としている。

俺は負けた。


木の椀を受け取り、低い石に座る。

ソフィアも少し離れて座った。

距離がある。軍人としては自然な距離。

でも、昨日の名前呼びのあとだと、少し遠い。

いや、何を期待しているんだ俺は。


『期待値、上昇しています♪』


「黙れ」


「使徒様?」


「熱かっただけです」


スープはまだ飲んでいない。

嘘が雑だった。

ソフィアは椀を両手で持ったまま、少しだけ笑った。

見逃してくれたらしい。


---


「ソフィア大尉は、休みの日って何をしてたんですか」


なぜそんな質問をしたのか、自分でも分からない。

たぶん、普通の話をしたかった。

戦況でも、補給でも、祈りでもない話。


ソフィアは真面目に考えた。


「休みの日、ですか」


「はい」


「礼拝に行きます。祈祷書を書き写します。剣の稽古もします。あとは、軍務の勉強を」


「休みとは」


思わず言った。


ソフィアが瞬きをした。


「休みです」


「それ、俺の知ってる休みと違う」


「使徒様の故郷では、どのように休まれるのですか」


「寝ます」


「寝る」


「あと、だらだらします」


「だらだら」


ソフィアが真剣に繰り返す。

やめてくれ。急に俺の休日が罪深く聞こえる。


「何もしない時間、みたいなものです」


「何もしない」


「はい」


「それは……難しそうです」


「難しくないですよ。むしろ得意でした」


ソフィアは少し考え、それから小さく笑った。

本当に小さく。


「使徒様にも、そのような時間があったのですね」


「ありました。かなり」


「少し安心しました」


「安心?」


「使徒様は、いつも遠くを見ておられるので」


「見てるというか、見せられてるというか」


地図。報告。戦況。カイラの水色の線。

この世界に来てから、何かを見ない日はほとんどない。


「休みの日にだらだらする使徒様を想像すると」


ソフィアは椀を見つめた。


「少し、安心します」


「それ、安心するところですか」


「はい」


ソフィアはすぐに頷いた。


「困ったり、照れたりなさるのだと分かりますから」


「それくらい、普通にしますよ」


「昨日、お名前を呼んだ時も、そうでした」


「それは、まあ」


ソフィアは顔を上げた。


「北見直人様も、困るんだなと思いました」


椀が熱い。

いや、たぶん椀だけではない。


「名前、長くないですか」


何を言っているんだ、俺は。


ソフィアはまた瞬きをした。


「長い、でしょうか」


「呼びにくくないですか」


「では」


ソフィアは少し迷った。

迷って、声を落とした。


「北見様、とお呼びしても?」


心臓に悪い。本当に悪い。


「はい」


声がかすれた。


「嫌じゃないです」


「よかった」


ソフィアの表情が、ふっとやわらいだ。

その瞬間、炊事場のざわめきが少し遠くなった。


普通の恋愛っぽい。

ふと、そう思った。

いや、普通ではない。

相手は俺を使徒様と呼ぶ。俺の頭の上には、水色のイルカが浮いている。周りは占領したばかりの都市だ。


普通ではない。

でも、好きな人に名前を呼ばれて、心臓が変な動きをする。

そこだけは、かなり普通だった。


---


午後、仕事に戻ると、机の上に新しい束が増えていた。

仮収容者名簿。

書記兵が二人がかりで運んできた。


「本日追加分です」


「追加分」


「はい。南倉庫へ移した者の名です」


ソフィアが受け取り、確認済みの箱へ入れる。

俺は椅子に座り直した。


「食料は足りるんですか」


「今夜分は足ります。明日以降は、南門からの搬入次第です」


「じゃあ、南門を詰まらせないほうがいいですね」


「はい」


カイラが地図の南側へ降りる。


『南門の荷車列、午後から増えています♪炊事場と仮収容所への分岐を早めに分けると詰まりにくいです♪』


「炊事場行きと南倉庫行きは、門を入る前に分けたほうがいいです」


ソフィアのペンが走る。


「南門外で荷札確認。炊事場行きは東路、南倉庫行きは西路へ」


「それで」


「はい」


ソフィアが顔を上げた。

ほんの少しだけ、目が合う。


北見様。


さっきの声が、頭の中で勝手に再生された。

まずい。仕事中だ。


『集中度、やや低下しています♪』


「分かってる」


「使徒様?」


「いや、南門のことです」


ソフィアは少し首を傾げた。

たぶん、ばれている。

でも、彼女も何も言わなかった。


お互い、何も言わない。

それがまた、少し甘かった。


---


夕方、ライナーが軍師府に来た。

地図を見て、命令書を見て、俺とソフィアを見た。

何かに気づいたような顔をした。

やめてほしい。


「軍師殿」


「はい」


「顔が赤い」


直球だった。


「部屋が暑いので」


「窓は開いている」


ライナーは容赦がない。

マルコが後ろから入ってきた。


「使徒様、南門の荷駄整理、うまく回っております!」


助かった。

ありがとう、マルコ。


「炊事場行きと南倉庫行きを先に分けたので、門前が詰まりません!」


「よかった」


「あと、夕食も温かいです!」


「そこ大事だな」


「はい!」


マルコは胸を張った。

ライナーが短く頷く。


「よく整えた」


「ソフィア大尉の整理があったので」


「だろうな」


ライナーはそれだけ言って、ソフィアを見た。


「大尉」


「はい」


「軍師殿を食わせておけ」


「承知しました」


返事が早い。


「俺、そんなに食べてないように見えます?」


「見える」


三人に同時に言われた。


三人。

ライナー。ソフィア。マルコ。


ひどい。

いや、ちょっと嬉しい。


『人気者ですね♪』


「健康状態を心配されてるだけだ」


「使徒様?」


「なんでもないです」


ソフィアが、ほんの少し笑った。

その笑い方が、昼より近く見えた。


---


夜、南門近くの見張り台に上がった。

特に意味はない。

食後の散歩。

そういうことになっている。


ソフィアも一緒だった。


見張り台は高くない。

城壁の脇に作られた小さな足場で、二人立つと少し狭い。


下では、荷車がゆっくり動いている。

炊事場の火が赤い。

市庁舎には青い旗。

南倉庫の前には、見張りの松明。


アシュフォルトは、昨日より少し落ち着いて見えた。


「今日は、大きな戦いがありませんでしたね」


ソフィアが言った。


「ないほうがいいですよ」


「はい」


彼女は素直に頷いた。


「けれど、今日も勝ちました」


「そうですか」


「はい。食料が届き、負傷兵が移り、火も出ず、門も詰まりませんでした」


なるほど。

そう並べられると、たしかに勝っている。


「地味な勝ちですね」


「大切な勝ちです」


ソフィアの声は、静かだった。


「北見様」


また心臓が跳ねた。

不意打ちはよくない。


「はい」


「私は、使徒様をお支えしたいと思っています」


「はい」


「軍務として」


「はい」


「信徒として」


「はい」


ソフィアはそこで少し黙った。

夜風が、彼女の髪を少し動かした。


「それだけでは、ないのだと思います」


声が小さかった。

でも、はっきり聞こえた。


俺は見張り台の手すりを握った。

手汗がひどい。


「俺も」


言ってから、詰まった。

何を言えばいい。


現代日本の恋愛経験。

ないわけではない。

でも、異世界の軍服美女に見張り台でこんなことを言われる経験はない。

ない。あるわけがない。


『直人さん♪呼吸が浅いです♪』


黙っていてくれ。


「俺も、ソフィア大尉がいてくれると、安心します」


ソフィアがこちらを見る。


「軍務として、ですか」


さっきの返し。

ずるい。


「それだけじゃ、ないです」


言った。

言ったぞ。


心臓がうるさい。

下の荷車の音よりうるさい。


ソフィアは目を伏せた。

それから、胸の前で小さく光の輪の印を切りかけて、途中で止めた。

祈ろうとしたのかもしれない。

でも、今は祈りではなかった。

彼女は手を下ろした。


「嬉しいです」


短い言葉だった。

十分だった。


手すりの上で、俺の指とソフィアの指が少し触れた。

どちらもすぐには離さなかった。


ただ、それだけだ。

たぶん、それだけではなかった。


---

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ε(・Θ・。)з~『読了、お疲れ様でした〜♪ 楽しんでいただけた可能性が少しでもありましたら、下の☆☆☆☆☆評価やブックマークが有効です♪ 作者さんの継続率が上がります。たぶん♪』
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