拡大 ── AI相棒の退路遮断で小砦が次々降伏! 戦線も荷車も北へ伸びる
朝いちばんの仕事は、勝利報告を聞くことになった。
すごい言い方だと思う。
でも、本当にそうなっていた。
市庁舎の軍師府には、朝になると伝令が来る。泥のついた靴で階段を上がり、息を整え、板に挟んだ報告書を差し出す。
「北街道、第二中継所を確保」
「東丘陵の見張り台、降伏」
「西の荷橋、損傷軽微。通行可能です」
勝った。
また勝った。
今日も勝った。
言葉にすると、かなり雑だ。
でも、耳に入るたびに胸の奥が熱くなる。
『順調です♪』
カイラが地図の上を泳いだ。
アシュフォルトの北側に、水色の光が三つ、四つ、五つと増えている。
「順調すぎて、逆に落ち着かないな」
『怖くありません♪状況が整理されています♪』
「それなら助かる」
たぶん、落ち着かないのは俺だけだ。
ソフィアが板に報告を写している。
彼女の字はいつ見ても整っていた。戦場の報告なのに、机の上に置かれると急に仕事の顔になる。
「使徒様。本日までの確保地点です」
ソフィアが地図に木札を置いた。
北街道の中継所。
東丘陵の見張り台。
西の荷橋。
南倉庫から伸びる補給路。
青い木札が、アシュフォルトの外へ広がっていく。
「広がってるな」
思わず言った。
「はい。戦線が北へ広がっています」
戦線。
聞き慣れてきた。
聞き慣れていい言葉なのかは分からない。
でも、今は分かりやすい。
俺たちは勝って、進んでいる。
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ライナーが来たのは、その少し後だった。
灰色の外套に、泥が跳ねている。前線を見てきたのだろう。
部屋に入るなり、地図の前に立った。
「次だ」
早い。
「まだ朝ですよ」
「敵は待たん」
それはそうだ。
ライナーは北東の一帯を指した。
「ミルゼン小砦。東の石塔。西の古い荷橋。この三つをどう扱う」
「また三つ」
最近、三つセットが多い。
分かりやすいから助かるけど、地味に疲れる。
『正面から三つ落とす必要はありません♪』
カイラがすぐに光った。
ほら来た。
『ミルゼン小砦は街道を塞いでいますが、食料の搬入は西の荷橋頼りです♪』
『東の石塔は見張り用で、水場が南側にあります♪西の荷橋を押さえて、東の水場を封じると、ミルゼンは孤立します♪』
カイラが地図の上に、細い水色の線を引く。
小砦。
石塔。
荷橋。
それぞれを殴るのではなく、つながりを切る。
「西の荷橋を先に押さえる。東の石塔は水場を取る。ミルゼン小砦には、逃げ道があるうちに降伏を促す」
俺は言葉にした。
ソフィアのペンが走る。
「西荷橋を軽装隊で確保。東石塔の南側水場を封鎖。ミルゼン小砦へ降伏勧告。北への退路は残し、武装解除を条件とする」
「北へ逃がすんですか」
マルコが入口の横で言った。
今日は南門ではなく、軍師府に戻っている。肩にまだ荷駄場の埃がついていた。
「全部ここで戦うより、どいてもらったほうが早い」
「なるほど! 道が空きます!」
分かり方が素直で助かる。
『道が空くと、荷車も通れます♪』
「それが一番大事かもしれない」
ライナーが短く頷いた。
「やる」
また早い。
ソフィアが命令文をまとめ、伝令が走る。地図の上の木札が、また北へ動いた。
その動きを見るだけで、身体の奥が熱くなる。
昨日の見張り台で触れた指の熱とは違う。
これは、戦場が動く時の熱だ。
どちらも、かなり困る。
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昼前、西の荷橋は落ちた。
落ちたというより、守備兵が退いた。
軽装隊が橋の南側へ回り、北側に旗を見せたところで、橋番の兵は荷車二台を置いて逃げたらしい。
「西荷橋、確保! 橋梁損傷なし!」
伝令の声に、軍師府が沸いた。
「橋が無事なの、いいですね」
俺が言うと、ソフィアがすぐ頷いた。
「はい。橋を直す手間が省けます」
現実的。
でも、本当にそうだ。
次に、東の石塔から白い布が上がった。
水場を押さえられたからだ。
石塔の兵は半日も粘らず、武器をまとめて降りてきた。
「東石塔、降伏! 味方損耗なし!」
味方損耗なし。
この言葉は、何度聞いても強い。
マルコが拳を握った。
「使徒様、またです!」
「まただな」
また勝った。
そう言っていい空気だった。
午後には、ミルゼン小砦の門が開いた。
西の荷橋を失い、東の水場を取られ、北への道だけ残された小砦は、こちらの降伏勧告を受け入れた。
正面から攻めていない。
壁も壊していない。
火も出ていない。
それなのに、砦が一つ、地図の上で青くなる。
「ミルゼン小砦、武装解除! 捕虜百二十六!」
「やった」
思わず声が出た。
ソフィアがこちらを見る。
「はい、北見様」
小さな声だった。
周りには聞こえないくらいの声。
心臓に悪い。
でも、悪くない。
『勝利です♪』
カイラが頭の上で跳ねた。
「勝利だな」
今度は素直に言えた。
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ただ、勝つと仕事が増える。
これはもう、この世界の法則らしい。
夕方前、軍師府の机には報告が積み上がった。
ミルゼン小砦の武装解除。
捕虜の移送。
橋の見張り交代。
東石塔の水場管理。
荷車の通行表。
負傷兵の搬送。
それから、街道保護者名簿。
「はい。街道沿いで身元確認した者を、南倉庫へ移します」
ソフィアはいつもの声で言った。
「飯は足りますか」
「今夜分は。明日以降は、荷車の往復を増やす必要があります」
往復を増やす。
言い方は簡単だが、実際に走るのは荷車と馬と人だ。
『荷車数が不足しています♪』
カイラが地図の南側に水色の点を並べた。
アシュフォルト。
ハルム橋。
南の旧国境線。
さらにその南のガルシス砦。
点と点を結ぶ線が、長い。
前はもっと短かった気がする。
「荷車が足りない」
口に出すと、ソフィアがすぐに頷いた。
「はい。食料、矢束、医薬、捕虜移送、負傷兵搬送、橋材。すべて同じ荷駄隊を使っています」
「荷駄隊って、増やせないんですか」
「すぐには難しいかと」
真面目に返された。
「ですよね」
マルコが腕を組んだ。
「馬も疲れております!」
「馬も急には増えないか」
「増えません!」
分かってる。
でも言いたかった。
ライナーが地図を見たまま言った。
「市内の荷車を使う」
部屋が少し静かになった。
ソフィアが板を見る。
「商人組合から借り上げる形にできます。代価は軍票で」
「軍票」
また新しい言葉だ。
「後で王国が支払う証文です」
「なるほど」
現代日本人としては、ちょっと不安になる仕組みだ。
でも今は、それで荷車が増える。
「借りられるなら、借りましょう。食料と医薬を優先。矢と橋材は時間を分ける。捕虜と負傷兵は同じ便にしない」
言いながら、カイラの線を見る。
『良いです♪混載すると遅延と揉め事が増えます♪目的地ごとに分けましょう♪』
「行き先ごとに分ける。炊事場、礼拝天幕、南倉庫、橋材置き場」
ソフィアが命令文へ直す。
「市内荷車を軍票で借り上げ。食料と医薬を優先輸送。矢束、橋材は時刻を分ける。捕虜移送と負傷兵搬送は別便」
「それです」
ソフィアのペンが止まった。
少しだけ、目が合う。
仕事中だ。
分かっている。
でも、目が合うだけで少し楽になる。
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荷駄場は、夕方になっても騒がしかった。
南門の外に荷車が並び、兵士が札をつけ、荷駄隊が行き先を叫ぶ。
「炊事場行き、東側!」
「医薬は礼拝天幕へ!」
「南倉庫行きは西側に回せ!」
荷車の列が、少しずつ分かれていく。
昨日より列が長い。
でも、昨日より混乱は少ない。
それが、かなり嬉しい。
「使徒様、回っております!」
マルコが声を張った。
「見れば分かる!」
「はい! 見ていただきたく!」
元気だ。
荷駄隊長が走ってきた。
額に汗をかいているが、顔は明るい。
「軍師殿、商人組合の荷車、十五台出ました! あと十台、夜までに来ます!」
「助かります」
「助かるのはこっちです。列が分かれてりゃ、怒鳴る回数が減ります」
怒鳴る回数。
それは分かりやすい成果だった。
兵士たちも分かっているらしい。
「また使徒様の差配だ」
「荷車まで勝たせるのか」
「次は鍋も勝つぞ」
何に勝つんだ、鍋は。
でも、笑いが起きた。
笑いながら荷車が動いていく。
これは、かなりいい。
ソフィアが隣に立った。
「北見様」
小さい声。
すぐに背筋が伸びる。
「はい」
「今日は、よく召し上がってください」
「そこですか」
「はい。明日も、地図を見るお仕事がありますから」
彼女の顔は真面目だった。
でも、目元が少しだけ笑っている。
「分かりました。食べます」
「よろしいです」
よろしいらしい。
軍師なのに、食事で許可をもらっている。
いや、悪くない。
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夜、軍師府に戻ると、勝利報告がまた増えていた。
西荷橋、確保。
東石塔、降伏。
ミルゼン小砦、武装解除。
北街道、通行可能。
その下に、補給報告。
荷車二十五台、追加。
食料便、二便増。
医薬便、一便増。
橋材、翌朝へ延期。
勝った分だけ、報告が増える。
報告が増えた分だけ、次の仕事が見える。
面倒だ。
でも、嫌ではなかった。
地図の青い札は、朝よりずっと北へ広がっている。
アシュフォルトはもう、落とした都市ではなく、次へ進むための場所になっていた。
「広がりましたね」
ソフィアが言った。
「はい」
俺は地図を見た。
青い札。
水色の線。
荷車の印。
小さな旗。
全部が、少しずつ北へ伸びている。
「勝ってるな」
小さく言った。
『はい♪勝っています♪』
カイラが答える。
ソフィアは俺の声を聞いて、静かに頷いた。
「使徒様の進軍は、さらに北へ」
また使徒様だ。
でも、今日はその言葉を否定しなかった。
北見様と呼ぶ声も、使徒様と呼ぶ声も、どちらも同じ人から出ている。
それが少しだけ、嬉しかった。
下の広場から歓声が上がる。
「ミルゼンが開いたぞ!」
「使徒様!」
「北へ道が伸びた!」
俺は窓辺に立ち、片手を上げた。
歓声がさらに大きくなる。
前より、手を上げるのが自然になっていた。
それが、少し誇らしかった。




