数 ── AI相棒の包囲戦術で民兵拠点攻略! 増え続ける戦果報告を処理する
最初のうち、数字はありがたかった。
荷車二十五台。
食料便二便。
医薬便一便。
捕虜百二十六。
数で出されると、分かりやすい。
多いのか、少ないのか。
足りるのか、足りないのか。
昨日より増えたのか、減ったのか。
会社でも、そうだった。
売上、工数、残チケット、ページビュー、ユニークユーザ数、クリック率。
表に数字が入ると、とりあえず会議は前に進む。
この世界でも、そこはあまり変わらない。
ただ、朝の軍師府で渡された報告書には、見慣れない項目が増えていた。
「北街道北東、ラウム谷に敵民兵が集まっています」
ソフィアが読み上げる。
「兵は、千五百から二千ほど。倉庫が並んでいます。谷の西側には荷を抱えた者たちの群れ。東側には木柵。北へ抜ける山道があります」
「民兵」
俺は地図を見た。
ラウム谷。
アシュフォルトから北東へ伸びる街道の脇にある、浅い谷だ。
聖ヴァルディアの地図では、そのあたりから先は魔王国領と塗られている。
カイラが水色の光を三つ置いた。
『敵さんは、街道を止めるつもりですね♪倉庫群があるので、そこを拠点にしています♪』
「正面から行くと?」
『谷が狭いので、兵が詰まります♪味方の被害も増えます♪』
嫌な言い方だ。
でも分かりやすい。
ライナーが腕を組んだ。
「では、どうする」
『逃げ道を押さえるのが良いです♪』
カイラが谷の北、東、南に線を引いた。
『北の山道を押さえます♪東の木柵は燃やさず囲みます♪南の街道は開けておいて、武器を置いた人だけ通します♪』
「北の山道を押さえる。東の木柵は燃やさず囲む。南の街道は開けておく」
俺は口に出した。
ソフィアがすぐに命令文へ直す。
「北山道を軽装隊で封鎖。東木柵を弓兵と盾兵で包囲。ただし火攻めは禁ずる。南街道に退路を残し、武器を捨てた者のみ通す」
「火攻め禁止」
マルコが少し意外そうな顔をした。
「燃やすと、倉庫も道も使えなくなる」
「なるほど! 勝ったあとに困ります!」
「それです」
カイラが頭の上で回った。
『倉庫の中身も使えます♪道も残ります♪』
言っていることは明るい。
内容は戦争だ。
もう、その差にも慣れてきた。
ライナーは地図を見て、短く頷いた。
「やる」
伝令が走る。
木札が動く。
また作戦が始まった。
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ラウム谷の報告は、昼前から次々届いた。
「北山道、封鎖成功!」
「東木柵、包囲完了!」
「南街道、武器を捨てた者が出始めました!」
軍師府の空気が明るくなる。
正面からぶつかっていない。
火も出していない。
道も倉庫も残っている。
勝ち方としては、かなり綺麗だった。
「使徒様、また道が通ります!」
マルコが嬉しそうに言った。
「まだ途中だ」
「はい! ですが、これは通ります!」
この男の明るさは、たまに予言みたいに当たる。
午後には、その通りになった。
「ラウム谷、敵主力が武器を置きました! 倉庫群、確保!」
伝令が叫んだ。
部屋の中から、声が上がる。
「よし!」
「北街道が伸びるぞ!」
「使徒様の策だ!」
違う。
カイラの解析と、ソフィアの命令文と、ライナーの実行力と、兵士たちの足だ。
そう思った。
でも、口には出さなかった。
ソフィアがこちらを見る。
「北見様」
小さな声だった。
「はい」
「お見事でした」
それは反則だ。
使徒様でも軍師殿でもなく、北見様で褒められると、受け取り方が分からなくなる。
「みんなの仕事です」
なんとか言った。
ソフィアは少しだけ微笑んだ。
「はい。皆の仕事です」
その言い方が、今日は少しだけ柔らかかった。
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夕方、戦果報告が届いた。
いつものように、書記兵が机に板を置く。
ソフィアが確認し、ライナーが立ったまま読む。
「聖ヴァルディア側の被害、四百九十七」
四百九十七。
多い。
だが、前線の将校たちは表情を崩さなかった。
「敵兵の戦死、推定千五百八十。捕虜四百十二」
千五百八十。
四百十二。
数が続く。
「倉庫群、七棟確保。食料、麦袋換算で二千六百。矢束、約九百。荷車三十一」
おお、と声が上がった。
麦袋二千六百。
荷車三十一。
こちらは分かりやすく、ありがたい数だった。
「武器を持たぬ者の死傷、二千三百四十一。南倉庫へ移した者、千二百四。焼けた家、七十三」
そこで、少しだけ部屋が静かになった。
二千三百四十一。
俺はその数を見た。
さっきまでの数と同じように、板の上に並んでいる。
同じ黒い字。
同じ大きさ。
でも、目がそこで止まった。
二千三百四十一。
多い。
多い、と思った。
それ以上の言葉は、すぐには出てこなかった。
「民兵が混じっていた」
誰かが言った。
将校の一人だったと思う。
「谷では、鍬を置いた手で弓を取る。誰が武器を持つか、見ただけでは分からん」
別の将校が頷く。
「それでも、倉庫と街道を確保できたのは大きい」
会議が続く。
俺は反論しなかった。
反論する言葉がなかった。
そもそも、何に反論すればいいのかも分からなかった。
『直人さん』
カイラが、いつもより少し近くで光った。
『今回の作戦で、武器を持たぬ者の死傷は二千三百四十一です。でも、北街道は確保できました♪』
「……うん」
声が小さくなった。
『止まると、次の谷でも同じことが起きます。補給と移送を先に決めましょう♪』
その言葉で、少しだけ息が戻った。
考える順番を変える。
今ここで必要なのは、粥と荷車と見張りだった。
俺は顔を上げる。
「次の補給です」
ソフィアが、すぐ筆を構え直した。
「はい」
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そこからの会議は早かった。
ラウム谷に見張りを置く。
倉庫の麦を三つに分ける。
捕虜は南倉庫へ移す。
負傷兵は旧商館へ。
街道沿いから移した者たちには、まず粥を配る。
報告は、また作業に戻った。
「麦袋二千六百のうち、八百は前線用。六百は負傷兵と、街道沿いから移した者たち用。残りは南門倉庫へ」
俺が言うと、ソフィアが書く。
「前線八百、救護六百、南門倉庫へ残余」
「捕虜と街道沿いから移した者たちは、同じ列にしないほうがいいです。揉めます」
「移送列を分けます」
「焼けた家の分は、板材と布を先に」
「板材、布、井戸番を追加」
言葉にすると、動き出す。
さっきまで板の上に並んでいた数が、荷車と粥と見張りに変わっていく。
少し楽になる。
かなり楽になる。
『良い整理です♪』
カイラが明るく言った。
「そうか」
『はい♪次の手が打てます♪』
次。
この世界に来てから、いつも次がある。
次の橋。
次の砦。
次の荷車。
次の勝利。
次があるなら、進むしかない。
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夕方前、南門の近くに大鍋が並んだ。
麦粥。
薄いスープ。
水桶。
布束。
朝の報告書に並んでいた数が、鍋と桶と荷車になっていく。
「救護列、こちら!」
「南倉庫行きは西側へ!」
「負傷兵の搬送、先に通せ!」
声が飛ぶ。
荷車が動く。
書記兵が名を呼び、兵士が木札を渡し、炊事係が椀を並べる。
全部が整っているわけではない。
怒鳴り声もある。泣き声もある。列も曲がっている。
それでも、動いていた。
「使徒様、粥の列、回っております!」
マルコが大鍋の横から手を振った。
「鍋も勝ったか」
「勝っております!」
何にだ。
でも、少し笑えた。
ソフィアが隣で板を確認する。
「前線用の麦袋八百、搬出済み。救護用六百、炊事場へ。南門倉庫への残りも、夜までには入ります」
「いいですね」
「はい」
ソフィアは頷いた。
「先ほどの数、ちゃんと配れているようです」
その言い方はソフィアらしかった。
でも、今は分かる気がした。
板の上にあった数が、粥と荷車になっていく。
それなら、見ていられる。
「このまま回しましょう」
「承知しました」
ソフィアの返事が、すぐ隣で聞こえた。
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夜、軍師府の窓から外を見た。
広場には、今日も青い旗が立っている。
兵士たちがラウム谷の勝利を話している。
荷車が増え、倉庫から麦袋が運ばれている。
「ラウム谷が通ったぞ!」
「使徒様!」
「麦が入った!」
歓声は、昨日より少し疲れていた。
それでも、確かに明るかった。
ソフィアが隣に来た。
「北見様」
「はい」
「お疲れですか」
「少し」
正直に言った。
ソフィアは何も言わず、小さな木杯を差し出した。
薄いスープだった。
「食べるほどではないと思いまして」
「健康管理が細かくなってる」
「必要です」
即答だった。
俺は受け取った。
温かい。
「ありがとうございます」
「はい」
ソフィアは地図を見た。
「今日も、勝ちました」
「はい」
勝った。
ラウム谷を押さえた。
倉庫も取った。
北街道も伸びた。
補給も組み直した。
数は多かった。
でも、勝った。
俺は木杯を両手で持ったまま、窓の外を見た。
「明日も、勝ちましょう」
自分で言ってから、少し驚いた。
ソフィアが静かに微笑む。
「はい、使徒様」
今は、その呼び方でもよかった。
広場の歓声が、また少し大きくなる。
俺は窓辺で片手を上げた。
兵士たちが叫ぶ。
「使徒様!」
「北街道に光を!」
胸の奥に、まだあの数は残っていた。
けれど、目の前にはもう次の地図があった。




