手順 ── 黒松丘も東渡しも即制圧!神授AIで戦場報告を即処理
軍師府の朝は、だんだん早くなっていた。
夜明け前に伝令が来る。
ソフィアが板を受け取る。
書記兵が地図に木札を置く。
ライナーが腕を組んで、短く言う。
「読め」
最初に聞いた時は怖かったその声にも、今は少し慣れた。
慣れた、というより、次に何をすればいいか分かるようになった。
「北街道、六つ目の道標まで通行可能。東の渡しに敵斥候。黒松丘に見張り火。荷駄隊、昨夜から二刻遅れ」
ソフィアが読み上げる。
俺は椀を置いた。
中の麦粥は、まだ半分残っている。
「黒松丘って、どこですか」
「こちらです」
ソフィアが地図の端を指した。
低い丘。
街道から少し外れている。
その東に浅瀬。
北に小砦。
きれいに並んでいた。
嫌なくらい、分かりやすい。
『敵さん、こちらの荷駄を見ていますね♪丘の火で北小砦へ知らせるつもりです♪』
カイラが水色の尾で、丘と小砦を結んだ。
「火を消す」
俺が言うと、ライナーが少しだけ眉を動かした。
「早いな」
「見張り火を消せば、北小砦への知らせが遅れます。東の渡しには弓兵を置く。丘は、正面から登らず、裏の獣道から」
言ってから、自分でも少し驚いた。
カイラが答える前に、だいたい口に出ていた。
『はい、だいたい合っています♪丘の裏道は傾斜が緩いです♪軽装隊なら回れます♪』
「足すなら?」
『東の渡しに弓兵だけ置くと、夜に抜けられる可能性があります♪槍兵を少し足すと安定します♪』
「じゃあ、弓兵と槍兵を少し」
ソフィアの筆が走った。
「黒松丘へ軽装隊を迂回。見張り火を制圧。東渡しに弓兵、槍兵を配置。北小砦への伝令路を遮断」
ソフィアが言うと、それだけで作戦として形になる。
俺の口から出た時は、ただの思いつきみたいだったのに。
ライナーが頷いた。
「やる」
伝令が走る。
マルコが扉の横で背筋を伸ばした。
「使徒様、今日も早いです!」
「俺が早いんじゃなくて、みんなが早いんです」
「では、みんな早いです!」
「雑だな」
「勝てばよしです!」
よしなのか。
ソフィアが小さく笑ったので、まあいいかと思った。
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昼前、黒松丘はこちらが押さえた。
「黒松丘、確保! 敵見張りは北へ撤退!」
伝令の声が入った瞬間、部屋の空気が少し軽くなった。
「東渡し、弓兵配置完了! 敵斥候、後退!」
地図に青い札が増える。
「北小砦、旗の応答なし! 伝令路、遮断成功!」
また一枚、青。
青い札が増えると、兵士たちの声が明るくなる。
これも、もう見慣れてきた。
地図の上では、小さな丘が一つ青くなっただけだ。
でも、その丘のせいで荷駄が止まり、その荷駄のせいで前線の粥が薄くなる。
だから、丘を取る。
理屈は分かる。
分かるようになってきた。
「北小砦はどうする」
ライナーが聞いた。
カイラが小砦の北側へ、細い線を引く。
『逃げ道を残すと、降伏が早いです♪完全に塞ぐと粘ります♪』
「北へ退ける道は残す。武器を置くなら通す」
「承知しました」
ソフィアがすぐに書く。
「北小砦へ降伏勧告。北退路は残置。武装解除を条件とする」
もう、その流れができていた。
言って、書いて、走らせる。
戻ってきた報告を見て、また言う。
昼過ぎ、北小砦の門が開いた。
「北小砦、武装解除! 捕虜九十三! 味方損耗、軽傷十一!」
歓声が上がった。
マルコが拳を握る。
「使徒様、戦わずに一つ取りました!」
「動いた兵はいますよ」
「はい! ですが、大きくは戦っておりません!」
それはそうだった。
丘を取り、火を消し、渡しを押さえ、逃げ道を残す。
相手が武器を置く。
正面からぶつかるより、ずっといい。
「よく見えているな」
ライナーが低く言った。
一瞬、自分に言われたのかと思った。
違った。
ライナーは地図の赤い札を見ていた。
「敵の退き方が早くなっている。砦に籠もらず、丘を捨てた」
「嫌な感じですか」
「嫌ではある」
ライナーはそう言ってから、少し笑った。
「だが、残った道は使える。丘も使える。こちらの荷駄が通るなら、それでいい」
「じゃあ、使いましょう」
「ああ」
ライナーは青い札を指で押さえた。
「取った場所は、すぐ道にしろ」
その言葉は、分かりやすかった。
勝つだけでは足りない。
通せるようにする。
運べるようにする。
次に使えるようにする。
最近の仕事は、だいたいそれだった。
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夕方、戦果報告がまとまった。
書記兵が板を置き、ソフィアが目を通す。
ライナーは立ったまま聞いている。
「聖ヴァルディア側、戦死二十三。負傷百四十二」
二十三。
百四十二。
前なら、そこで息が止まっていたかもしれない。
今は、次の数字を待った。
「敵兵の戦死、推定四百八十。捕虜九十三。北へ逃れた敵、二百前後」
四百八十。
九十三。
二百。
「黒松丘、東渡し、北小砦を確保。麦袋三百。矢束二百。医薬箱十四」
麦袋三百。
矢束二百。
医薬箱十四。
ここで、部屋の空気が少し明るくなる。
俺も、少しだけ息がしやすくなる。
「武器を持たぬ者の死傷、三百十二。街道沿いから移した者、五百八。焼けた家、十二」
三百十二。
五百八。
十二。
目は止まった。
でも、口は止まらなかった。
「南倉庫は入りますか」
ソフィアがすぐに別の板を見た。
「昨日の分を詰め直せば、三百ほど。五百八は入りません」
「旧商館を使いましょう。見張りは」
「第二小隊を半分回せます」
「粥は」
「麦袋三百のうち、前線用が百二十。救護用に八十」
「八十を炊事場へ。足りない分は南倉庫から。旧商館へ回す列は、西側に分ける」
「承知しました」
ソフィアが書く。
筆の音が速い。
「使徒様」
マルコが小さく呼んだ。
「はい」
「今の、早かったです」
「何が」
「いえ」
マルコは口を閉じた。
それから、無理に明るい顔を作る。
「炊事場、見てきます!」
「お願いします」
マルコが走っていく。
俺はその背中を見送ってから、板に目を戻した。
三百十二。
五百八。
十二。
数字はまだそこにある。
でも、今は、旧商館と麦袋と見張りの数も同じ板の上にあった。
同じ板に並んでいれば、同じ順番で片づけられる。
そのほうが、手が止まらない。
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夜になる前に、北街道はまた動き出した。
空荷が南へ戻る。
矢束は黒松丘の下で止まる。
医薬箱は旧商館へ運ばれる。
炊事場の鍋には、麦粥が足される。
全部がきれいに進んだわけではない。
列は曲がる。
馬は嫌がる。
怒鳴り声も出る。
水桶は足りない。
それでも、止まってはいなかった。
「使徒様、空荷が戻っております!」
泥だらけのマルコが戻ってきた。
「押してきたんですか」
「はい! 押すと動きます!」
「それはだいたい何でもそうです」
「荷車は特に動きます!」
変な自信だった。
でも、嫌いではない。
ソフィアが板を持って隣に来る。
「北街道の詰まりは解消に向かっています。黒松丘の下に矢束百四十。前線へ六十。医薬箱十四は旧商館へ入りました」
「いいですね」
「はい。回っています」
回っている。
それだけで、少し楽になる。
戦場も、荷車も、粥の鍋も、見張りの交代も。
止まらずに回っているなら、まだ次へ行ける。
『直人さん、明日の候補です♪』
カイラが地図のさらに北へ光を置いた。
「もう明日ですか」
『はい♪敵さんが引いているので、追えるうちに追うと有利です♪』
水色の線が、北へ伸びる。
黒松丘の先。
東渡しの先。
北街道の先。
そこに、広い空白があった。
ソフィアが小さく言う。
「エクスマール平原です」
エクスマール。
聞いたことのない地名だった。
けれど、地図の上では分かりやすい。
広くて、道があり、丘があり、荷駄が通れる。
カイラが明るく光った。
『平原戦は見通しが良いです♪布陣も読みやすいです♪』
「つまり」
『勝ちやすいです♪』
部屋の中に、声が広がった。
「平原へ出るぞ」
「使徒様がいれば押せる!」
「北街道に光を!」
俺は窓の外へ片手を上げた。
もう、その動きで迷わなかった。
歓声が返ってくる。
「使徒様!」
「エクスマールへ!」
地図の端で、エクスマール平原の文字が青い光を受けていた。
今日の板には、まだ片付いていない数字が残っている。
三百十二。
五百八。
十二。
俺はそれを、明日の荷車の数と一緒に頭に入れた。




