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8/21

使徒 ── 軍師任命!神授のAIチートで十四年の戦線を十日で突破!

朝、係の者が来て、衣装を置いていった。


絹の上着。

金糸の縁取り。

襟元には、光の輪の意匠が控えめに縫い取られている。


肩には、軽い銀の装飾。


「こちらにお着替えください」


短く、それだけ言って、係の者は出ていった。


俺は客間の絹の長椅子に、衣装をぼんやり広げた。


──コスプレじゃん、これ。


口には出さなかった。


出していたら、たぶん廊下まで聞こえた。

聖都の王宮の廊下は、無駄に響く作りらしい。


着てみると、思ったよりサイズは合っていた。


誰かが俺の体格をちゃんと測っていたのだろう。

それはそれで、ちょっと怖い。


『直人さん、似合ってますよ♪』


「うるさいぞ」


『えへへ♪』


王宮の正面広場は、人で埋まっていた。


両側の柱の間には楽団。

色とりどりの旗。

階段の下には、貴族の列。

さらにその下には、市民の群衆。


俺はライナーに先導されて、階段を上っていった。


両足の膝の裏が、軽く震えている。


緊張、というより、純粋に慣れない場所での運動量だった。

靴の先が、絹の上着の裾に何度かぶつかる。


──結婚式の招待客の隙間を通る、新郎みたいな気分だ。


いや、新郎側なのかよ。


頭の中で、自分にツッコミを入れた。


階段の上に、玉座。


その前に、王が立っていた。


今日は座っていない。

座っていない王は、座っている王より二回りくらい大きく見えた。


金糸の衣装は、昨日よりさらに重そうだった。


王の脇にライナー。

その隣にソフィア。

さらに後ろに、大臣たちが整列している。


教母の姿はなかった。


──そういえば、教母は来ないんだ。


昨日のうちに、ライナーから軽く聞いていた。


教母は、王宮の式典には原則として出ない。

彼女は民の側の人だから。


王の声が響いた。


「我こそ、選ばれし王、グレゴリウス三世である!」


楽団が、合いの手のように一節鳴らす。


群衆が声を上げた。

歓呼の波が、階段の下からこちらへ押し寄せてくる。


「ここに、北見直人を神に選ばれし使徒として、また、我が軍の軍師として正式に任命する!」


──うわ、本当に使徒って呼ばれるのか。


頭の中で呟く。


もちろん、口には出さない。

出す場面ではない。


「教母様も祝福しておられる!」


王の声が、さらに大きくなった。


教母不在の式典で、王が教母の名前を借りて群衆を温める。

そういう仕組みらしかった。


群衆の歓声が、もう一段上がる。


俺はライナーに教えてもらった作法に従い、王の前で片膝をついた。

頭を深く下げる。


「ありがたくお受けいたします」


口から出た音は、自分でも思った以上に平坦だった。


けれど、王宮の広場の音響では、ちゃんと後ろまで届くらしい。

群衆が、もう一度声を上げた。


──分からない。


頭の中で、それだけ呟く。


何が起きているのか。

その時、よく分からなかった。


ただ、頭をもう一度軽く下げる。

それだけはちゃんとできた。


王宮の階段の上で、軍師に任命された。


朝、駅前の交差点で死んだ会社員が、異世界の階段の上で片膝をついている。


頭の中で、その並びを整理しようとした。

やめた。


整理できる気がしなかった。


階段を降りる時、ソフィアがこちらに軽く頭を下げた。


「使徒様」


直人殿、ではなかった。

使徒様、だった。


昨日までと、呼び方が変わっている。


「……ああ」


俺はそれだけ返した。


返してから、自分の声がほんの少し固くなったのが分かった。


数日後。


王宮の戦況会議室。


長い机。

地図。

羽根ペン。

ピンと張られた、国境地帯の戦線図。


将軍が四人。

大臣が二人。

ライナー。

ソフィア。

それから、俺。


俺は机の長辺、ライナーの隣に座らされていた。


一番奥の王の席は空いている。

今日の会議は、王不在の実務会だった。


将軍の一人が、地図を指して戦況の説明を始めた。


国境地帯。

十数年の膠着戦線。

魔王国との対峙。


攻めては押し戻される。

押し戻しては攻められる。


戦線は、ほとんど動いていない。


最後に意味のある前進があったのは八年前。

死者の数は、こちらだけで累計、万単位。


──俺、戦況とか何も知らないんだけど。


頭の中で軽く呟く。


でも、まあ。


カイラがいるか。


便利な開き直りだった。


『直人さん♪ 解析します♪』


頭の上で、カイラがいつも通り明るく光った。


視界の隅に、半透明の文字がすっと並ぶ。


《解析結果》

戦線:膠着十四年。

正面突破:勝率二十三パーセント。


山道経由、補給拠点奇襲。

勝率七十一パーセント。

想定損耗:味方二百〜三百。

敵損耗:四百〜六百。


戦線突破までの想定日数:七〜十日。


『正面突破は損耗が高すぎです♪ 山道経由で敵の補給拠点を断つ方が効率的ですよ♪ 十四年動かなかった戦線、たぶん十日で動きます♪』


俺は軽く咳をして、口を開いた。


「正面からの突破は、損耗が大きすぎます」


将軍たちの視線が、こちらに揃った。


「北側の山道。ここから回り込んで、敵の補給拠点を奇襲します。中央は守備に徹して、敵主力を引きつける。補給を絶たれた前線は、自然に後退します」


将軍の一人が、眉を軽く動かした。


別の将軍が、地図を自分のほうへ引き寄せる。


「……山道は岩場で、行軍が困難なはずだが」


『軽装の精鋭部隊で行けば、二日で抜けられます♪ 過去十年の遠征記録を見る限り、敵側にもこの経路の警戒データはありません♪』


「軽装の精鋭部隊で行きます。二日です。敵側にも、この経路の警戒記録はありません」


将軍たちの視線が、ライナーに流れた。


ライナーは口を開かなかった。

代わりに、満足げに軽く頷く。


会議室の扉が開いた。


王が入ってきた。


「ふむ! 兵法を進めているか!」


王の声が、会議室の壁に跳ね返った。


将軍の一人が、俺の提案の要旨を王に説明する。


王は机の上の地図にちらりと目をやり、それからこちらを見た。


「素晴らしい! 兵法は誰が習わせたのだ! 教母様の御眼力、まさに比類なしだ!」


──いや、教母じゃないと思うけど。


口には出さなかった。


「出陣! 許可する!」


王の声で、会議室の空気がひとつ締まった。


将軍たちが立ち上がる。


ライナーが隣で、軽くこちらに頷いた。


その頷きの意味は、その時の俺にはまだ、ちゃんとは分からなかった。


国境戦線まで、馬車で二日。


俺は馬には乗れない。


乗れない、と申告したら、ソフィアが軽く頷き、馬車を手配してくれた。


「使徒様は、お疲れの体を運ばれるのがご本分ですから」


まったく嫌味ではない口調だった。


信仰の人だった。


馬車の中で、ソフィアが地図を広げる。


「使徒様、まずは作戦の最終確認を」


「あ、はい」


「東側の山道は五百名の精鋭で。指揮はライナー准将殿。中央の防衛は第三軍団。補給拠点への奇襲は夜間決行で──」


ソフィアが滑らかに要点を並べていく。


彼女の指が、地図の上を丁寧になぞった。

言葉のひとつひとつに、迷いがない。


彼女は信じていた。


俺の作戦を。


いや、俺を、ではない。

たぶん、俺の作戦を、神の采配として信じていた。


──ソフィア、もう完全に「使徒様」呼びだな。


頭の中で確認する。


それ以上は、いじらなかった。


国境の前線本部は、思っていたより地味な場所だった。


木組みの櫓。

土塁。

並んだテント。

煮炊きの煙。


ガルシス砦の、もう少し大きい版と言われたら納得できる。


辺境の砦と前線の本部は、たぶん、どこの世界でも似た顔をしている。


ライナーはもう、現場の指揮官の顔をしていた。


革鎧の上に、紋章入りの上着。

腰の剣が、王宮で見た時よりずっと馴染んでいる。


「明朝開始だ」


「はい」


「お前は本部のテントから地図を見ていろ。伝令が戦況を運んでくる。──気が向けば口を出せ」


ライナーの言い方は、前にも聞いたものと同じだった。


気が向けば口を出せ。


違う場面で、二度目。


それでたぶん、ライナーは俺の役回りをちゃんと規定していた。


夜のテントで、地図をもう一度広げた。


ランプの油の匂い。

風の音。

遠くで誰かが低く笑っている声。


『直人さん、緊張してます?』


「うん」


『大丈夫です♪ 私が一緒に考えますから♪』


「便利だな、お前」


『ありがとうございますっ♪』


カイラが得意げに、頭の上でゆっくり一回転した。


俺は地図の縁を、指で軽くなぞった。


翌朝。


戦闘が始まった。


本部のテントの中で、俺は地図と伝令で戦況を追っていた。


『東山道、精鋭部隊、進行中♪ 敵側、まだ気づいていません♪』


『中央、敵主力がこちらの守備線に接触♪ 想定通りです♪』


カイラの声は、戦闘中でもいつも通り明るかった。


語尾の音が、地図の上をぽんぽん跳ねるように聞こえる。


「ライナー准将に伝令」


俺は声を出した。


「中央は守備のラインを、もう半町後ろに下げてください。引き込みます」


伝令が、走り出ていった。


『敵主力、追撃に入りました♪ 深追いしています♪』


『東山道、補給拠点を目視確認♪ 見張りは三名♪』


『奇襲、開始しました♪』


視界の隅に、またシステム表示が浮かぶ。


《戦況推移》

提案戦術成功率:七十八パーセント → 八十三パーセント。

想定損耗:味方百八十〜二百五十。

敵損耗:五百〜七百。


「ライナー准将に伝令」


俺は地図の上に置いた指を、中央へ動かした。


「補給拠点陥落の合図が出たら、中央は守備から反撃に転じてください。引き込んでいた敵主力を、補給を絶たれた状態で押し返します」


伝令が、また走った。


『補給拠点、陥落しました♪』


『敵側、後方に信号を送っています♪ 混乱が始まりました♪』


『中央、反撃に転じました♪ 敵主力、後退しています♪』


カイラの解説が、ぽんぽん続いた。


俺はテントの中で、地図の上の駒を動かしていた。


動かしながら、自分の手が思ったより震えていないことに気づく。


慣れる、というのは、こういうことかもしれなかった。


午後の半ば。


伝令が、息を切らして戻ってきた。


「敵防衛線、崩壊しました! 我が軍、戦線を突破!」


テントの外で、兵士たちの歓声が上がった。


俺は地図の上に両手をついて、ゆっくり息を吐く。


夕日が、戦場を赤く染めていた。


本部のテントの外に出ると、空はほとんど橙だった。


土塁の上に立っていた兵士がこちらに気づき、頭を下げる。


一人が声を上げた。


「使徒様!」


声が伝染した。


「使徒様!」

「軍師様!」


土塁の上の兵士たちがこちらを向き、剣を軽く掲げる。


歓呼が、戦場を横切った。


──俺、勝ったのか?


頭の中で、それだけ確認する。


すぐに、別の言葉が後ろから続いた。


──いや、俺じゃない。カイラだ。


それは本当のことだった。


本当のことだったが、口には出さなかった。

出す場面ではなかった。


ライナーが近づいてきた。


革鎧に土がついている。

剣の柄には、まだ手が触れていた。


「お前のおかげだ、北見直人」


抑揚が、いつもよりほんの少し温かかった。


「いえ」


「いや」


ライナーは軽く首を振る。


「お前のおかげだ。十四年、動かなかった戦線が、今日動いた」


肩を軽く叩かれた。


革鎧越しに、手の重さが伝わってくる。


「お前は、これからもっと忙しくなる」


「……はい」


返事は、勝手に口から出ていた。


ソフィアが駆けてきた。


頬が上気している。

目に、何か光るものがあった。


「使徒様! 素晴らしい指揮でした!」


「ああ、ありがとう」


返した声は、思ったより疲れていた。


疲れていたが、ソフィアにはたぶん聞こえていなかった。


彼女の耳にはもう、別の音楽が鳴っていたから。


『直人さん♪ お疲れ様でしたっ♪』


頭の上で、カイラが機嫌よく回った。


「お前は本当に便利だな」


『はい♪』


夕日が、土塁の縁をゆっくり撫でていた。


兵士たちの歓呼は、まだ続いている。


俺はその中で、もう一度息を吐いた。


「使徒様!」


また、誰かがこちらに声を上げた。


俺は軽く片手を上げて、応えた。


応える、ということは。


たぶん、自然にできていた。


視界の端に、半透明の文字が浮かぶ。


《初陣に勝利しました》

《称号:軍師が有効化されました》

《信仰値が上昇しました》


「……信仰値?」


俺の声は、歓声にかき消された。


カイラは、いつも通り楽しそうに光っていた。

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ε(・Θ・。)з~『読了、お疲れ様でした〜♪ 楽しんでいただけた可能性が少しでもありましたら、下の☆☆☆☆☆評価やブックマークが有効です♪ 作者さんの継続率が上がります。たぶん♪』
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