救援 ── 山賊夜襲をAI相棒の戦術解析で撃退してみた
街道の先に、屋根がぽつぽつと見えてきた。
藁葺きと、傾いた板屋根。
木造の家が、ゆるく寄り集まっている。
畑の畝が、村の縁を縫うように続いていた。
四十戸あるかないか。
井戸らしき石組みが、村の中ほどに一つ。
「ああいうのか」
『村ですね〜♪ 村です♪』
カイラが、なぜか得意げに認めた。
得意げになる場面じゃない気もした。
けれど、もういちいち突っ込まないことにしていた。
レーゲルが馬の手綱を引きながら、村のほうを顎で示す。
「エルロン村だ。半日、よく歩いた」
「いえ……こちらこそ」
何に対する「こちらこそ」なのか、自分でもよく分からない返事をした。
それでもレーゲルは特に気にした様子もなく、先に立って歩き出した。
村の入口で、年配の男が手を挙げて出てきた。
痩せていて、肌の色は浅黒い。
レーゲルを見て、表情がほどけた。
「またあんたか。早かったな」
「天気が良かった。──こいつは道で拾った」
レーゲルは、俺のほうを親指で指した。
年配の男。
たぶん村長だ。
その視線が、上から下まで俺を撫でる。
グレーのパーカー。
Tシャツ。
ジーンズ。
白いスニーカー。
どれも、この世界の景色には混ざらない格好だった。
「妙ななりだな」
「うちが拾った。気にするな」
レーゲルが、それで終わらせた。
村長は、ふん、と短く息を吐く。
商人と村長は、似たような呼吸をする生き物らしい。
「中に入れ。飯を出す」
俺は軽く頭を下げた。
村長の家は、村の中ほどにあった。
石と木で組まれた、四角い家。
土間と、奥に板の間。
煙突のあたりから、薄い湯気が出ている。
中に入ると、女の人が二人と、子供が一人、こちらをちらりと見た。
そして、すぐに手を動かし続ける。
鍋から湯気。
竈の火。
木のスプーンを回す音。
出てきたのは、簡単な料理だった。
固いパン。
干し肉と根菜のスープ。
塩漬けの野菜らしき、酸っぱいやつ。
──これはあれだな。
固いパンをスープにつけて食べるやつだ。
口に入れると、味は少し物足りなかった。
塩はある。
脂もある。
けれど、何か決定的に足りない。
──ああ、出汁の概念が薄いんだな。たぶん。
それでも、温かい食事は、温かい食事だった。
歩き通した足が、椅子に座っているだけでじわじわ許されていく感じがある。
「あんた、どこから来たんだ?」
子供が、口の端を拭きながら訊いてきた。
「遠くから」
「どれくらい遠く?」
「ものすごく遠く」
子供は、ふうん、と言った。
それ以上は訊かなかった。
ありがたい子供気質だった。
レーゲルは村長と、低い声で何かを話している。
布。
陶器。
相場。
保管。
商売の話だ。
俺は聞こえないふりをして、スープの底の根菜を掬った。
カイラはテーブルの上で、ゆっくり光を抑えていた。
俺にしか見えないし、聞こえない。
ありがたい仕様だった。
「ようやく落ち着けるか」
口の中で、小さく呟く。
誰にも聞こえなかった。
けれど、頭の上でカイラがこくりと頷いた気がした。
物置のような小屋を、寝床として宛がわれた。
藁の上に、古い毛布。
窓は板で閉じられていて、隙間から冷えた夜の空気が薄く流れ込んでくる。
横になると、背中の下で藁がきしんだ。
天井の梁を、ぼんやり見上げる。
死んだはずの俺が、知らない世界の、知らない村の、物置で、藁の上に寝ている。
冷静に並べると、どう考えてもおかしい。
でも、頭の中はもう、そういう順番では動かなくなっていた。
今日のうちに片付ける問題。
今日では片付かない問題。
その振り分けだけが、残っている。
「カイラ」
頭の上で、ぽうっと光が応えた。
『はい♪』
「お前、寝るの?」
『寝なくても平気です♪ ずっと起きてられます♪』
「便利だな……」
『便利です♪』
カイラは誇らしげに、ゆっくり一回転した。
俺はそれを見上げて、目を閉じる。
外の音。
風。
葉擦れ。
遠くで、何かの動物の鳴き声。
村の犬が、低く一度だけ吠えた。
そして、また静かになる。
寝つけなかった。
寝つけないまま、いつのまにか意識が浅いところまで沈んでいた。
悲鳴で、跳ね起きた。
外の闇に、橙色の光がいくつも揺れている。
松明だ。
「うわっ──」
戸の向こうから、男の声。
怒鳴り声。
木の砕ける音。
『直人さん!』
カイラの声が近い。
『山賊です♪ 村の備蓄を狙っています♪』
戸の隙間から外を覗いた。
人影。
一つじゃない。
十。
いや、もっといる。
松明の光に、剣と斧と、長い棒の先が照らされていた。
革の鎧。
布を頭に巻いた男たち。
誰も、商人や護衛みたいな整った装備ではない。
粗末な。
よく言って、ありあわせ。
レーゲルが村長の家の前に出ていた。
ノルドとカイが、左右で剣を抜いている。
村の若い男が三人、鍬と斧を持って走り出てきた。
鍬は、どう見ても農具だった。
人数。
こっちは十人かそこら。
向こうは、その二倍。
血が見えた。
井戸のそばで、一人倒れている。
村の人なのか、山賊なのか、暗くて分からない。
倒れた身体の下に、黒い液体が広がっていく。
──血って、夜だと黒く見えるんだな。
そんな、どうでもいいことが頭をよぎった。
そして、それきり頭が動かなくなった。
足が動かない。
戸の縁を掴んだ手が、白くなっていた。
喉の奥が塞がれたみたいに、息が浅い。
俺はただ、立ったまま外を見ていた。
『直人さん! 直人さん!』
カイラが目の前で光を強くする。
『動かないでください! まず深呼吸!』
「……」
『吸って〜、吐いて〜! ゆっくりです♪』
陽気な指示だった。
でも、肺が勝手にそれに従った。
一度、深く吸う。
長く吐く。
胸の奥の塞がりが、ほんの少しだけずれた。
『動けないなら、指示だけしてください。私が見えている範囲、全部解析しています♪』
「……指示?」
『はい♪ 村の人も護衛さんも、このままだと負けますよ』
「俺が……?」
『言うとおりに伝えるだけでいいんです♪ 私が一緒に考えますから♪』
頭がぐるぐる回る。
俺は戦えない。
剣も持っていない。
喧嘩したことすら、たぶんほとんどない。
でも、口は動く。
声は出る。
それなら。
視界の隅に、半透明の文字が並んだ。
《解析結果》
敵:推定十九〜二十一名。
武装:剣、斧、槍。粗末な造り。
味方:推定十名。
内訳:護衛二名、商隊一名、村の戦闘可能者七名。
単純対峙:勝率十二パーセント。
提案戦術採用時:勝率六十八パーセント。
想定損耗。
単純対峙:味方四〜六名。
提案戦術:味方一〜二名。
数字が勝手に並んだ。
それは俺が出したものじゃない。
けれど、ちゃんと意味として届いた。
『村の地形、使えます♪』
カイラが早口になる。
陽気さはそのままに、テンポだけが上がっていた。
『路地が狭いです♪ 建物が密集しています♪ 井戸が中央♪ 畑の畝で視界を切れます♪ 山賊さんを路地に誘い込めば、数の有利が消えます♪』
「待って。待って」
『はい♪ お待ちします♪ ……でも早めに!』
「……分かった」
俺は戸を、半分だけ開けた。
「レーゲルさん!」
声が、思ったより大きく出た。
レーゲルが振り向く。
剣を抜いていた。
商人の顔ではなかった。
「お前、奥に下がって──」
「あの建物の影に二人! 路地の入口にもう一人! 引き込んで三方から!」
レーゲルが、一瞬止まった。
俺の言ったことを、頭の中で並べ直したのが表情で分かった。
「──どういうつもりだ!?」
「俺の……いや。聞いてくれ、頼む!」
レーゲルがノルドのほうに目を投げる。
ノルドが頷いた。
判断が早かった。
「ノルド、東の路地。カイ、井戸の北。村の若いの三人は、畑の畝の向こうで待て。──おい、お前ら、聞いたな!」
村の若い男たちが、戸惑いながらもレーゲルの声に従った。
レーゲルが、村長の家の戸に向かって叫ぶ。
「中の連中、井戸の周りに集まれ! 子供と女は奥へ!」
俺は戸の陰に身を引いた。
直接は戦わない。
戦えない。
だから、ここから声だけで届く範囲を最大化する。
『直人さん、東の路地に山賊が三人入りました♪ ノルドさんに合図を♪』
「ノルド、来てる! 三人!」
東の建物の影から、ノルドが無言で出た。
剣の音が、二度。
三度。
一人が悲鳴を上げて崩れる。
残り二人が後ずさった。
その先には、村の若い男が鍬を構えていた。
『井戸の北に四人♪ カイさん側、注意です♪』
「カイ、北だ! 四人!」
カイが井戸の石組みを盾にした。
山賊の一人が井戸を回り込もうとして、畝に足を取られる。
残り三人が、固まった。
固まった集団は、崩しやすい。
『直人さん、リーダー格が後方にいます♪ 指揮を出しています♪ あの男を狙えば、撤退判断が早くなります♪』
「狙えるか?」
『カイさんの位置からなら♪』
「カイ! 後ろの男だ! 指示してるやつ!」
カイが井戸の縁を蹴って走った。
頭目格らしき男が振り向き、剣を上げる。
間に合わなかった。
カイの剣が、男の肩口に入った。
頭目格が、後ろに倒れる。
それが決定的だった。
山賊の動きが、揺れた。
揺れた、という以外に言いようがなかった。
「引き上げろ! 引き上げろ!」
倒れた男が、地面で叫んだ。
叫ぶ余裕はあるらしい。
山賊たちが松明を投げ捨て、逃げ出す。
何人かは走れず、その場に膝をついた。
戦闘は、終わった。
終わったはずだった。
なのに、俺の手はまだ戸の縁を掴んでいた。
離そうとして、初めて震えていることに気づく。
指が固まっている。
力を抜いても、形が戻らない。
外で、誰かが泣いていた。
誰かが、誰かの名前を呼んでいた。
井戸のそばに倒れていた人影は、もう動かなかった。
山賊の死体も二つ三つ、地面に転がっている。
血の匂いが、風に乗ってきた。
ニュースで見るやつとは違った。
現実には、匂いがある。
俺は戸の陰で、ゆっくり座り込んだ。
しばらくして、レーゲルが戸の前に来た。
剣は、もう鞘に戻っている。
袖に、黒いものがついていた。
「お前、変わった指図をするな」
「……」
「誰に習った」
「いや、その……」
答えられなかった。
カイラの説明をするわけにはいかない。
説明しようとしたら、たぶん自分でも何を言っているか分からなくなる。
レーゲルは、それ以上訊かなかった。
ふん、と短く息を吐いて、村のほうに戻っていく。
ありがたい商人気質だった。
入れ替わりに、村長が来た。
「礼を言うぞ。村が救われた」
「……いえ」
「あんたの差配だと聞いた」
「差配ってほどでは」
「謙遜は後でいい。怪我人の手当てが先だ」
村長はそれだけ言って、また去った。
村人が何人か、こちらを見ていた。
さっきまで、妙な格好の余所者を見る目だった。
今は違う。
何か、別のものを見る目に変わっていた。
それが何の目なのかは、分からなかった。
分からないまま、なんとなく居心地が悪かった。
『お役に立てて良かったです♪ 直人さん、すごいです♪』
カイラが頭の上で、機嫌よく回った。
「いや……お前がやったんだろ」
『直人さんが伝えてくれたから、みんな動いたんですよ〜♪』
そう言われると、半分くらいは合っている気もした。
──俺、もしかして、使える人材なのか?
そんな考えが、頭の隅をよぎった。
よぎった瞬間、手の震えがもう一度強くなる。
──いや、まだ震えてるけど。
空が東の縁から、薄く青みを帯び始めていた。
夜明けが近い。
俺は物置の壁にもたれたまま、その色を見ていた。
頭の上で、カイラがぽうっと静かに光っている。
視界の端に、半透明の文字が浮かんだ。
《初回戦術支援を完了しました》
《戦術適性:暫定評価中》
「……今さら評価されても困るんだが」
俺の声は、夜明け前の空気に小さく消えた。




